35=〈剣の勝ち抜き戦の対戦相手〉
やや長文です。
☆ ★ ☆ (3)
私はここでは二十三歳、実際には二十六歳になっていたが、ケルトンが十六歳になったので、私たちは毎年四月一日に城で開催される剣の勝ち抜き戦に明日は参加する。
私がその話しをしたときに、彼はとても喜んでいたけど、私が心配なのは、彼が生きていていると考えている輩がこの城にいるかもしれないということで、彼が十六歳になれば剣の勝ち抜き戦に参加するかもしれない、とチェックしそうな気がした。
そのことも彼には説明したけど、私が城の中に入って自分の立場を作るには、この剣の勝ち抜き戦に参加して少しでも勝ち残れれば、彼のそばにいられそうな気がして、シンシア様もバルソン様もそういうことを話していたので、今回は試しに二人で参加することにした。
子供とは言え、彼は何度もその現場を見ていただろうけど、結局私は一度も見たことがない。今まで隠れ潜んで生活をしていたからであり、でも、その間に体力作りもしていたし練習もしていたのだ。
☆ ★ ☆
私はケルトンの部屋に椅子を持っていき、ランタンを灯して二人で話しをする。
「リリア、ここでは練習用の棒を使うから、俺は見たことがあるけどなるべく小さめの方がいいですよ。一応はその人の体型で棒を向こうが渡すみたいですね。いつものように絞って確認した方がいいです。俺は最初にそうしようと思います」
ケルトンの言葉としては珍しく、言葉多くにそう説明してくれる。
「何でも使いこなさなくてはね。私も握った感覚を最初に確認します。どのような人たちが参加するのか明日が楽しみね。私は自分自身のことを考えて真剣勝負で参加するつもりだから、私のことは考えなくていいからね」
「分かりました。俺も真剣勝負のつもりです」
彼が力強くそう言ったから、彼の意識がそう言わせているのだと思う。
「でも目立たないようにね。それだけは頼んだわよ。前に彼女が途中で適当に負ければいいと言っていたけど、できるならば余裕をもって適当に負けてよ」
「はい、そうします」
「でも最後まで残る人間は必ずいるから、どこでその人間と出会うかは分からない。最初から毎回自分の相手は最後に残る人間だと思ってね。心してから取り組んだ方がいいと思う。ほとんどの人がケルトンよりも年上だと思った方がいいわね。背が高いから体型的にはケルトンは負けてないと思うよ。でも試合に負ければそれで終わりだからね」
「はい、そのこともよく覚えておきます」
彼は淡々とそう言っているようだ。バミスからも言われていたとは思うけど、いつもそうなのだ。私が話す言葉に反論はしない。だまっていつも聞いてくれる。出会った時からそうなのだ。
「私よりもケルトンの方が強くならなくてはね。力よりも武技よ。構え方や足の置き方や使い方です。相手を見れば理解できるのかもね。いつもバミスと練習しているだけでは相手のことが分かっているし、要領はバミスの方がいいと思うからね」
「リリアには話してないけど、バミスが違う場所で俺と一緒に教えている人たちがいました。バミスだけと練習しているわけではないです。バミスが内緒にするようにと……俺も色んな人間と手合わせをしています」
「うそっ、ちっとも知らなかった。だからたまに帰りが遅かったのね」
私はそう言ったけど、何となくは気付いていたが、ソーシャルは何も説明はしてくれない。彼女はよけいなことは話さない。私もそれでいいと思っている。
「バミスに話したことは内緒にしてください」
「もちろんよ。バルソン様と話し合っていると思うから、すべてはケルトンのためにやったことよ。彼は相変わらず固すぎて律義だけどね。最初のころよりは少しは柔らかくなったと思うから、私はバミスの性格は好きよ。バミスはケルトンの側近で第一人者になるのよ。そう思わなくてはね」
私がバミスのことを好きだから、特別扱いするために話したわけではないけど、ケルトンのそばにずっといて、お互いに気心がしれていると思うし、信頼関係がいちばん重要だと思うからそう言ってしまう。
