夢
優一、圭太、天音の三人は例のハンバーガーショップの前まで来ていた。
「おっしゃれー!」
天音はその肩ぐらいまで伸びた茶髪を揺らしながら子供のような笑みを浮かべて言った。
優一と圭太は定番セットを注文したのが、天音は女子とは思えないほどの量を注文している。
「お、お前そんなに食うのか?」
圭太がすかさずその量の多さを言及した。
「まぁねぇ〜。てか、ささっちこそそんなんで良いの?男でしょう〜?」
天音が小悪魔的な表情を浮かべてカウンターに出た。
「まぁまぁ、早く食べようよ。」
ここは優一が仲介する。
しばらくの間パクパクとハンバーガーを頬張っていた三人だったが、突然天音が何かを思い出したような顔をした。
「そう言えばさ、ゆういっちは何であんなに勉強してるの?もしかしてぇ、ヨーロッパ?」
「え!?あ、あぁ。そうだよ。なんとしてでも行きたいからね、ヨーロッパ。」
優一はヨーロッパという単語を聞いただけで自分の胸が高ぶるのがわかった。
「ほんと優一ってそういうの好きだよなぁ。」
圭太が感心しながら言った。
「...まぁね。」
優一は少し照れながら答えた。
優一たちの通う私立高校は少し変わっている。
ある程度の進学校なので、三年生になると受験勉強に追われるためか修学旅行が二年生に組み込めれている。
変わっているのはここからである。ひと学年の生徒数も多いせいか、修学旅行先が成績によって変わるという制度がある。
言うまでもなく、成績上位の方が修学旅行先も豪華になっている。
そんな訳で、世界史好きの優一はなんとしてでもヨーロッパ行きのチケットを手に入れるため、成績上位に入らなければならないのだ。
「私は日本でいいかな、勉強めんどいし。」
天音がポテトフライを片手に気抜けした声で言った。
「俺も俺も!」
圭太もそれに続く。
こんなに学業に対して向上心のない奴らがどうやってこの高校に入ったのかと優一は呆れながらため息をついたが、圭太の次の一言でそんな考えはかき消された。
「もはや伊豆大島でもいいわ。海で泳ぎたいし。」
「!!!!!」
優一は驚いたような表情を見せた。
「どーしたのゆういっち?そんな変な顔して...。」
天音が首を傾げながら不思議そうに質問した。
「イ、イズオオシマ?」
優一はその事実に動揺して片言になっている。
「まぁ、そうだよねー。ゆういっちはヨーロッパしか考えてなかったから他の行き先なんて知るはずもないよねー。うちらはヨーロッパ、沖縄、伊豆大島らしいよ。ヨーロッパの行き先はまだ発表されてないけどね!」
天音はなぜか得意げに答えた。
「そういえば、優一って伊豆大島からきたんだっけ?」
圭太が思い出したように言った。
「そうなの?離島とは聞いてたけど詳しいことまでは知らなかった。」
天音には伝えていなかったのだろうか?いや、転校してきたときの自己紹介で言ったはずだと思いながら優一は頷いた。
「だとしたら優一は余計行きたくないでしょ。わざわざ知り尽くしてるところに修学旅行っていうのもな。それとも逆か?」
「逆か?」と言う言葉に一瞬あの夢の内容が優一の脳裏によぎったが、すぐに搔き消した。
「確かに友達にも会いたいけどやっぱりヨーロッパかな。」
「だよな。」
「だよね〜。」
圭太と天音は納得したように頷いた。
「何だよそれ。」
優一は不満げな顔で言った。
三人はハンバーガーショップを後にすると駅前で解散し、それぞれの自宅へと向かった。
優一は二人と別れると、すぐに耳にイヤホンをさし、単語帳を取り出した。
優一の自宅は新宿から数駅だが、今は少しでも時間を無駄にするわけにはいかない。
何としてでも結果を出さなければと思いながら、気づけば最寄り駅に到着していた。
いつも通りそこで降りて改札を抜けると、先ほどの会話を思い出した。
