第58話 いざ、合宿へ
連絡手段ができてからセイカさんの呼び出しは増えた。週に一回は必ず呼ばれ、Sクラスの昼食や部活見学にご一緒した。その間に僕はユキさんの課題をこなし続け、期末テストは6位だった。ユキさん、マミ、菅井君、左川君、秀縞君、僕の順番。三人はユキさんの課題を僕と同じレベルでこなし、僕を追い抜いた。菅井君は左川君と一緒にSクラス編入試験を受けるらしい。テストが終わるとユキさんに呼ばれた。
「平田さん、明日から夏休み。合宿を予定していいかしら?」
「もちろんです。セイカさんのそばにいるのにふさわしい人になりたいので。」
ユキさんはうなずく。
「あなたには授業料の意味の課題をやってもらうし、あなたに必要な知識や技術を叩き込むわ。覚悟しなさい。」
「はい!」
そう返事をしたとき携帯が鳴った。高嶺さんからのメール。
『今から来ていただけますか?』
『もちろんです。』
そう返信してから今日の課題を手に取って部屋を出ようとした。
「平田さん、ひとつだけ伝えておくわ。」
声をかけられて振り向く。ユキさんは真剣な目で告げた。
「セイカと恋愛関係になる可能性は0%よ。それは理解しておいて。」
「大丈夫。わかってます。」
そう返事をして部屋を出た。
ユキさんの言葉はわかる。頭では理解できている。ただ…、心では理解できない。
少し早足でS塔へ向かった。入り口でいつものチェックを受けて中に入ると、セイカさんは待っていてくれた。
「お待ちしていました。」
セイカさんは深々とお辞儀。僕も合わせてお辞儀。顔をあげたセイカさんが笑い、僕も笑った。
「セイカさん、他の人を呼ぶときも入り口で待っているんですか?」
僕の質問にセイカさんは少し考えてから答えた。
「私はヒトシさんとユキちゃんしか人を呼んだことはありません。ユキちゃんは私が呼ばなくてもS塔にいることもあるので迎えには行きません。だからヒトシさんだけですね。」
「そうですか。」
嬉しすぎて変な顔になっていないか心配だ。少なくとも今は僕のために入り口まで迎えに来てくれているから。
「ヒトシさん?移動してもよろしいですか?」
セイカさんが不思議そうに僕の顔を覗き込む。僕は慌ててうなずいた。セイカさんに連れられて生徒会長室に移動。二人で紅茶を飲みながら静かに話をするのが最近の過ごし方。二人っきりで過ごせるだけで僕としては十分に幸せだ。
「ヒトシさん。夏休みの終わり頃、お時間取れますか?」
ふいにセイカさんがそう聞いた。
「たぶん大丈夫です。ユキさんの課題をこなす地獄の合宿をしているはずです。ユキさんは常に『セイカの呼び出しは最優先!』と言っていますから。」
ユキさんの真似をした僕を見てセイカさんは楽しそうに笑った。
「夏休みの終わりに高嶺家の乗馬の会があります。高嶺家親類も含め、たくさんの人が参加されます。ヒトシさんには私の大切な友人として参加していただきたいのです。」
大切な…。わざわざそんな言葉を付けていただけただけで光栄だ。
「僕は馬はまだ乗れませんが、ユキさんにお願いして必ず乗れるようになってみせます。」
決意をみせるとセイカさんは笑顔でうなずいた。
「私、今まで友人というものを家族や親類の人に紹介したことがありません。どうしても家柄などを気にしてしまう人が多くて。どうかよろしくお願いします。」
セイカさんは頭を下げた。僕も「こちらこそ。」と頭を下げた。目的ができた。
「という訳で、夏休み終わりまでに乗馬をできるようになりたいです。可能ですか?」
「当たり前。セイカがこれから参加する全ての予定にあなたを正しく参加させる。当然でしょ?」
ユキさんの部屋に戻り事情を説明した結果がこれだった。さすがユキさんといった感じだった。
「明日から合宿は、あなたのための課題とあなたのための乗馬を含む必要な知識や技術の習得。あとはあなたの要望を叶えることへの対価としての課題をひたすらこなしてもらうわ。わかった?」
「はい。わかりました。」
自信を持ってそう答えた。ほっとした。ユキさんなら僕でも馬に乗れるようにしてくれる。セイカさんのそばに正しくいられるようにしてくれる。心の底から覚悟ができた。僕は部屋に入り課題に取りかかった。
次の日、学校から直接ユキさんの家に向かった。送迎用バスが用意され、合宿に参加するメンバーが乗り込んでいく。合宿参加者は今日は青柳君と秀縞君、菅井君と左川君、僕とマミ。あとから青柳君率いるサッカー部や秀縞君と菅井君の所属する一般棟科学部も合流するらしい。
「しかし、不思議な話だ。左川がこの輪に加わってるんだから。」
「確かにな。昨日の敵は今日の友だな。」
バスの中、青柳君と秀縞君が話していた。
「ここにいるみんなには本当に申し訳ないと思っている。あのときは本当にどうかしていた。今、このバスに乗れていることにも感謝している。」
左川君はそう言って頭を下げた。
「お前は武士か!」
たぶんみんなが思っていることを青柳君が代表してつっこんだ。みんながそれを聞いて笑った。
「ちなみに左川。Sクラス編入は菅井はいけそうなのか?」
そう聞いたのは秀縞君だ。左川君はうなずく。
「菅井は体育祭で結果を出した。運動の試験は免除されるだろう。学力はテスト結果からしても問題はない。Sクラスは空きが二人。今のままで誰も出なければ菅井と俺で決まるはずだ。」
菅井君はほっとした顔、他のみんなもうなずく。僕としては左川君がみんなの輪に入れていることが何よりほっとした。送迎バスはいつもの道を進みユキさんの家に向かう。山の入り口でバスが停車、ユキさんが待っていた。
「平田さん、マミさん以外は徒歩。ここからトレーニング開始。」
みんなが降りていく。ユキさんはバスの中に顔を出した。
「平田さんはマミさんと乗馬トレーニング。平田さん用に一頭選んだから。マミさんに従って飼うことから全部学んで。」
「はい。」
ユキさんが降りるとバスは山を上っていく。車内にはマミと二人だけ。
「キンちゃん、セイカさんとはどんな感じ?」
「うん。『名前で呼んで』って言ってくれたから僕もセイカさんって呼ぶようになった。あと、今度の乗馬の会で『大切な友人』として紹介してくれるって。」
「そっか。よかったね。順調そうで。」
マミは優しい笑顔だった。
「うん。だからセイカさんが高嶺家に紹介するときまでに恥ずかしくない人にならないと。」
僕がそう答えたとき、バスが到着。ドアが開いた。
「じゃあ、頑張ろう!私がキンちゃんを最高の騎手にしてあげる!」
マミが大きな声で叫び僕に手を差し出した。僕はその手を握った。小さな頃からことあるごとにマミに手を引いてもらった。助けられた思い出が頭をよぎった。
「うん。よろしく。マミ。」
そう答えてバスを降りた。外には夏の空気が広がっていた。




