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第69話 0%の現実

「あなたが『正直バカ』を最後まで貫いたのは素晴らしい。誇っていいわ。ただ、だからこそなの。だからこその0%なのよ。」


 冷たい声に僕は固まったまま動けなくなった。


 0%?何で…?あんなに頑張ったのに…?こんなにそばにいれるようになれたのに…?


 頭のなかがぐちゃぐちゃになる。僕の背中をユキさんが叩いた。


「とりあえず、行きましょう。行けばわかるわ。ただ、その顔はやめて。せめて作り笑いくらいしなさい。」


 ユキさんは僕の服を引いて歩いていく。僕は服が引っ張られないようについていく。車は僕たちを乗せて会場に入った。


「招待状をお願いします。」


 入り口でそう言われたとき、ようやく気持ちがしっかりした。招待状を渡して中に入った。飲み物を受け取って、立っていると奥に人だかりができているのが見えた。その人だかりが分かれてその真ん中にセイカさんが見えた。


「ああ。そっか。」


 0%の意味がわかった。何で気づかなかったのか…。自分がいかにバカなのか…。可笑しくなってきた…。


「ヒトシさん!ユキちゃん!」


 ドレス姿の、僕が見た中で一番素敵でかわいいセイカさんが手を振りながら歩いてきた。そのとなりにいる、セイカさんと腕を組む、背の高いかっこいい男性とともに。


「紹介します。私の大切な友人の平田均さん。」


 セイカさんが満面の笑みで自信を持って僕を紹介してくれた。『大切な友人』として。相手の男性は僕にすっと右手を出した。僕は無意識に応じた。


「ジョン・ドリアムです。父がアメリカ人で母が日本人です。」


「平田均です。セイカさんにはいつもお世話になっています。」


 かっこいい…。心からそう思える顔立ちだった。しかも、やさしい笑顔だった。


「セイちゃんから聞いています。『初めて本当の友達になれた男の人』だと。」


 輝くような笑顔で僕にそう言ってセイカさんの肩に手をまわした。セイカさんはうれしそうにその人に寄り添った。


「私が事業に悩んでいたとき、セイちゃんはマンガを貸してくれました。その本を読むと勇気や元気が沸きました。セイちゃんは教えてくれました。『ヒトシさんという友達がマンガの楽しさを教えてくれたの。』と。私はマンガとは無縁だったので衝撃的でした。セイちゃんは私が悩むたびに私の悩みを解決してくれるようなマンガを持ってきてくれました。」


 楽しそうに話すこの人とそれをうれしそうに聞くセイカさん。僕は今、笑顔でいられているかだけが不安だった。


「ヒトシさん、あなたの選んだマンガは私に新しい希望を見せてくれました。新しい世界を見せてくれました。これからも私たちに素晴らしいマンガの世界を教えていただけますか?」


「はい…。僕の選んだもので良ければ…。」


「ありがとう。ヒトシさん。」


 二人と握手、二人は会場の奥へ消えていった。




 それからの記憶はない。気がつくと帰り道を歩いていた。となりにはユキさん、何で車じゃないのかすら覚えていない。わかることはただひとつ、僕の目からは涙が溢れていた…。僕は確かに泣いていた…。


「理解できた?あなたが0%だった理由。」


 僕は小さくうなずく。あのあとセイカさんのお父さんが来て話してくれた。


 あの人が世界で有名な大企業の息子で、自分でもすでに様々な事業を起こしている実業家で。


 セイカさんの婚約者だということを。


「あなたは正直バカだから最後まで聞かなかった。普通はもっと早く聞くわ。『何で0%なのか』を。それ以前に私の過去を聞いた時点で気づくはずよ?私に婚約者がいて、セイカにいないはずはないと。」


