表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

終わりよければ全てよし?

作者: 紫ヶ丘




来月は待ちに待った卒業式。

前世の記憶が戻った当初は私がヒロインとか無理無理!と思ってたけど、諸々のストレスでプッツンして気づけば原作通りの痛いヒロイン街道まっしぐら。

いやホント、イケメンにちやほやされなきゃやってらんないくらい酷かったのよ。

一種の自己防衛なのかイケメンに会えば全自動ぶりっこモードが発動して相手ごとにキャラが変わるし、これって私多重人格じゃないの?と悩んだこともあったけどおかげで何とか乗りきれた。

逆ハー成立って弊害が起きたけどね。

イケメンであればイケメンであるほど面白いくらい手のひらで転がってくれるから楽しくなって調子づいた私も悪いけど婚約者や婚約者候補がいる身で浮気は良くないよ?

え?お前が言うな?

私はそういう人いないもーん。


閑話休題。


主な逆ハーメンバーは王太子オスカー殿下、伯爵家嫡男ルートヴィヒ・イーヴ、侯爵家次男ニコラス・パピー、子爵家嫡男オルト・グリーディ、男爵家三男フランチェスコ・グランデの五人。

他にも多数のキープくんがいるけど結婚するならこの五人の誰かかなぁ?


オスカー殿下一択だと思う?

でも散々貴族社会の闇を知った今、何の後ろ楯もない私がやっていけるとは思えない。

暗殺とか毒殺とかでポックリ逝きそう。


ルートヴィヒ様は没落の危機に瀕してる旧家のお坊ちゃん。

選民意識が高い一族の嫡男なのに貴賎関係なく誰とでも仲良くなれるところが素敵なの。

婚約者は潤沢な資産を持つ伯爵令嬢ハンナ。

俺様なふりして甘ちゃんだから『いざとなったら駆け落ちしよう』って言葉を信じるのは難しい。

だって彼に平民の暮らしは絶対無理だもん。


ニコラス様は年下で可愛いけど少し自主性に欠ける。

基本素直で良くも悪くも人を疑うことを知らないっていうかね。

原作に都合のいい駒になるよう育てられたってあったからその影響かもしれない。

嫡男じゃないし懐いてくれるしお金も持ってるから良いなって思ってたけど原作通り長男が両親と衝突して騎士団に駆け込んだから繰り上がって跡継ぎになってしまった。

彼を選ぶには曲者の両親がネックなんだよねぇ。


オルト様は年上で頼りになるし話も合うけど妹のサシャが地雷。

サシャはニコラス様の婚約者でもあるしね。

彼の両親と妹が色々やらかしてグリーディ家は現在取り潰しの危機。

当人達は気づかず伯爵への陞爵間近とよろこんでるみたいだけどオルト様と彼の叔父様のご心労はいかばかりか。

その余波で彼はこれから大変な労苦を背負い込むことになる。

原作ヒロインのスペックがあれば支えていけるんだろうけど中身が私なせいか大幅にパワーダウンしてるんだよね。

助けるつもりが逆に足を引っ張ってしまいそうで怖い。


フランチェスコ様は原作にいないキャラ。

将来有望だし婚約者も婚約者候補もいないし貴族貴族してないから話しやすくて優しいお兄さんぽいところも素敵なんだけど、ぶりっこモードが切れている状態を見られて以降何かを探るような目で見てくることがあるのよね。

悪い感じじゃないけど理由がわからないまま選ぶのはちょっと躊躇う。


……あれ?

改めて考えると全員選ぶには何かしらの問題あり?

お花畑脳で結婚を決めたら痛い目みそう。

でも五人以外からってなると──うーん、難しいなぁ。

一応担任もキープしてるけど先生もちょっと問題があるのよね。

もしかして逆ハー成立したら誰とも結ばれないノーマルエンドになるの?


それに悩ましいのは彼らが好意を持っているのがぶりっこモードの私だということ。

私はヒロインだけあって文句なしに可愛いけど目が肥えている彼らを素のままで落とすことは出来なかったと断言できる。

彼らが必要としているのは彼ら専用の猫を被りまくったヒロイン、ぶりっこモードじゃない私はお呼びじゃないのだ。

だから誰が相手でも結婚後に頼みのぶりっこモードが発動しなくなればあっさりと捨てられるだろう。

例え真実の愛だったとしても越えられない壁はあるのだ。

結婚したいし贅沢もしたいけど相手の顔色を伺いながらいつ捨てられるのかと怯える生活には戻りたくない。


あ~どうしよう。

今週末には卒業パーティーのエスコート役を決めなければいけないのに。

選んだ相手が本命になる。

私は誰を選んだら幸せになれるんだろう?




▲△



「──アリー、どうか聞いてくれ。俺はお前が好きだ。心から愛している。だから……だからお前の全てを俺にくれないか?父上も嫁入り前のお前を傷物にしたと言えば俺の第二夫人として迎えても構わないと言ってくれるはずだ。その為にも俺の婚約者のハンナと仲良くして欲しい。彼女の協力を得られたら父上の説得も楽になる。……アリー、この方法しかお前を妻に迎えることが出来ないんだ。お前は魅力的だから殿下をはじめ多くの男が狙っているのはわかってる。でも俺はアリーを俺だけのものにしたい。アリー、俺を選んでくれるなら今週末俺の部屋に来てくれ。──待ってる」



以上、伯爵家嫡男ルートヴィヒ・イーヴの言葉でした。

そうだよね、一応子爵家の庶子とはいえ三年前まで市井で暮らしてた半分平民の血が入った私が正妻は無理だよね。

社交界とかで渡り合える自信もないし。

第二夫人は気楽で良いかもと思うけどハンナと仲良くするのはイヤ。

友人のふりしてスパイ行為を働く女とは金輪際近づきたくないもの。

あの子のために出す知恵は何もないわ。

それと私こう見えて意外と潔癖なので婚前交渉とか無理無理。

うん、残念だけど彼のことは諦めよう。




△▲



「──あっ!アリーここに居たんだ!!良かったー!大事な話があるんだ!あのね、昨日も両親にアリーとの結婚を認めて欲しいってお願いしたんだけど、やっぱりダメって言われたんだ。婚約者のサシャは僕の両親を説得できたら婚約解消してもいいって言ってくれてるんだけどね、父上がアリーは侯爵家の妻として相応しくないって話を聞いてくれないんだよ。だから僕母上に聞いたんだ。どうしたらアリーをお嫁さんに出来るの?って。そしたら……ちょっと恥ずかしいんだけど、男女の深い仲になりなさいって言われたんだ。そしたらお嫁さんには出来なくても愛人に出来るからずっと一緒に居られるって!ね、アリー!アリーも僕のこと好きだよね?好きだって言ってくれたもんね?だから今週末僕の部屋に来てくれる?僕、待ってるから。ずっと待ってるから!」



