11=〈洞窟との別れ〉
☆ ★ ☆ (17)
私が帰るとケルトンはしっかり寝ていたけど、暗闇をなくすためにランタンが灯してあり、周りがガラスでできたレトロタイプのランタンを二個お願いし、寝るときはお互いに枕元に置いていた。
単一の電池を二つ使うが光源の調整もできるから一個ずつ持って行こうと思い、夜になると明かりがないかもしれないし、想像すらできない屋敷に行くとしても少しは荷物も必要だ。
私は『ミーバ』にお願いして、布製で薄い緑色と紺色の小さめのリュックを二つ出してもらい、紺色のリュックに『ミーバ』を畳んで入れ、土色の『ミーバ』は少々大きな中身が取り出せるような作りで、肝心な物を入れると出した物以外でも消えてしまいそうな気がしていた。
リュックタイプは何でも入れられるから両手が使えて便利であり、ケルトンにも薄い緑色のリュックを一つ渡そう。見た目は紐も袋も布製でお願いしたので、私がいつも背負っているので違和感がないと思う。
子供用の毛布はどうしようかな。毛布は寝るときに下に一枚使い、上に二つつなげた物を二枚重ねて使っていたが、最初に出てきたブランケットが『ミーバ』から取りだす限界の大きさだった。
これはここに置いていこうかな。毛布が六枚あれば寒さもしのげるし、ケルトンがひとりでここに来たときに何もなければ眠れないし、誰かがここを見つけたときでも使える。
入り口の柵だけしっかり閉めれば動物も入ってこられないし、いつものごとくここを出るときには右側の穴から出れば、柵はそのままの状態で外から見つけにくいと思う。
ケルトンには上下お揃いの深い草色と明るい紺色の服を代わりばんこに着せ、下は少々生地が厚くてゆとりのある長いズボンをはかせ、この二つのズボンにはベルト通しがあり、細くて単純な丸いバックルのついた革のベルトを使わせ、上着は前の合わせを深くして紐で結ばせていた。
要するに、夏場に着ていた半袖・半ズボンの甚平が長袖・長ズボンになり、手首と足首に絞りが入り保温力を保てるようになり、足元は別に紐がありそれを緩めればストレートのズボンにもなるし、表地は百パーセント綿で作られているが背中の部分はキルティング生地になって分厚くなり、外からでは確認できないと思う。
ケルトンの下着は白色で襟元がU字になった半袖のTシャツを着せ、私も同じようなTシャツを着て、上下が薄い紫色と薄い緑色の同じような服を持っていた。夏場はビーチサンダルで、今は靴底がゴム製のすっぽりと簡単に履けるマリンシューズでお願いし、身につける物はすべて『ミーバ』から取りだしたのだ。
最初の頃よりもたくさんの言葉を想像できるようになり、ここは私たちが出会った頃よりも随分涼しくなった。これからゴードンの屋敷で生活できるようになると助かる。今はどれほどの広さのお屋敷か想像できないし、比較する家をまだ見ていない、とか考えながら一通りの片付けが終り、目覚まし時計を五時にセットして眠りについた。
☆ ★ ☆ (18)
「ケルトン、もう起きて、おはよう。もう起きて」
私自身は四時間ほどしか眠ってないが、 疲れてコロリと眠れたようで、朝の目覚めはスッキリとしている。着替えて川の水で顔を洗い終えて、これからのことを想像しながらも、いつものごとく彼に声をかける。
「あっ、おはようございます」
彼はそう言いながら毛布の上で横になったまま、両腕を上に伸ばして背伸びをして、裸足の足が完全に毛布から飛び出しているけど、これはいつもの光景であるが、これを見るのも最後になるかと思うと、何だか寂しい気持ちになる。
「よく眠れたの? ここで最後の朝を迎えたね。寒くなかった?」
「寒くはなかったです。この洞窟とも今日でお別れですね。今までとても楽しかったです。リリアにほんとうに感謝しています。ソードに乗るのも楽しかったけど、暑い日にはあそこの水遊びがいちばん楽しかったかな?」
彼はそう言いながら毛布の上に上体を起こし、彼の視線は水面に向き、水の流れを見ているかのようだ。
最初は気になっていたこの水音も今では子守歌のように気にならず、最初はこの音から遠ざかるように、私たちの足元に小川の流れがくるように眠っていたが、ずっとその方向は変わっていなかった。
私も目覚めたときにはこの音がいつも最初に聞こえ、目を開けると天井のごつごつした岩が目に入り、上体を起こすと川面が見えていた。目覚めたときに自分の部屋の天井を見るかもしれないと思っていたけど、結局はそういうことは起こらずに、今日もまた一日が始まるのかと思ったものだ。
