第61話 馬を想う
僕はセイカさんの馬の後ろに乗って帰った。リュウセイ号は専用の車に乗せられて運ばれていった。
「この馬で二人乗りも初めてです。」
「光栄なことです。」
セイカさんは馬をゆっくりと走らせてゆっくりと会場に戻った。
「平田さんはアクシデントによりリタイアです。ケガがなくて良かったですね。」
アナウンスがそう告げてみんなが拍手。僕はセイカさんのとなりに立って頭を下げた。
「では、優勝者を発表します。」
「待ちなさい!」
アナウンスを遮る声。会場がざわつく。声の主はゆっくりと壇上に立った。
「今のレース、平田さん以外は不正行為により失格。優勝者は平田さんです!」
会場はさらにざわつく。ユキさんは微動だにせずにそこに立っていた。
「なんだと?」
「何を証拠に言ってんだ?」
上位四人が見上げながら叫んだ。ユキさんは手を挙げる。すると建物の壁に映像が写し出された。
『平田、気にくわないな!』『ああ。何とかしようぜ!』
四人が話し合いをしている。一人が電話すると黒服の男たちが来た。
『いいか!どうにかしてあいつの優勝を阻止しろ!』『あんな一般人に俺たちが負けていいはずがないんだ!』『あいつにできないなら馬でもいい。何か妨害しろ!』
映像がそこで途切れた。ユキさんがある方向を指差す。その先から羽生田さんが誰かを連れてきた。連れてこられたのは映像の中にいた黒服の男だった。
「この人は平田さんが来るタイミングで見えないほど細く固いこの糸を張っていました。馬の速さでこの糸にぶつかれば、馬の足でも人の首でも切断される可能性もありました。その糸を馬が気づき跳び越えた結果、平田さんの馬は転んだのです。」
羽生田さんは糸を四人の前に投げた。四人は固まっている。
「あなた方はこの仕掛けがあるからこそ、馬をあんなに遅く走らせた。もし平田さんと真剣に競り合っていたら、自分達があの仕掛けに引っ掛かる可能性があったから。逆にもしちゃんと馬を走らせていたら、あんなに差がつくことはありえなかった。」
毒舌モードのユキさんを前に四人は蛇に睨まれた蛙状態だ。ユキさんはさらに黒服の男の携帯を操作。するとセイカさんのとなりにいる男の人の電話が鳴った。
「この人が平田さんに対して行った不正行為、その直後に電話した相手があなた。当然よね?子供の言うことに大人が従うはずはない。普通は大人には大人が命令するもの。」
「し、知らない!私じゃない!」
「否定したいのはわかるけど。その激しい動揺だと肯定しているようにしか見えないわ。ついでだから証拠も出してあげましょう。」
ユキさんはさらに携帯を操作。すると相手の携帯から音声が流れた。
『わかった。あとは仕掛けを回収してくれ!息子たちに何かあっては困る!平田もあの馬も気の毒だが、息子のためだ。邪魔者には消えてもらうしかない。』
男の人は崩れ落ちた。
「あなたたちに馬に乗る権利はありません!乗馬の会からは退会してください!」
セイカさんの冷たい声。そこにはユキさんとは違う力があった。
「他の三人とその家族も同じよ。退会してもらうわ。」
ユキさんがマイクで告げた。
「確かに息子は悪い。ただ、家族に罪はないはずだ!」
「そうよ!何で私たちまで辞めさせられなければならないの!」
さすがに他の家族から不満の声があがった。ただユキさんは揺るがない。
「あなたたちは子供に正しいことを教えなかった。乗馬の会の人間が妨害行動をした。しかも人や馬にケガをさせかねない方法で。許されるはずはありません。」
反論できるはずはない。そこにさらにセイカさんが言葉を続けた。
「あなた方は平田さんの乗った馬、リュウセイ号を見て何も気づかないのですか?」
誰もわかっていない様子だ。この家族たちだけでなく会場の誰もわかっていないのだと思う。
「リュウセイ号は私の父の馬の一頭です。父の名と私の名をとってリュウセイ号になったのです。この子に名前をつけたとき、この会でお祝いしていただいたのに…。それに気づいていないことだけでも残念です。しかもその馬を傷つけようとしたなんて。」