以上、侯爵家次男ニコラス・パピーの話でした。

元々は彼の兄──しっかり者の婚約者がいる嫡男が跡を継ぐことなっていたけれど、二年前にその婚約者が突然亡くなってしまった。

その悲しみを紛らわすかのように彼の兄はますます武芸に打ち込むようになり、喪に服したあと直ぐに新しい婚約者を宛がおうとする両親と衝突、家出するも連れ戻されるが隙をついて騎士団に駆け込み、以後音信不通。

ニコラス様が家を継ぐことになり彼の婚約者がサシャになった。

仲の良かった兄の出奔、繰り上がったことで当然学ばなければならない事も激増、両親の期待を一身に受ける重圧で押し潰されそうになった彼はぶりっこモードの私に癒され逆ハーメンバーに。


奥さんどころか愛人ですか。

しかもまたもや婚前交渉だし。

家には入れたくないけど囲いこんで知恵を吐き出させようっていうパピー侯爵夫妻の魂胆が見え見えだわ。

飼い殺しされたくないし彼のことも諦めよう。




▲△



「……アレクサンドラさん、少しお時間よろしいでしょうか?大事な話があるんです。……ええと、もしよろしければ私と結婚してくださいませんか?私の奥さんになって欲しいんです。男爵家の三男で継ぐ爵位もありませんし卒業後の勤務地が最果ての地なので色々と苦労をかけることになるでしょうが二人なら乗り越えていけると思っています。……どうでしょう?一度考えてみてもらえませんか?今週末、一足先に最果ての地に赴きます。もし私と一生を共にしても良いと思ってくださるのなら夕方に乗り合い馬車の所に来てください。──待っています」



以上、男爵家三男フランチェスコ・グランデの話でした。

こちらはまさかのプロポーズ。

ぶりっこモード切れてたのバレてなかったのかな?

あの観察も私の本命が誰か、求婚を受け入れてもらえるか調べてたってこと?

彼の性格からして私を利用したいがための求婚ではないと思うけど……。

それにしても最果ての地かぁ。

高給取りで有名な王宮勤めの魔術師に内定してたのに何でわざわざそんな辺鄙な所に行くかなぁ。

自給自足の生活っていくら魔法が便利と言っても相当きついよ?

彼なら悠々自適な生活を送りそうな気もするけどね。


うーん。

彼との結婚は悪くはないけどお嫁に行ってぶりっこモードが切れて放逐される可能性を考えると最果ての地は遠すぎる。

道中の危険度もかなりのものだし。

どうしよっかな~。




△▲



「コンタミ嬢、ここに居たのか。ついに来月卒業だな。君には色々手を焼かされたが今となってはいい思い出だ。──いや、世間話ではなく大事な話があるんだ。これまで私と君は教師と生徒という関係だった。けれど君が卒業することでその繋がりもなくなってしまう。私はそれが嫌なんだ。君を思い出にしたくない。……君が好きなんだ。一人の女性として。だからこそ本当に残念だよ。もし君がコンタミ子爵の庶子でなければ私は今ここで結婚を申し込んでいただろう。けれど君の半分は穢れた平民で出来ている。いくら君の血を全て抜いて貴族の血と入れ替えたって、貴族とは認められない。


──君は殿下が好きなんだろう?それとも他の男かな?どちらにしても私のものにならないし、穢れた君を自分のものにもしたくない。けれど狂おしいほど君を欲してもいるんだ。だから……私は正直になることにした。アレクサンドラ・コンタミ、君が誰かのものになる前に──そうだな、今週末の放課後教室に残っていなさい。穢れた君を美しく、永遠にしてあげよう。──待ってるよ」



以上、担任の話でした。

無いわ~。

キープくんだった先生の攻略失敗してるとか無いわ~。

この台詞蝋人形コースまっしぐらじゃないの。

やっぱり合宿所で魔物に襲われて怪我をしなかったからかなぁ?

でもねぇ、いくら先生が傷痕なく治療してくれるっていっても痛いのと恐いことには代わりないよね?

だから仮病を使って乗り切ったのにまさかの病みモード発動とか。

実は超血統主義の隣国国王の甥っていう玉の輿物件が激ヤバ訳あり物件になってしまった。

死にたくないので二人きりにならないよう気を付けよう。




▲△



「アレクサンドラ様、ここにいらしたの?わたくしずっと探してましたのよ?まあいいですわ、早速本題に入りましょう。わたくしアレクサンドラ様にお願いがありますの。大丈夫、簡単なことですわ。忠告をすぐに忘れてしまうあなたでも分かるようにお話しいたしますから。──アレクサンドラ様、これ以上オスカー様に近づかないでいただきたいの。卒業後に私と彼が挙式することは知っているでしょう?いい加減彼に召し上げられるかもしれない等という妄想は止めて現実を見てくださいな。よろしくて?もしあなたが後宮に入ってきたら──わたくし持ち得る限りの力で排除いたしますからね?


そうそう、他にもありましたわ。あなた卒業試験でカンニングしたそうね?でなければあのような点数はおかしいと皆さん仰ってますもの。調査されればせっかくの卒業資格も取り消されてしまうかもしれませんわねぇ。そのような理由で留年したあなたをオスカー様はどう思われるかしら?──ねえ、アレクサンドラ様?わたくしの言ってること、分かりますわよね?聡明と名高いあなたですものね?──あら、もうこんな時間?暇なあなたが羨ましいわ。わたくし婚礼の準備でとても忙しいの。失礼させていただくわ」



以上ジェニファー・ウィキッド侯爵令嬢でした!

むきぃー!

何よ何よっ!

もうすぐ殿下から婚約解消されるのも知らないで!

というかその呼び方なに!?