 その通り。何で気づかなかったのか。自分でもわからない。


「あなたじゃなければ可能性はまだあったかもしれないわ。彼らの婚約を妨害をすることもできたかもしれない。まあ、私が全力で阻止するけど。」


 確かに…。僕はセイカさんの悲しむ顔は見たくない。それ以前にユキさんに阻止されたら誰も妨害できない。


「でも、セイカが婚約者候補のトップになれたのはあなたのおかげなの。」


「え…?」


 立ち止まってユキさんを見た。ユキさんは空を見ながら話した。


「セイカの婚約者は世界でも有名な資産家、セイカ以外にも婚約者候補がいたの。それこそ日本なら高嶺家よりもさらに上の資産家一族もいたわ。日本だけでなく様々な国の名だたる企業や家柄の人が婚約者候補になっていた。セイカは幼い頃から彼を好きだった。でも自分の価値もわからず、他の婚約者と競えないことを悲しんでいた。他の婚約者の方が家柄も財力もあったから。」


 異論も反論もない。次元が違いすぎる話になっていた。


「私やトウ君がいくら励ましても、セイカには届かない。そんなときだった。平田さん、あなたが現れたの。私の無理難題の課題を次々クリアしてSクラスへ駆け上がるあなたを見て、セイカは感動していたわ。『私は何も努力していなかった』とまで言ったわ。そしてセイカは彼の婚約者になるために努力を重ねた。でも、どんなものでも他の婚約者に届かない。その届かなかったはずの一歩も、あなたのマンガが救ったの。」


「うん…。確かにそう言ってた…。」


 セイカさんのために選んだ本、それがセイカさんが彼のために選んだ本になった。


「マンガのおかげで彼とセイカは急接近できた。ただ、最後の壁は高嶺家だった。彼は一人息子、セイカも一人娘。どちらかに嫁げばどちらかの家が途絶える可能性もある。セイカは悩んで泣いたわ。それをまた、あなたが救ったの。」


 あのときの涙か…。『私、どうしたら…。』あれがその悩みだったんだ…。


「あなたは言ったそうね。『高嶺家という肩書きがなくてもあなたは魅力的だ。』『自分の思うようにやってほしい。』と。セイカ、本当に感動していたわ。あなたの言葉に背中を押されて彼の家に嫁ぐことを決めたの。」


 セイカさんのために言ったこと、セイカさんのためにしたこと。その全てがセイカさんのためになり、自分のためにはならなかった…。


「でも…、悔いはないよ…。セイカさんが幸せになれた。その手助けができたから。」


 いつのまにか涙は止まっていた。


「セイカさんはすごい。何でセイカさんを好きになったのか、今ならわかる。セイカさんが上を目指していたからだったんだ。僕が目指すのと同じように、もっと上を目指していたから。だからセイカさんがあんなに魅力的に見えたんだ。」


 ユキさんは笑顔でうなずいた。僕もうなずく。笑顔に、なれていると思う。


「さて、あなたにはやり残していることがあるわ。」


 ユキさんが言った。その言葉である意味現実に戻った。


「うん。山積みの課題。頑張るよ。卒業までには終わらせてみせる。今日から始めるよ。」


 ユキさんが手をあげると車が停まった。


「乗りなさい。学校まで歩いたら時間の無駄よ。」


 ユキさんらしい言葉だった。僕はうなずいて車に乗った。




 学校に着くとユキさんが裏門の鍵を開けてくれた。誰もいない静かな廊下を歩き、ユキさんの部屋の前に立った。


「あれ…?」


 ユキさんの部屋から光が漏れていた。そっとドアを開けたけど、その部屋じゃない。光っていたのは僕の課題用の部屋だった。ドアを静かに開けた。


「え…。」


 僕がいつも使う机に誰かがもたれて眠っている。ただ、誰かは後ろ姿でわかる。


「あなたの課題は残ってないわ。全部彼女が終わらせてしまったから。」


「な、なんで…。」


 僕の問いに対してユキさんは僕の背中を叩いて言った。


「私からあなたへの最後の課題よ。片付けて帰りなさい。鍵は閉めてね。」


 ユキさんは部屋を出ていった。僕は、ゆっくりと歩いた。最後の課題に向かって。

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