45=『ラデン』との最初の出会い (1)
☆ ★ ☆ (19)
私たちがゴードン様の屋敷に来ると馬は走らせる機会が少ないので、アートクの市場まで途中で一回休んだだけで、立ち寄った小さな村で飼い葉を食べさせ水を飲ませて休憩をして、それから一気に馬を走らせたけど、この市場でいつも宿泊するのに、今日はいつもと雰囲気が違い人がたくさんいた。
馬はいつもポスタルの家に預けるが、この家はバミスが最初のころに探しだしてくれた家であり、南の城を基準に考えると、アートクの市場では南の外れにあり、主要な大通りから少し東の方に入った場所にある。
ポスタルの説明によると、ここでは四月十日から『フェスクラップ』が五日間開催されるそうで、今日はちょうど初日になると言われ、あちこちと探し回ってもどこもかしこも宿が満杯状態で、タイミングがいいのか悪いのか、私たちは宿泊先の確保ができない。私の時代の言葉でいうと『春祭り』みたいなイベントのようである。
「ケルトン、泊まる場所がないわね。早く着いたのはいいけど参ったわね」
「そうですね。暗くなったらソードで一気にトントン屋敷に行きますか。それで朝一番に戻ってくるのはどうですか」
「宿が見つからなかったらそうしようか。カリーンに見つからないようにね。部屋が離れているから少しは眠れると思う。ソーシャルに起こしてもらってもいいしね」
「はい。泊まる場所が見つかったら、少しここにいても楽しそうですね」
「向こうとは違うしね。いつもは泊まるだけだから、今回はのんびりしようよ」
私はケルトンの意見を取り入れてそう話す。今までケルトンがそのような発言はしたことがなかったのだが、この市場に興味を示してくれたのだろうか。バミスがいないからだろうか。今までバミスを気遣っていたのだろうか。バミスがいないから自分の立場を忘れたいのだろうか、と私はそのような疑問が持ち上がる。
私たちは探し回ったけど見つからず、最後の手段はバミスと利用した部屋だと空いていると思うけど、ケルトンをそんな場所に連れて行くわけにもいかず、ほんとうに私は参ってしまった。
人が多いから市場を警備する役人らしき人たちも見かける。
よく見ていると分かるけど二人一組で回っているみたいだ。
私の時代の言葉でいうと『私服警官』みたいな感じがする。
ここの管轄は南の城になるのかしらね?
『リリア、前方からこっちに人が走ってきます』
『えっ、何で?』
『追われていますね』
『えっ?』
『こそ泥ですね。捕まえて』
『分かった』
「ケルトン、捕まえるよ」
「はい」
私は自分の剣はすぐ外せるように蝶結びをしていて、剣を外して鞘ごと投げて足に絡ませようと閃き、それが命中してその男は倒れたので、私はすかさず剣を取り戻し、ケルトンがその男の上に馬乗りになり、その男の背中で右手をねじ伏せる。
彼がそのようなことができるとは思いもよらなかったけど、合気道みたいな素手で戦う技術をバミスが教えたのだろうか。すると周りで拍手が起こったけど一瞬のできごとで、こういう場合はソーシャルの言葉はとても役に立つと思う。後ろから二人の男が追ってきた。
「ありがとうございました。助かりました」
彼はそう言いながら、その倒れて寝転んでいる男の両手首を後ろで縛り立ちあがらせる。
「いえ」と、ケルトンはひと言しか話さない。
「こいつはこの袋を盗みました。私がちょうど見ていたからそのまま追いかけました。あなたたちに出会うことも含めてこいつは間抜けなやつです。私はラデンと申します。お名前をお聞きしてもよろしいですか」
「えっ、名前はいいですよ。彼は私の弟です」
「ありがとうございました」と、その男はケルトンを見てからそう言う。
「こいつを連れて行け。先ほどの女性にこれを返してくれ」
ラデンは相棒らしき男に向かってそう言って茶巾袋のような物を渡すと、『畏まりました』と、返事をしていめるけど、どこかに連行するのだろうか。
「その剣は小さいですね。ぜひお名前をお聞かせください」
ラデンは私たちに振り向き、私の瞳を覗き込むようにそう言う。
「名前はいいです」
「女性が剣をお持ち……紫の編み紐ですか、気付きませんでした。 弟様も紫の編み紐ですか」
ラデンはケルトンの剣にも視線を投げかけ、驚いた表情をしている。
「えっ、はい」
私は意味が分からずそう言ったけど、次の言葉に詰まる。
「こちらの方でお話しをさせてください」
彼は私たちをこの通りから左側の横道へ案内したけど、この編み紐は何か意味があるのかしら?