私の前世では問題なかったけどこの国では王族を『様』呼びするのは不敬だって法で定められてるでしょ!?

転生者じゃないなら内心はどうあれせめてオスカー『殿下』って言いなさいよ!


大体なーにがカンニングよ!

私はそんなことしなくても好成績ですー!

あなたこそカンニング防止にジャミング効果のある魔石を置くとなったとき猛反対したのは何故ですかー?

依怙贔屓しない先生が試験官の科目に限って点数が悪いのは何故なんでしょうねー?


あなたこそいい加減現実を見たらどう?

お高くとまって気付いてないようだけど、意気揚々と歩くその先は切り立った崖よ?

ウィキッド侯爵家はもう終わり。

あなた達の犯した罪の数々がようやく裁かれるの。

嬉しいでしょ?

『力ある者が正義』というあなたのモットーに殿下も賛同してくれたんだから。

辛酸をとくと味わうがいいわ。




△▲



「────以上がグリーディ家への罪状と処罰の内容だ。本来なら当主夫妻の処刑ならびに爵位の剥奪、叉は取り潰しが妥当だが君の告発と先代以前の功績を鑑みて陛下から恩情を賜った」



「……陛下ならびに王太子殿下の多大なるご配慮に感謝いたします」



「君はこれからどうするんだ?」



「先ずは、亡き祖父が親しくさせていただいていた辺境伯、リライアブル卿に困った事があれば一度だけ助けてもらえるよう頼んでいると私への手紙に残してくれていましたので、それを頼りに繋ぎを取ろうと思います。了承を得られれば旅行と称して両親を連れていき、彼等がよく羨んでいる『何も考えずに働くだけでいい平民』として余生を過ごしてもらいます。夢が叶って喜ぶことでしょう。


その後卒業を待って妹を修道院へ送り性根を叩き直してもらいます。彼女もよく『太る暇もない平民が羨ましい』と言ってますので清貧を旨とする厳格な修道院を選ぶつもりです。こちらも亡き祖母の伝があるので特別扱いは必要ないと言えば問題ないと思います」



「君の家族は随分鼻が利くようだが……逃げられないか?」



「……逃がしませんよ。絶対に。自らの罪を償わず逃げるというなら討つまでです。……それが俺の彼女への償いですから」



「──オルト、本来グリーディ家は国家反逆罪と取られてもおかしくない罪を犯していた。それが当主夫妻の追放と君の妹の幽閉と領地の移封・縮小だけで済んだのは、被害者であり口が達者な彼女が個人や家同士の行き違いだったと話をすり替え減刑を望んだからだ。事実、被害を訴えていた叔母は降嫁した身で王族とは言えないからね。


陛下の前でも彼女は怖じけることなく、寧ろ生き生きと語っていたよ。最後には新商品の紹介までしてたな。不敬だと言う者もいたが有力な貴族の大半が毒気を抜かれて処分の見直しが決定した。


……実はね、証拠を受けとる際に彼女から万が一処刑が妥当と判断されたら王太子として持ち得る権力を使って陛下や重臣との謁見がかなうようお願いされていたんだ。彼女からされた初めてのお願いがそれだよ?しかも一生に一度のお願いだなんて……正直妬けた」



「……彼女は優しいですから。……こんなことを言ってはいけないのでしょうが、俺、先程の処分内容を聞いて落胆したんです。大勢の人を騙し裏切りを重ね詐欺一家に成り下がったグリーディ家など取り潰し一家まとめて処刑になればいい、そう思っていました。彼女に合わせる顔がありませんし、もう二度と会えないのならいっそ処刑された方がましだと。


でも殿下のおかげで思い出しました。彼女が『これから大変だと思うけどあなたならきっと乗り越えられると信じている。だから俯かないで前を見て。あなたには手を差し伸べてくれる多くの人がいるのだから。もちろん私もその一人よ?』と言ってくれたことを。だから、俺なりに精一杯やってみようと思います」



「オルト、私は変わらず君を親友だと思っている。協力が必要ならいつでも言ってくれ。せっかくの権力だ。使わなければ損だろう?私も君の──グリーディ家の再興を願っているんだ」



「──ありがとうございます。新たな領地で細々とでもグリーディ家の名を残せるよう尽力いたします。…………最後に殿下、一つお聞かせ願えませんか?」



「何だ?」



「殿下の婚約者であるジェニファー・ウィキッド、いえ、ウィキッド侯爵家はどうなるのでしょう?」



「──陛下は最後の恩情として真に王家の忠臣ならば下賜した短剣で自死せよと仰るようだが、彼らには出来ないだろうな。貴族として名を遺せる毒杯ならまだしも、ただ地に堕ちるだけの死を彼らが受け入れるはずがない。一欠片の良心でもあればまた違うかもしれないが……。これから彼らには生き地獄を味わってもらう事になるだろう」



「……そうですか。ありがとうございます、殿下。これで思い残すことはありません」



「……オルト、たまには文を出せ。領地が落ち着いてからで構わない。私が成人したら共に酒を飲もうと約束しただろう?どちらが美味い酒を飲むことになるかという賭けには二人とも負けることになったが」



「まさか……殿下は彼女を手放されるのですか?」



「……ああ。本当はずっと側に居てもらいたいけどね。確実に彼女を守りきれるという自信があれば愛妾としてでも迎え入れただろう。けれど後宮は私の目の届かない場所だ。例え次の婚約者がまともでも閉鎖した場所で甘言を囁く者ばかりが周囲にいるという状況に慣れれば自然と態度は助長する。


……君も知っているだろう?王族に嫁げる資格のあるものは血や家柄はもちろんだが何より純潔であることが重要だと。万が一にも他の男の子種が入り込む隙などないよう徹底されている。正妃、側妃、愛妾、愛人、その立場に関係なく初夜直前に純潔であるかの確認がされる。そしてもし純潔でなければ国家内乱罪で即処刑されるし、後宮入りしたあとに男と会うだけで不義を働いた疑いで処刑される。


この国の法がそうなっている以上、彼女が嵌められたとしても助けることが出来ない。後ろ楯のない彼女は格好の餌食となるだろう。召し上げることは彼女を殺すことと同意味と言っても過言ではない。万が一彼女が虐げられ命を落とすことになれば私は自分が許せないし、それに関わったもの全てを処さなければ気が済まない。例え国を傾けることになってもだ。


