第八話 信じる覚悟
「キンちゃん。何があったか話して。」
マミにそう言われたのは昼休み。現実を知りぐったりして教室に戻った僕を見て、クラスメイトは先輩に何かされたのかと思ったらしい。それについては僕がすぐに否定して大事にはならなかったけど、幼馴染みにとっては大事に見えたらしい。昼休みになった瞬間に僕の服を伸びるほど引っ張って強引に『魔窟』まで連れてきた。
「何か懐かしいな。ここ。」
久しぶりすぎる部室をただただ眺めているとマミはお茶を持ってきて僕の前に座った。
「何があったっていうか…。」
最初は言葉を選ぼうかと思った。でもマミに嘘が通じないと思い、さっきあったことを話した。Sクラスの人に課題を売っていたという事実、そしてドクゼツさんがそれを当然のように肯定したこと。
「そうだったんだ。」
マミはただそう答えた。僕はそれに驚いた。少しは驚いたり悲しんだり共感したりしてくれると思っていた。マミならそうしてくれると…。
「マミ。知ってたの?ドクゼツさんがそういうことをしてたのを。わかってて僕を紹介したの?」
僕の怒りにも似た問いかけにマミは首を振った。
「だったら…、だったら何で!」
僕は叫んだ。マミに叫んでも仕方のないことはわかっている。でも、叫ばずにはいられなかった。少しの間、部屋が静まり返った。マミは僕の目を見てゆっくりと話し始めた。
「ユキさんがそういうことをしてたってことは全然知らなかった。それを知ってキンちゃんがショックだったのもわかる。でも、言い方が悪いかもしれないけど、キンちゃんが悪いよ。」
突然突きつけられた『悪い』という指摘に僕は激しく動揺した。
「な、何で!」
「何でもするって言ったから!」
マミから正しすぎるくらいの正論が飛び出した。確かに言ったには言った。言ったけど…。
「言ったよ。ただそれは僕の願いを叶えるためだろ?」
いいわけみたいな反論になったけど、そうでないとおかしいと思った。でも、マミは即座に反論した。
「じゃあユキさんがキンちゃんにさせてるのが願いを叶えるためじゃないって言い切れるの?」
言葉を失った。マミはさらに続けた。
「ユキさん言ったよ?キンちゃんの願いを叶えるなら300万くらいかかるって。もしかしたらそのためのお金かもしれない。私はキンちゃんのレベルアップのためだと思うけど。私の思ってることが正しかったら、どちらにしてもキンちゃんのための課題だよ。」
確かに…。そうかもしれない…。マミの言うとおりなら…。自分の負の感情でできた霧がマミの言葉で晴れていく気がした。それを察したかのようにマミは落ち着いたやさしい声で話し始めた。
「私、セイカさんの話をしてたキンちゃんを見て驚いたんだよ。ゲームや漫画の話以外でこんなに感動してるのを見たことなかったから。だからユキさんを紹介したんだよ。キンちゃんが本気でセイカさんに会いたいって思ってるのがわかったから。」
マミの言葉が痛いほど伝わる。確かに僕はあのときそう思ってた。今も…、今も…。
「キンちゃん、あのときと同じこと、もう一度聞くね?セイカさんに会いたい?」
マミはまっすぐ僕を見て聞いた。僕は逃げずにまっすぐうなずいた。
「うん。会いたい。会って、せめてあのときの感謝を伝えたい。」
「じゃあ、頑張らなきゃ。」
素直にうなづけた。マミの言葉じゃないときっとダメだっただろう。
「うん。頑張ってみるよ。信じて、頑張ってみるよ。」
マミは笑顔でうなずく。
「じゃあ、キンちゃんの家にあった漫画の中から、今のキンちゃんにぴったりの言葉を送るね。」
マミは大きく息を吸って、大きな声で言った。
「『他人にやらされた練習を努力とはいわない』でしょ?」
ああ…。そうだ…。僕の好きな野球漫画のセリフだ…。
何度もうなずいて、それから言った。
「無理な願いを叶えてもらえるなんて図々しい権利、宿題だけしてもらえるわけない。わかった。ありがとう!マミ。」
マミは何度もうなずいた。気づくと昼休み終了のチャイムが鳴っていた。僕たちは慌てて教室へ走った。体が軽く感じた。きっと気持ちが軽くなったから。マミが軽くしてくれたから。
「あら。来たのね。もう来ないのかと思った。」
放課後、ドクゼツさんは少しだけ驚いた顔をしていた。
「ごめんなさい。僕の覚悟が足りませんでした。信じて頑張るから、ご指導よろしくお願いします。」
深々と頭を下げた。するとクスクスと笑い声が聞こえた。僕は顔だけあげてみる。
「こんなにばか正直な人、今どきいるのね。」
ドクゼツさんは小さく笑った。そして僕の前にファイルとノートを出した。
「ファイルを変更するわ。今日からは、このファイルをこのノートに写して。星印とかも必ず写して。要領は昨日までと同じで。」
「はい。わかりました。」
ファイルとノートを受け取って部屋へ移動。いつもどおり黙々と…。
『これはキンちゃんへの課題だよ。』
マミの言葉が頭の中で何度も響く。それが僕の疑問や不安を打ち消した。
信じて頑張るのみ!
