20=〈母親との束の間の再会〉
やや長文です。
☆ ★ ☆ (35)
「ケルトン、最後の二つも売れたから馬車に行くか」
「リリアは遅いですね」
「女の買い物は長くかかると聞くがリリアもその通りだな。これは話さんでくれよ」
「分かりました」
「今日はもう終わりなのか? さっきは腹が減っていたからうまかったぞ」
「はい。今日はすべて売り切れました」
ケルトンがそう言った視線の先は、シンシア様を捕らえている。
「残念だったな。うまかったから二十個ほど買おうかと思ったのに、だからまた来たのにな」
「明日また来ますから取っておきましょうか」
そう言ったケルトンの視線は、会話をしているバルソンを見ている。
「そうか、どうするかな?」
「たくさん買っていただけるのなら、今日は後から違う屋敷に届けに行きますから、明日の昼過ぎでよければ屋敷の方にお持ちしますよ」
「……それでは屋敷の方に届けてもらうか。明日ではなくあさってにしてくれるか」
「分かりました。お屋敷はどちらですか」
「ここで言えないから耳元で聞いてもらえるか」
「分かりました」
ゴードンはそう答えて立ちあがると、彼はゴードンの耳元に顔を近ける。
「バルソンだ。感謝している。シンシア様だ。明日の夜にリリアに会う」
彼はゴードンの耳元で早口でそう言う。
「分かりました。あさっての昼過ぎに必ずお届けいたします」
「わざわざ届けてもらうから三十個にしよう。二つで銅が二十粒だったな? 屋敷の方で用意しておく。頼んだぞ」
と、バルソンがゴードンを見ながらそう言うと、
「分かりました」
ゴードンもバルソンを見ながら、先ほどの言葉の意味を理解した、と二人は目視の状態で軽くうなずきあっているようだ。
〈何ごとにも冷静に、何ごとにも冷静に、感情を顔に表さないように、感情を顔に表さないように、とバルソンの言葉を心の中で繰り返しながら、ケルトンの心の中では喜びと悲しさで、今にも泣きそうな気持ちで充満されている〉
「今日は食べられなくて残念だったわね。おいしくて人気があるのね」
シンシア様がケルトンを見ながら優しそうな雰囲気でそう言うと、
「はい。とてもおいしいですから食べてみてください。俺も大好きです」
ケルトンはそう言いながら、少しだけ背が高くなった自分の存在を見てもらおうとしているかのように、ゴードンが立ちあがっているので彼も立ちあがる。
「食べるのが楽しみね。お手伝いも頑張ってね。……それでは行きましょうか?」
彼女はケルトンをじっと見つめながら、最後の言葉は口にしたくないような感じでそう言っているようだ。
「はい! 頑張ります。ありがとうございました」
彼も彼女に視線を向けて、名残惜しそうに返事をしている。
「ありがとうございました」と、ゴードンはバルソンの方を見てそう言う。
「ゴードン、もう売れちゃったの?」
「悪いな、スージー。今日はもう終わった。明日また来るから」
ゴードンがそう言うと、彼らはスージーが来た方へと歩き去った姿を、ゴードンは横目で彼らを確認しながら、正面にいるスジーへと視線を戻す。
「子供の声が聞こえたからやっと来たと思ったけど、今日はひとりだったから動けなかったのよね」
「明日の分で取っておこうか?」
「ほんとうに、子供たちが楽しみにしているのよ。五個お願いできる?」
「分かった。明日別口に取っておくからいつでも寄ってくれ」
「今渡すから何粒になるの?」
「毎年買ってくれるからおまけして四十粒でいいよ」
「えっ、悪いわね。この子は初めて見る顔ね」
「俺の娘の子供だ。今日は初めてここに連れてきた。姉も一緒だが買い物にでかけて行ったよ」
「そうなんだ。明日も遅くなるかもしれないけどね」
彼女がそう言って銅の粒を渡している。
「待っているから寄ってくれ」
「悪いわね。また明日ね」 と、彼女はそう言ってからこの場所を離れていく。
「ゴードン、これはおいしいから人気があるのですね!」
ケルトンが嬉しそうにそう言った根源は、彼女の『お手伝いも頑張ってね』という言葉を、何度も心の中で繰り返しているからであり、自分の言葉に気合いが入り、そう言ってしまうことが、顔の表情に現れている。
〈ここにはずっといられない。この機会を利用した方がいい。その意味が理解できるでしょう、とリリアが俺に話した言葉を信じて洞窟を離れたけど、ゴードンに出会いリリアと同じソードを手に入れて、フォールにも出会って金貨も手に入れて、バミスまで出会わせてくれたリリアには、俺は感謝以外の言葉はない。
人との出会いは大事だ、とバルソンがいつも言っていたけど、リリアは俺のことをいつも心配してくれ守ってくれ、こうしてシンシア様やバルソンに会うこともでき、俺の生きている姿を二人に見てもらえ嬉しくて、このままゴードンの屋敷にいればリリアがシンシア様に会わせてくれると思うし、俺自身の言葉でリリアのすごさをシンシア様に説明できる。リリアに助けられた出会いがいちばんだと思う〉