セイカさんの声で会場に悲しみが広がった。
「何で…、何で…。」
みんなの視線が集まった。僕はその視線を連れてユキさんの前に立った。
「ユキさん!わかってたなら止めてよ!ユキさんならわかったでしょ?この人たちが何かするって!そのとき止めてくれればリュウセイ号がケガすることもなかったんだから!」
ユキさんは何も言わずに僕を見ている。僕は続けた。
「僕にとっては勝ち負けなんてどうでもいいんだよ!勝たないといけない家系にも生まれてないから!だからこんなことまでして勝ちたい人がいるなら普通に勝たせてあげればよかったんだよ!僕が棄権すればよかったんだよ!そうすれば、リュウセイ号が痛い思いをしなくてよかったんだ!僕なんかのために、誰かの小さなプライドのなんかためにリュウセイ号が傷つく必要なんてなかったんだよ!」
叫んだことで涙が出た。リュウセイ号が頭に浮かんでさらに涙が出た。
「みなさん。わかりますか?これが馬を大事に思う人の言葉です。馬を心から想う人の涙です。」
こんな状況でさらに演説…?そう言おうとしたとき、となりにセイカさんが来た。そっと僕の涙をふいてくれた。セイカさんの笑顔に視線が奪われた。ユキさんはさらに話を続けた。
「馬に限ったことではありません。ここにいる人のほとんどは高嶺グループ系列の方なのであえて言わせていただきますが、あなた方には他者への思い遣りや尊敬の心が失われています!他者の良さを素直に認める心がないから自分の欠点も認められない。自分の欠点を認めたくないから他者の努力を認められない。結果、妨害工作や圧力で他人を自分より上に上がれないようにする。あなた方に少なからずその傾向があるから、あなた方の子供もそうするようになる。その結果が今回の件であり、覇桜高校で起きた真中さんの件です。」
会場は静まり返った。ユキさんの圧力に屈したように見える。
「真中さんの件はみなさんご存じのはずです。先日真中さんと会いました。『ようやく自分のしたこと、置かれている立場を理解できた。』と言っていました。退学という厳しい現実でようやくです。みなさんも同じ事態に陥らないとわからないのかもしれません。だからあえて言います。今、気づいてください。手遅れになる前に。」
静まり返った会場。ユキさんは壇上から下りて僕の前に立った。
「ところで、何で平田さんは今も泣いているの?おかげで助かったけど。セイカ、説明してくれなかったの?」
「え…。説明というか、伝えたつもり。『大きなケガはしていない』と。伝えました…よね?」
「……。はい…。確かに…。だけど…、それは気休めの意味かと…。」
そう答えるとユキさんはため息をついた。
「セイカ。平田さんにその説明ではダメよ。『正直バカ』なんだから。正しく伝えないと伝わらないわ。」
ユキさんは僕を見下ろした。
「リュウセイ号は乗せる人を選ぶから、乗馬には不向きだった。だから私と一緒に道路をチェックする仕事をしているの。私には気がつけない小さな地面の凹みや石があったとき、座って教えるように調教したの。」
「……。じゃあ、リュウセイ号が動かなかったのは…。」
「そこに糸が張られていたことを乗っている人に教えようとしただけ。ケガもしてないから、わざわざ運搬する必要もなかったの。」
「じゃあ…、セイカさんが泣いたのは…?」
「あなたの優しさに心を打たれたのと、純粋なあなたが本気で信じて泣いていることに対する罪悪感からです。」
急に恥ずかしくなってきた。一人だけ信じて泣いていた自分がバカバカしく思えた。ただ、ただそれよりも…、
「リュウセイ号のところ、行ってきます。」
そう告げて走った。ユキさんが何かを叫んだ気がしたけど、今はとにかく走った。走った先、いつもの場所にリュウセイ号はいた。普通に歩いて僕のそばに来た。
「心配したよ。」
リュウセイ号は笑ったように見えた。あとから来たユキさんに許可を得てリュウセイ号に乗って走った。いつものリュウセイ号のいつもの走りだった。




