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第七話 現実

「平田。ドクゼツ相談通ってるってマジか?」


 ドクゼツさんのところに通い始めて一週間くらいたった頃、クラスメイトから突然言われた。自習とは無縁の僕が毎日勉強していたから、さすがに目立っていたらしい。


「うん。どうしてもやりたいことがあって。そのためにドクゼツさんの力が必要だったんだ。そうしたら、今の状態になった。」


 僕のその答えに教室がざわめいた。もっと堂々と答えられると思ったけど、結果的にはぎこちない答え方になった。そうなった理由は単純で、まだドクゼツさんに認めてもらえていないという現実だった。


「その覚悟はスゲーけど、俺ならやめるぞ!あそこは良い噂聞かないし。」


 正しいアドバイスだった。アドバイスが加勢して現実が僕の心を折ろうとしてくる。ただ、それでも折れないのはあの日の光景がよみがえるから。


「うん。ありがとう。でも、もう少しやってみたいんだ。」


 あの日の高嶺さんの笑顔が僕の背中を押してくれた気がした。だからこそ今度は堂々と答えられた。


「そうか。頑張れ。あといい結果になったら教えてくれ。」


 そう言うとクラスメイトは自分の席に戻っていった。僕はただただ課題を続ける。


 届くのだろうか…。僕なんかがSクラスに…。


 不安が頭をよぎる。ただ、疑っても意味がないのも事実だから、僕はただただ課題を続けた。




「だからあなたにはその資格はない!能力は高いけど、顔がひどいの!せめて何かの大会でダントツの成績で1位をとりなさい!そうすればその結果があなたの顔に貼り付いてナマケモノみたいな顔を補ってくれるわ!」


 放課後…。相変わらずの毒舌に泣き叫ぶ依頼者。でも、毎日見ているせいかさすがに見慣れてきた…。


「あら、今日は少し遅いわね。課題間に合うの?」


「大丈夫。昼休みに3割くらいは終わらせてあるから。」


「そう。ならいいけど。」


 ドクゼツさんと軽く言葉をかわし、僕はいつものように部屋に入る。声に出しながらの課題を黙々と下校時間までこなす。途中けたたましい音や獣のような叫びも聞こえたけど、それももはやいつものBGMだ。集中すると時間の流れが早い。あっというまに下校の時刻になった。この生活に慣れたせいか、課題も時間内に終わった。


「今日もお疲れさま。」


 提出した課題を確認したドクゼツさんは僕にココアを差し出した。いつも最後に飲んでいるのを見て、用意してくれたらしい。その優しさみたいなものに安心して、今まで聞けなかったことを聞いてみた。


「ドクゼツさん。僕は少しずつでも進めているの?」


 それを聞いてドクゼツさんの表情から笑顔が消えた。


「何が聞きたいの?はっきり言って。」


 その言葉に毒舌モードを感じた。


 まずい…。聞いたらダメなことだった…。


 時すでに遅しといった感じでドクゼツさんの目がこっちを見ていた。「なんでもない」は決して許されない、そんな目だった。


「この課題、僕は何でやってるのか説明されてないから。これをいつまでやれば次に進めるのかがわからないと気持ちが…。」


 そこまで言ったとき、ドクゼツさんは深いため息をついた。僕は言葉を止めて固まる。ドクゼツさんはゆっくりと口を開いた。


「今の言葉が出ているうちは一歩も前に進めていないわ。」


 ドクゼツさんは立ち上がりドアの前へ歩いていく。ドアを開けると同時に言った。


「やりたくないならやらなくていいのよ。」


 ドアが静かに閉まる。取り残された僕は今まで吸えなかった息を一気に吸って、ため息で吐いた。


 何が…。何が悪いんだろう…。どうして教えてくれないんだろう…。


 僕はゆっくりと立ち上がり部屋を出た。さすがにショックだった。あまりのショックに夜の課題を忘れたことに鍵を閉めてから気づくほどだった。


 一歩も…か…。


 何度もそうつぶやきながら歩きようやく校舎の外に出た。


「キンちゃん。お疲れさま。」


 マミが立っていた。たぶん待っていたのだろう。もともと家が近所なのもあって、最近いっしょに帰ることが多い。

マミが言うには「私には紹介した責任があるから」らしい。小さな頃から泣き虫でマミに慰めてもらうことが多かったからか、マミの笑顔を見るとホッとするし心が休まる気がする。