「今年はたくさん売れそうだな? お前たちが手伝ってくれるから助かるよ。この時期に毎年遊びに来てくれると俺も助かるな」
「リリアは馬車のそばで待っているのかもしれませんね」
「馬車に戻るか。いるかもしれんな」
「はい。俺がその荷物を持ちます」
「助かるな。空いたかごは俺が持とう」
ゴードンはそう言ってから、竹で作られたかごを両手に一つずつ持ち、二人で馬車置き場に歩き始める。
「ゴードン、さっきはビックリしました。ゴードンがいないときにバルソンが買いに来ました」
ケルトンは小声で話すと、
「そうか、俺も驚いたよ。話しは馬車でな」
ゴードンも小声でそう言い返している。
「はい。鴨の肉を食べるのは楽しみです。ありがとうございます!」
「これで二、三日は食べられるな。ホーリーは料理が上手だぞ」
「さっきリリアが材料と火があれば、何か作ってくれると話していましたけど……」
「……そうか。ホーリーには内緒にした方がいいのだな」
「はい。そう言っていました」
「何を作ってくれるのか俺も楽しみだな」
「俺もです。色んなものを食べましたから」
ケルトンは洞窟での食事を思い出しているかのように話している。
「あっちとは食い物が違うと思うが、外でも色んな物を食べさせてやるからな」
「ありがとうございます。楽しみです」
「よかったな。今日はたくさん売れて」
「はい」
「今日は色んなことが勉強になったな」
「はい」
「リリアの話しを聞くのも楽しみだな」
「はい」
「ケルトンも一緒に話せてよかったな」
ゴードンがそう言葉をかけると『はい!』とそう言ったケルトンの返事は、今までの中でいちばん力が入っているようだ。
☆ ★ ☆ (36)
この馬車置き場は、広場の中心に馬同士を対面として規則正しく二列に並べてあり、中央通路は道幅が広く馬車を出しやすい。馬車の入り口で御者と馬車用の合い札を二枚受け取り、出口も同じ場所になっているけど、馬車の盗難除けにやや太めの竹で一メートルほどので間隔で、薄汚れた黄土色の柵が作られているが、所々は修理したのか青だけが埋めこまれ、馬車の持ち主はその隙間を通れば色んな角度から、自分の馬車の近づくことができる。
「ゴードン、少し遅くなったのでここで待っていました」
私は言い訳めいた言葉を述べてしまったが、
「分かった。荷台に二人で乗りなさい。ケルトン、この荷物を頼んだぞ」
「はい、分かりました」
ケルトンはそう返事をしてから、私たちは運転席を背もたれにして座り、ケルトンは両足の間にかごを挟み込むようにしている。
「乗ったか。馬車を出すぞ。大事な話しをするときは口元を隠すようにな」
「はい。俺も前にそう言われました」
「えっ、そうなの?」
驚きのあまりに私はそう言ったが、動き出した馬車の揺れに身を任せ、等間隔に車の駐車場みたいに並べてある、左側の茶色の馬の顔にちょうど視線が移っていたのが、咄嗟にケルトンの顔を見てしまう。
「リリア、さっきシンシア様とバルソンが来たんだ」
「うそっ、今度はシンシア様と一緒にまた来たの?」
「ゴードンがバルソンの屋敷に明後日赤い実を三十個届けることになりました」
「うそっ」
「バルソンがここでは言えないからと、ゴードンの耳元で屋敷の場所を教えました」
「うそっ」と、私は驚いてこの言葉しか出ない。
あの状況の後からそんな行動に出たのだ。あの冷静さでは大丈夫だと思う。バルソンは彼女のことをよく知っているからそういう行動に出たのだろう。
「ケルトンは驚いたでしょう?」
シンシア様との出会いで、自分が驚いてしまった感情を打ち消すようにそう言うと、
「何事が起きても慌てずに対応するように、とバルソンから教えられています。家臣の前で取り乱してはいけない、と何度も言われています」
彼がそう説明した言葉に驚くけど、お互いが不自然さを感じずに、納得のいく対応ができたのだろうか。
「バルソンの教えはすごいのね」
「はい。今になればその意味が分かるようになりました。俺はリリアに助けてもらったお陰で、バルソンの言葉がすべてにおいて大事だと気づきました」
そう言った彼の言葉も子供ながらにすごいことだけど、そう思うようにケルトンの心をつかみ取ったというのか、指導したというのか、バルソンの胸中は計り知れないな、と思ってしまう。
「バルソンはケルトンのことをいちばん大事だと考えているのね」
「はい。今日はシンシア様がお忍びでここに来たと思います。たまにバルソンを従えて出かけます。彼女は剣の使い手です。そばの者が少なくても自分の身は自分で守れると思います。俺もそうなりたいです」
「ほんとうにそうなのね。だからあんなに冷静だったのね」
「えっ、どういうことですか」
今まで淡々と話していた彼が咄嗟に私の方に頭を向けたので、その顔を見ると驚いているようだった。
