34=『シンシア様とバルソン様』
やや長文です。
第二章が始まります。
引き続き、よろしくお願いいたします。
☆ ★ ☆ (1)
私が赤い実のボブのことを知ってから、いつもタイミングが悪く、まだ彼を一度も尋ねたことがない。バミスとケルトンと一緒にこの機会に尋ねてみようと思った。
リズやボブからの情報だけでは黒い帝国の詳しいことが分からないので、この剣の勝ち抜き戦を実際に体験すれば、日頃の練習成果を知ることができると思う。それを踏まえて訪れようと考えた。
この旅の目的は、黒い帝国と戦った人々の体験談を聞くためと、旅の中でケルトンに色んな経験を積ませたいと思ったからだ。
彼は子供でも大人でもないし、大人の中で成長した彼の立場はもうりっぱな大人だと言える。この五年間で心も体も成長したと思う。バミスには話せないけど私たちには仲間がいつもそばにいるので、時期的にも暖かくなるからいいと思ったのだ。
☆ ★ ☆
三月に入り、私はバルソン様に話しがあるとバミスに連絡をさせ、屋敷に迎えの馬車を手配した。
今まで私たちが相談するための隠れ蓑として使っている部屋は、広くはなく奥にベッドが備わった部屋が多く、二人で話したり三人で話したりしていたが、バルソン様が来るとすぐ移動できるように、シンシア様は奥の部屋に近い椅子に座ってもらっている。
「お連れ様がいらっしゃいました」
宿の者がそう言ったので、私はシンシア様と話しをしていたけど、彼女は素早く奥の部屋へ隠れる。
「ありがとうございます」
私が返事をするとバルソン様が中に入ってくる。
「このような場所でお話しがあるとは驚きました」
彼は部屋に入るや否やそう言うので、私は立ちあがる。
「申しわけありません。こちらへどうぞお座りください」
私はそう言って彼を私の対面の椅子にうながし自分も座る。
彼女が奥の部屋に入ると、自分の座っていた椅子からずらして隣の椅子に、さも座っていたような雰囲気を作りだして立ち上がり、彼は私の対面に座ると思っているので、彼女が座っていた椅子は体温で暖まっていると考えたからだ。
「ありがとうございます。ここで大事なお話しですか」
「はい。私の話しを先に聞いてください。私は今までケルトンとバミスと五年もの間一緒に生活をしていました。私はその間はケルトンのことしか考えていませんでした。バミスのことは考えてなかったです。二人だけで話し合う時間も少なかったです」
「……なるほど」
「私はバミスが苦しんでいるのを知ったときに、自分の気持ちがはっきり分かりました」
「えっ、どういうことですか」
彼はそう言ったが一瞬驚いているみたいだ。
「私がバミスの本心を知ったときに、私はバルソン様の気持ちが理解できました」
「えっ、バミスがリリア様をですか」
彼は先ほどよりも驚いた様子で、椅子の背もたれにあった身体が一瞬前のめりになる。
「はい。私はバルソン様にお聞きしたいことがあります」
「何をでしょうか」
「突然ですが、今でもシンシア様のことはお好きですか」
「えっ……それはどういう意味ですか」
彼はテーブルの上に両手を移動させて、指をからませてからそう言う。
「前にバルソン様はシンシア様の命をかけて守るとおっしゃいました。私は確認が取りたいです。その気持ちは今でもお変わりありませんか」
「リリア様のお気持ちは分かりませんが、私は子供のころからシンシア様のことは好きでした。私たちが出会ったときに話しましたが、その気持ちは今でも変わりありません」
彼からはっきりとした口調で聞くことができて、私は内心ホッとした。
「分かりました。ありがとうございます。私はその言葉を聞いて安心しました」
「えっ、今からバミスがここに来るのですか」
彼が何を考えたのかは分からないが、彼はバミスの名前を口にする。
「いえ、彼はここには来ません。彼には連絡してもらっただけで、今夜は私とゴードン様と三人で会うと伝えてあります。こういう場所で私たちが会うことは誰にも分からないと思います」
「……分かりました。バミスのことは私も気づきませんでした。申しわけありません」
彼は私の瞳をスレートに覗き込むようにそう言う。
「いえ。バルソン様が謝ることではありません。向こうで二人でよく話し合いました」
