第70話 真実
「マミ…。」
すやすやと寝息をたてるマミの横に立った。いつも助けてくれたやさしい横顔。そっとその髪にふれた。マミの目が少し開いた。
「あ…、キンちゃん…。何で…?」
不思議そうな目で僕を見た。いつもの穏やかであたたかくやさしいマミ。その顔を見たとき、感情が抑えられなくなった。
「何ではこっちのセリフだよ!何でだよ。あんなにひどいこと言ったのに!何で、何でマミが僕の…、」
そこまで叫んだとき、マミがそっと僕の手を握った。やさしく握って、やさしく僕に言った。
「キンちゃんのことが、好きだからだよ…。」
え…。何…。何て言った…?
頭が真っ白になった。何を言われたのかもわからなくなるほどだった。パニック状態の僕の手に何かがふれた。マミは僕の手にほおずりするようにして笑った。
「ずっと…、ずーーっと前から、ずーーっと好きだったの。」
マミはまた目を閉じた。その姿が滲む。あれだけ泣いたはずなのに、僕の目からは涙が流れた。
「ばか…。ばかだよ…。何で…。何で僕なんかのために…。」
マミの顔をなでながら泣いた。マミはそれに気づくと僕をそっと抱き締めた。マミにすがりつくように泣いた。
ずっとそばにいてくれたことを、当然だと思っていた。誰にでもやさしいマミだから、僕にもやさしいのは当たり前だと思っていた。
『キンちゃん、セイカさんにひとめぼれしちゃったの?』
あのとき僕にそう聞いたマミはユキさんを紹介してくれた。何で紹介なんてしたんだよ…。
『キンちゃん、もう一度聞くね?セイカさんに会いたい?』
何で好きな相手の恋の背中を押したんだよ。
『キンちゃん、頑張って!』
あんなに応援して、あんなに支えてくれて。何がしたかったんだよ。
そこまでは心の中でマミを責めた…。でも、そこからは違った…。
『キンちゃん、私のことちゃんと見てる?』
僕は見てなかった…。
『好きな人に気づいてほしくて。』
僕は気づかなかった…。
『だって、その人には好きな人がいるから…。』
『どんなに頑張ってもその人が私を見てくれることはないって気づいちゃったから。』
その頃だった…。ユキさんが課題を保留してくれたのは…。マミは、僕への想いを諦めて…、僕を応援し続けて…。
『キンちゃんはセイカさんの心配だけすればいいよ!』
あれは、唯一マミが怒った出来事。『私のことなんて見てないんでしょ!』という意味。それが今は、いや今だからこそわかる。家族に心配をかけてまで、自分のあらゆることを犠牲にしてまで。
全ては僕のために…。
僕なんかのために…。
「マミのばか…。」
涙が止まらなかった。この涙は何なのか。罪悪感か、それとは別の何かか。それはわからなかった。ただひたすら泣いた。泣き続けた。マミは僕をやさしく抱き締めて頭をなでてくれた。
ずっと…。ずっと…。
学校をこっそり脱出しての帰り道。マミは僕を、僕はマミを見つめていた。会話はない。ときどき恥ずかしくて目をそらす。でも、またお互いに見つめた。家に着く頃、マミが僕の手を握った。
「キンちゃん!荷物を家に置いて来て!」
「え…?」
「いいから!」
マミの言葉にうなずくと荷物を置いて家を出た。マミは僕の手を引いて歩いていく。着いたのは当然マミの家。マミの両親に迎えられ、マミにそのまま部屋へ連れていかれた。部屋のテーブルにはケーキ、マミに指示されるまま座った。
「はい。撮るよ~。」
マミのお母さんがデジタルカメラで何枚か写真を撮った。その画像を見せてくれた。
「今年も撮れてよかった。」
マミはアルバムを開いた。そこには今日と同じポーズで笑う僕とマミの姿があった。
「生まれた年からあるんだよ。この写真。」
「そっか。確かに毎年撮ってたね。」
それを見ながら二人でケーキを食べた。僕の口にクリームがついたのを見て、「それも昔からずっとだよ。」とマミは楽しそうに笑った。僕も笑った。
ケーキを食べ終わると静かな時間が流れた。マミの部屋にはこたつがあり、そこでのんびり状態になったときマミが僕に聞いた。
「キンちゃん…、今日、キンちゃんに何があったか聞いてもいい?」
マミと目が合う。マミはこたつの中で手をのばし、僕の手をぎゅっと握った。
「ねえ。教えて?」
そのやさしい目を見て僕はうなずく。
「うん。聞いて。全部話すから。」
二人で静かな時間を過ごした。あんなに悲しくて冷えたはずの体と心は、マミによっていつのまにか温められていた。




