26=『リリアとシンシア様』 (2)
前回の続きです。
「……分かりました。そのことを教えてくれてありがとう」
「私はお二人の過去を知りません。話しの流れでお話しになったようです」
私が彼から聞いた言葉をそう説明する。
「……分かりました」
彼女はそう言ったけど、私から視線を外して布団の足元を見ているようだ。
「……ところで、リリアはいくつになるの?」
「えっ、私は今まで自分の歳は考えたことがないです。いくつなのでしょうか」
「えっ、どういうことなの?」
「先ほどもここに突然に来たと説明しましたが、私は自分のことを半分ほど忘れているようです」
「えっ、どういうことなの?」
「これも私の不思議なのですが、たまに言葉が閃くけど思い出せません」
「えっ、どういうことなの?」
「自分がどこの誰だか分からないということです」
「えっ、どういうことなの? 私はリリアと話しをしていますよ」
「私も今はシンシア様とお話しをしていますが、自分のことがよく分からなくて……私はいくつに見えますか」
そう言った私は、今まで自分の歳など真剣に考えたこともなかったけど、二十歳くらいだと適当に答えてもいいのだろうか。
「意味が分からないけど、突然そう言われても困ります。こういう時は若く言いなさい。ちょっと暗くてよく分からないけ十八歳にしましょう。そのくらいに見えるからね。彼は十一歳なのよ」
と、ケルトンは十歳と言っていたのに、彼の歳を教えてくれる言葉に驚く。
「彼は十歳だと言いましたが……」
「……ここにいない間に一つ歳を取ったのよ。私は身近な人たちとお祝いしたからね」
「生まれはいつなのですか?」
「十月一日よ。いなくなったのは六月一日だけどね」
「それでは今日は何月何日なのですか?」
話しの流れでそう聞いたけど、ここの世界でも日付が存在することを初めて知る。
「今日は十二月五日よ。城の外では日付はあまり関心がないとバルソンが言っていたけどね」
「……なるほど。私も考えたこともなかったです」
私はそう言ったけど、時間の存在は毎日のことだから気になり、たまに懐中時計で確認をしていが、ずいぶん寒くなったから冬の季節の到来だとは思っているけど、日付の存在は考えてもなかったし、ゴードンにも聞いたことがない。
「私はバルソンとは幼なじみだったのよ。私の父が女でも剣を習うことが必要だと考えていたのね。彼も私も同じ先生に剣を教えていただき、毎年この城で開催される十六歳以上の剣の勝ち抜き戦に十七歳で出ました。それで勝ち抜いて王様の近くにお仕えすることになったのよ。バルソンの方が先に城に入ったけどね。ここでは剣の力が強い方が勝ちです。彼もそのことをよく知っているから、これからも剣の鍛錬に励みなさい、と伝えてください」
シンシア様は突然そういうことを話したから、バルソンのことを考えたのだろうか。
「分かりました。彼にもケルトンとして、その勝ち抜き戦に出ることを目指して励んでもらいます。その時に私も一緒に出てもよろしいでしょうか」
「誰でも出られます。バルソンがリリアは剣が使えると話したけど、あの剣の構え方で分かったと思います」
「そのようなことが分かるのですか」
私はあの時、刃の先端から両腕を通して、体の中に何かが入ってきたような不思議な感覚を思い出し、自分でもよく分からなかったけど、それで剣が使えると理解したのだろうか。
「私も少しは分かると思います。リリアが今回の勝ち抜き戦に出るとしても、最後まで勝ち残らない方がいいわね。腕試しにはいいのかもよ」
「……なるほど」
私はそれしか返事ができないが、彼女は今でも剣客の類なのだろうか。その状況がいまいち分からない。
「相手は城にお仕えする希望者たちだから、彼女たちは真剣に戦うと思いますよ」
「……なるほど」
「途中で適当に負ければいいのよ」
彼女がそう言ったけど、私が剣道を習っていたとしても、飽くまでも棒と同じような感覚であり、何もできないと思うが、少なからず強そうな雰囲気だけは汲み取ってくれたようだ。
「適当に負けるほど余裕があればいいですけど、王様もご覧になるのですか」
決勝戦くらいは観戦するのかなーと思いそう言うと、
「男女共に最後の八人ほどが戦うときにはご覧になります。私たちも一緒に見るからね」
彼女がそう言ったから、最後の八人に残らなくてはいけない。
「彼にそのことを伝えます。まずは体の安定感からですね。分かりました」
私が竹を使って考え出した方法を頭に思い浮かべてそう言うと、
「私たちの先生もそのことを最初に教えてくれたのよ。体がいつも安定していると次の飛び出しが素早くできるとね」
彼女からそう言われてしまう。
「分かりました。その方法は考えました」
「それが大事だと彼に伝えてください」