私もそうだけど、左右に流れ去っていく人や馬や馬車や、道なりに生い茂った草木を見ながら会話をして、一日目にしてこういうとんでもない現実感を目の辺りにして、音を拾うことができるソーシャルのことはあまり話したくないけど……仕方ないよな。
「……昨日も少し話したけど……ソーシャルが教えてくれたのね。私もケルトンに話そうと思ったけど、布を買った店に彼女がいたのよ。ソーシャルは私の周りの言葉が聞こえるそうよ。トントンも同じだと思うけどね。今朝は言うのを忘れたけど、いつもソードは話せる状態にしていてね。そうすると周りの音が聞こえるそうよ……私には理解できないけどね」と、私はそう説明してしまう。
「……分かりました。俺の身の安全を考えてですね」
ケルトンは少ししてからそう言う。
洞窟の生活もそうだけど、ゴードンと出会ってからは目まぐるしく展開して行く中で、向こうの知識を持っている私ですら戸惑いであたふたとしているのに、十歳の子供であるケルトンの知識の中では、爆発するほどの混乱を招いているだろうな、と思えるから、彼なりに何か考えているのだと思うと、その言葉を聞きたいような、聞いてはいけないような、難しいよね。
「トントンのことは聞いてないけど同じたと思うよ。彼女の警護の者はケルトンに気づかなかったのかしらね?」
と、私はやんわりと警護の人たちの話題に変えたつもりだ。
「大丈夫だと思います。彼女たちは周りを見ています。バルソンがそばにいるから子供の俺やゴードンには感心がなかったと思います。それに、バルソンはいつも一緒ですが、そばの者たちは変わるそうです。前にバルソンが話してくれました」
ケルトンは現実に戻ったかのようにそう説明してくれる。
「お城ではそういう仕事もあるのね。私が布を買ったときにも彼女たちに見られていたのね。私たちが少し話しを始めると、すーっといなくなったのよ。安全だと思ったのかしらね?」
「彼女が何か合図をしたと思います」
「……さすがなのね。彼女は背が高くて着ている物も素敵だし、とても上品な人だと思ったのよ。私が最初にバルソンと小声でいうと、彼女から話しかけてきたのよ。そばの者がいなくなったのでマーリストンと小さな声で二回言って、彼女に私のことを知らせたのよね。でもね、彼女は冷静だったように感じた。それから少し話して一緒に外に出て立ち止まると、バルソンが私たちを見て通り過ぎたのよね。最後に彼女からまたお会いしたいですね、と言われたのよ」
私は彼女に出会った経緯をそう説明する。
「そういうことがあったのですか。俺は……彼女もリリアも同じように感じています」
「……ありがとうございます。ケルトンはそういう中で生きてきたのね。私はそんなに深く考えたことがなくて……ここでは洞窟と同じように自由にしなさいね」
「俺はリリアと一緒にいると楽しいです。今の俺は自由ですからね」
「……そうね。これから少しだけ窮屈になるわね」
「……でも……ここでは自分の好きなことができます。俺はゴードンの屋敷から出ません。リリアは色んな場所を見てください。俺はリリアのいうことを信じて話しを聞きますからね」
そう言ったケルトンの言葉を聞いていると、いつもと違い饒舌になっているんですけど、バルソンとシンシア様に会ってから、彼の気持ちが吹っ切れたのだろうか。
「……そうしたら、夜にこっそり二人で出ようね。ひとりでは絶対に出ないでよ」
「はい。楽しみにしています」
「彼女を見てもケルトンを見ても素晴らしいわね。親の育て方がよかったのね」
「……俺は五歳までは彼女のそばにいましたが、それからはずっとバルソンのそばにいました。あそこでの決まりがあるとバルソンが教えてくれました」
「えっ、そうなの?」
ケルトンからこんな言葉が飛びだすとは驚いた。
彼は王子様の教育を自分なりに受け止めているのだ。
彼女とバルソンの親としての教育がよかったのだと思う。
城ではそういうことになっているのだ。
「……たまに会って話したけど、大きくなるにつれてその回数も少なくなり、会ったときに何を話していいか分からなくて困りました」
「ケルトンも大変だったのね。私は最初に出会ったときから礼儀正しい子供だと思ったのよ」
「ありがとうございます」
彼は口数が少なく自分の感情的な言葉を話さないので、母親に会えて嬉しかったとかそういう言葉は口にしなくて、立場的に自分の感情を外に出すなとか、抑えろとか流されるなとか教え込まれているのかな? 母親の愛情というものをどう考えているのだろうか。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
王族の言葉は今後は出てきますが、巷の転生小説のように、
爵位など、貴族の言葉は出てきません。
城の中は、それらしき生活環境のようですが??




