最終話 僕の大好きな人
暗い廊下の奥にある暗い部屋。そう思えたのはあの日から…。
高嶺聖華さんに会ったあの日から。
「キンちゃん、どうしたの?」
マミがお茶を持ってきてくれた。僕はそれを受けとる。暗かったはずの魔窟は、今は人が絶えることがない。部室も三部屋になり、セイカさん推薦図書の部屋『Sクラス専用図書室』と高嶺家に推薦できない図書の部屋『ゲスクラス専用図書室』ができた(笑)最初の部室である魔窟は以前と同じように個人の机などがある。その部屋の片隅で僕は課題をこなしていた。
「今日も人が来てるね。」
そうつぶやいて笑うマミ。その姿を見てドキドキしているのは、マミが僕に『ずっと好きだった』と伝えてくれたあの日から。
ただ、僕はその課題を片付けられていなかった。僕はまだ返事を出せずにいた。
マミが伝えてくれたことで目の前の景色はまた変わった。そばにいてくれるマミがよりかわいく、よりきれいに見えるようになった。
マミのことが好き。
この気持ちは確かだし、日に日に大きくなっている。こんな僕のためにあれだけ応援してくれて、あれだけ支えてくれて。僕にはもったいないとさえ思う。ただ『セイカさんに婚約者がいたことで失恋した直後にマミに答えを出すのは人としておかしいのでは?』という頭の中のモヤモヤ。それに対してひたすら自問自答する毎日が続いていた。
「おーい!俺たちあと少ししたら上に行くから!そのとき店番頼むぞ!」
タイ君がドアからひょっこりと顔を出し言った。
「うん。わかった。」
僕が返事をするとタイ君はうなずいてドアを閉めた。タイ君とトシ君はユキさんのところに通うようになった。二人とも僕を見て、もう少し努力してみようと思えたらしい。
「みんな、キンちゃんを見て変わったんだよ。」
マミは僕のとなりで笑った。僕はその顔を見てドキドキしながらうなずく。
どうしよう…。
普段の行動ができない。マミは普通にしてくれているのに。
そのとき、
「失礼します。」
「え?あれ?」
顔をのぞかせたのはなんとセイカさんだった。
「セイカさん、どうしましたか?こんなところへ。」
「最近、ヒトシさんがなかなか来てくれないので。」
セイカさんが寂しそうな顔を見せた。少し申し訳ない思いはする。
「すいません。ユキさんの課題がまだまだありますし、セイカさんに推薦するために本も読まないとですから。二週に一度は必ず行きますから。」
「はい。わかっています。」
セイカさんは相変わらずの笑顔。婚約者がいると知っていても、やっぱりドキッとする。
「ヒトシさん。高嶺グループの件ですが、前向きに検討していただけるのでしょうか?」
「もちろんです。僕みたいな人間が入れる会社ではないですし、セイカさんの推薦ですから。」
「よかったです。お父様にもそう伝えておきます。」
セイカさんは部屋を出ていこうとして立ち止まった。
「大事な話があるのを忘れるところでした。私、正式に婚約できることになりました。」
セイカさんが嬉しそうに宣言、僕とマミは拍手した。
「それでですね。来週に婚約発表パーティーを開くことになりました。彼と彼の両親も来られます。彼が、またぜひヒトシさんに会いたいと。来ていただけますか?」
「はい。もちろんです。参加させていただきます。」
「ありがとうございます。では、こちらが招待状です。」
セイカさんは封筒を僕に手渡した。中を一応確認。すると、
「『同伴者1名まで』って書いてありますね。」
「はい。ただ、御友人ですと一応身元を確認したりしなければなりませんので。ご夫婦のための項目です。」
そこまで聞いて、心から思えた。それを正しく口に出した。
「マミは…、大丈夫ですか?」
一瞬、時間が止まった。セイカさんは僕たちを交互に見て…、
「恋人…という枠でなら可能ですが…。それでよろしいですか?」
「マミが…、マミがそれでよければ。」
マミは固まったまま少しうつむいて、顔をあげた。大きくうなづくと僕の手をぎゅっと握った。
「マミと一緒に行きます。」
セイカさんは拍手して「お待ちしています。」と告げて出ていった。しばらく静かに二人で手をつないだまま立ち尽くしていた。
「キンちゃん…。ありがとう…。」
「僕の方こそ…。これからもよろしく。」
二人で抱き合った。ただ、また誰か入って来たらと思い、部屋の奥に隠れた。
「キンちゃん。大好き。」
「うん。僕もマミが大好き。」
二人でどちらからともなく、キスをした。ドキドキが重なる。思いが重なる。ずっと一緒に過ごしてきた二人が新しくなるために。
「だから!何度も言わせないで!」
外からの怒鳴り声で僕たちは慌てて離れた。誰だかわかる声が廊下に響く。
「あなたは努力が足りないの!言い訳する暇があるならやるべきことをやりなさい!上を目指すなら今のまわりと比べたらダメなの!上と比べないとダメなのよ!『プロ野球選手が小学生より野球がうまい』と言われて喜ばないのと一緒!『アナウンサーが芸人より美人』と言われて喜ばないのと一緒!選ばれた人はその世界で戦うためにその世界で認められないとダメなのよ!他の職業の人に認めれても嬉しくないし喜んだらダメなのよ!だからあなたもさらに上を目指さないとダメ!それができないならプロになることも諦めなさい!」
相変わらずのマシンガントーク。その後、遠ざかる足音をBGMにしてユキさんは部屋に入ってきた。
「どうしたの?ユキさん。」
驚く僕たち。でもユキさんは笑った。
「平田さん、セイカから連絡があったわ。最後の課題、クリアしたのね。時間はかかったけど。」
言われたことに気づくのが少し遅れた。けど、その答えとしてマミと手を繋いでみせた。ユキさんはマミの前に立った。
「さて、マミさん。あなたには課題をやってもらわないと。まだ半年分は残っているわ。」
「うん。頑張ります。」
「平田さんも手伝ってあげなさいね!」
ユキさんはそう言って部屋を出ていった。
あの『きれいに大変身』のときの課題かな…?でも今、『まだ半年分は残っている』って言ってなかった?じゃあ、マミはいつから依頼していた?
「マミ、何の依頼の課題なの?」
「ヒミツ!」
マミは笑った。いつもの笑顔で。やさしい、かわいい笑顔で。
ずっと近くにいてくれた大好きな人。
『全てのものには色がある。』
そばにいる人が本当にかわいく、そのことが本当に幸せだと正しく思えるようになった。
ただ、僕の知らないことはまだまだありそうだと感じた今日だった。