「大丈夫。」


 マミの心配そうな顔が目の前にある。時と場合によるけどマミの前では強がることはない。


「ちょっと疲れたかな…。」


「そっか。じゃあゆっくり帰ろう。」


 マミは歩き出した。僕も隣を歩く。といっても近くのバス停までの5分くらい。ただ、マミを見て安心して、さっきのことが口から出てしまった。


「まだ、一歩も進めてないみたいだ。けっこう頑張ったつもりだったけど。」


 マミはこっちをじっと見た。


「そうなんだ。でも、やったことが全部無意味ってことはないと思うよ。意味もないのにやらせる人じゃないし。」


「そうなのかな?」


 マミは大丈夫とうなずいて、ニッコリ笑った。


「それは紹介した私が保証するよ。」


 その言葉で心のモヤモヤが少し晴れた。


「うん。もう少し頑張ってみるよ。」


 マミは笑顔でうなずく。ちょうどバスが来た。二人で乗り込みイスに座る。


「マミ、またお願い。」


「は~い。」


 僕は課題を取り出した。降り忘れないように教えてもらう作戦。最近はこのおかげで時間を短縮できている。心が軽くなったせいか、いつもよりも集中できていつもより多く課題をこなせた。



 それからしばらくたったある日のこと。


「平田ってやつ、いるか?」


 僕を探しに来る人はまずいないから、クラス中が注目していた。しかも相手は金田夜半カネダヨハン。普通科の2年生、そして噂ではS塔に行ったことのある数少ない人らしい。


「お前が平田か?」


 金田先輩は僕の机の前に立った。第一印象はかなり悪い。


「はい。そうです。」


 ノートを閉じてそう返事をした。金田先輩はいきなり僕の机に座ってこう切り出した。


「ドクゼツの力でS塔に入ろうとしてるって本当か?」


 クラスがざわつく。先輩の目がにらむように僕を見ている。


「はい。そうです。」


 少し考えてから素直に答えた。嘘をついても仕方がないし。先輩は少しだけ驚いた顔をして、それからニヤニヤしたような顔で言った。


「ちょっとついてこい。」


 僕は黙ってうなずき、先輩についていく。その必要性よりも静かになった教室が気の毒に感じただけだった。先輩はドクゼツさんの部屋から少し離れた廊下で立ち止まった。今は午前中の短い休み時間。僕もこの時間にここに来たことはなかった。


「ここで何があるんですか?」


 先輩は辺りをキョロキョロ見回してから僕を見た。


「お前、家は金持ちなのか?」


「いいえ。普通です。」


 その答えを聞いて先輩はまた嫌な笑顔で言った。


「今から現実を見せてやる。」


 先輩はそう言うとドクゼツさんの部屋の方を指差した。僕はその方向を見る。するとドクゼツさんの部屋から知らない男の人が二人出てきた。その手に持っていたのは…、


「昨日僕が提出した課題のノート!」


 声に出さないのがやっと、むしろ驚きのあまり声を出さずに済んだ。



「助かった。また頼むな。」


 出てきた二人はS塔の渡り廊下へ歩いていった。僕はその場でただただ立ち尽くしていた。


「お前も他のやつも、S塔目当てのやつには大体課題をやらせる。その課題はSクラスのやつらに出された課題だ。ドクゼツはお前らにやらせた課題をSクラスのやつらに売って金儲けしてやがるんだ。」


 先輩の言葉は半分くらいしか入ってこない。でも言ってることはわかる。頭の中の整理を先輩の言葉が手伝っている感じだった。


「悪いことは言わない。諦めておけ。こんなことをしてもお前のためにならない。実際に成績が落ちたやつもいるんだ。」


 先輩はそう言うと廊下を戻っていった。ただ、僕の足はまっすぐ廊下を進み、ドクゼツさんの部屋の前に立った。気持ちを少しでも落ち着けようとゆっくりとドアを開けた。


「あら。珍しいわね。こんな時間に。」


 ドクゼツさんは特に変わらない感じでこっちを見ていた。


「ドクゼツさん。僕のやった課題を売ったって本当?」


 ドクゼツさんは特に表情を変えずに、驚きもせずにこっちを見ている。ただ、こっちは怒りたいような泣きたいような様々な感情でグチャグチャだった。


「答えてよ!」


 感情のグチャグチャがそのまま声になった。ドクゼツさんはため息のように息を吐いた。


「事実よ。あなたの言うとおり。」


 部屋が一瞬で凍りついたような気がした。からだが震える。ドクゼツさんは全く表情を変えない。


「それであなたはどうするの?」


 ただただ冷たい声が僕の心臓を直接揺さぶる。声が出ない。出せない。この感情が怒りなのか悲しみなのかすらわからない。


「もう一度だけ言うわ。やめたければやめなさい。無理に続けても良いことはないわ。」


 ドクゼツさんは僕の横をすり抜けて廊下の奥へ消えた。あとに残ったのは感情の波に揺られて立ち尽くす僕だった。


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