「はい。俺もそう思います」
「彼の助言は間違いないと思うよ。シンシア様とバルソン様の話しをよく理解していると思うからね。ケルトンが城に入ればそうしなきゃね。バルソン様もそう考えていると思う。私はケルトンのそばにいるよりもシンシア様のそばにいたいな」
私はやんわりと彼女の名前を出し、彼の意識を高めさせようと思ったけど、城の中の人としての配置がどうなっているのか分からない。
「ありがとうございます」
「ゴードン様には剣客のホーリーがそばにいるから、そう思うと私たちには誰もそばにいないのね。私にはソーシャルがいるからいいけどさ。ケルトンにはトントンがそばにいるからね。バミスにソードのことは話してないでしょうね」
最後の言葉は早口になってしまう。
「話していません。話しても誰も信じてくれませんよ」
「……確かにね。私たちがこの先どうなるか分からないけど、これは最後まで隠さなきゃね。頼んだわよ。これは最後の切札だからね。もう寝ようか。眠れないような気がするけど明日は頑張ろうね。おやすみなさい」
私は一気に注意事項やその他の気になったことを話したが、彼の考えもあるとは思うが、私も不安だらけである。私の言葉は自分自身に話したのかもしれない。
☆ ★ ☆ (4)
ゴードン様がケルトンを西の門まで馬車で連れて行くことになり、ソーシャルとトントンが連絡を取り合い、試合の状況を確認してもらうことにした。
屋敷から西の門へ行く反対側の道は、その先は道が狭くて馬車は通れなくて、馬車ではずっと遠回りをしなくては東の門には行けないそうだ。
言われなくても理解しているとは思うが、ここではまったくひとりだと思い意識を集中するように、と別れる前のケルトンにまた言ってしまった。
私は自分のことよりもケルトンが気になり、弟というよりも自分の子供みたいな気がしてとても心配で、子離れできない母親の心境なのだ、と心の中で笑ってしまい、彼らが先に出発したので、私は東の門まで『リース』で行くことにした。
☆ ★ ☆
試合の受付は前もって申し込んである。私はその木の札を見せて門を入ると正面に建物があり、右側に曲がった先は広場なのだ。上からそのことは確認済みだが、この東西の門の周りは警備が厳しく下に降りたことがない。
夜と昼との違いもあるが、下から見るとこういう広さなのだ、と改めてその現状を自分の目で確認でき、初めて見るその光景に少したじろいだが、ほかの参加者は二、三回目の人もいるかもしれない。
今日は『ミーバ』を部屋の天井にぶら下げ手ぶらて参加するが、水をケルトンに持たせればよかったと思い、参加者を見回したが、若い子もいるけど歳上もいるみたいで、今回は今までの剣道の試合とはまったく違う。相手によって怪我をすることもある。バミスもケルトンに話していると思うが無理をしないことだ。
シンシア様が話してくれたが、相手は命がけで戦ってくるので、こちらもそのつもりで戦わなくてはいけないと思う。落ち着いている人もいれば緊張している人もいるようだ。
最初は五組で十人が一度に戦うようで、名前を呼ばれるので前に出ると、私の最初の相手は十六歳に成り立てみたいな顔つきで、とても緊張しているようで見ていると気のどくになり、対戦相手二人に対して審判と呼ぶべき人間が一人ずついる。
しばらく受けたり攻撃したりと戦ってはいたけど、相手の左の首辺りに棒を止め私の勝ちになった。負けると即刻退場になるので、私はほかの試合を観戦する。
今の段階ではゴチャゴチャと戦っているだけのようだが、一発勝負に出る人間はいないような気がする。自分の力を隠し目立たないように戦っているのだろうか。
二戦目が始まっると、今度の対戦相手は同じくらいの身長だが年下には違いない。
意外に目つきが鋭くて気合いが入っていそうな気がすが、結構な勢いで打ち込んでくる。練習だと思い受けだけに専念する。