父上は惚れているなら苦しめることになろうが傍におけばいいと言った。けれどそれで泣く母や側妃達の姿を見て育った私には出来ない。──私は彼女のおかげで王になる決心がついた。彼女のおかげでこの国を守りたいと思えるようになれたんだ。私は一人の男として彼女を幸せにするのではなく、王太子としてこの国を良くすることで彼女を幸せにしようと思う。


だから、例え彼女が誰の手を取ろうとも私はその愛を祝福する。彼女が幸せなら私も嬉しいからね──と、いつか心から思えるように……なれるかは分からないが、とりあえず刺客は送らない……とも言い切れない、か……まぁ相手次第だな」



「……オスカー殿下、我慢の限界が来る前に相談してくださいね?俺も落ち着いたらなるべく手紙を書くようにします。そしたら二人で取って置きのワインを開けましょう。殿下の生まれ年はワインの当り年ですからね、美味しいワインで彼女の幸せに乾杯、なんてどうです?」



「それはいいな。君のワインの目利きは確かだと評判だから楽しみだよ。そうだ、せっかくだから二本目はお互いの幸せを願って乾杯しよう。三本目はこの国の安寧秩序を願って、四本目は──」



「お、おいおい!俺はそこまで酒に強くないからな!?せめて本じゃなく杯にしてくれ!」



「おや、それは君次第だよ。私は気が長くないからね。あまり待たせると秘技『王太子である私の酒が飲めないのか?』が発動するかもしれないよ?」



「……ぜ、善処する」



「はははっ!」





△▲



五人いると思ってた逆ハーメンバー。

蓋を開ければ王太子と子爵家嫡男からの音沙汰はなく、伯爵家の嫡男は第二夫人で侯爵家次男は愛人と残念な結果になった。

担任は論外だし他のキープくん達もせめて思い出だけでもと婚前交渉求めてくるしで何だかなぁ。

この国って純潔が尊ばれるはずだよね?

婚前交渉って醜聞だよね?

揃いも揃ってどうなってんの?


あ~あ。

こんなことなら貴族にならなきゃ良かった。

幸せになれるかもと期待してやって来たのに、蓋を開ければキラキラ華やかな社交界も楽しいはずの学園生活も苛めに陰口嫌がらせのオンパレードでしんどいだけ。

友達面して悪評広めるとかホント無理。

女子って怖い。

人間不信になったし。

先生以外は重箱の隅をつつく教師ばかりで息が詰まるし成績が良ければカンニングを疑われる。

大体何で肩身の狭い思いをしながら勉強してるぽっと出の元庶民に小さい頃から家庭教師を付けられて英才教育受けている貴族が負けんの?

おかしくない?


はぁ。

何か疲れた。

転生だ!ヒロインだ!イケメンだ!って浮かれてたけど現実は厳しい。

恐らくジェニファーは既にカンニング云々を父に告げ口しているだろうし義母と義妹は嬉々として私の荷物を捨てさせているだろう。

屋敷には帰れない。

寮に居られるのは卒業式まで。

所持金はへそくりの金貨六枚。


決戦は図らずも全員が指定した明日。

ううん、日付けが変わったからもう今日だね。

原作なら誰の元に行くかでエンディングが決まるんだろう。

ヒロインだしぶりっこモードを死守するなら原作キャラを選んだ方がいいのかもしれない。

でも私は幸せになりたい。

ヒロインとか関係なく幸せになりたいのだ。


金貨六枚あれば護衛一人雇っても最果ての地からそこそこの町まで戻って来られるはず。

ぶりっこモードがあるうちにへそくりを貯めればもっと安全な旅路になるだろう。

そう、つまり!

原作にいない男爵家三男フランチェスコ・グランデ様!

私はあなたに決めた!!


……だって、もう彼一択じゃん?




△▲△



「──卒業生の皆、卒業おめでとう。今日はささやかながら宴の席を設けさせた。心行くまで楽しんでくれ。──乾杯!」


陛下の音頭に合わせて乾杯!の声が会場中に響き渡る。

本当なら乾杯の前に陛下がわたくしとオスカー様の挙式日を報告されるはずだった。

会場にいるどの令嬢よりも華やかな装いのわたくしが名実共に主役になるはずだったのよ。

けれど今、わたくしは一人この会場で立ち尽くしている。


周囲の好奇に満ちた目が鬱陶しい。

頼りになる両親は先月王家から突然届いた婚約解消の通達を目にして衝撃のあまり寝込んでしまっているしエスコート役を頼んだサシャの兄は会場に着くなり姿を消した。

わたくしのエスコートという光栄な役目を放棄するなんて信じられない。

グリーディ家に抗議しないといけないわね。


既に婚約解消の一報は広く知られているせいか形ばかりの挨拶を交わしたあとは皆がそそくさと立ち去った。

現金なものだわ。

婚約者でいたときは下卑た笑みを隠しもせずすり寄ってきたのに旨味がなくなったら散々受けた恩を忘れて知らんぷり。

本当に忌々しいわね。


あらいけない。

眉間に皺が寄るところだったわ。

わたくしは王太子妃になる者。

心がいくら乱されようと常に凪いだ海のような微笑みを浮かべていなければ。


きっとあの婚約解消の通達は王太子妃になり得る器かどうかを確かめるための卒業試験なの。

王妃様の姿が見えないのはそのせいよ。

ショックで寝込んだり公の場で悄然とした姿を見せるようなら器なしと判断されて本当に婚約を解消されるんだわ。

でも大丈夫。

わたくしは王家の忠臣ウィキッド侯爵家の者として常に誇りを持って過ごしてきたわ。

王太子妃教育は三年前に修了して王妃教育も順調そのもの。

わたくし以上に未来の国母に相応しい者はいないと胸を張って断言できます。

隠れてご覧になっている王妃様もそう思ってくださるわ。


ですから遠巻きに見ているあなた達、真実を知ってから慌てたって知りませんからね?

わたくしとても傷ついておりますの。

口利きを望むならそれ相応のものをいただかないと、ね?