「今日はフェスクラップなのでお忍びですか」
彼がそう言った声の響きは小さい。
「……はい。先ほど着きました」
「今の時間では宿泊する場所がないと思いますが、どこかお決まりですか」
「……いえ、まだです」と、私が彼の顔をまじまじと見てそう言う。
『リリア、ケルトンが右手にブレスをしていると言っています』
『ほんとうだ。気付かなかった』
「それでは私がご案内しましょうか」
「よろしいのですか。失礼ですけど、もう一度お名前をお聞きしてもよろしいですか」
「はい。私はラデンと申します」
「私はリリアと言います。弟のケルトンです」
「ありがとうございます。その剣は小さいですね」
「小さくても違和感はないですよ。少しお待ちください。ケルトンちょっと」
私はそう言って、二人で彼から離れて彼の視線を外す。
『ソーシャル、どうなってんの?』
『私も分かりません』
「ケルトン、話している振りをして」と、小声でそう言うと、『はい』と彼は返事をしてくれる。
『宿泊先を案内してもらってもいいの?』
『いいと思います』
「ケルトンは何も話さないで」と、私がそう言うと『分かりました』と返事をしてくれる。
「今夜は泊まる場所がなさそうなのでお願いできますか」
二人で相談したかのように、彼のそばに戻ってそう言うと、
「私がご案内します。普通の人はお断りしていますが、私の知り合いがいますからご案内できると思います。もし泊まれなければほかの場所もご案内できます」
「ありがとうございます。代金は高くてもいいですからよろしくお願いします」
「分かりました」
彼がそう言ってから、この路地から歩き出したので、私たちも彼の後に続く。
「ラデン様は青の編み紐ですね」
私は彼の後ろからそう言うと、
「はい。次回は頑張ります」
「ここではいつ開催されるのですか」
私は意味が分からず会話の流れでそう言ったが、私たちは先ほどの通りに戻ってから、人混みを避けながら彼の後ろを歩く。
「こちらの代表として、六月に南の城で開催される試合に出させていただきます」
「なるほど。頑張ってください」
「ありがとうございます」
『ソーシャル、どうなってんの?』
『分かりません。何か話し続けてください』
「あまり話したくはないですが、私たちも南の城から来ました」
「えっ、ほんとうですか」
「今日はお忍びですから深くは聞かないでください」
「分かりました」
「馬は預けて来ましたがこんなに人がいるとは、早めに着いてよかったです」
「この五日間は人出が多くて私たちも忙しいです。いろいろな問題も起こります」
「お仕事中に申しわけありません」
「私の手の者も総出で対応していますから、少しは私が抜けても大丈夫です」
彼はそう言いながらも進んで行く。
「すごいですね。たくさん配下の方たちはいらっしゃるのですか」
「二十人ほどです」
「そんなにいらっしゃるのですか。皆さん剣客なのでしょうね」
「彼らはほとんど土色です。今回はうまくいっても私の場合は緑色になれるかどうかは分かりません。だんだん厳しくなりますので、その上の赤の編み紐は夢ですね」
彼が赤色は夢だと言ったから驚く。
「ラデン様はこの紫色をご存じということですね」
「詳しくは知りませんが、私は青色になってここに配属になりました。特別色の紫色は聞いたことはありましたが、今日初めて拝見しました」
ラデンがそう言ったので、私は未だにその意味が分からないけど、何か特別の意味があるのだろうか。
「この仕組みは素晴らしい思いつきですね」
私は向こうの世界の常識で言葉を考えてそう言うと、
「はい。青の編み紐以上の人間しか知らないことです」
彼は歩みを止めずにそう言ったので、そのような仕組みになっているのか、と私は初めて知ることになる。
『ソーシャル、この紐の色で剣の強さが分かるのかしら? それとも階級があるのかしら? バルソン様がこの剣はくれたのよ。ゴードン様もこの意味は知っていたのね。何か言ってくれればよかったのにね』
『そうですね。さすがリリアです。話しが上手です』
『いつブレスの話しを切り出すのよ。もー参ったな』
「ラデン様は南の城に知り合いの方はいらっしゃるのですか」
私たちは彼の後ろを歩きながら尋ねてみる。
「いえ、私はずっとここにいますから……」と、彼は言葉を濁していたから、
「なるほど。王様にお会いしたことはあるのですか」
「えっ、はい。遠くから何度が拝見したことがあります」
「ケルトンは近くで拝見したことがあるのよね」
「はい、あります」
ケルトンは私の隣でそう言ったから、話しを合わせてくれたと思う。
「すごいですね。私も剣の練習に精進します」
「私は体調を崩して近くで拝見できなかったです。ケルトン、どんな感じだったの?」