「はい。私はシンシア様の身近でいつも使っている物で、何か彼に渡せる物があれば渡したいと思いました。ご迷惑かもしれませんが何かいただけませんか」
彼女の使っている物をケルトンが持っていれば、少しは寂しさを紛らわすことができると思い、そういう風に話してみる。
「そうだ。王様からいただいた小さな短剣があります。彼がいなくなり私のことを気遣って作ってくれたのよ。私はいつも後ろに置いています。彼が王様に会う機会があれば、必ずこれを見せるように伝えてください」
シンシア様はそう言いながら、彼女は体を足元の方にずらして後ろを振り向き、背もたれにしていた枕元の引き出しから、その短剣を取りだして渡してくれる。
「分かりました。必ず彼に渡します。その機会が訪れるまで私が預かってもよろしいですか」
「その方がいいでしょうね」
「ありがとうございます。何かいつも身につけられている物はないでしょうか」
「……私のこの指輪を渡したいけど、これは王様からいただいたものだからね。これを渡すわけにはいかないわね」
彼女はそう言いながらも、右手の指をおでこの前に持っていき考えているようで、頭の中では色んな思考が広がっているようだと思う。
「……ほかの指輪を首から提げたらどうでしょうか」
「……そうね。私の母から譲り受けた翡翠の指輪があるわね。あれだと輪になっているので首から紐で提げられるでしょう。今持ってくるから待っていてね」
彼女がそう言ったから『お持ちしています』と返事をする。
彼女が布団から出たのでこの蚊帳の中をよく見ると、上から紐でつり下げられているのか黒っぽいレースみたいな素材の垂れ幕というのか、このベッドをすっぽり囲んでいて、上下の布団は白っぽくてとても柔らかく、今は腰まである上掛けは少し重そうな大きな布団だ。
私の時代の言葉でいうと『ダブルベット』くらいの大きさで、枕元にはキャビネットタイプの引き出しが左右に二つあり、雰囲気的にこのベッドとは別口で引き出しが枕で隠されているから、衝立ての役割もしていると思い、部屋が暗いので、明るいときに見てみたいと思った。
☆ ★ ☆
「お待たせ、これは私の母からいただいた指輪だから彼に渡して、こっちは私が買った物だからね。リリアにお礼として差しあげます。受け取ってください」
しばくして戻ってきたシンシア様は、寒かったのかすぐ布団の中に足を入れて入り込み、前と同じような体勢になり、右手の中に握りしめていた指輪を二つ見せてくれて説明してくれる。
「私もいただけるのですか。ありがとうございます。私も首から提げるようにします」
私は受け取った薄い色と濃い緑色をした翡翠のような指輪薄明かりの中でをじっくりと見て、灯りが乏しいのではっきりとは模様まで確認できないが、太陽の下で見るとさぞきれいなのだろうと想像しながら、リュックの中でハンカチのような布の中に巻きいれる。
「分かりました。あなたのお礼にとバルソンに金貨を渡したけど、彼は渡せなかったと言っていました」
「えっ、そうなのですか? 私が先に金貨を渡したので出しそびれてしまったのですね。ありがとうございました。金貨は気持ちだけ受け取ります」
私はそう言ってしまうが、この翡翠はやはり値打ちがあり思い出深き代物だと認識してしまい、ケルトンには渡すが私まで貰っていいものか、とさっきは自分の右手の上に置いて少し悩んだのよね。
「彼に持たせた金貨と短剣の話しも聞きました。ありがとうございました」
シンシア様はそう言ってくれたけど、バルソンはそのことも彼女に話したのだ。
私は短剣の意味合いまで話してないような気がするけど、向こうでは考えられない話しだが、外国では銃の話題が問題視され続けているが、私もナイフは自分の身を守るためにも持ち歩いているし、私たちにはソーシャルやトントンが影ながら守ってくれているので、でも、危険を感知しても言葉で伝えてくれるだけで、実際に行動をするのは私たち自身であり、数秒の時間を先取りする魔法のような現状であると思う。
「私はシンシア様の部屋を探しに行くことを彼に話して、あさってのこの時間にまたひとりで来ます。その次は必ず二人で来ます。今夜のことはすべて彼らに内緒でお願いします。短剣はお預かりしましたが、あさってにいただいたことにします」
「分かりました。今日は内緒の日だからね」
「二人で来たときには、必ず彼に短剣の話しをしてください」
そう言った私の思惑は、その短剣を私が取る取らないの問題ではなく、少しでも二人の共通である話題の提供を促すためだ。
「分かりました。リリアのことは信じているからね。でも……彼のために短剣のことは確認します。バルソンにはこのことは内緒にした方がいいでしょう。彼に迷惑をかけたくないからね。私たち三人だけの秘密でよろしくお願いします」
彼女がそう言ったから、バルソンはこの短剣のことは知らないのかしら?
