12=『トーリス』との最初の出会い
☆ ★ ☆ (19)
私たちは上空から一気にリズに向かい中ほどの太い枝に降り立ち、最初は枝の左右に別れて上下二つに組み合わせ、それを苦心して左右から枝の二箇所に縛り上げたので、これで金貨はリズに守ってもらえると思う。
それから少し戻り、道なりにリズの樹の根元に降り立つ。
「ゴードン、遅くなりました。たくさん赤い実が落ちていますね。一つ食べてもいいですか。朝はこれを食べようと思い楽しみにしていました」
「私もです」
ケルトンはそう言いながらも、二人でたくさん周りに落ちている赤い実に視線が向いている。
『何個でも食べてよ。足りなければすぐ落とすからね』
「ありがとうございます」
私はそう返事をしたけど、会話だけでなくこの赤い実を落とすこともコントロールができるのだ。こういうことが現実に起こるなんて信じられないことだ、と思ってしまう。
「馬車には葉を敷き詰めたから俺も一休みしよう。この赤い実を食べると病気に勝つそうだぞ。今から届ける屋敷で聞いた話しだが、そこの子供は病気でこれを食べると元気になったらしい。煮詰めてとろみをつけて毎日食べさせたそうだぞ」
ゴードンがそう言いながら私たちのそばまで来て、赤い実が落ちてない場所に三人で座り込む。
「これは薬にもなるのですね」
「だからその屋敷では高く買ってくれる。昨日はリズから女王様と王様の言葉を聞いたぞ。ボブの木は見たことはないがリズと同じですごく大きそうだな」
「男同士でお話しするのが楽しみですね」
私がそう言うと、ゴードンは赤い実を口元から外して苦笑いをしている。
「私はもう一つ食べてもいいですか」
ケルトンそう言って、自分のそばにある赤い実を右手で拾い上げようとしている。
『何個でも食べてよ。何でも食べて大きくならなきゃね』
リズが母親みたいな声の響きでそう言う。
「リリアが色んな物を食べさせてくれました」
ケルトンは私の顔を見ながらそう言ったので、確かに色んな物を食べさせたけど、感想めいた言葉は少ししか聞いてなく、シャキシャキ感のある食事よりも、煮込み料理みたいな物ばかりだったよなーとか思ってしまう。
『リリアは料理が上手なのね』
「あっ、はい。何とか作っていました」
私が食べかけの赤い実を見ながらそう言うと、
「屋敷でも作ってもらいたいものだな」
ゴードンの声の響きが私の方に向けられた思い、赤い実から彼の顔に視線を移すと眼が合ってしまう。
「……私がですか……私が料理を作るの?」
一呼吸おいてそう言ってしまう。
「私は今まで食べたことのない物ばかりでした。ゴードンが好きかどうかは分かりません。ゴードンは料理ができるのですか」
ケルトンがそう言ってくれたのでよかったと思い、料理のことを聞かれると説明が難しい。参ったな。
「俺は山の家で食事は自分で作っていたから何とか作れるぞ」
「私はリリアの手伝いをしたから、火を起こすことも勉強になりました。料理も手伝いましたよ」
ケルトンがそう言ってくれたけど、いつもライターで紙に火をつけ燃やしていたけど、乾燥した少し平らな木の上で棒を両手でこきこきと回し、その周りに紙を細く裂いて置いたが、なかなか火がつかずに、代わり番こに回し続けた原始的な火起こしのやり方も教えていたので、それを思い出してくれたみたいでよかった。
「そうか。洞窟で経験したことは一生の宝になるぞ。俺も経験したことがない。今から俺も色んなことを教えてやるからな。物作りも楽しいぞ。それを市場で売れるからな」
ゴードンがそう説明してくれたから、手作り商品を売る市場があるのかと思う。
「よかったね、ケルトン。人それぞれ色んな立場で色んな教え方があるからね。それを自分で感じ取ってよね。私と一緒に学ぼうね」
☆ ★ ☆ (20)
私たちは赤い実を馬車の荷台にたくさん拾い、リズとお別れをして出発した。最初はゴードンの馬車を中心に、私が右側でケルトンは左側にソードに乗って進んでいるが、ソーシャルが前後で人の気配を感じると、森の中の上空に姿を消すことにした。