「水が冷たくて気持ちよかったね。またここに来て水遊びをしようね。着替えたらあそこの水でさっぱり顔を洗ってきなさい。ここの水には感謝以外の言葉はないわね。こんなきれいな水を毎日利用できて、この洞窟にもお礼をいいたいわね」
「ほんとうですね。私も感謝しています。顔を洗ってお別れします」
彼が座っていた体を立ちあがらせながらそう言ったので、
「分かりました。ナイフは左に金貨は右側に分け提げて、同じ場所には提げないでよ。片方を使うときに相手から見えないようにした方がいいと思うよ」
「分かりました」
彼はそう言って着替え始める。
☆ ★ ☆
私がふと彼を見ると、しばらく小川の前でたたずんで、水の流れを見ているようで、声もかけずその光景を見ていたが、それからしゃがみ込んで一気に水をすくって顔を洗い出し、彼にも何か思うところがあるみたいだ。
ほんとうにここの水にはお世話になり、飲み水にしてもトイレにしても、そしてお風呂の代用もしてくれ、浄水器の水のように匂いもないしまろやかな感じで、硬質とか軟質とか呼ばれている天然水は向こうでも知っていたが、ここの水は天然そのものであると思った。
「昨日はリズと話し終わってから毛布以外はすべて消したからね。ランタンを一つだけ入れたからこれを私みたいに背負ってね。荷物が少ないと袋が寂しいわね。朝は向こうでリズの赤い実を食べよう。金貨をこの袋に入れ替えするとすぐに出かけます。昨日は遅くなったし入れ替えすると音が煩いと思ってやらなかったのよ。一緒に手伝ってね」
「分かりました。リリア、昨日の干し肉はまだありますか」
「えっ、あれを食べるの?」
「今まで食べた中でいちばんおいしいかったです。食事を作る時間がないときはいつも干し肉でした。今日も最後にこの洞窟で食べたいと思いました」
彼から意外な言葉を聞いて、いちばんおいしかったというよりも、食べた回数が多かったのかしら?
「早く言ってくれればよかったのに、それほど気に入っていたのね。知らなかったよ。ちょっと待ってね。こっちの袋に入っているからね」
「ありがとうございます」
彼がそう言ったので、昨日の残りビーフジャーキーを石のテーブルの上に置く。
『お願い、ビーフジャーキーを四袋』
彼が食べている間に後ろ向きになりお願いして、『ミーバ』から取りだし自分の袋の中に移し替える。
このビーフジャーキーは塩分もほどよくて、真空パックされているのでたまに『ミーバ』から取りだして食べさせて、煮込み料理にも肉のだし汁の代用として使っていたし、レトルトパックのご飯も食べさせて、真空パックにされた物は水を湧かしてその中に放り込めばいいから便利であった。
『ミーバ』から取り出すには直径二十センチほどの深めのホーロー鍋が限界で、五センチほどの深さのフライパンは直径三十センチほどが限界で、大きな物は取り出せなかったけど、ご飯にしてもおかずにしてもレトルトパックと缶詰の類は大変お世話になった。
底板が入り耐久性や持久性を考えたナイロン製の袋を四つと、ポリエステル製のロープを『ミーバ』にお願いしてあり、二人で金貨を四等分にしたので、これを別々にソードの左右にぶら下げて運び、太い枝の上に巻き付けようと思う。
ケルトンは私以上にこの洞窟に対して思い入れがあるようで、明日から私たちにはどんな生活が待ち受けているのだろうか。あの三人の男の着ている服と剣を見て、新たにゴードンの馬車を見てしまい、今の私には想像すらできなくて、私はここの時代背景が考えられない。
私たちはいつものごとく右側に開いている穴から出ることにして、ソーシャルに穴の入り口で少し停まってもらい、上から全体的に見回しお別れをしようと思い、上にいても水の流れの音がやけに耳につき、もうこの音を聞かなくて済むかと思うと、何だか寂しさだけが込み上げてくる。
『ソーシャル、リズの樹に行こう。もう振り返っても仕方がない。私たちは未来に向かって進むしかないのよね』
『そのようですね。リリアがゴードンと出会いそう決めたことですから、南の城の近くに行けば新たに未来が開けると思います』
彼女が明るい未来の展望を話してくれたから、私はその言葉を信じようと思う。
『分かりました。少し遅くなったから急ごうね。私たちの未来にね』
私はそう言ってから、ケルトンを先に穴から出させようと思い彼を見ると、彼の視線も私と同じようにこの空間を眺めているようだった。
私が『出発しよう』と声をかけると、彼の顔がすぐ穴を見上げて一気に飛びだしたので、私も踏ん切りをつけ彼を追いかけるように浮揚した。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
まだまだ出会いが登場しますが、『南の森』から少し脱出できました。