それにしても意外だわ。

オスカー様なら美しく着飾ったわたくしを見るなり早々に音をあげて婚約解消は偽りだと泣きついてくると思ってましたのに。

まあ流石にそれでは試験になりませんものね。

けれど未練たらしく見つめてくるならさっさと謝罪に来てダンスの一つでも誘ってくださればよろしいのに。

本当に女心がわからない方だわ。



「ジェニー、ごきげんよう。素敵なドレスね?」



「──ごきげんよう、サシャ。ねぇ?あなたのお兄様、会場に着くなり姿を消したのだけど?どうなっているの?エスコートは帰宅するまでの契約でしょう?」



「ごめんなさい、その事については謝るわ。お金も返す。この状況であなたを一人にするとかあり得ないもの。……それより聞いた?アレクサンドラが結婚したって」



「……結婚?あの女が?」



「ええ、しかも相手はあの将来の宮廷魔術師筆頭候補と名高いフランチェスコ様よ。現在最果ての地で新婚生活満喫中なんですって。殿下や上位貴族だけじゃなく低位の貴族でも有望株なら節操なく手を付けていたみたい。まさか浮いた噂一つないフランチェスコ様が毒牙にかかるなんて──新しい婚約者にしようと思ってたのに最悪よ」



「新しい婚約者?どういうこと?あなた婚約者がいるでしょう?」



「……あなた耳が遅いのね。グリーディ家は伯爵への陞爵がなくなったのよ。コンタミ子爵に訴えられたせいでね。先週末正式にその旨が通達されたわ。それと並んで子爵家じゃ家格が釣り合わないから婚約は解消するってパピー侯爵家からも通達が来て我が家は大打撃。父は酒に逃げるし母は寝込むし兄は使えないしで大変よ。それを打開するためフランチェスコ様との婚約を家格にものを言わせて成立させようとしたのに結婚してるんだもの。悪夢でしかないわ」



「あら、わたくしだって常に気を張っているわけではないわよ?けれどどうしてコンタミ子爵ごときに遅れをとったの?グリーディ家なら揉み消すことが出来たでしょう?」



「……全部兄のせいよ。あいつ嫡男のくせにグリーディ家を売ったの。うちが取り扱ってる真新しい商品が世の中を便利にしたという功績で陞爵の話が出ていたことはジェニーも知ってるわよね?ここだけの話、あれ全部アレクサンドラが考案したものなのよ。初めは兄主導でコンタミ子爵と共同開発してたんだけど、予想外に売れるから私が引き継いで独自のルートで色々やってたら兄にバレて内部告発。せっかく厳しく箝口令を敷いていたのに家族を売るとか本当に信じられないわ。しかもよ?あいつアレクサンドラに入れあげてたの!私達に隠れてこそこそ会ってたのよ!知ってたら心底嫌だけど兄にあの女を押し付けて私はフランチェスコ様と結婚できたのに!……ちょっと、何笑ってるの?あなたも殿下に捨てられたくせに」



「あら、笑ってなんかいませんわ。それにわたくしオスカー様に捨てられてなどいませんもの。誤解はよしてくださらない?」



「ジェニー、卒業パーティーと言えど公の場でそのような呼び方は不敬よ?あなたいつもそうよね?立てている振りして殿下を見下している。いいえ、ウィキッド侯爵家自体が王家を軽視しているわよね?あなたのような勘違い女、婚約解消されて当然だわ。……そうだ。王家の忠臣なら生涯をかけて修道院で国家の安寧を祈ったらどう?少しは見直されるかもしれないわよ?」



「サシャ、言葉を慎みなさい?わたくしを怒らせても良いことはないわ。降格させられたくないでしょう?」



「……馬鹿らしい。あなたそろそろ現実を見た方がいいわよ?王家の忠臣とは口ばかりの負け犬さん?じゃあね、さ・よ・う・な・ら」



あらあら。

いいお友達だと思ってたのに残念だわ。

これまで通り私の手のひらで転がるなら多少目をかけてあげようと思ってましたのに。

まあ良いわ。

卒業パーティーが終わる頃にはわたくしが正しいことが証明される。

負け犬の遠吠えが楽しみだわ。





△▲



最果ての地にやって来てもうすぐ一年。

フランに決めたあの日、私は皆へ別れの手紙を書いた。

数えきれない感謝と訪問できないことへの謝罪。

きっともう二度と会う機会は訪れないだろうと一人一人思い出を振り返りながら書いたので気づけば朝日が差していた。

大量の手紙を寮母さんに託した後、授業をサボって以前フランからプレゼントされた転移石で故郷の町に行き母の墓参りへ。

当時大変お世話になっていた宿屋の女将さんに父への手紙を託して王都に戻り、なけなしの金貨一枚で旅支度を整えるべく店主達との値切り交渉に挑み、一通り揃った頃には日が傾きかけていた。


大荷物を抱え待ち合わせ場所に向かう道中私はだんだん不安になった。

深い仲にはなっていないとはいえ、幾人もの男を侍らせていた私をフランは本当に妻にしたいと思うのかな?

好意を持ってくれてるのは知ってたけどいきなりプロポーズってやっぱり少し変だよね?

このままフランチェスコ様に会いに行って本当に大丈夫?



いやぁ、私も若かった。

あれが所謂マリッジブルー?

ん?ちょっと違うかな。

とりあえず現在とっても幸せです。

それにしても夫の魔力舐めてたわ。

過酷な開拓生活を覚悟してたのに土魔法で荒地をパパッと耕したと思ったら風魔法で種をまき、ふんわり土を被せたあとは水魔法で水やり。

更にはホームシックにならないようにと王都に購入した屋敷といつでも行き来可能。

基本最果ての地で過ごしてるけどフランが王宮に魔術師長の尻拭いで呼ばれたときは着いていくことにしてる。

まだまだ新婚さんだからね。


苦労をかけるかもしれない?

何の苦労もしてませんが?

むしろある意味飼い殺し状態ですよね?

でも一応料理はしてるよ?

