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第59話 馬に乗って

「キンちゃん、その調子。」


 マミの指導で馬を歩かせる。数日間でここまでできるようになるのは、たぶん恐ろしく早い上達。それは馬の調教がすでにできていたこと。ただそれ以上にマミの教え方が上手すぎるからだと思う。


「キンちゃん、私についてきてね。」


 マミは自分の馬に乗って先を進む。僕は馬をゆっくりと走らせてあとを追った。夏の青空と緑が僕たちの先に広がっていた。



 合宿は朝晩に馬関係をマミに教わり、昼の時間はユキさんの塾をみんなで手伝う。夜は課題とユキさんからの教養の授業。クラシック音楽を聞いたりした。塾では人数が多いので個別の質問を受け付けられる。菅井君や左川君はユキさんと共に学力の高い人、僕たち残りのメンバーがそれ以外の人を担当。春に色々あった高見君には左川君が直接指導。高見君もやる気に満ち溢れているのがわかる。



「平田さん、すごいですね。あのS塔許可証を手に入れるなんて。」


 休み時間になると高見君が僕に質問攻め。僕がそれに答えると高見君のやる気はまたみなぎっていた。




「キンちゃん。行くよ。」


「うん。」


 塾の仕事が終わるとマミと一緒に先に山へ。毎日過ごすと馬との距離は大分近くなってきた。マミがいなくても仕事はできるようになった。僕の扱う馬も僕になついてくれた。


「最初は怖かったけど、馬もかわいいね。」


「だね。私も最初は怖かった。だけどユキさんが『私たちが怖がる以上に馬も私たちを怖がっているものよ。』って教えてくれたから。」


 ユキさんの言葉は毒舌になるかならないかはともかくいつも的確だ。だからこそ安心して指示に従えるのだと思う。


「キンちゃん、今日はちょっと遠くまで行ってみよう。」


 マミが馬に乗った。僕も乗る。マミの馬が進む道を僕の馬が追う。大草原を気持ちのいい風が吹く。マミが僕のとなりに来た。


「キンちゃん、試しに思いっきり走らせてみて。」


「え?大丈夫かな?」


「大丈夫。馬に止まってもらう方法も教えたでしょ?」


「わかった。」


 マミの大丈夫を信じて僕は馬に合図を出す。馬はうなずくようにしてからスピードを上げた。


 速い。すごい速い。


 馬は勢いよく走っていく。『風になる』という表現も嘘ではないと思う。視線の先には『天国への坂』、その道と平行する緑の坂。


「キンちゃん、そのまま坂を上ろう!」


「わかった。」


 僕の合図で馬は緑の坂を上っていく。本来の坂では青柳君がトレーニング中だった。手を振りながら坂をぐんぐん上り、気づくと頂上まで来た。僕は合図を出して馬を止め、マミもとなりで止まった。


「さすがに速かったし怖かった。」


 そうマミに伝えると、マミは馬を降りた。僕もあわせて降りる。大きく深呼吸してみると爽やかな風で気持ちがいい。


「ねえ。キンちゃん。」


 マミが僕を呼んだ。となりを見るとマミが僕を見上げていた。返事をしようとしたとき、マミから先に僕に聞いた。


「セイカさんのこと、好き?」


 まっすぐに聞かれた。マミを見ると真剣な目でじっと僕を見ていた。ずっと一緒に育ったからこそわかる。この目のマミには嘘は見破られる。心からの言葉を待っている。それを全て理解して、僕は答えた。


「うん。好き。ちゃんとした気持ちで好き。」


 答えたとき体が震えた。本気で人を好きだと自分にも人にも嘘をつかずに認めてみたからなのか。ドキドキが止まらない。体の熱さを爽やかな風が冷やしていく。マミは小さくうなずいて、透き通るような目で僕を見て言った。


「そっか。よかったね。ちゃんと好きになれて。」


 マミの言葉の真意はわからない。ただ、僕はうなずいた。マミは笑顔で馬に乗った。


「じゃあ、帰ろうか。」


「うん。」


 そう答えて馬に乗ると、マミの馬が勢いよく走り出した。慌てて合図を出して僕も馬を走らせる。だけど全然追い付かない。


「マミ!待ってよ!」


 そう叫ぶとマミの馬は少し減速、僕はとなりに並んだ。


「明日はもっと速く走ろう。ちゃんと教えてあげるから。」


「うん。」


 返事をするとマミは笑った。夕日の逆光でマミの顔ははっきり見えないけど、たぶん笑っていた。



 それからも毎日同じメニューをこなした。馬は僕の言うことをしっかり聞いてくれるようになった。その頃になると馬もリュウセイ号という名前で呼ぶようになっていた。マミの馬はアベレ。名前の由来は教えてくれなかった。