トントンもリズと会話ができたとソーシャルが伝えてくれ、どのくらい離れた距離まで会話ができるのだろうか。それをソーシャルに確認してもらわなくてはいけない。ソーシャルは方角や距離感覚が分かるのだろうか。
ゴードンは馬車の真ん中で馬を操っているが、私たちがソードに乗って三人で話していても、隣に座っているような感覚でゴードンの話しを聞いていると、この時代の生活習慣が勉強になった。
ゴードンも私たちも不思議なことに自分の家族の話しはしない、というのか私は話せないけど、ゴードンの家族構成はどうなのだろうか。私はケルトンを南の城の王様にさせるためにこの時代に来たのだろうか。
私は『タイム・マシーン』という言葉が閃いた。未来から過去へと時空を旅してここに来たのだろうか。そうすると、ゴードンも若かりし頃にここに来たのだろうか。ゴードンのブレスはいつごろから右手にあったのだろうか。屋敷だけではなく山の家にもいき、この時代に存在しない物が一つでもあれば、彼に私のことを話してみようと思った。
☆ ★ ☆
太陽が真上辺りにきてお昼近くになったと思い、ゴードンがこの辺りから道沿いの森の木が途切れることがあると教えてくれ、ケルトンは私のソードに乗り移り、私たちは馬車の左側で進むことにして、リズからもらった赤い実が六個ずつ背中の袋に入れてあったので、私たちはソードの上で二個ずつ食べると同時に、ゴードンも馬車の上で食べていた。
ゴードンがもう少しすると知り合いの家に寄ると教えてくれた。その家に毎年のように赤い実を五十個ほど置いていくそうで、その家の人が近くの市場で赤い実を売るらしく、その代わりにゴードンが頼んだものを手に入れてくれるそうだ。
私は『物々交換』という言葉が閃いたが、ここには金貨の存在は古くからあるようだが、貨幣の存在はあるのだろうか。南の城の近くではどんな生活をしているのだろうか。
☆ ★ ☆ (21)
「トーリス、今日は俺の孫を紹介するよ。姉のリリアと弟のケルトンだ。よろしくな」
ゴードンがそう言ったので私は軽く頭を下げる。
「トーリスです。ゴードンにはこんなに大きな孫がいたのか」
「まーな、カミーラは元気か。俺は今年の冬から城の近くに住むことにしたからな。こいつらが一緒に行きたいとしつこくいうから連れてきた。もう大きいから自分のこともできるしな。しばらくは一緒に住むよ。娘夫婦も後から見に来ると言っていたぞ」
ゴードンは彼にそう説明していたので、私は黙ってそれを聞いている。
「初耳だな。娘の子供たちなのか。俺にも女の孫が産まれたぞ。今日はカミーラが娘の家に息子夫婦と朝早くから出かけて明日戻ってくる。会えなくて残念だったな。俺が伝えとくよ。もうそろそろゴードンが来ると思って待っていたからな。カミーラは具合が悪くて行けなかったが、俺は生まれたての頃にひとりで見に行ったしな」
「それはめでたいな。俺からもおめでとうと伝えておいてくれ。俺の娘はずっと母親の家族と一緒に住んでいたが、久しぶりに行いくと子供も生まれていた。時が経ちその家に俺も出入りするようになったよ。でも、俺はずっとひとりだったがな」
ゴードンも自分の状況を説明しているが、私はその話しを聞いてどこまでが真実なのか理解しがたいが、トーリスは二人も子供がいるので四十歳は過ぎていそうな気がする。
ケルトンと同じで瞳の中は薄い茶色で二重まぶたであり素敵な男性だけど、この三人の顔を見ていると、歴史学的にゲルマン系の顔つきなのかと思い、東洋系の顔立ちではない。
「最近は城の近くには行ってないな。俺たちもその家に泊まりに行ってもいいのか。俺の家と違って広そうだな」
「まーな、庭もあって部屋の数もある。暖かくなると尋ねてくればいい。長らく人が住んでない屋敷を見つけて手直ししてもらったからな。この辺りは暖かくていいと思うが向こうは冬場の寒さが分からない。山の家だと俺も寒さが分かるけどな」
