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第五話 毒舌する理由

「おい!平田!」


「はい!すいません。」


 先生とのこんなやりとりを今日だけで何度もしている気がする。ドクゼツさんの課題をこなした悪影響が一日目から表れている。ただひたすらに眠い。授業中に意識が何度もなくなった。しかも運が悪いのか今日に限って先生に見つかって指され、それに対して毎回謝り続けた。


「キンちゃん。大丈夫?」


 マミが不安そうな顔で僕に話しかけた。ただ、僕は返事をする余裕もない。だから手で「寝たい」と合図をした。ただただ寝たい…。休み時間もぐったりしながら過ごし少しでも体力を回復して放課後を迎えたかった。


「今日の課題は今日中に…。」


 そう呟きながらすべての授業をふらふらとこなし、ようやく放課後になった。ドクゼツさんの部室に向かう。部屋の入り口に立った時、突然中から叫び声が響いた。


「てめえに俺の何がわかるんだよ!」


 誰か男の人が来ているようだ。超キレている。危機を察して静かに様子を見ていると、突然ドアが開いた。目の前にはドクゼツさんが立っている。


「早く入りなさい。あなたには、そこに突っ立っている暇はないでしょう。そんな暇があるなら今日の課題をやりなさい。」


「は、はい。」


 キレている人よりも目の前のドクゼツさんの方が怖い…。急いで昨日と同じ席について今日の課題のファイルを開く。


 ドクゼツさん以外の人がいる前で声に出すのは…。


「部屋の中が嫌なら外でやる?」


「い、いえ。大丈夫です。」


 完全に読まれている。心も行動も。僕は課題をスタートさせた。なるべく会話が耳に入らないように、でも会話の邪魔にならないようにそれなりの声で。なるべく課題に集中しようと努力していた。でも…、


「だからてめえに俺の何が!」


 叫び声が響く。そのたびに僕はビクッとする。それを見ていたのか察したのか、ドクゼツさんが僕のそばに来た。


「わかったわ。隣の部屋の机をきれいにして、そっちでやっていいわ。」


 ドクゼツさんは部屋の壁際のロッカーを横にずらす。そこに隠し扉のようにドアが現れた。ドアを開けると物置のように荷物がズラリ。それを掻き分けた先に机と椅子があった。


「ここなら大丈夫でしょ?」


 確かに隣のことは気にならない。少し薄暗いけど…。


「暗さは我慢して。じゃあ頑張ってね。」


 また心を読まれた。ドクゼツさんは静かに隣の部屋に戻っていった。


 急ごう。今日は夕方までにノルマをクリアしよう。


 声に出しながらノートに写す。写す。どんどん写す。


「だからてめえに…!何がわかるんだよ!」


 ガッシャーーン!


 隣の部屋から今日一番の声と破壊音が響いた。さすがにドクゼツさんが心配になり、飲み物を取りにいくふりをしながらとなりへのドアをそっと開け…。


「だから何度も言わせないのよ!」


 ドクゼツさんの声。しかも怒鳴り声。僕は恐怖でドアを開けられない。席に戻って小さな声で読み上げてノートを写しながら耳を傾けた。


「あなたの望む相手の眼中にあなたは入ってないの!あなただって世界で一番かわいい猿に好きになられても喜べないでしょ?相手から見たあなたもいっしょ。ストライクゾーンに入ってないの。それどころか敬遠球、むしろ大暴投。運動が少しできるだけのゴリラごときが人間に告白するなんて進化が足りないって言ってるの!太古に戻るか進化して出直しなさい!」



 うわ~…。すごい…。


 さすがにすごい。相手の反論もない。これがドクゼツさんの毒舌。


 一瞬の静寂のあと、泣き叫ぶ声とともに相談者は走って出ていった。そっと隣の部屋のドアを開けた。ドクゼツさんは散乱したコップを片付けている。


「飲み物、次からはもっとさっさと飲みに来なさい。待機時間が長いと課題がまた終わらないわ。」


「はい…。気を付けます。」


 苦笑いでコーヒーを作り個室に戻る。僕が課題を再開するのと同時に誰か別の人が入ってきた。自分の声に集中。隣の声が聞こえないくらいの大きさで。


 聞こえない…。聞こえない…。何も聞こえない。



 でも、考えすぎると「聞こえない」と口に出してしまう。かなり加減が難しい。でも、今日も課題が終わらないなんてことはあってはならないと思い、必死に課題をこなしていった。何度か破壊音と絶叫をやり過ごした頃、ドクゼツさんが部屋に入ってきた。