「キンちゃん。最終試験を行います。」


 マミがそう言ったのはセイカさんとの約束の日、『高嶺家乗馬の会』の前日の夕方。いつものように馬に乗ったときだった。


「私を追ってコースをクリアしていって、私を見失わずにゴールできたらクリア。ただ、私がゴールしてから一分以上過ぎてしまったら罰ゲーム。私のお願いをひとつ聞いてもらいます。」


「罰ゲームまであるの?」


 マミは静かにうなずく。そして真剣な目で言った。


「キンちゃんは私を見失わなければいいんだよ。」


 なぜだろう。不思議な鋭さがあった。笑顔ではあるけど少し怖い。


「わかった。」


 そう返事をするとマミはうなずいて僕のとなりに並んだ。


「最初はそれなりの速さで行くから正確にクリアしてね。」


「了解。」


 マミはゆっくりと馬を走らせ始めた。トレーニングに使うエリアを進むと障害物が目の前に見える。乗馬の競技で馬が跳ぶハードルみたいなやつだ。マミは馬を走らせ目の前のひとつ目を跳ぶ。続いてカーブを曲がり二連続で跳び、さらに加速して高いのを跳んだ。


 わかってはいたけど、やっぱり上手い。でも、僕も…。


「リュウセイ。頼んだよ。」


 僕の合図でリュウセイは走り出した。ひとつ目を跳び、曲がってからの二連続。さらに高いのも跳び越した。


「うん。さすがキンちゃん。次行くよ。」


 マミは馬を走らせた。僕も追う。マミは僕たちがマラソンに使う山道へ。アップダウンが続く道を進む。マミのペースはそれなり。ついていけないことはない。マミの馬は山を抜けて草原に出た。


「キンちゃん。ここから丘の上まで走ってからここまで戻るから。行くよ?」


「うん。一分以内ね。」


 そう答えてマミのとなりに並ぶ。


「よーい、どん!」


 マミの馬が走り出す。僕も馬を走らせる。丘を上り始めた時点ですでに差がついてきた。僕の馬が遅いのではなく、マミの馬が速いわけでもない。マミと馬が完全に一体化している感じだ。マミの馬はあっという間に丘を駆け上がると向きを変えて下りてきた。僕とすれ違う。急いで丘を駆け上がり、方向転換して駆け下りる。景色が怖い。ただそれが馬に伝わるとペースが落ちる気がした。平常心を意識してマミのところを目指した。最後の方は馬に任せた感じでマミのとなりに止まった。


「お疲れさま。試験は合格だけど、時間はオーバーだから罰ゲームね。」


 にっこり笑うマミ。僕は不安を顔に出しながら馬を降りた。


「何をすればいいの?」


 恐る恐る聞いてみるとマミは僕のリュウセイ号を木につなぎ、自分の馬アベレに乗った。


「キンちゃん、後ろに乗って。」


「え?後ろ?大丈夫なの?」


「いいから。」


 言われるままにマミの後ろに座った。


「しっかりつかまって。しがみつく感じで。」


「う、うん。」


 言われるままにぎゅっとしがみつく。幼馴染みでもさすがにドキドキする。


「じゃあ、行くよ!」


 マミが合図、馬は勢いよく走り出した。丘を駆け上がり森を抜けていく。とりあえずマミにしがみつくので精一杯。マミの表情はわかるはずもない。


「着いたよ。」


 マミの声でようやく顔をあげた。目の前には夕日。遠くの海へ沈んでいく。


「きれい…だね…。」


「うん。これをキンちゃんと見たかったの。」


 マミは笑顔。ただ、どこか寂しそうに見えた。


「これが罰ゲーム?」


「うん。これ。」


 マミはそう言うと馬に合図、馬はゆっくりともと来た道を帰っていく。僕はマミの意図がわからないままゆっくりと馬に揺られていた。

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