41=〈側室という言葉〉
☆ ★ ☆ (13)
西の森に出かける前に、ケルトンをシンシア様に会わせるために、二人で彼女の部屋を訪れた。
「シンシア様、お久しぶりです」と、彼は小声でそう言う。
「ほんとうにお久しぶりですね。リリアが話したように大きくなったわね」
「はい、ありがとうございます」
「リリアが考え方も大人になったと話しました。すべてリリアのお陰ですね」
「はい、私もそう思います」
「私はマーリストン様と会う時間が少ないから、考えたことがあるのですが、今から私の話すことを聞いていただけますか」
「はい、何でしょうか」
「マーリストン様がこの城に戻ってくると、リリアは私のそばに置きます」
「はい、私もそのようにお願いしようと思っていました」
「それはよかった。でも……リリアがこの城を出たいと言うのならば、私はリリアの気持ちを大事にしたいと思います」
「えっ、リリアがシンシア様のそばからいなくなるのですか」
「それも考えられることでしょう? 先のことは分からないのよ。今から私が話す言葉をマーリストン様はよく覚えておいてください」
「……はい」
「この城での私の立場を理解していますか」
「えっ、シンシア様の立場ですか」
「そうです。王様の側室という私の立場です」
「よく分かりません」
「そのことを今から説明するからよく聞いてください」
「はい」と、彼が返事をすると、
「リリアもよく聞いてくださいね」
彼女は私にもそう言ったので、私も『はい』と、返事をしたけど、彼女は何を話すのだろうか、と不思議に思ってしまう。
「二人がこの城に入れば、自分の立場で覚えなくてはいけない決まり事がたくさんあります。私の立場も同じで覚えることが大変でした。リリアにはそんな大変な思いをさせないようにしてください。私のそばにいるなら私が教えてあげられます」
「えっ、どういう意味ですか」
「リリアをマーリストン様の側室にすることは私が禁止します」
「えっ、意味が分かりません」
「もう少し大きくなればその意味が理解できると思います。そう思う前に話しをしています。このことをよく覚えておいてください。これは……私からの二回目の命令です。頼みましたよ。マーリストン様を助けたリリアへの恩返しです。私はそう思いますからね」
彼女の表情は真剣に見受けられ、私は驚いてしまう。
「……分かりました。覚えておきます」
「覚えておくだけではなく、男として私と約束してください」
「私が男としてですか、分かりました。シンシア様とお約束します」
「ありがとうございます。このことは決して忘れないでくださいね」
「……はい、分かりました」
「リリアもこの城を出たくなれば正直な気持ちで私に言ってください」
「……はい。ありがとうございます。私はシンシア様の口からこのような考えを聞くとは思ってもいませんでした。ありがとうございます」
私はシンシア様の一連の言葉に驚いてそう言うと、
「二人とも城の外で自由に生きてきたからね。リリアがこの城で生活することに対して、居心地が悪くて気詰まりを感じるかもしれないと思いました。マーリストン様は自分の立場があるのだからね。私たちの思いもあるから励んでください。リリアは自由なのだから、城に入るか入らないは自分で考えなさい」
「はい。私は頑張ります」
「はい。私もよく考えます」
私はそう言ったけど、こういう話しの展開になるとは考えてもなかったことだ。
「三人で西の森へ出かけることには賛成です。しっかり色んなことを学んできてください。色んな場所を訪れて色んな経験をして、色んなことを考えてください」
「はい、ありがとうございます」
「ここに戻ると……今まで通りの自由はなくなることもよく覚えておいてください」
「えっ、私が城の外に自由に出られなくなるのですか」
「ひとりでは自由に出られません。私はたまに市場へ行くでしょう。今まで許可が出なかったことはなかったけど、王様の許可が必要です」
「そのようなことがあるなんて……私は初めて知りました」
彼の声の響きは驚いているようだ。
「だから決まり事がたくさんあると話したでしょう。何事においても王様の許可がないとできません。それを考えるとリリアの自由がなくなります。でも……マーリストン様が王になれば、その許可はあなた自身が出せるでしょう。そうすれば、私は何度も市場に行けるし自分の屋敷にも戻れるので、とても楽しみにしていますよ」
彼女は最後にはにこやかな表情でそう話したが、そういうことまで説明をしてくれるのだ。
「……分かりました。私は必ず王になることをシンシア様にお約束します」
「頑張りなさいね。今までも大変だったとは思いますが、ここでも試練が待ち受けているからね。それを自分自身で乗り越えてください。リリアがマーリストン様をそうすることができる人間に育ててくれたと思います。私は信じていますよ」
「はい。私はこれからもリリアを信じていきますから心配はいりません」
彼は力強く返事をしてくれたようだ。
「ありがとうございます。私は深く考えたことはありませんでした。シンシア様に彼をお返しすることしか考えてなかったです。私もこれからよく考えてみます」
ほんとうによく考えなくてはいけないと思いそう言ってしまう。
「このことはマーリストン様が考えればいいことなので、リリアは何も心配しなくてもいいからね。もし城の中に入るなら私が教えます。でも……マーリストン様の近くにいて相談相手になってほしいです。私には話す機会が少ないと思うからね」
彼女はこういうことまで話してくれて、彼に説明しているよりも、大人の考えのできる私のことを女と思っているからの発言なのだろうか。