ずっと受けていると次の一手が感覚的に理解でき、足の踏み込みと手が連動していることが分かり、自分はこうならないようにしなくてはいけないと思い、自分の心に少し余裕があるみたいだ。
左から打ってきたのでそれをはね返し、面を取ることで勝ちを取ったけど、私にはこの動作の言葉が分からない。私が二本目を勝ち取って、ソーシャルに彼の情報を聞いてもらうと、男は毎年挑戦者が多いらしく、まだ二戦目が始まっていないくて、ほかの人の動きをよく見るように伝えてもらった。
☆ ★ ☆
今回の相手は今までと違い若くはなく、最初から落ち着いているように思えるが、彼女の余裕のある眼差しに私の方がすでに負けているような気がする。相手に与える気丈な心構えや雰囲気は大切だと思い直し、彼女は何回も参加しているのだろうか。
試合が始まると思ったとおりに彼女には隙がなく、打ち込んだり打たれたりと長引いて苦戦したけど、向こうが先に打ち込むと半歩で受け流し、同時に次の打ち込み体勢に持っていき、お互いにそれの繰り返しのようで、私は後ろに引くことはしないで横に移動しているのだ。
私が右に飛びながら左手だけに剣を持ち、右手を下に添えて相手の右側の胴を取りに行くとこれが決まり、勝ったと気づいたときに辺りを見回すと、最後まで二人で戦っていたことにも気づき、周りには誰も戦っておらず、ほかの者から見られていたのだと思いながらも、先ほどの受けだけを練習していてよかったこともあり、いつもは右手が棒の上で握るのに、今回は左手が上にきたことを思いだし、このようなやり方もあるのだと自分で不思議に思う。
私の視覚が自分の脳に今度はこう動けと命令しているみたいで、考えるよりも勝手に足と手が連動して動いたみたいで、そう思うと、その場に応じた戦い方があるのだと実感するが、すべての動きが早くて頭がその映像を思い出せずに断片的に考えていると、彼女は相当に手強い相手だと総合的に考えながら、最後に右足を痛めたと消え去ろうと思っていたので、私が係の者にその状況を伝えにいくと、対戦相手が私のそばに歩み寄ってくる。
「初めまして、私の名前はマキーリよ。あなたはとても強いのね。足は大丈夫ですか」
「私はリリアと言います。少し痛いけど大丈夫です」
私はつい自分の名前を言ってしまい、こういう場面を想像してなくて、ほかの名前が出ない。
「今日は残念だった。リリアあれば最後まで勝ち残れると思ったのにね」
そう言うこの女性は、係りの者に告げる私の話しを聞いたよう気がする。なぜ話しかけてくるのだろうか。
「……今回は初めての参加でしたから、無理して足が痛くなると困ります」
「失礼だけど、リリアはおいくつになるの?」
彼女から突然そう言われて驚く。さっきも自分の名前を正直に話してしまいまずいと考え、どうしたものかと思うが、ここでの若い方の年齢を言いうことにする。
「……私は二十三歳です。マキーリはおいくつなのですか」
「私は二十四歳よ。この歳になって下の者に負けてしまったのね。残念だったわ」
そう言った彼女の言葉を聞くと、自分に相当な自信があるのだろうと思ってしまう。
「この城にお仕えしたかったのですか」
「すでにこの城の中で仕事をしています」
彼女がそう言ったのだけど、彼女のような人間が今回参加しているなんて、どうなっているのだろうか。今まで聞いたこともない。
「……それでは、どうしてこの試合に出たのですか」
「リリアみたいに腕のいい人を見つけ出すためよ。この城で働く気はあるの?」
また考えてもないことを言われ、彼女はスカウトみたいなことをしているのだろうか。
「残念ながらありません。日頃の腕試しに参加しただけです」
「それはもったいないわね。私を負かすほどの腕があるのに、私が悪いようにしないから働いてみれば? あなたの腕は確かだと思うわよ」
彼女は力強くそう言ったけど、私は比較する強い人間を知らないので、彼女に勝ったことは嬉しいけど、その意味がよく分からない。
