22=『マーク』との最初の出会い
やや長文です。
☆ ★ ☆ (39)
「戸を開けると中が見えなくていいな。布団の台も動かしたのか。そうするとこの奥に台を置くのかな」
ゴードンは部屋の中には入らずに、私の部屋の中を見てから感想らしきことを口にしてくれる。
「はい。壁の方に向けて置きたいと思います。ケルトンの方も見てください。布の色が違います」
私はそういいながら、ケルトンの部屋の引き戸を開ける。
「俺にはこういうことは考えられないな。自分の部屋では寝ることしか考えられない」
彼はそう言いながらも何か考えているみたいで、また私の部屋の中を見比べているような感じだ。
「仕事部屋があるからですよ。私たちにも別々の部屋があり助かります。ほんとうにありがとうございました」
今の私はお礼を言うことしかできない。
☆ ★ ☆
二人で馬屋へ移動する。
「あっ、ゴードン、さっきと同じように入れています」
ケルトンは私たちが馬屋に入ると、赤い実の葉を敷き詰めた荷台の上に赤い実を並べながらそう言う。
「そうか、ひとりで悪かったな」
「いえ、俺は暇ですから、これで百個目です」
「ケルトンが俺というのも似合っていますね」
「そうだな。市場でも男は俺というからな。俺も言っているけどな」
そう言いながら苦笑いをしているけど、元から目尻が少し下がっているので、見たからに人のよさそうな顔つきをしているから、本人の人徳だよなーとか思ってしまう。
「最初は俺という言葉は慣れなかったけど、ひとりで練習しました」
「そうか、言葉遣いも慣れなきゃな。ケルトンもいろいろ大変だな。ここでは好きなようにすればいい。やることがないのも困るけどな」
ゴードンがそう言ったから、確かにやることがなければ時間をもてあそばすから、何か考えようとは思っている。
「さっきゴードンからもらった棒でリリアに使い方を教えてもらいました」
「おっ、何の使い方をだ?」
「見てください」と、ケルトンは私が教えたやり方の真似する。
「なるほど、そういう使い方があったのか、俺は知らなかったよ」
「リリアのも見てください。俺よりも上手ですよ」
「俺にも見せてもらおうか」
「えっ、私もやるの?」
私はそう言ったけど、ゴードンに見てもらいたいという思いもあり、彼の目の前で素振りを始める。
「……リリアはうまいな。体に安定感がある。ケルトンも見習った方がいいぞ。俺も久々にやってみるかな……俺も若いころは剣を持っていたが」
彼がそう言うから私は自分の棒を手渡す。
彼の手足の動きを見ていると、素振りというよりも空手に色んな型があるように、剣使いにも形があるような雰囲気の体勢で、切り込んだり流したり突いたりと、足を前に出したり横に移動したり、回転したり引いたりしながら、手と足をしばらく連動させて動いている。
私が呆気にとられて見とれていると『別の屋敷に赤い実を届けに行くか』とそう言って、私に棒を返してくれ、何も言わずに出かけてしまう。
この棒一つで、私たちのつながりが深くなったみたいな気がして、彼の動きを記憶から呼び出そうとした瞬間に、自分の足元の動きが閃く。
半分に割った竹の丸みのある部分を少し地面に出して埋め込み、その上に右足を前にして両足を一直線に置き、腰に手を当て肩の力を抜き、足は動かさずに体を前後に揺らすと、足腰に踏ん張りがきいて安定感がつかめないかしら?