「俺は何でも右手を使いますが、王様は左手を使います」と、彼がそう言って手の話しをしてくれたから、
「ほんとうに、初めて知ったわよ」
「私も初めて知りました。よく覚えておきます」
「ラデン様は右手に何かありますね」と、私が話しの流れをそう切り出すと、
「えっ、はい。これは朝起きると右手にあり、外れないのでそのままにしていました。すっかり存在を忘れていましたよ」
「……その時に……頭の中で何か言葉が聞こえたりしませんでしたか」
「えっ、なぜそのようなことを知っているのですか」
「いや……別に知っているわけではないです。なぜかそう思ったので聞いてみました」
「そうですよね。信じられないとは思いますが、左手にこれと同じ物をつけた人を捜しなさい、と声が聞こえました」
「えっ、そういう声が聞こえたのですか。私は冗談で言ったつもりなのに」
「私もこのような話しは一度もしたことがありませんが、ほんとうの話しです」
「よく見てもいいですか」
「どうぞ」と、彼がそう言って立ち止まったので、私は見せてもらう。
「ほんとうに取れそうもありませんね。結び目がないですからね」
「私も最初のころに何十回調べたことか……」
彼はそう言いながら、左手で右手の手首にあるブレスを回している。
「私が取り外し方を知っていると話すと、そのことを信じてもらえますか」
「えっ、また冗談でしょう?」
彼の声は先ほどとは違い、友だちに話しかけているような声の響きで聞こえたけど、彼の視線は私の目を直に見ている。
「さすがです。今度は引っかかりませんでしたね。でも少しは驚きましたか」
「あっ、一瞬驚きました。誰か私の前に現れてこれを外してくれると信じているからです」
彼はそう話して、前を向いてまた歩き出す。
「それでは……ほんとうに私が外し方を教えると言えば、ラデン様は信じていただけますか」
私は『ほんとう』という言葉を強く発音して強調する。
「えっ、嘘でしょう。あなたがですか」
「はい」
「またまた、その冗談には引っかかりませんよ」
前から聞こえた彼の声の響きは少し笑っているようだ。
「ほんとうです」
「えっ? ほんとうに、ほんとうですか」
彼の二度使ったこの言葉を聞く限りでは、彼の声は少々驚いていると思う。私たちは人混みを避けながら彼の後ろを歩いていたけど、彼の顔の表情はしっかり見ることができなかったが、彼は私の言葉で立ち止まったのだ。
「理由を説明すると信じてもらえますか」
「えっ、ほんとうに?」
彼は後ろを振り向いてそう言ったが、彼の顔を正面から見ると、最初に出会ったときのような精悍そうな真面目な顔になっている。
「これは冗談ですよ冗談。でも……この会話のことはよく覚えておいてくださいね」
「……分かりました。もう少しすると着きます」
彼はそう言ってまた歩き始めるが、顔の表情が見えないので何を考えているのか分からない。でも……何となく手応えを感じてしまう。
「ありがとうございます」
「リリア様はお話しが上手ですね。興味深くて楽しい話しでした」
「私もです。今度は南の城でお会いしましょうね」
私がそう言うと、彼は今までの会話の流れで何かしら考えたみたいな気がする。
「それでは……ケルトン様に一つお聞きしてもよろしいですか」
彼はまた立ち止まり、後ろを振り向きそう聞いたので『はい』とケルトンはそう返事をしている。
「ケルトン様は王様にほんとうにお会いしたことがあるのですか」
「はい。ほんとうにあります。間違いありません」
「……分かりました。私の周りでたまに不思議なことが起こります」
「私とケルトンの周りでも不思議なことが起こりますよ」と、私が『不思議』の言葉をさらりと言い返すと、
「なるほど……同じ理由なのですか」
彼の声の響きはやや低音になり、私の言葉を真面目に受けとってくれたみたいな気がするが、はっきりと説明できないのがもどかしい。
「私たちの両手首を見てください。どういう理由で隠してしていると思いますか」
「えっ、まさか同じ物ですか」
そう言った彼の顔は急変しているようだ。
「そういうことです」
「信じられない。両手首ですか」
彼のそう言った言葉を聞いて、バルソン様と同じ言葉を使ったようだと思い出す。
「はい。いつもは隠しています」
私はそう言い切ってしまい、彼はこの一連の会話で何かを考えたのだと思う。それを考えるだけの力量があるのだと直感した。私がそう考えていると、私たちは宿の目の前で話しをしていたのだ……裏口かな?
「着きました。ここはフィットスの宿といいます。早い方がいいので私は話しをしてきますので、そのまま少々お待ちください。そして話しの続きの後で聞かせてください」
彼はそう言って入口を入っていった。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