「……はい。よろしくお願いします」と、私はそう言うことしかできない。
「そんなに窮屈に考えなくても、王様のお陰で私はここでは自由ですからね」と、彼女がそう言ったから、
「制約された自由ということですか」と、私はついそう言ってしまう。
「……私は知りませんでした」と、彼は少し考えたみたいにそう言ったから、
「マーリストン様がその制約をくつがえせばいいのよ。私はそう思います」
私は彼の気持ちを向上させるためにそう言ってしまう。
「……はい。分かりました」
「すべてはマーリストン様の一言で決まるのよ。私は前にも話しましたよね」
「はい。引くことも大事なのですね」
「そういうことです。考えることも大事ですね」 と、私が追加するようにそう言うと、
「えっ、何を引くの?」
シンシア様は身を前に乗り出してそう言ったから、少し驚いたみたいだ。
「自分に危険を感じれば逃げ出すということです」
マーリストン様はそう答えていたから、私の話しはしっかりと聞いてくれたのだ、と思い嬉しい。
「そのようなことまで教えてもらったの?」
「はい」
「分かりました。私も大事だと思います。城というのは必ず王様が必要です。だから皆で王様を守っています。リリアもバルソンもバミスも今度からあなたを守るのよ」
「はい、私もその意味は理解しています。でも私は子供ではありません。少しは剣の腕も上達したと思います。シンシア様と同じで自分の身を守れるようになったと思います」
「……そうですね。これからはもっと上達しなくてはね。リリアのお陰ですね」
「はい。私もそう思います。私はリリアを尊敬しているし感謝もしています」
「マーリストン様は男として逞しくなりましたね。私はその言葉を信じていますよ」
「はい。子供ではなく男と言っていただき嬉しいです。ありがとうございました」
「もう一度いいますが、リリアを側室にすることは禁止します」
「はい、お約束します」
私は側室の話しには驚いたけど、シンシア様がこういうことを考えていたとは信じられない。先のことは誰にも分からないし、バミスと同じでケルトンの心の変化を前もって把握しなくてはいけないと思った。
彼もお年頃である。さすがシンシア様だ。私とは考えることが違うと思う。私には今まで考えられないことだ。近くにいなくても彼女はマーリストン様の母親なのだ。
バミスの気持ちにも気づかなかった間抜けな私だが、彼女の言葉で城での制約が思った以上に存在することを新たに考えさせられた。
私はシンシア様のそばにいられるかもしれないけど、でも……城での生活が私にはできるのかしら、と思いながらも、バミスはバルソン様の配下だし、彼は城から抜け出すことはできない。そう考えると……これから私たちはどうなるのだろうか。
城での制約か、中に入ると外に出られない意味が分かったような気がした。シンシア様は自分の意志ではずっと外に出られないのだと思われ、城の門から出られなくても私たちにはソードがあるので、私たちは出ようと思えばいつでも外には出られるけど、私が城の中に入ればシンシア様を外に出してあげられる。昼間は出られないとしても暗くなってから出てもらえばいいのだ。
シンシア様のそばにいるマーシーとルーシーに私のソードのことを話そうかな、と思いはしたが、参ったなーと考えながら、ケルトンを外してもう一度シンシア様と話しがしたいと思ってしまった。
この前みたいに城の外に出してあげられればいいけど、そのためには王様の行動を知らなくてはいけないよな。これはバルソン様と相談しなくてはいけない、と頭の中で考えながら、口ではケルトンと話しをして、私たちはゴードン様の屋敷に戻ってきた。
☆ ★ ☆
『ソーシャル、シンシア様は王様の許可がないと外に出られないのね。そういうことは知らなかったのよ。ご両親のいる自分の屋敷にも行けないのかしら?』
『頻繁には行けないと思いますが、それはないと思います。今までも市場に行くことは許可されていると話していたからです』
『私が城に入ると自由がなくなるのかしら?』
『そのようですね。城の門からは外に出にくいけど私がいますよ』
『それも考えたけど、そのことをしっかり聞いた方がいいわね』
『ケルトンも同じ境遇になると思います。リリアと一緒で外には行けます。でも、リリアがそばにいないと彼は寂しくなりますね』
ソーシャルは私が考えたことをそのまま言葉にしてくれたけど、二人だけで話すのは難しい。周りの視線も考えて話さなくてはいけないからね。
『それも考えたけど、ケルトンの立場は王になることでしょう? 向こうがなればシンシア様は今まで以上に辛い立場になるわね。何が何でもケルトンが王様にならなくてはいけないわね。私も辛い立場ね。今までこういうことは考えたことがなかったけどね』
『そのようですね。この手の話しはしたことがありませんね』
『私はたまにシンシア様を夜でもいいから外に出してやりたいけど、マーシーとルーシーに協力してもらうために、このソードのことを話してもいいの?』
『協力者は必要ですがバルソン様では遠すぎますね。そう思うとあの二人の方がいいでしょう。それはリリアが決めてください。私はそれに従います』
『これは難問だわ。何か閃きが起こらないかしら? 考えようとしたらだめみたいよ。ひょんなことで閃くと思うからそれまで待っているね。危険が迫れば閃きが強いと思うけどね。今夜は遅くなったからもう寝ます。後はよろしくお願いします』
『分かりました。おやすみなさい』
『おやすみなさい』
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




