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01 憧れの彼はボルゾイ似

ボルゾイは温厚でおとなしく優雅な佇まいが美しい。ただし立ち上がると2mにもなる超大型犬です。

「ボルゾイ……?

 って、“ここにおるぞぉーい”……みたいな?」

 眉を軽く寄せながら、優希ゆうきが紙芝居の台詞のような口調で冷やかす。


「昔ばなしのおじいさんのセリフじゃないよっ」

 おちゃらけた親友に、私は笑いながらツッコミを返す。


 平日の昼間でも、駅前のシャインロードはそこそこの人通りがある。

 紫外線が意外ときついこの時期の日差しを避けるように、道行く人々は街路樹のケヤキが落とすタイルの上の色濃い影を辿るように歩いている。


「ボルゾイはねぇ、大型犬なんだけど、その昔ロシアの貴族たちに愛されたオオカミ狩りのための犬でね?

被毛が長くて美しくて優雅で、物静かで気高い雰囲気の犬なんだよ」

「へぇー。で、そのボルゾイがどうかしたの?」


 私と優希は二人で会う時の定番のカフェで今年初めてのテラス席に座り、おしゃべりに花を咲かせている。


「そのボルゾイが最近うちの店に来るようになったんだけど、その子がめちゃくちゃ綺麗な子でさ」

 私はキャラメルマキアートのクリームをスプーンですくって舐めながら、アリョーナという子の姿を思い浮かべてうっとりした。


「ふわっふわな毛が、シャンプーするとさらに柔らかく光沢が出てね……。

 あの白くて豊かな胸毛に顔をうずめて、もふもふしたくなるんだよねぇ……」


「はいはい。せっかくお店がお休みだからこうしてお茶しに来てるのに、瑚湖ここは仕事を離れても犬の話だもんねぇ」

 優希は呆れたように苦笑いしながらホットのカフェラテを口に運ぶ。


 ショッピングモールのアパレルショップで働く優希の勤務はシフト制。今日みたいに私と休みが合う日はだいたい二人で出かけるんだ。

 高校時代からの親友は、この二年半ずっと恋愛話コイバナを提供できていない私の犬の話(イヌバナ)を、毎回我慢強く聞いてくれる。


 けれども、今日はとっておきの話があるんだ!

 優希のその死んだ魚のような目を、私のコイバナで輝かせてみせる!


 話題が切り替わるぞと言わんばかりに、私は咳払いをコホンと一つしてから、前のめりに肘をついた。


「でね……。そのボルゾイの飼い主さんが、すごーく素敵な人なの!

 初めて来店したときに、”うわー!かっこいい!” って思って……」

「ふぅん。男性なんだ、その飼い主さん」


 コイバナにふさわしいテンションで伝えたつもりだったのに、親友はイヌバナの延長としかとらえていないような抑揚のない反応だ。

 鮮魚のような活きのいい目にはほど遠い。


「ちょっと優希、久々のコイバナなのに反応薄すぎない?

 ほんっとぉーに素敵なんだよ!

 トリマーやってると、飼い主とパートナー犬って顔や雰囲気が似てるなって思うことが多いんだけど、彼とアリョーナもまさにそんな感じでさ。

 ボルゾイの雰囲気そのままに、美しくて、優雅で、穏やかで、でも近寄りがたい気高さがあって……」

「コイバナなのかイヌバナなのかわからない表現ってどうなのよ!?

 とにかく、近寄りがたいってことは、奥手の瑚湖のことだからまだ何のアプローチもしてないんでしょ?」


 親友の鋭すぎる指摘に、前のめりだった重心が少し後ろに下がる。


「だってぇ……。大切なお客さんだし、逃げられたら困るもん。下手なことはできないよ」

「でも、せっかくピンときたんでしょ?

 前カレと別れてから二年半だよ? いい加減瑚湖も本気で恋愛モードに入らないと、どんどん恋愛できない体質になっていっちゃうよ?」


 優希は頬杖をついていた手の人差し指を突き出すと、ビシッと私の鼻先に向けて痛いところをついてきた。


 確かに、”もう恋なんてしない” と優希の前で泣きじゃくったあの日から、私の恋のアンテナはだんだん錆びついていっている。

 そんな私の錆びかけたアンテナが、彼には反応したんだ。

 ここでスルーしたら、アンテナはさらに錆び続けて、そのうち何にも反応しなくなってしまうかもしれない。


 優希の指摘で私の顔に少し焦りの色が出たのか、彼女がにやりとした。

「で、そのボルゾイの彼の情報を瑚湖はどこまでキャッチしてるの?」

「まだ、顧客カードに書いてもらった、池崎(かをる)っていう名前と、住所と、携帯電話の番号だけ」

「じゃ、次に私と会うときまでに、瑚湖はその池崎さんとお店以外の場所で会う約束を取り付けること! この宿題ができなかったら、次のランチは瑚湖におごってもらうからね!?」


 いたずらっぽく笑った優希が、膝の上でおとなしく寝ていたパピヨン(愛犬)のヒメを抱え上げて、そっとテラスのテラコッタタイルに下ろす。

 ヒメはうーんと前足を伸ばした後、パタパタッと優雅な飾り毛を揺らして身震いした。


「えっ!? もう出るの? まだ優希と健太郎君の話聞いてないよ!?」

「私たちは相変わらずだよ。もう三年も付き合ってるんだもん。今さら話すネタもないよ」

 優希はヒメのリードとショルダーバッグをそれぞれの手に持って立ち上がる。


「それより瑚湖の宿題を楽しみにしてるからね!

 さ、ヒメとチョコ太郎を散歩させながら帰ろ」

「あっ、待ってよぉ!」


 私はカップに残ったキャラメルマキアートを慌てて飲み干すと、床にねそべっていたカフェオレ色のトイプードル(愛犬)・チョコ太郎に「お待たせ!行こう!」と声をかけて席を立った。


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