第57話 セイカさん…
教室にはギリギリだった。みんなの質問攻めに対応しているとチャイムが鳴った。授業中、隣の席のマミからメモが来た。
『どうだった?セイカさん。』
『最上階でお昼を食べさせてもらった。見たこともない料理だった。』
『何を話したの?』
『ユキさんの課題をどうして続けられたか。マミのことも話したよ。』
『そうなんだ。よかったね。』
『うん。また呼んでくれるって言ってた。』
最後のメモを渡したとき、マミと目があった。僕を見ているようで僕を見ていない感じだった。
『マミ、どうかした?』
メモを渡してみた。するとすぐにメモが戻ってきた。
『先生に当てられるよ。』
先生がこっちに気づいたらしい。僕は前を見てそのまま授業を受けた。
「平田!S塔のこと教えてくれよ。」
授業が終わるとまた人だかりができた。答えながらとなりを見るとマミと目が合う。何か言いたそうな顔に見えた。でもまわりの質問に答えている間にまた次の授業が始まった。
『マミ、僕に何か話ある?』
『大丈夫だよ。キンちゃんはセイカさんのことだけ考えて。』
何だか冷たい感じがした。マミを見ると前を指差す。先生がこっちを見ていた。僕は前を向く。そのまま授業を受けた。
放課後、ユキさんのところへ向かう。となりにはマミ。いつのまにか、いつものマミに戻っていた。普通に話しているとあのチャイムと放送。
『普通科2年の平田さん、Sクラス高嶺聖華さんがお待ちです。S塔までお越しください。』
「高嶺さん。」
放課後にも呼ばれるとは思わなかった。
「キンちゃん!早く行きなさい!」
マミがそう叫び背中を叩いた。驚きながらもうなずいてS塔へ急いだ。通行許可、セキュリティーを通過。高嶺さんはまた待っていてくれた。
「平田さん、すいません。ご迷惑ではなかったですか?」
申し訳なさそうに僕を見た。
「まさか。大丈夫ですよ。」
そう答えると高嶺さんはほっとした顔で笑った。
「お話しもしたかったのですが、その前に平田さんにお願いしたいことがありまして。」
「僕にできることなら何でもします。できることなんてない気もしますが。」
それを聞いて高嶺さんは笑った。高嶺さんは僕を連れて建物の奥へ。1階の奥に進むと、部屋のドアがいくつか見えた。
「ここはS塔部室が並んでいます。」
「そういえばS塔の部活のことは全然知らないです。」
高嶺さんは「そうですよね。」とつぶやいた。
「S塔の部活は同好会に近い感じです。体育会系はただ楽しむだけ、文化系は頑張っているものもありますが…。」
そう言って高嶺さんは目の前のドアを開けた。理科実験室のような部屋。実験をしていた人たちが手を止めて立ち上がった。
「会長。こんにちは。」
「こんにちは。」
高嶺さんは深々と礼をした。僕もつられて礼をしていた。
「あ、平田!」
「後島君。どうも。」
後島君が僕のそばに来た。高嶺さんはそれを見てから話し始めた。
「ここでは様々な実験を行っています。昔は画期的な発見や新薬の作成などS塔の土台を作り上げた部活でした。ただ、最近はなかなか成果を出せていないのです。」
その言葉に部屋全体が静まり返った。高嶺さんは部長から実験データを受けとると僕に渡した。ただ、僕にわかるはずはない。
「平田さん、何か解決策を考えていただけますか?」
無茶ぶりにもほどがある高嶺さんの提案。僕がデータを眺めていると後島君が隣に来た。
「人の体内に入り込んだ細菌がいるとする。それに対してAとBの薬を作った。Aは細菌を殺せる威力があるけど外側の壁を破壊できない。Bは壁を通過できるけど細菌を殺せるほどの威力はない。他の薬を作るにはお金がない。さあ、どうする?といった感じだ。」
わかりやすい説明だった。僕は少し考えてから質問した。
「薬Bにある壁を通過する能力は、壁を破壊する能力?それともサイズ的な意味?」
「壁を破壊する能力だな。」
「Aの薬をBの中に埋め込む方法か、BとAが時間差で作用するようにしてBが壁を破壊してからAの効果で菌を殺す方法。それは可能?」
「最初の案なら…、可能かもしれない。」
部長はそうつぶやいた。と、同時にみんながバタバタと動き出した。