前世では全く出来なかったけど、今世は生き延びるために覚えざるを得なかったからね。


今や野草とキノコを見分ける達人。

目が肥えるまで何度死にかけたか分からないけど持ち前のヒロイン力で乗り越えてきた。

嘘です、光魔法のおかげです。

原作と違ってライトとしょぼいヒールしか使えないけどね。

しかもこのヒール、回復魔法じゃなくてほぼ毒消し効果しかないでやんの。

何がヒールだこのおバカ!って嘘です、どんな状態異常も回復出来るありがたい魔法です。

いやぁ食べたら石化したり呪い受けたり触れた部分が爛れるような猛毒食物が意外に多くてね、自分でもよく生きてるなって思うよ。


フラン曰く私のヒールは何がなんでも生き延びる!!という雑草根性に感化されて特殊進化したんじゃないか?だって。

そう言われたら擦り傷しか治せないヒールも愛しくなるわ。

ありがとう光魔法。


そんな私の手料理は超庶民派。

男爵家三男のフランの口に合わないんじゃ?と不安だったけど美味しいって毎食残さず食べてくれる。

ホント出来た夫だよ。

まぁ味は美味しいからね、味は。

あと健康にも良いよ。


堅苦しい貴族生活から解放されたおかげか最近お肌が艶々。

私ますます可愛いくなってます。

流石ヒロイン。

魔法と同じく進化するのね。

それとも根っからの庶民ってことかな?


ただ、ね。

一つだけ悩みがあるの。

大したことじゃないし、そういうものだと思えば良いんだけど、どうしても気になっちゃうの。

何に悩んでるかって?

それはね、夫の呼び方。

フランじゃないのって?

ううん。

『パコ』なの。


何で?

何でパコなの?

どこからパが出てきたの?

いや、パコって呼び方可愛いし呼ばれて嬉しそうな夫を見るのも楽しいから別にいいんだけどね。

でもね、やっぱり時々思うのよ。

何でパコ?って。

夫がフランチェスコの愛称がパコなんだよって教えてくれたけど外国の愛称は総じて分かりにくすぎるわ。

……うん、しょうもない悩みでごめんなさい。

ちなみに人前ではフラン、二人きりのときはパコさん呼びです。


私?

私は『サーニャ』よ。

フランったら未だに照れながらサーニャさんって呼ぶから私もつられて照れてしまう。

執事やメイドさん達のチベットスナギツネ顔が標準になりかけてるのでそろそろ何とかしなきゃとは思うんだけど、これがなかなか難しい。


あ、そうだ。

気づいた人いるかな?

サーニャとサシャって微妙に似てると思わない?

今だから明かせる事実ってものでもないけど実はサシャも名前がアレクサンドラなの。

原作でも何でサーシャじゃなくてアリーなんだろ?って思ってたからその事を聞いて納得。

でも危うくアレックス呼びになりかけたのは参ったよ。

アリーって呼んでくださいって変更してもらった。


こちらは平穏そのものだけど向こうは色々あったみたい。

サシャとジェニファーは揃って同じ修道院行き。

彼女達、顔を合わせれば罵詈雑言の応酬であまりに態度が悪いから魔力を封じられた上で丸坊主にされたらしい。

前世で髪は女の命って言葉があったようにこちらの世界でも女性にとって髪は大事なもの。

丸坊主にするってことは世俗を捨てて一生を祈りに捧げるってことらしく修道院から二度と出てこられないそうだ。


サシャの兄、オルト・グリーディ子爵は叔父さんと共にグリーディ家再興に向けて頑張っている。

前当主夫妻は辺境伯、リライアブル卿のところで平民生活。

戦功を立てたら平屋の共同生活から抜け出せるそうだけど元があの体格と性格だから無理だろうね。


取り潰しになったウィキッド侯爵家前当主夫妻はとにかくきつい場所で強制労働しているらしい。

具体的には聞いてない。

王家の闇を濃縮した所なんて想像するだけで恐いもん。


俺様お坊ちゃま、ルートヴィヒ・イーヴは何とコンタミ子爵家の養子になった。

何でもショックなことがあって魂が抜けたように部屋に閉じ籠っていたら、イーヴ伯爵家の思想を受け継いだ弟に家督を奪われたらしい。

そこで実は遠縁の遠縁だったコンタミ子爵を頼りやって来たそうだ。

しかしそこには飢えた獣の義母と義妹がいた。

案の定ルイスにヤバい薬を盛って母子二人でハニートラップを仕掛けようとしたのが子爵にバレて即離縁。

跡継ぎがいなくなったのでルイス──ルートヴィヒ様を養子に迎えたらしい。

まさか彼が義兄になるとは。

現在コンタミ子爵は教育パパ化してるらしい。


ちなみにルイスの弟が彼の元婚約者ハンナと結婚し家の立て直しを図っているが現状は悲しいかな妻の実家である伯爵家にほぼ乗っ取られてしまっている。

でもハンナさんや、王家御用達の品を勝手に模倣して売ってることバレてるよ~。

近く厳しめの処分が下るらしいから首を洗って待っててね~。


先生はわざわざ最果ての地まで結婚のお祝いをしに来てくれた。

教師を止めてこれから傷心旅行で隣国に行くって言ってたけど、それただの帰省ですよね?

先生がくれた私そっくりの、そっくり過ぎて狂気を感じる可愛い人形は部屋に飾ってます。

でも先生?

人形を一定時間見つめると石化する魔法と石化したら隣国に転移する魔法なんか仕掛けちゃダメですよ?

フランが魔封じしてくれたのでもう安全ですが私の蝋人形化計画はそろそろ諦めてください。


侯爵家次男ニコラス・パピーはしばらく体調を崩していたそうだけど現在は騎士団に入るべく体を鍛えているらしい。

跡は継がないと宣言した事で両親と大喧嘩。

家出して騎士団に逃げ込みそこで長男と和解。

以前のように仲良くしているそうです。

良かったね。

彼の両親は初めての反抗に面食らったのか、ウィキッド家の陰謀を見て見ぬふりしていたことで陛下にお叱りを受けたのか最近大人しいらしい。


王太子?

オスカー殿下は目の前でお茶飲んでるよ。

しかも私の作った薬草茶を。

王族がそんなの飲んでいいの?って思うけど味はいいからね、はまっちゃったんでしょう。

でも殿下?

毎回色々なお土産をくれるのは嬉しいですが、ちょ~っと来すぎじゃないでしょうか?

『来ちゃった』って台詞もう耳タコ状態です。

お手紙も色んな情報を知れるのでありがたいですが毎週じゃなくても大丈夫ですよ?