「……見ず知らずの私なんかが城では働けません」
「それでは、私が今からある人を紹介しますから、その人に会ってもらえませんか」
「申しわけありませんがお断りします」
「それでは……その人の名前を教えたら考え直してもらえるの?」
「いえ、聞かない方がいいと思います」
「こんなに私が誘っているのに、私は諦めないからね」
彼女が少し大きな声でそう言うからまた驚いてしまい、私はそれほど彼女に気に入られたのだろうか、と自分勝手に思ってしまう。
「なぜそういう風に誘うのですか」
「その人をリリアと一緒に守りたいからよ。 その人に会ってもらうまで諦めないからね。私はあなたと戦ってそう感じたのよ。私のほんとうの名前はマーシーといいます」
「えーっ、マーシー。ひょっとしてルーシーのお姉さんですか」
その名前に驚いて、またよけいなことを言ってしまう。
「何でルーシーのことを知っているの?」
「お守りするのはシンシア様ですか」
私は周りを見回し、蚊の鳴くような小さな声で聞く。
「何でそのことを知っているの? あなたは誰なの?」
彼女は私とは裏腹に少し大きな声で聞くのだ。
「私はリリアです。この名前に聞き覚えはありませんか」
「えっ、聞いたことがないわよ」
彼女の声の響きと顔の表情からして、ほんとうに知らないみたいで、ルーシーは私との約束を守ってくれている。
「分かりました。私はルーシーを信じていますから、そのことを彼女に必ず伝えてください」
「えっ、意味が分からないけど、ルーシーにリリアの名前を言えば分かるのね」
「はい。私はリリアです。来年また参加しますからよろしくお願いします」
「私は残念です。私のご主人様にも話しますから連絡先を教えてください」
彼女の話し方が少し変わる。
「申しわけありません。教えられません」
「そんなに城で働くことが嫌なの?」
「いえ、今は説明しようがありません」
「それでは、次回に必ず勝ち残ることを約束してくれますか」
「はい。それは約束できると思います」
「そのことだけでも伝えます。リリアのことを諦めないからね」
「申しわけありません」
「リリアは不思議な人なのね?」
「えっ?」 と、私はこの最後の言葉にも驚いてしまう。
私はこういう場所でマーシーに出会ってしまったと思いながらも、私の言葉はシンシア様に届くと思うので、私はやっとこ勝つことができたのだと実感したが、彼女たちがシンシア様を身近で守っていることが分かり、ほんとうによかったと思った。
ここにはバルソン様の配下の者もいると思うので、シンシア様の警護は強固なのだとも思い、彼女は最後まで勝ち進んで警護する強者を捜しているのだろうか、とも思ってしまった。
☆ ★ ☆
『ソーシャル、今の人がマーシーだったのね。ビックリしちゃった。どうりで手強いと思った。でも……私が勝ったから私の腕も上がったということね。自信が持てたよ。最後まで二人で戦ったからそこが心配なのよね。目立たなかったかな?』
『大丈夫だと思います。誰も後をつけていません』
『よかった。彼女が声をかけたからほかの人は諦めたのかもね』
『それは考えられます。シンシア様もマーシーの言葉を聞いてリリアの腕に満足するでしょうね』
ソーシャルにそう言われ、今までずっと訓練してきた甲斐があったことを彼女が認めてくれたような気がし、何だかとても嬉しい言葉だ。
『自分でも安心したのよ。ところでケルトンはどうなっているの?』
『二戦目も勝ち残ったと言っていました』
『男は人数が多そうだからね。四戦目まで勝ち残これば、足が痛いとか言った方がいいのかもね』
『分かりました。そのように伝えます』
『目立たないようにね。何かあればトントンと話し合ってと伝えてね』
『分かりました』
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