「そっか。そんな簡単なことに気づかなかったのか。」
後島君も自分の席に戻った。
「平田さん!すごいです!」
高嶺さんは僕と部屋から出ると興奮気味に言った。
「そんな画期的な答えを言ったつもりはないです。」
本心でそう言った。むしろ、簡単すぎる答えだったから。高嶺さんは僕の手を握って言った。
「今のSクラスはエリートの集まりです。だからこそ、柔軟な発想が持てないのです。あなたのような発想が必要です。しかも、普通の生徒ではダメなんです。Sクラスに勝ち、Sクラスに認められたあなたなら、きっと聞く耳を持つでしょう。お願いです。Sクラス改革に力を貸してください。」
キラキラとした目で頼まれた。ただでさえ高嶺さんの頼みを断ることなんてできない。僕はうなずく。
「僕にできるかどうかはわかりません。ただ、僕にできることなら何でもします。」
「ありがとうございます。」
高嶺さんは深々と頭を下げた。僕も同じように頭を下げた。
「平田さん、お昼の話の続きをお聞きしたいのですがよろしいですか?」
「はい。もちろんです。」
高嶺さんは僕を会長室へ案内した。会長室に着くと自ら紅茶をいれてくれた。
「では、お話の続きをしましょう。」
高嶺さんは笑った。ただ僕は緊張しながら紅茶を飲んだ。
「ところで平田さん、あなたの所属している『魔窟』とはどんな部活なのですか?」
突然切り出されて紅茶を吹きそうになってしまった。落ち着かせてから答える。
「正式にはレア漫画小説発掘研究会です。普通の人があまり知らない、だけどおもしろい漫画や小説を探そうという目的でやっています。ただ、暗い廊下の先にある暗い部室で暗いメンバーがやっていたので魔窟と呼ばれるようになりました。」
「そうでしたか。漫画、あまり読まないので興味があります。今度、案内してください。おすすめの漫画も教えてください。」
「え?いや、でも…。」
さすがに悩む。高嶺さんを魔窟に案内したら病気になりそうとまで思う。おすすめできる漫画や小説はないこともないけど、どこまでを高嶺さんに見せていいのかがわからない。
「ダメ…なんでしょうか?」
「いえ。ダメではないですが…、」
頭をフル回転して適切な方法を導きだした。
「ユキさんに相談して本を選別する時間をください。たぶん半分は高嶺家にふさわしくない気がしますし、何割かは教育上良くない気がしますので。」
僕の言葉に高嶺さんは少し驚いて、それから笑顔になった。
「案内していただける日を楽しみにしています。だから必ず連れていってください。約束ですよ?」
「はい。約束します。」
高嶺さんはそっと手を伸ばし僕の前に小指を立てた。僕は戸惑いながらも応じた。高嶺さんのかわいい声が部屋に響き、僕たちは指切りをした。絡む指にドキドキが止まらなかった。
その後、二人でいろいろな話をした。お互いの家のこと、育った環境のこと、趣味など。高嶺さんは話好きなのか隠し事無く何でも教えてくれた。
気づくともう下校時間。何度もお互いにお礼を言い合って、僕はエレベーターに乗った。でも、ドアが閉まろうとしたとき、高嶺さんが走ってきてドアを開けた。
「どうかしましたか?」
驚く僕に高嶺さんは携帯を取り出した。
「連絡先を交換していただけますか?次に会う予定をメールでお聞きしたいので。」
「も、もちろんです。」
慌てて携帯を取り出して番号やアドレスを交換。僕の顔はたぶん真っ赤になっている。交換を終えた高嶺さんはエレベーターの外で言った。
「次にお会いするときは、私のこと『セイカ』と呼んでください。私もヒトシさんと呼びますから。お願いします。」
「え?そんな…、」
「お願いします!」
「はい…。セイカ…さん…。」
もういっぱいいっぱいの精神状態で何とかそう呼んだ。高嶺さんは最高の笑顔だ。
「ヒトシさん。さようなら。またお会いしましょう。」
ドアがゆっくりと閉まった。僕は汗だくで立ち尽くしていた。頭は真っ白。他人が見たら不審者だ。ただ、確かに頭に響く声。
『ヒトシさん。』
僕はドキドキしながら頭の中のその人に答えた。
『セイカさん…。』