「信じられない。それほど前からですか」
彼はそう言ったけど、指をからませた先ほどの体勢から変わることはないが、その指に力が入っているみたいだ。
「バミスの気持ちはいつからか分かりませんが、このことは私たちしか知らないことです」
「バミスがですか、考えたこともなかった。リリア様も同じですか」
「はい。バミスが私の本心に気づかせてくれました。私は彼をずっと苦しめていました。彼はその苦しみから抜け出せたと思います」
「またもや……私はリリア様の不思議には言葉がありません」
彼からそう言い切られてしまう。その時の私は自分のことしか考えられなくて、バルソン様の気持ちを深くは考えてはなくて、シンシア様とバルソン様のことしか考えていなかった。この時代的背景のことが抜けていたのだ。
「申しわけありません。今夜はその不思議を使いバルソン様に会わせたい人がいますが、何も言わずに今から会っていただけますか」
「えっ、今からですか。私の知っている人ですか。どなたでしょうか」
彼はそう言ったけど、彼のやや急ぎ足の言葉を聞いていると、その前の言葉も含めて動揺しているように受け止められるのだ。
「身近にいてよくご存じの方です。それは……シンシア様です」
「まさか」
私が発した言葉に反応して彼はひと言しか話さないけど、テーブルの上にあった両手に力が入るように押したみたいで、一瞬腰を浮かし椅子に座り直す。
「後ろの部屋にシンシア様がいらっしゃいます。私が会っていただきたいと思いお連れしました」
私がそう言うと彼は何も言わずに、彼の顔はかつてないほどに驚いているような気がする。シンシア様が私の言葉を聞いてからか、奥の部屋から引き戸を開けてこちらの部屋へ入ると、彼は椅子から立ちあがり音のする方へ斜め越しに体を向け、彼の透き通るような薄茶色の瞳で私を見ていた視線が彼女へと移動するのだ。
「直にバルソンの口からその思いを聞かせてもらい、ありがとうございました」
「……どうして」
バルソン様はこの状況が信じられないような、意味が理解できてないような、自分の思考が絡まっているかのように、固まっているような気がする。当然だよね。
「シンシア様、どうぞこちらへお座りください」
「ありがとう。バルソンも座ってください」
「……分かりました」と、彼はそう言って、自分の椅子に腰をすとんと落とす。
「さきほども話しましたが、バミスの気持ちを知ったときに、すぐバルソン様の気持ちが頭に浮かびました。それで……ここにシンシア様をお連れしました」
「信じられん。どうしてここに来られたのだ」と、 彼は少し大きな声でそう言う。
「バルソンがいつも私に話しているリリアの不思議なのよ」
彼女は淡々とそう言ったようだけど、私が前もって話しをしていたからそう聞こえるのかもしれないが、確かにそれ以外の言葉はないと思ってしまう。
「信じられないし意味が分からん。どうしてここに来られた」
彼の言葉遣いが急に変り、私たちの顔を交互に見てそう言うから、それほど動揺しているのかと思う。当然だよね。
「私が後で説明します。私も信じられない。今までバミスの話しは聞いたことがなかったけどね」
彼女はバミスのことが気になるようで、横にいた私の方を向いてそう言う。
「申しわけありません。バルソン様の気持ちを確認するために、今まで話しませんでした」
「……分かりました。私はリリアが話した意味がよく理解できたわよ」
「……リリア様のお話しは、いつも驚くことばかりですね」
彼は自分の動揺を落ち着かせるような話し方になり、極力普段通りの言葉遣いに戻らせたのだとは思うが、彼の視線は私ではなくシンシア様に向けられじっと見ているようだ。
「ほんとうね。今回の話しもバミスの話しも驚きました」
シンシア様はバルソン様よりも心穏やかに話しているような気がする。
「それでは私は帰ります。日が昇る前にお迎えに来ます」
私がそう言ってテーブルに両手をついて自分の体を立ち上がらせると、『信じられん』と、彼は落ち着かせようとしていた心が一気に再燃したかのように、その言葉を発して立ち上がり、私の顔をまじまじと見ているから、私も対面に座っている彼を観察するかのごとくずっと見ているのだ。彼が一瞬でもこういう風に目を見開いて驚いた顔を、私は今まで一度も見たことがないような気がする。
