第64話 恩人のお父様
「ヒトシさん、突然呼び出してしまい申し訳ありません。」
いつものことだけど本当に申し訳なさそうなセイカさんには頭が下がる。
「いえ。大丈夫ですよ。でも、どうしましたか?」
「とりあえず、ついてきていただけますか?その途中で説明させてください。」
セイカさんは足早にエレベーターに向かった。僕もついていく。二人でエレベーターに乗り込むとセイカさんはボタンを押した。
「え?」
驚きが口から出てしまった。向かう先が屋上だったから。セイカさんは大きく息を吐いてから僕を見た。
「実は、私の父がぜひともヒトシさんに会いたいと。」
「えっ?セイカさんのお父さん…?」
「はい。高嶺グループの会長をしています高嶺隆です。」
雲の上の人。もはや次元が違いすぎる。高嶺家はこの地域の創造者と言っても間違いではない。そのグループのトップは地域のトップあり全国でもトップクラス。一般社会で生きる人はその姿を見ることはまずない。
「セイカさんのお父様がなぜ僕なんかに?」
驚きを通り越して恐怖すら感じる。動揺している僕を見てセイカさんは優しい笑顔を見せてくれた。
「私が最近楽しそうだとお父様の目に映ったようです。それを聞かれたのでヒトシさんの話をさせていただきました。すると一度会ってみたいと言い出しまして。」
その笑顔だけで心が温かくなる。ただそれ以上に『最近楽しそう』という理由が『僕』と言ってもらえたことがうれしい。
「光栄です。」
そう答えた裏で『失礼のないように…』と何度も唱えていた。
「毎日忙しい父が今日の午後に余裕ができたと連絡がありまして。ヒトシさんに来ていただけて本当によかったです。」
エレベーターが止まった。屋上にはヘリコプターだけ。パイロット以外は見当たらない。
「セイカさん。もしかして…。」
「はい。私の家に移動します。大丈夫ですか?」
頭がパニックになりそう。高嶺家の人に会うのも恐れ多いのに、高嶺家の敷地に入るなんて想定外だ。
「あの…、僕が行っても大丈夫なんでしょうか?シャワーを浴びてから全部新品に着替えたいくらいなんですが…。」
「こちらがお呼びしたのです。そんなことをしていただく必要はありません。」
セイカさんは僕の手を握った。そのやわらかい感触で僕の思考は停止した。
「行きましょう。」
「は、はい。」
セイカさんと僕が乗り込むとヘリコプターはゆっくりと上昇。この地域で一番高いとされているS塔を見下ろしながらゆっくりと飛んでいく。ただ僕はセイカさんの手の感触に全神経を集中させていたせいで貴重な景色を見ることができなかった。
「さあ、着きましたよ。」
セイカさんに手を引かれてヘリコプターから降りたとき、僕の思考が現実に戻った。ずらっと並ぶ使用人らしき人々、その奥に見えるのは宮殿みたいな建物。少なくとも家には見えない。
「さあ、行きましょう。お父様が待っていますから。」
セイカさんが僕を見て笑った。僕はうなずく。
覚悟を決めよう。逃げようにもヘリコプターで来たんだから逃げられないし。
そう思いながらセイカさんのとなりを歩いていく。なるべく堂々と。そうしないとセイカさんにも悪い気がしたから。
宮殿みたいに見えた建物に入ってまた驚いた。中も宮殿みたいだ。カーペットやら絵画やら。海外の映画の世界みたいだ。入り口で靴を脱がない時点で気分は外国。ふわふわした感覚のまま、セイカさんのあとをただただついていった。一階の一番奥の部屋、その巨大なドアが開いてまた驚いた。大きな部屋の真ん中に六人ずつ対面に座れるくらいの長いテーブルがひとつだけ。そこに三人の人が座っていた。セイカさんに気づくと真ん中の人は笑顔でうなずき、左右の人は軽く手を振った。
「ヒトシさん、こちらへどうぞ。」
テーブルの真ん中の位置にある席に案内された。当たり前だけどドカッと座る度胸もない。直立状態で固まっていた。
「お父様、こちらがヒトシさんです。」
「平田均です。ご招待いただきありがとうございます。」
セイカさんのあわせて自己紹介。敬語が正しいかわからないし考える余裕もない。
「どうぞ。お掛けください。」
目の前の、おそらくセイカさんのお父様と思われる人に促され僕は着席。頭の中はまだパニック中だ。汗が吹き出しふらふらしてきた。
「ヒトシ君、そんなに緊張しないで。私たちはただ娘や息子の友達に会いたいと思っただけだから。」
「娘や息子?」
顔をあげて並ぶ人を確認。すぐに気づけたのは顔が似ていたからだろう。
「ユキさんと羽生田さんのお父さんですか?」
二人はうなずいた。なぜだろう。それを知った瞬間少し安心した。そのタイミングで紅茶とお菓子が運ばれてきた。セイカさんが笑顔でうなずく。おかげで紅茶を少し飲むことができた。
「さて、まずはセイカの父として礼を言わせてほしい。リュウセイ号の話をセイカたちから聞いた。私の馬のために涙を流して訴えてくれたと。ありがとう。」
セイカさんのお父さんは頭を下げた。
「僕はお礼を言われるようなことはしていません。僕はリュウセイ号のおかげで馬に乗れるようになれましたから。リュウセイ号は僕にとっては先生のような存在です。僕なんかのために傷ついてほしくなかった。それだけです。」
本心ではっきりと言えた。セイカさんのお父さんはうなずいていた。
「私は娘のユキのことで礼を言いたい。聞いたとは思うがあの子は事件のせいで人間不振だった。セイカさんとトウゼン君以外は全員敵だと思っていた。それが今はたくさんの人に囲まれている。ユキに聞いたら『平田さんが努力してくれたから』と答えたよ。」
「それも僕はお礼を言われることはしていません。むしろユキさんが僕の願いを叶えてくれました。何の努力もせず下を向いていた僕に努力することの素晴らしさを教えてくれました。正しく課題をこなしただけでセイカさんに会わせてくれました。ユキさんには僕がお礼を言うべきなんです。いくら言っても足りないくらいですが。」
「そう。君の努力は息子が誉めていたよ。トウゼンも私の事件があってからなかなか心を開けずにいたから。君が努力で前に進む姿に感動したと言っていた。もっと努力したいと思えたとも言っていたよ。」
「羽生田さんの教え方は素晴らしいです。それは僕だけではなくみんなが言っています。それに、みんなが羽生田さんを尊敬しています。ユキさんとの話も含め、あんなにも真剣に人のために動けることはすごいことです。僕たちみんなが羽生田さんのようになりたいと言っています。」
僕はそこまで言ってから紅茶を一口。喉を潤してからさらに続けた。
「セイカさんには言いましたが、本当に素晴らしい人はセイカさんでありユキさんであり羽生田さんです。僕はセイカさんの優しさに感動しました。それに応えられなかったことに後悔しました。ユキさんと羽生田さんが僕のために力を貸してくれました。ちゃんと努力を認め、次の道を示してくれました。だからここに僕はここにいます。僕の力ではありません。みなさんの娘さん、息子さんが素晴らしいから僕はここにいられるのです。だから、僕なんかにお礼なんていりません。それよりも、娘さんや息子さんを誉めてあげてください。」
全部言い切って、もう一度紅茶を飲む。すると頭が現実に戻ってきた。
失礼な発言だった?やばいか?大丈夫か?
不安で頭が爆発しそうになったとき、ぱちぱちと音が響いた。目の前にいる三人、そしてセイカさんも拍手していた。僕は頭が真っ白になっていた。