「分かりました。今夜はもう遅くなりましたから帰ります。この中はとても暖かかったです。ありがとうございました。私はシンシア様とお話しできたこと自体が不思議だと思います。ましてお布団の中ですからよけいに信じられません」
「私もよ。一緒に話しができてよかった。でも……今夜は存在しない日だからね」
彼女は子供を想う母親のような優しい響きで、はたや自分に念を押すような、そういうような気がする。
「私は今から剣を出して消します。よく見てください。これが私の不思議です」
私はそう言って、ベッドの外に出てからすっぽりブーツを履き、この蚊屋の中で彼に見せたようにソードを出してから…………それを消した。
「……信じられない。バルソンの話した意味が分かった」
彼女の言葉は小声ながらも、素っ頓狂な声の響きに聞こえてしまう。
「私は今からもう一度剣を出します。今からシンシア様が目にする光景は、彼らは知っていますがバルソン様は知らないことです。この剣の不思議はこれだけではありません。これは見なかったことにして、誰にも話さないと約束していただけますか」
「えっ、どういうことなの?」
「女同士の会話をさせていただいたシンシア様ですから、私は特別にお見せします。バルソン様には特にお知らせしないようにお願いします。約束していただけますか」
「……分かりました。女同士の約束ですね。その代わりに彼のことはよろしくお願いします」
そう言った彼女の頭の中は、今までの話しを総合しているようで、ソードを見ても話しを聞いているだけバルソンよりも驚きが少ないような気がするが、ソードに乗ることはどう思うのだろうか、と心配になる。
「分かりました。驚かないようにしてください」
私はそう言ってから、彼女の前でまたソードを見せる。
今度は柄を握らずにそのまま放置すると、このソードは向こうに倒れて空中に浮き、私はその上に座って足元が見えるように浮揚して、これに乗って帰ると話すと、私が見ていると彼女が目をまん丸くして非常に驚き、両手で布団の上掛けを握りしめ私を見上げている。
「……すごい……信じられない。だからここに来られたのね。何だか夢を見ているみたいよ……これは現実なのよね」
彼女は私が座っていた場所に少し体をずらしてそう言う。
「これは現実です。私はこのソードに乗ってここに来ました」
私が下に足をつけてからそう言うと、
「バルソンにも説明できない……これを言葉では表現できないし考えられない」
彼女はそう言いながも、彼女の視線は私を見ているのか、このソードを見ているのか、めまぐるしく動いている。
「私も表現できません。実際に見ていただくしかありません。このことは深く考えても理解できないと思います。私自身も理解していません。今夜はありがとうございました。それでは私は帰ります」
私はソードに座ったまま蚊屋をたくってから外に出る。
私がドアを出るときに、衝立の前で蚊帳を振り返って見ると、うっすらとした蚊帳の中から、彼女の顔がこちらに向けられていることを確認した。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
リリアとシンシア様の会話は、ストーリーを動かすために、
今後も長話になります。