「私はリリアに感謝します」
シンシア様が座ったままでそう言うから、私の視線は彼女へ向かう。
「私も感謝する。それ以外の言葉はない」
彼が立ちあがったままでそう言ったときの彼の視線は私に向いているが、彼の視線がシンシア様に移動したので『失礼します』と、軽く頭を下げそう言って、私はこの部屋を後にしたのだ。
☆ ★ ☆ (2)
数日後、私はカーラにシンシア様の部屋へ明日行くと伝え、彼女に『西の城』に行くことを話すためであり、私が明かり取りの窓からそっと入っていくと、彼女は蚊屋の手前にある椅子に座って待っていてくれるので、私はあまり遅くならない時間にいつも訪れることにしていた。
この部屋に入る入り口は西の屋敷の中央廊下にあり、いちばん奥に蚊屋のある部屋があって奥行きがあり、その手前はお客さまと話すためなのか広めの部屋があり、テーブルと椅子が置かれていた。
そこが庭の入り口にもなっているから、私たちが小声で話しても中央廊下にいる警護の者たちには聞こえないと思う。いつものごとく音を立てないように入り口を開けて中へ入る。
「遅くなりました」
私はいつものごとく最初にそう言っているが、これが私たちの挨拶になったようだ。
「大丈夫よ。今日は私の話しを先に聞いてくれない?」
「はい」
「この前バルソンのことはありがとうございました」
「この前は無理くりにお誘いして驚かせ、出過ぎた真似をしました」
「ソードのこともバミスのこともとっても驚いたけどね。バルソンのことは感謝しています」
「ありがとうございます」
「私たちだけではこのままずっとどうすることもできなかったのよ。バミスとの話しは私たちには衝撃が強かったけど、ほんとうの話しなのよね」
「はい。ほんとうの話しです。間違いありません」
私ははっきりと答えたつもりだが、彼らは私の話しに少しは疑いを持っているのだろうか。
「分かりました。バルソンに確認すると話したからそう伝えるわね」
「よろしくお願いします」
「バミスのお陰でもあるのね。バミスがリリアのことを好きにならなければ、こういうことが起こらなかったのね。マーリストン様も彼と出会えて、そう思うとバミスにも感謝しなくてはいけない。バルソンとそう話したからね。今までの思いをたくさん話すことができました。こういう貴重な時間をリリアが作ってくれて、例えるものがないくらいに素敵な時間を過ごせました。ありがとうございました」
彼女はそう言ってくれたのでホッとしたけど、よけいなことをしたかもしれないと少し心配で、でも、私がこの時代にいなければ二人はどうなっていたのだろうか。
「……そう言っていただきありがとうございます」
「今からリリアの話しを聞くわよ。今日は何の話しがあるの?」
「はい。私は剣の勝ち抜き戦が終われば黒い帝国の情報を手に入れるために、バミスとマーリストン様と三人で西の森へ行ってみようと思います。よろしいでしょうか」
「えっ、そういうことを考えたの?」
私の言葉を聞いてまた驚いているようだけど、半分はあきれ顔のような気がするのだ。
「はい。自分の馬に乗り三人で行きたいと思います。彼にも長旅で色んな経験をさせたいとも思いました。ここだけではなく……ほかの場所を訪れて見識を深めてもいいと思います。彼はもう子供ではありません。自分の身は守れると思います。バミスと私がそばにいるので危険はないと思います。バミスが知らない私たちの仲間もそばにいますから」
私はソーシャルのことを言ったつもりだけど、彼女はソーシャルのことを知らないのでソードのことを思うのだろう。
「……分かりました。リリアの考えはいつも前向きなのね。私も一緒に着いていきたいわね。私がたまに市場に行くのは気分転換だけど、彼がここに戻ればそういう機会は少なくなると思うから、私がバルソンに話しておくから行ってきなさい」
「はい。ありがとうございます。黒い帝国の情報も必ず手に入れます。バルソン様の手柄になると思います。王様の信頼感がまた深まると思います」
私はそう言って彼女にはバルソン様のことを話したが、カーラと同じような存在の『赤い実のボブ』のことは話せないし、私としては一石二鳥の行動なんだけどな。