いつもより集中できている気がする。自分が思う以上に課題が進む。部屋の外の誰かが叫ぶ声も何かが壊れる音も気にならない。ただただ課題をこなした。
「あら?もう終わったの?」
部屋から出るとドクゼツさんは不思議そうに僕を見ていた。時間を見ると下校まであと30分以上ある。
「課題がいつもより少なかったんじゃない?僕はそんなに急いでないよ。集中はできたけど。」
「課題はいつもと量は変わらないわ。」
ドクゼツさんは不思議そうだ。
「じゃあ、時間まで今日の夜の課題をやるよ。」
僕はまた部屋へ向かおうとした。
「あ、夜の課題も今日からこれに変更よ。」
ドクゼツさんはファイルとノートを出した。
「はい。では頑張ります。」
僕は部屋に戻り時間までただただ課題をこなした。時間の流れがいつもより遅い気がした。
「キンちゃん、お疲れさま。」
校門のそばでマミが手を振っていた。僕も手を振りながら向かう。
「マミのおかげで集中できたよ。ありがとう。」
「どういたしまして。よかった。」
マミは嬉しそうに笑った。二人でバスに乗って家へ向かう。バスでも、家に帰ってからも課題をこなした。いつもは日付が変わるギリギリだったはずなのに、今日は余裕をもって終われた。
それから数日後、金田先輩がまた現れた。
「おい!平田!何でまだやってるんだ?俺が親切に現実を教えてやったのに!」
机をドンと叩いて先輩は睨む。ただ、以前とは違い僕は怯まない。
「先輩の親切には感謝しています。ただ、それでも僕はS塔の許可証がほしいんです。それには僕の力では不可能なんです。」
「ドクゼツに騙されてるとしてもか?」
先輩がさらに睨む。僕はうなずく。
「藁にもすがりたい、悪魔に魂を売りたい気持ちなんです。先輩の助言には感謝しています。ただ、僕のことは気にしないでください。」
先輩の顔が怒りに満ちていた。ただ、これ以上はどうすることもできない。僕は課題を進めようとノートを開いた。
バサッ。
目の前にあった課題が飛んだ。先輩が課題のファイルを持ち上げた。
「じゃあ、これを捨ててやる!これで諦めもつくだろ!ドクゼツもその日の課題をやれないやつはいらないだろうからな!」
先輩は窓へ向かった。
「やめてください!」
急いで立ちはだかる。と、次の瞬間!
バコッ!
先輩の拳が思いっきり僕の顔に当たった。そこまでするとは予想もしてなかった。床に叩きつけられる僕。それを見下ろす先輩は窓を開けてファイルを勢いよく…、
「それをどうするつもり?」
驚くほどの声が教室に響いた。教室が一瞬で凍りついた。みんなが動けない中、僕だけは動けた。一瞬のスキをついて先輩の腕からファイルをもぎ取る。先輩が慌てて僕を見たとき、声の主は先輩の前に立ちふさがっていた。
「あなたが誰に何をしようと勝手よ。でも、私の物に危害を加えるなら容赦しないわ。」
いつもの声。依頼人を泣き叫ばせる声。でも、僕には聞きなれた声。
「ドクゼツさん…。」
みんなからは恐れられる存在。でも僕を守るように堂々と立つその姿は、子供の頃に憧れたヒーローそのものだった。