殿下はお忙しいんですから自分のために時間をお使いください。


まあ言えないけどね。

殿下とお茶するのが楽しいのは確かだし。

でも、ね。

殿下の後ろで控えている護衛の人、原作で登場した任務遂行率100%の暗殺者ですよね?

その人この最果ての地でやたらと見るんですけど?

時々夫を殺らんばかりに見てるんですけど?

殿下、もしかして病んでたり──



「うん、いつ飲んでもアレクサンドラ嬢のお茶は美味しいね?」



…………。

うん。

気のせい。

きっと気のせい。

それか気づいたらダメなやつ。

殿下、大丈夫です。

私は何にも気付いてません。



「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです。殿下、よろしければこちらもどうぞ。うちの野菜を使ったクッキーです。そちらの護衛の方達も良ければ……」



「ありがとう。──うん、美味しい。アレクサンドラ嬢は料理が上手だね」



え?

毒味しないのかって?

しないんです。

必要ないんです。

殿下、バリバリの光魔法の使い手でそういう類い一切効かないの。

だから他の兄弟が流行病─王族特有の病で主に十歳以下の子にかかる─で亡くなった時も殿下は生き残れた。

陛下の子供が殿下一人なのはそれが理由。

元々この国の王族は子供が出来にくいらしいけど、裏設定で陛下も同時期に高熱を出してより子供が出来にくい体になったと書いていた。

潔癖なところがあるオスカー殿下の代わりに一縷の望みをかけて妃を増やす陛下と、その理由を知らずに寵愛が薄れたと嘆く妃達とそれを見て育った殿下。

時を経るにつれ溝は深くなるばかり。

殿下は一度陛下とサシで話したことである程度和解出来たみたいだけどお妃様達とはこれからって感じかな?


まあそんなこんなで殿下には異様に執着が強いという設定がある。

懐に入れた相手には甘いというか過保護というか大切なものを今度こそ守るっていう気持ちが強くなりすぎたというかね。

それを守るためなら手段を選ばない病み殿下モードっていうのが原作には──いえ、決して殿下が病んでるとは言ってませんよ?

後の賢王が病んでるわけないじゃないですか~。


ケホンッ。

どうしてかな?

のどが渇いて仕方ない。

…………。

パコさーん!

念のため防御結界は常にオンしててー!



「──ところでアレクサンドラ嬢、来月の私の誕生日パーティーには来てくれるんだよね?色好い返事を期待してるんだけど?」



「殿下、私が出席すると品が落ちますわ。せっかくの誕生日を台無しにするのも本意ではありませんし」



「そんな事はないよ。君は立派な淑女だ。結婚してますます綺麗になった。第一品がないのは陰口を叩く者の方だ。君が気にやむ必要はない。……実はね、オルトも来てくれるんだ。忙しい中無理を言って来てもらうことになった、が正しいけど久しぶりに皆が揃う。最近ようやく吹っ切れて──はいないだろうけど、皆君に会いたがっているよ。きっと手紙のやり取りではわからない事もあると思う。……どうかな?」



ここで夫に聞いてみますはダメ。

殿下の護衛さんがアップを始めてしまいかねない。

私も文通だけじゃなく直接皆に会いたい気持ちはあるけど来月は収穫祭があるからそれを手伝いたいのよね。

全部フランにおんぶに抱っこじゃ離縁が早まってしまう。

まだ全然へそくり貯まってないのよ。


え?

さっき幸せだと言ってたのに離縁前提なのは何故って?

…………。

実はね、ぶりっこモードが切れたの。

最果ての地に着いたときから発動しなくなったのよ。

恐らく突然の魅力アップはそのせい。

雑草魂という名の生存本能が私を進化させたのよ!

ヒロイン怖すぎ!もとい、ヒロイン凄すぎ!


私としてはいつフランが冷めるのかわからない以上、常に最善の備えと最悪の事態を想定しておきたい。

そう考えると誕生日パーティーに出席するのはどうかな~。



「殿下、大変申し訳ありませんが来月は大規模な収穫が待っていますの。この地に来て初めての収穫祭も開く予定です。ここが自分の領地でないことは承知しておりますし、夫の仕事はそれこそ根なし草のようにあちらこちらへ赴任する類いのものであることも分かっています。幸い夫や皆さんの働きで開拓は順調そのもの。それを継続していくための知識をまとめた教本も形になりつつあります。


来月以降も機会があるのだからと思われるかもしれませんが、私に次の機会があるとは限らないのです。陛下直々にいくつもの場所で夫の力を必要としているとのお言葉がありましたので遠からず辞令が下り他の場所へ行くことになるかもしれません。


私は初めての収穫に携わる事で開拓に携わった皆さんと喜びを分かち合いたいのです。そしたらこの先どんな困難があっても、その時の気持ちを胸に乗り越えていけると思いますので」



名付けて皆の好感度アップ作戦。

離縁して落ち延びるとき手を貸してもらえるかもしれないからね。

ま、結局は自分のためでやんす。

任務遂行率100%の男が何故か猛烈に感動してるのが居たたまれないけど。

一体どうした?

あなたそんなキャラじゃないよね?



