18=『バルソン』との最初の出会い
☆ ★ ☆ (32)
西の門から入って昨日のように馬車を預け、かごを一つずつ持って彼の後ろを歩いていると、もうすでに色んなものが並べてあり、買っている人もいるからよく見て歩く。
「ここだな。俺たちはここで売るぞ」
ゴードンが突然そう言ったからよく見ると、男の子が木札を持って立っている。
「この印は俺の物だ」
彼はそう言いながら紐の付いた四角い木札を受け取り、その子供に腰紐に提げられた右側の袋から銅を五粒出して渡す。
「おじちゃん、ありがとう」
その六、七歳のくらいの男の子がそう言うと、
「銅をもう一粒やるから、今年も赤い実を売り始めたからな。赤い実が二つで銅が二十粒、赤い実が二つで銅が二十粒だと叫んでくれ」
ゴードンがそう言うと『分かった。おじちゃん、ありがとう』とその男の子はお礼を言っている。
ゴードンはその子供に頼んで赤い実を売り始めたことを宣伝させるようで、銅を一粒でそういう手伝いをする子供がいることを初めて知るけど、そういう仕組みだと場所取りで揉めごとが起こらなくていいと思う。
「今年も赤い実を売り始めたよ。赤い実が二つで銅が二十粒だよ」
その子どもの声が何度も聞こえる。
「昔は俺の作ったかごや小物を売っていたが、その頃からの知り合いがいる。ここで売りたくても売れない人間もいるぞ。そういうことを学ばなくちゃな、ケルトン」
「はい!」
ケルトンは元気よく返事をしているけど、この現実感を見て彼も考えることができたのだろうか。
自分が作った物をここでは売れない人もいるのだ。何か決まり事があるのだろうか。
「誰でも自分の作ったものを自由に売れるようになればいい」
と、ゴードンがもう一度呟くようにそう言うと、
「はい」
ケルトンは先ほどよりも小さな声でそう返事をする。
ゴードンが危険を顧みずにケルトンをここに連れてきた理由は、バルソンにこの半年間で、よい意味で変わり果てた彼の真実の姿を見てもらうこともあるとは思うけど、ケルトンにこの市場の人間模様を見せることで、色んな立場や人間として生きていく現実感を直に味わってもらいたい、と思ったのかもしれないな。
自分の殻に入り込んだ人たちは早々に抜けきることが出来ないから、私もケルトンと同じで、これから毎日学ぶことになる。
☆ ★ ☆ (33)
子供の宣伝のお陰で赤い実は半分ほど売れる。
「こっちのかごの中身が売れたからな。俺は野菜が売り切れる前に買ってくる。ホーリーから頼まれたからな。戻って来るまで二人で頼んだぞ。鹿の肉があれば買ってくる」
ゴードンはそう言って買い出しに行く。
「鹿の肉以外に、何か別のお肉はここにあるのかしらね」
私が小さな声でぼそりとそう言うと、
「鶏の肉と鴨の肉と猪の肉もある。俺は食べたことがあるよ」
ケルトンは小さな声でそう答える。
「そうなの? 魚は?」
私は人の流れを見ながら小さな声でそう尋ねる。
「川で捕れたと聞いたことがあります」
「ここで何が売られているのかじっくり見たいから、ゴードンが帰って来たら私も見てきてもいいの? ケルトンはゴードンと一緒にいてよ」
私が彼の方に顔だけ動かしてそう言うと、
「分かりました」
「私もたまに何か作ってあげるからね。材料と火あれば作れると思うよ」
「あそこみたいに作ってくれますか」
「二人だけであれば何でも作れるけど……ホーリーがいるとね。ゴードンにお願いして入らないようにしてもらおうかな? 作るところを見せたくないよね」
「ほんとうですね。それこそ驚きますね」
ケルトンがそう言ったから、今まで少ししか口には出してはなかったけど、相当に驚いていたこが感じとれてしまう。
洞窟の中ではほかの人間と接触することもなく、何もない場所で色んな物が飛び出せば驚くことを通り越していると思い、この時代に魔法のような存在があるとは考えられずに、私からすると『ミーバ』の存在はありふれた袋だけど、不思議な魔術や妖術使いのような、人間業とは思えない行動をしていたわけだ。