回数を決めて揺らすことを繰り返しながら、今度はその足の位置から前に一歩足を踏み出し後ろに一歩戻ってと、ダンスのステップを踏むように、自分なりの流れを作りだし、徐々に歩数を増やしながら前後に素早く移動する。
その足の位置で立ったり座ったりしてもいい……最初は一ヶ所だけでいいから、その次に二ヶ所用意して、前後に二十回ずつステップを踏んで隣に移動する。
まずは一メートルほどの竹が一本あればいいかな。竹の真ん中を正方形に残せば、側面から四つの踏み台が取れるかな。手よりも足の移動の方が先だな。それができてさっきのゴードンみたいな動きに移動すればいいのかな。そうすれば、動き回っても体が安定して瞬発力もつきそうだけどな。
剣を振り回すよりも、最初は体の安定感を確実に身につける方が先だと思い、それはひとりでもできると思うし、バミスが来る前に二人でそれをして、棒の構え方はバミスが来てからでもいいと思う。
戦う相手がひとりとは限らないし囲まれることもある。相手の目をよく見るのと同時に、前後左右も確認することも大事だと思う。
お互いにぶつかった後の次の飛び出しが肝心なので、左右の人差し指と親指のつけ根が棒と一直線になるように持つことで、剣を交えたときに絞り込みが強くなり、相手の剣をはじき飛ばせるくらいの力が入る。柄をしっかり握ることも大事だと思う。
それからバミスを相手に練習すれば、城にいたころよりも動きがよくなると思うけどな。彼を負かすくらいの力がつけば、自分の身は自分で守れるようになると思うけどな。ケルトンにもそのことを説明しよう。
私にはそのイメージしか考えられないけど、いざとなればめちゃくちゃな動きになるのだろうな。この時代には戦争という言葉があるのだろうか。ゴードンはケルトンの力を見定めてから、剣を教える人を捜そうと話したので、さっきの剣さばきを見ていても、やはり彼は剣が使えるのだと思う。
バミスが来るまでの少しの時間だけでも彼に教えてもらいたいな、とそう思いながらも、バミスが剣でケルトンを守ってくれるなら、私は剣以外のことでケルトンを守りたいし、ゴードンもいるし三人で守ってみせる。
私は彼に対していったい何ができるのかしら?
私は自分の身を守ることができるのかしら?
☆ ★ ☆ (40)
今朝は鴨の肉が入った具だくさん汁だ。スープというよりも『鴨汁』と言った方が早い。少し厚切りにした鴨の肉がたくさん入り、ホーリーは男なのにお料理が上手なのかしら?
少し油っぽかったけど、今朝は昨日の朝よりも寒かったから体が温まり、この鴨汁は塩加減が薄目になり、鴨のうまみを出すためにハーブみたいな薬草が使われているようで、工夫されているように感じるけど、具だくさんの野菜のうまみ成分が出ているのだろうか。
パンは丸くてペッタンコに焼いてある。その上に赤い実で作ったジャムがたっぷりまぶしてある。この赤い実は甘酸っぱいというよりも甘いと表現した方が早い。この時代に『砂糖』の存在は考えられない。
お味噌汁にも砂糖をほんの少し入れると、味がまろやかになり雰囲気が変わる。ハーブみたいな栽培された調味料はありそうな気がする。
☆ ★ ☆
今朝も鐘の音を合図に市場に赤い実を売りに行く。
昨日も見学したが馬車置き場の奥に布を買った店があり、昨日シンシア様と別れた後に気付いたけど、この一連の建物の奥に葉の生い茂った大きな樹があることを発見したのだ。
昨日は店の建物が邪魔で樹の根元までは行けずに、今日はよそ見をしないでどんどん奧に進んで行き、その樹の根元に私は座り込み、はたから見ると休憩をしていると思う。
『私の名前はリリアです。聞こえますか』
『えっ、リリアなのか、聞こえているぞ。赤い実のリズから風の音が届いた』
男性の声が私の頭の中に響いてくる。
『ほんとうに、初めまして、私はリリアです。昨日は市場を見学していると遠くにこの樹を見つけました。でもたどり着けませんでした。それで、今日は寄り道をしないでここまで来ました。お話しできてよかったです』
『この市場では俺がいちばん大きな樹だ。必ず見つけてくれると俺は待ち望んでいた。俺にも名前をつけてもらえるのか。フォールがとても喜んでいたぞ』
そう言った彼の言葉を聞いて、彼も名前を希望していることが分かり、フォールのことも話してくれるので、彼を身近に感じられる。