「……そうか、残念だけどそれなら仕方ないね。アレクサンドラ嬢、今度王都に戻ったら教えて欲しい。新しいスイーツの店に行こう。もちろんグランデも一緒に」



「ええ、ぜひ。楽しみにしておきますわ」



そうです。

殿下とフランはあまり仲が良くない。

才能は認めてるけどウマが合わないみたいです。

彼ら二人が話してると体感温度が下がるというか、静電気がパチパチ飛び回ってるような不可思議現象が起こるのでちょっと怖い。


そういう時私は体の温まる薬草茶淹れながら高みの見物。

大事な話に女が割り込むのはダメなのよ。

邪険にされるとムカつくし、怒りのあまり厩舎に閉じ籠ってまた馬の逆ハーが成立しても困るしね。

私を乗せるのは俺だと言わんばかりに喧嘩勃発、しかも他の人は乗せたくないって振り落とそうとするから大変だった。

私、馬にもモテるんです。

あんまり嬉しくないけど。


あーあ。

パコさんにだけモテる魔法とかあれば良いのになぁ。

なーんてね。



▲△



「ただいま、サーニャさん」



「おかえりなさい、フラン」



ああ、幸せですね。

毎日私を笑顔で出迎えてくれるサーニャさん。

あの日大量の荷物を抱え待ち合わせに現れた彼女の姿を私は一生忘れないでしょう。

あまりの嬉しさに人目も憚らず抱き締めてしまいました。


誰かの邪魔が入らないよう予定を変更し馬車ではなく魔法でこの地に転移、3日後に式を挙げました。

婚礼衣装のサーニャさんはいつもの可愛らしい彼女とは違い大人びてとても綺麗でした。


結婚報告はサーニャさんが考案した写真機で。

卒業パーティー前に届くよう手配したのは我ながら性格が悪いと思います。

ですが彼女はとても人気者ですから先に手を打たないと後悔しかねませんからね。

もうすぐ結婚して一年というのに朝目が覚めると隣に彼女がいるかどうか確かめてしまうくらい心配性なんです。


この地に来て彼女は変わりました。

見えない仮面を被らなくなったように思います。

陰口では男に媚びる八方美人と言われていたようですが、あれは一種の処世術ですね。

貴族が微笑みという仮面を被るのと同じ、心が傷つかないよう彼女の自己防衛術なんだと思います。


初めてそれに気づいたのは彼女と出会って半年経った頃です。

魔法の触媒に使う薬草を魔術師長に頼まれて探しに出掛けた森で、背中に籠を背負い小脇に笊を抱えた彼女を見つけたんです。

いつもの可愛らしくも大人しい姿とは違い、食べられる野草を見つけては夕飯ゲットーと喜ぶ彼女はとても新鮮で、ああこちらが本当の姿なのだと私は思いました。


思わず声をかけた私に驚いて子兎のように駆けていった時は嫌われてしまったのではないかと不安になりましたが幸い避けられることはありませんでした。


私は考えました。

彼女が仮面を被るのは慣れない貴族生活のせいではないか?

王都から離れた自然のある場所なら伸び伸びとした彼女が見られるのではないか?

そして私は議題に上がっていた最果ての地と呼ばれる未開の地を開拓するという話しに飛び付いたのです。

是非にと言われていた宮廷魔術師にはあまり興味がなかったので魔術師長にお断りしにいくと断固反対されたので結局陛下に直談判しました。


彼女が着いてきてくれるくれないは関係なく、最果ての地には豊富な自然があるので珍しい草木や木ノ実を手紙と共に贈れば喜んでもらえるのではと思ったのです。

それと私自身貴族社会から解放されたいという思いもありました。

どうも堅苦しい生活が私には合わないようで。

卒業まで一ヶ月、未だに渋る魔術師長を邪魔をするなら金輪際執務を手伝わない宣言で必要書類に署名させることが出来ました。


来月卒業ということはそろそろ卒業パーティーのエスコート役を決める時期でもあります。

彼女は卒業パーティーで誰にエスコートされるのでしょう?

出来れば私を選んで欲しい。

そう思ったら気が逸り彼女に求婚していたのです。

とても驚かれました。

相手を間違えてないかと聞かれましたが間違いであるはずがありません。

私は祈るように待っていますと告げました。


けれど心の何処かで諦めていました。

彼女は王太子殿下かオルト様を選ぶと思っていたのです。

誰かのものになる彼女を見たくない。

出発の日を早めたのはそのためです。


運命の日までとても長く、運命の日は更に長く感じました。

来るはずのない彼女のために身なりを整えている自分が少しおかしく、けれどもしかしたらという思いが捨てきれませんでした。

何度も何度も学園の方角を見ては期待してはいけないと戒め、しばらくするとまた学園の方角を見るを繰り返していました。

最果ての地に同行してくれる家の者達は事情を知っているので私の奇行にも生暖かい目をしながらそっとしておいてくれました。


もうすぐ日が沈む。

日が暮れてしまう。

やはり来てくれないのでしょうか。

私を選んでくれないのでしょうか。

でもまだ時間じゃない。

もう少し後ほんの少しだけでいいから待ちたい。

期待むなしく日は落ちてグランデ家の家紋が入った大型馬車が夜間走行用の明かりを灯しました。


やはり私では駄目でしたか。

長らく待たせてしまった家人に謝罪して馬車に乗り込んだその時、坊っちゃん!坊っちゃん!来てくださいましたよ!とメイド頭の乳母が興奮したように叫びました。

反射的に飛び下りた視線の先、大荷物を抱えた彼女が走って来たのです。

喜び駆け寄りながら、これはただの見送りかもしれないと刹那過りましたが彼女の言葉でその不安は吹き飛びました。



「フランチェスコ様、私で良ければご一緒させてください」



天にも上る気持ちというのはあの瞬間にこそ相応しい言葉だと思います。


この一年、出来るだけ苦労させないよう、けれど張り切りすぎて引かれないよう魔力を調整してきました。

王都の屋敷と行き来可能にしたのは少しやり過ぎだったようですが、それでも夫婦仲は良好だと思います。


けれど最近サーニャさんの様子が少しおかしいんです。

時々私をじっと見て「まだ大丈夫そう?」と小声で呟くのです。

何が大丈夫なのでしょう?

私はサーニャさん一筋で浮気はしませんし、サーニャさんも浮気が出来るような方ではありません。


王太子殿下が何か言ったのでしょうか?

あの方は私達の結婚を認めてはくれていますが許してはいないという何とも複雑な心境のようです。

隙あらば、という魂胆が見え見えなのであまり来訪していただきたくないのですが断るわけにもいきません。


やはり今夜サーニャさんに聞いてみましょうか。

何か不安に思われることがあったのかもしれません。

せっかく夫婦になれたのです。

すぐ傍に居てくれるのです。

口下手だからと会話を減らすなんて勿体無い。


私の気持ちがサーニャさんに伝わっているかだんだん不安になってきました。

今夜改めて伝えましょう。

私がどれだけサーニャさんを愛しているのか、一緒にいられてどれだけ幸せなのかを。

夜通しかかっても伝えきれないかもしれないので覚悟してもらわないといけませんね。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 大変面白く拝読させていただきました。 途中誰が誰やらわからなくなったのは、私の読解力のなさでしょう。 でも、逆ハーレムよりも一人の人と幸せになるエンディングは素敵です。
[一言] 落ち着くところに落ち着いた感じかな。王太子は諦めが悪いのか、彼女の不安は夫のパコさんが解消してくれるでしょう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