☆ ★ ☆
ゴードンが出かけてから、しばらくの時が経つ。
「この赤い実を二つくれ、子供の声が聞こえたので買いに来た」
ひとりの男がかごの前に立ちはだかり、その人はケルトンと私の顔を順番に見ながらそう言う。
「ありがとうございます。銅が二十粒です」
ケルトンはその人の方を見てそう言って、自分の肘で私をつつく。
「えっ?」と、私は一瞬その意味が理解できない。
「二十粒だな。間違いないな。うまければ明日も買いに来る」と、その男の人が言うと、
「はい。明日もお待ちしています。ありがとうございます」
ケルトンは彼を見てそう返事をしている。
私はその人から銅の粒を二十個受け取ったので『ありがとうございました』とそう言うと、『バルソン』とケルトンは口元を隠し、私の方を向いて小声で言ったので、私はその声に驚いて、彼の顔をよく見ると視線が合ってしまった。
「ほんとうに名前どおりの赤い実だ。食べるのが楽しみだな」
彼は私の瞳の中を覗き込むようにそう言うのだ。
「甘くておいしいですからまた食べたくなりますよ。お待ちしています」
ケルトンがそう言うと、私の視線は彼を見ているけど、彼の視線はケルトンを見て『よく分かった』と、すべてを理解したごとくそう言うのだと思ってしまい、彼の視線は離れぎわに私に向けられている。
バミスがバルソンと会ったのだ。だから様子を見に来たのだ。こんなに早く会いに来るとは驚く。見るだけではなくて赤い実を買った。こんな危険を冒していいのかしら? 誰か後をつけてなかったのかしら? その気配を感じなかったから買ったのだろうか。
陰で私たちを見ていたのだろうか。ゴードンがいなくなったから赤い実を買ったのだろうか。それとも今来たばかりなのかしら? 向こうから必ず私に連絡をしてくるはずだ。その意味合いも含まれていると思い、私は色んな考えが頭を横切るけど、ゴードンはまだ戻ってこない。
☆ ★ ☆
しばらくしてゴードンが戻ってくる。
「どうだ、売れゆきは?」
ゴードンが私たちの後ろに籠を置きながらそう言うので、私は前向きに座っている体をずらし、何が入っているのかと興味深くその籠に視線が動く。
「はい。何とか売れています」
ケルトンはゴードンを振り向くこともなく、人通りに視線を向けているようだ。
「今日は鹿肉が売ってなくて鴨の肉を買ってきた」 と、ゴードンがそう言ったから、
「楽しみです。ありがとうございます」 と、ケルトンがそう返事をしたから、
「ありがとうございます。私も楽しみです。さっきケルトンにも話しましたが、何が売っているのか私も見てきてもいいですか。迷子にならないようにしますから」
「分かった。迷子になれば馬車置き場で待っているから、その場所を人に聞けばいい」
ゴードンがそう言いながら、立ち上がった私の座っている場所に腰をおろす。
「西の門の馬車置き場ですね。馬の置き場所もあるのですか」
「あるぞ。馬車置き場と門をはさんで反対側だ」
ゴードンは私を見上げるようにそう説明してくれる。
「ここでは馬を乗った人を見ないので、あるのかなと思いました」
「ここには馬車は入れないが馬が通れる道もある」
「分かりました。それでは行ってきます」
「ゆっくり見てきていいぞ」
「ありがとうございます。西の門の馬車置き場ですね」
私はそう言ったけど、離れぎわにケルトンを見てゴードンを見たけど、ケルトンはその意味が理解できたのだろうか。
☆ ★ ☆
『ソーシャル、バルソンのことをトントンに話してゴードンに伝えてもらって』
『分かりました』
『今から買い出しに行くから、二人が馬車に行くときに教えてね。私もそれに合わせるから連絡をよろしくね』
『分かりました』
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