そう言ったゴードンの言葉を聞いたけど、冬になると何だかとっても寒そうな気がする。
私は暑さには強いけど寒さは苦手、ここもだんだん寒くなってきたから、冬場の寒さを考えると陰鬱になってくる。
「分かった。暖かくなれば行くよ。カミーラに伝えておく。楽しみだな」
「俺も楽しみだ。この家は息子夫婦に任せてしばらく泊まってもいいぞ。今回は赤い実がたくさん採れたからな。今日は百個ほど置いていってもいいのか」
「これは高く売れるから助かるよ。明日は市場に行くつもりだったからちょうどよかった。俺もそれだけ儲かるからな。百個じゃ入れ物が四つだな。今持ってくるから待っていてくれ」
「分かった。馬に水を飲ませている間に俺とケルトンで手伝うよ」
「悪いな」
トーリスはそう言って、家の右側の方に歩き始める。
「ゴードン、私も水を飲んでもいいですか」
「向こうに井戸があるから一緒に行くか」
「はい。井戸とは何ですか」
ケルトンが質問している。
「地面を深く掘るとその下にきれいな水が貯まる。その水を桶を使って汲み上げる」
「なるほど。川の水とは違うのですね。知りませんでした」
「滝の近くの水はきれいだが、南の城に近づくにつれて川の水は汚れて飲めない」
「なるほど、お屋敷にも井戸があるのですか」
「一つな。城の中には何箇所もあると思うけどな」
「……知りませんでした」
ケルトンはそう言ったけど、私も知らなかったけど水道とかなくて井戸から水を汲み上げるのだ。今の私は考えようにもこの時代設定が想像できないけど、水道がないということは電気なんてもってのほかだと思う。
「城の中と外とは違うからね。洞窟とも全然違うと思うし、今日から外の生活も勉強しようね。二人でゴードンのお屋敷にも慣れなきゃね。市場のことは私も分からないからね」
私はそう言ってしまったが、市場のことを知らないとは言い過ぎたような気がする。
「ゴードン、私は何も知らないのでよろしくお願いします」
ケルトンはそう返事をしているので、私もコクコクと頷くように頭を動かす。
「分かった。リリア、馬車を頼む」
「分かりました。上で座って待っています」
私はそう言ったけど、言葉に出しては言えないけど、私も何も知らないのと同じだ。
この会話で水筒という言葉が私の頭の中で閃き、そうだ、ペットボトルだ。私は膝の上にある袋から『ミーバ』を取りだして、三百五十ミリのペットボトルと布製の紐つきカバーを二つお願いした。その中身を袋に入れ直し『ミーバ』を畳んでしまい、これを後からケルトンに渡そう。水をいつも持ち歩いた方がいい。
私は馬車の上から辺りを見回すと、右側の林のような木々の手前に屋根付きの家らしきものが五軒あり、その手前は全体的に作物を作っているようだ。
その間にちらほらと人の動きが見えるので、今までの道筋に点々とあった家に比べると、トーリスの家は平屋でも作りがしっかりしているような気がして、壁が木というよりもレンガみたいな石造りのようで、窓は左右に外側に開いているようなので、考えてもガラスの存在はないと思う。
トーリスがかごのような物を持ってきたので、四人で最初は葉を敷いて、かごの中に赤い実を二十五個ずつ移動させ、トーリスが両手にそのかごを持ち、ゴードンとケルトンは一つずつ持ち、三人で納屋なのか先ほどの家へ向う。
私が見ていると、ゴードンは赤い実を運んでからトーリスの家の中に入り、ケルトンだけが馬車に戻ってきたので、ケルトンと入れ違いで井戸の水を飲むために近づくと、周囲を木の枠組みで作られた井戸の高さは、地上から一メートルほど外に飛び出している。
直径が五十センチほどでふたがしてあり、紐の付いた木の桶が上に乗り、その井戸の上には四本の柱で支えられた三角屋根があって、その屋根の中心に木で作られた滑車みたいな物があり、紐を引き上げ桶の中の水を飲んでみると、洞窟の水と同じように無味無臭である。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