『昨日樹の上の方を見て突然閃きました。もしお話しができれば『マーク』とお呼びしようと思いました。よろしいでしょうか』
『俺の名前はマークか。気に入ったぞ、ありがとう。早速風の音で知らせたい』
彼がそう言ってくれて、喜んでもらえたようでよかったけど、リズみたいに女性の声がすれば『マーリン』と名付けようと思っていた。
『ありがとうございます。私はお願いがあります。リズに伝えてもらいたいのですが、私が捜していた人に出会いました、と風の音で届けてもらえますか』
『分かった。そんなのはお安いご用だ。俺の名前と一緒に仲間に届けるぞ』
『リズだけには届かないのですか』
『分からない。俺はそれほど樹齢がない。仲間にも必要以上には使わないようにリズから言われているし、風の音が飛び交うと大変なことになるそうだ。リズだと……俺だけに届くかもしれないかな?』
『分かりました。よろしくお願いします』
『この俺が風の音を自分から届けるなんて信じられない。リリアのお陰だ』
彼がそう言ったから、何かなければ使ってはいけないのだろうか。
『とんでもないです。これからリズに連絡を取りたい場合によろしくお願いします』
『それは任せておけ。フォールにも伝えたい。一度しか風の音は届かなかったが、あいつはとても喜んでいたぞ。風の音と響きが違うと言ったがほんとうに違うぞ』
『私にはその意味が理解できませんが、これからはよろしくお願いします』
『城の中にも大きな樹がある。西の屋敷の奥の方だ。リリアは鳥のように飛べるそうだな。その樹とも話せると思う。今度行ってみたらいい』
マークはそういうことも教えてくれる。
『ありがとうございます。近いうちに行ってみますね』
『分かった。俺が風の音で伝えておく。近くだから早く届くと思う』
『ありがとうございます。よろしくお願いします』
『昔はこの辺りはたくさんの仲間がいた。俺も城の樹も外れた場所にあるから人間に切られなかったと思う』
マークが急にそう言ったから驚く。
『人間が城や市場に造り替えたからたくさんの仲間を失ったのね。マークは人間のことをどのように思っているのですか』
人間が生きていくために家を建てたり道を作ったり、食事のためにも暖のためにも際限なく、この時代から何百年後には建築資材や燃料としての違う発見があるとしても、この時代の人たちは気付かないことであり、私は知識として自然破壊の問題は後世になってから影響を及ぼすことが理解できたわけで、マークは切り倒されたり根っこごと抜かれたりした、その仲間の木に対する感情をそう尋ねてみる。
人間の言葉で樹は『切る・伐採する』と表現するが、人間や動物は『殺す』という言葉を使うことが不気味であり、私が話せるのは動物ではなく樹でほんとうによかったと思い、このことが向こうの時代に起これば……不思議だけでは済まないよね。
『最初のころは憎んでいた。しかし、たまに子供の笑い声が聞こえるからな。大人の声は聞こえない。昔よりも聞こえる声が多くなった。それだけ人間の数が増えたと思った。リズは人間が増えるのは仕方がないと風の音で伝えてきた』
『リズはゴードンと話しができるようになり、今までゴードンが一方的に話した言葉の意味をしっかりと理解しているのね。私はそう思います』
私はリズとの会話を思い出してそう言ってしまう。
『人間の言葉の意味か。俺には暑い日は子供の笑い声がたくさん聞こえる。ほかの仲間は聞こえないと言ったが、俺の近くには人間がたくさんいるからだと思った』
『子供の笑い声が聞こえるなんて素敵ですね。大人の声は聞こえない方がいいです』
『そうか、リリアがそういうから俺は信じよう。人間と直接話さないと人間の考えは分からない。俺はここから動くことはできない。風の音だけが頼りになる』
マークがそう言ったから、確かに動けないけど、会話ができること自体が信じられない話しである。
『人間は一人ひとり考え方が違います。それを理解することはできないと思います。でも、同じような考え方をする人間もたくさんいるので、そのことも覚えておいてください』
私はそれしか言えなくて、百人いれば百通りの考え方があるし、誰一人としてまったく同じ思考の持ち主なんていないよな、と思ってしまう。