「そういうことまで考えているのね。やはり……あの話しは彼ではなくてリリアのことだと思うようになったのよ。バルソンの閃きが理解できたような気がする。今回のこともあるしね。彼があなたのことをすごいという意味も納得できそうな気がしたのよ」
彼女は言い伝えのことを話しているのだとは思うけど、その若者は、自分の感情を殺すほどに精進をしているケルトンのことだと思ってほしいな。
「私は彼だと思います。そのために彼は努力しています。王様にもそのことを理解してもらわなくてはいけません。最後の決め手は彼のソードです。私よりも背が高くなり、彼のソードは私のソードよりも大きくなりました」
ケルトンから『突然ソードが大きくなった』と、慌てて私の部屋に飛び込んできた姿を思い出し、二人で見比べたあの日のことを思い出しながら、そのことを彼女に伝えたつもりだ。
「私は一度しか見たことがないからね。リリアがそういうなら信じましょう」
彼女がまた見たそうな表情で、私の右手のブレスに視線を落としてそう言うから、むやみやたりに見せない方がお互いのためだと思い、一度しか見せてなのよね。
「ありがとうございます。彼には黒い帝国の話しは隠しています。私が彼のそばにいてバミスに情報を手に入れてもらいます」
「……そうね。リリアが動くよりもその方が的確で安全ね」
「はい。バミスに少し変装してもらいます。バミスが長男で私が長女で彼が次男として行動すれば、バミスを知る人に出会っても誰も分からないと思います。シンシア様の背が高いので、今ではバミスと同じくらいになりました。もっと伸びると思います」
「ここ数年は会ってないけど……背が大きくなったのね」
彼女は彼のことを想像しているかのように話すから、やはり、彼に会いたいのだと思う。
「はい。出かける前に必ずここに連れてきますからご安心ください。彼の仲間も増やしてきます。西の城の近くにゴードン様の知り合いがいますから、彼らにも会ってきます」
「ゴードン様は知り合いがたくさんいるのね。バルソンもそう言っていたけど、その人たちは彼の存在を知っているの?」
「いえ。前にも話しましたが、ゴードン様と関係があるということで、彼の存在を知っているのは数人です。その人たちがほかの人を動かすと言っています。私はゴードン様の存在を信じていいと思います。今まで彼のことが知れ渡ることがなかったからです。お二人とも彼の噂話を聞いてないと以前におっしゃいましたから、私は彼の仲間は信頼できると思います」
「彼の噂話しは一つも聞かない。バルソンもゴードン様は頼りになると言っていました。私はここで正式に王子様に会える日を楽しみにしていますよ」
彼女はにこやかにそう言ってくれる。こういう話しをシンシア様にしたのはいいけど、私はゴードン様の過去は詳しくは知らないし、でも、彼はケルトンのことをとても気に入っているようで、最初の出会いからこうなる運命だった、と彼の口から聞いたので、私がマーリストン様と出会ってしまった運命と同じだと思い、理由を考えても分からないことだ。
私たちの最初の出会いから考えると、次第に時が運命を作り替えたような思いが強くなり、この時代では剣の力が強い人ほど周りに人間が集まるそうで、私が城で彼のそばにいるためには、私が剣客にならなくてはいけないような気がしたきたのだ。
☆ ★ ☆
私は幼少のころから剣道を習っていて、そのために自分の命を諦めたけど、この時代で生きていけることになったと思うと、人生とは理不尽なものだ。
私の剣の力をここの人間にアピールしなくてはいけなし、それを証明するのが剣の勝ち抜き戦であると思い、今回は腕試しで雰囲気をつかむために、目標は半分だけにすることにした。
私たちのソードはお互いに連絡ができるから、東西の門に離れていても話すことができると思う。ソーシャルとトントンがお互いに会話ができることは、ケルトンにはずっと隠し続けていたけど、彼の十六歳の誕生日のお祝いの言葉として伝え、自分なりにその意味も説明したつもりで、彼にも自分の意見があるとは思うけど、彼は私の言葉を信じる、と言ってくれたのだ。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