「あと10分。今日は何とか終わりそうね。」


 手に持つカップのひとつを僕の机に置いた。僕は手を止めてドクゼツさんを見上げた。ドクゼツさんはノートをペラペラとめくり中身を確認している。今のドクゼツさんは穏やかな顔で、とても先程までの毒舌は想像できない。そのせいもあってか、昨日から疑問に思っていたことを聞いてみることにした。


「ドクゼツさん、何で僕には毒舌じゃないの?」


 ドクゼツさんは僕の方に目を移し、表情を変えた。その変化に対し、僕は即座に課題を再開した。


「そういう人だからよ。」


 静かな暖かな声が僕に届いた。僕の疑問点などすべてお見通しだと言われた気がした。


「終わったら教えてあげるわ。」


 ドクゼツさんはささやくようにそう告げると消えるように部屋を出ていった。


 集中!集中!


 頭の中でそう叫び、課題を黙々とこなす。そして10分後、終わらせた課題を持って部屋を出た。ドクゼツさんは時計をちらっと見ながら笑った。


「時間ぴったりね。」


 課題を僕から受け取り目を通しながら、向かいのイスを指差して僕を座らせた。僕が座るのを確認し、ドクゼツさんは静かに話し始めた。


「私は誰に対しても毒舌ではないわ。相手を選ぶの。私が毒舌と呼ばれる話し方をする相手のほとんどは過度な自信過剰タイプ。」


 静かな声を響かせながらドクゼツさんは課題に目を通していく。するとドクゼツさんの指が机の横を指差した。そこにはファイル、その中身を瞬時に僕は理解できた。


 今晩の課題…。話を聞きながらやれと…。


 ノートを開いてファイルの内容を写し始める。それを確認したかのようにドクゼツさんの声がまた響く。


「前にも話したけど、自信を持つこと自体は悪いことではないわ。ただ、過剰になると害でしかないの。まれに自分の気持ちを自信過剰にして自分自身を向上させられる人もいる。ただその人の場合は自信過剰であることに気づいているから大丈夫なの。」


 ノートに写しながらも頭にはドクゼツさんの言葉が響き吸い込まれていく。この人なら洗脳とかできるかもと思ってしまう。


「あなたが鉢合わせした人は私が説明したにも関わらず『でも』『何で』を繰り返した。自分のレベルを理解しようともしなかった。だから最後はあんなことを言ったの。あれだけ言われてまだ理解できないなら、私が相談にのることはできないから。」


 ドクゼツさんはそっと 立ち上がると、自分のと僕のカップを持ち奥の流しへ歩いていく。ただそれでも声を響かせ続けた。


「前にも言ったけど、あなた自信がない人。無さすぎる人。だから私に何か言われても言い返すこともない。そして私が言わなくても察してやれるくらい器用な人。だからあなたに毒舌はいらないわ。私があなたにすることはあなたのレベルを的確に伝えることと、あなたがレベルアップするために必要なことを提示すること。それだけでいいの。」


 聞きたいことの半分はわかった気がした。でも半分がわからない。


「僕に毒舌がいらないのはわかったけど、僕が信じてもらえてる理由がわからないよ。『僕が高嶺さんに会うこと』は自信過剰のレベルを超えた願いだと思うから。」


 そう言い終わってからしばらく無音が続いた。独り言みたいになった気がして顔をあげるとドクゼツさんは目の前にいた。


「その説明はまた今度してあげるわ。帰りましょう。下校の時刻よ。」


 僕はうなずいて立ち上がると荷物をカバンにしまい部屋を出た。ドクゼツさんは静かに部屋を出ると鍵をかけた。


「ではまた明日。」


 ドクゼツさんは暗い廊下を歩いていく。僕たちの下駄箱とは違う方向へ。


 どこへ行くんだろう?


 そう疑問に思い、後をつけようとした。でもその直後、ドクゼツさんの声が響いた。


「変なことは考える時間ないわ。夜の課題、明日の朝までにちゃんとやりなさい!」


 毒舌モードの声だった。金縛りにあったように動けなくなり、体が動いたときにはドクゼツさんの姿はなかった。


 完全に読まれてる…。


 計り知れないドクゼツさんに恐怖に近い感覚を覚えながら僕は家路を急いだ。


 今日の課題は今日中に…。


 そんな言葉を呪文のように唱えながら。

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