『そうか、同じ考え方なのか。リズが風の音で色んなことを届けてくれる。それで俺たちの仲間は同じ考えなのだな。ゴードンとリリアのことは仲間の皆が知っているぞ。俺も話しができてよかった』
『ありがとうございます。マークは大きな樹だから葉がたくさん茂り、人間はこの樹の木陰で体を休めたり、子供たちが遊んだりと心の安らぎを与えているのよ。人間にとっては心の安らぎを得ることは大事なことです。マークはそのお手伝いをしています。素晴らしいいことだと思います』
人間が樹に対していかに大切に思っているかを説明したつもりだけど、人それぞれにより意味合いが違ってくるよな。でも、向こうの知識のある私の考えがここでも通用するのか分からないけど、今も昔も樹は人間にとって大事な存在だと思う。
『……そうか、俺は人間に役立っているのか。今まで考えたこともなかった』
『リズが風の音が届くのは大きな樹だけだと話してくれたけど、人間は樹がとても大事です。寒い日には木を使って暖かくするけど、暑い日には木陰で休むのよ』
『なるほど、そういうことにも役だっているのか』
『森の動物も樹のお陰で人間に見つからないように隠れることができるし、たまに間抜けな動物が人間に見つかり殺されてしまうけど、賢い動物は樹のお陰で逃げられるのよ。でも、そういう間抜けな動物がいないと人間は生きていけない』
私はこの時代に合うような狩猟生活みたいな設定を考えてそう言ったけど、私の育った時代でも考えられることだと思う。
『森の動物にも役立っているのか』
『だからお互いさまです。人間は大きな樹を切るのが大変なので小さな木を切ります。小さな木は風の音が届かないから何も知らないそうよ』
『そうか、知らなかった。小さな木は風の音が届かないのか』
『マークは心の優しい樹なのね。人間は暑さと寒さは苦手です。樹はそういう苦手な人間を助けてくれます。私はそう思うけどね』
私はそう考えて、樹の素晴らしさも伝えたつもりだ。
『人間にはそういう考え方があるのか? 俺は今まで考えてもなかった』
『これは私の考えだからほかの人間の考え方は知らないです。さっきも言ったように、同じ考え方をする人間もいるということです』
『なるほど、よく分かった。リリアと話して俺はよかった。今までの俺の考え方が少し変わったような気がする。ありがとう』
マークからお礼を言われたけど、今までの話しは私の思ったことで、私の言葉が正しいとは言い切れないよな。マークと話して、自然と呼ばれる世界の不思議をまた実感してしまう。
『こちらこそありがとうございます。そのことを少しずつ風の音で届けると、ほかの仲間もどんなことを考えているのか分かると思います。これは私の考えだからね。何が正しいとか私にも分かりません。でも、色んな仲間の考え方があることを知ってもらいたいな。人間も同じだと思います。住んでいる場所で考え方が違うと思います。マークは人間の近くにいるので、人間が近くにいない仲間ではまた考え方が違うと思います』
樹がこういう思考を持っているなんて、私は今まで想像もしたことがなくて、私は樹と話しができるけど、動物と話しができると何を話せばいいのだろうか。仲間が人間に殺されることを動物はどんなふうにと捉えているのだろうか。
南の森に存在するフォールの周りには人間がいないけど、西の門の市場の奧にあるマークの周りにはたくさんの人間がいるので、この立場の違う樹があるということは、人間に例えるならば、城と市場の中の人間の違いのようだと思い、私はどちらの人間の考え方で、これからケルトンに接すればいいのだろうか。
いずれ、ケルトンは城の世界へ戻っても必ず王様になれるとは限らないし、私が今から学ぶことはこの城の中の権力争いなのだと思いながらも、シンシア様とバルソンに任せておけばいいのだろうか。
何も知らない私の出る幕があるのだろうか、などと考えながら、ケルトンが成長するまで後五年ほどの時間があるし、毎年赤い実の時期にゴードンの屋敷に滞在して、私は城の情報を手に入れようと思ったのだ。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
会話のできるソード、飛翔のできるソード、樹齢の長い樹との会話は、
このストーリーの重要な焦点かな??