「伊豆大島か......。」
そう呟くと再び単語帳を開き、とぼとぼと歩き出した。
自宅へ着くやいなや自分の部屋へ戻り、背負っていたカバンをベッドに放り投げると、机上にある中学時代の同級生との写真を眺めた。
そこには楽しそうに笑っている自分が写っている。
あの頃は海も山も自分にとっては欠かせないものだった。
背景の光り輝く大海原がそれを物語っている。
あれもあれでよかったなと思いながら優一は写真から目をそらした。
優一は一通り勉強をすませると、ベッドに飛び込むようにして横になり、そのまま深い眠りについてしまった。
─── どこからか声が聞こえる。
その声が目の前の少女が発しているものだと気付くのにそう時間はかからなかった。
いつも通り海鳥が鳴きながらそこら中を飛び回り、あたりの海からは穏やかな波音が聞こえてくる。
沈みかけの夕日は、彼女と海面をオレンジ色に染めている。
「...ゆう君............だ、だめかな...?」
またこの夢か。
相変わらず目の前の少女は潤んだ瞳でこちらを見つめている。
ただひとつ、いつもと違う点があるとすれば、なぜか夢の中だという意識があった。
それでも優一は冷静に答える。
「...ごめん。」
この夢には何かメッセージがあるのではないかと思っていたが、返す返事はこれくらいしか思い浮かばない。下手なことを言って夢の中のストーリーを変えてしまえば、現実まで変わってしまう気がしたからだ。
このままいけば、次の彼女の言葉は「そうだよね。」のはずだった。
「うん。知ってる。でも............待ってるから。」
そう言い残して、彼女はこちらに背を向け走り去って行った。
意表をつかれた優一は、すかさず「ま、待ってくれ!」と叫んだが既に彼女は消えていた。
「くっそ!.........くっ。」
目を覚ました優一は、そばに置いてあったクッションを床に叩きつけた。
まるで生きているかのような夢を見たためか、全身がぐっしょりと濡れ、他のことを考える余裕はなかった。
日を入れるためにベッド際のカーテンを開けたが、その窓越しに見える夏の積乱雲は優一の不安な心情を表しているかのようだった。
学校に着くと、すでに圭太は登校しており、何やらニヤニヤした顔でこちらを見てくる。
ルーズリーフを片手に近寄ってくるところを見て、そのニヤニヤの意図を理解した。
「いやだからな。」
優一はカバンを机の上に置きながらはっきりと言断った。
「お願い!宿題ミ、セ、テ。たのむ〜、この通り。」
と言いながら、圭太はなぜかDAIGOのウィッシュポーズをしている。
アメリカでは I love you. を意味していることを知らずに使ってるなんておめでたいやつだなと思いながらノートを手渡した。
「ジュースおごりな。」
「おけけのけ!」
圭太は都会の流行にも遅れているような返事をして自席へと戻って行った。
ちょうどその時、浮かない顔をした天音が登校してきた。
いつも通りイケイケ連中との挨拶をすませると、なぜかうつむき加減でこちらへ向かってくる。
「...昼、屋上。」
それだけ言うと教室を出て行ってしまった。
午前の授業もおわり、早速屋上へと向かう。
扉を開けると突風が吹いており、本当にここで食うのかと思ったが仕方なく屋上に足を踏み入れた。
すでに天音は風に吹かれながら座っており、ついでに圭太も座っていた。
「んで、どうしたの?」
優一が先に声をかける。
三人で集まるのは昨日のハンバーガーショップ以来だが、昼食を一緒に取るのは久しぶりだった。
ましてや天音からの誘いは初めてだったので、圭太も優一も気が気でなかった。
「じ、実は......昨日の夜、変な夢を見たの...。」
「夢?」
「夢?」
優一と圭太の素っ頓狂な声は、ピタリと風がやむとともに同時に発せられた。