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第54話 まさかのその先

 通されたのは広い部屋。生徒会室というにはあまりに広い、大会議室といった感じだった。


「どうぞ。こちらへ。式典をまずは済ませてしまいましょう。」


 暖かな声に誘われるまま、僕は立った。目の前には高嶺さん、ずっとあこがれていた人だ。この人にもう一度会うために僕はあれだけ頑張った。僕が僕ではなくなるほど頑張れた。


 高嶺さんは暖かな声で表彰状を読み上げた。僕はその人の前に立っているのが精一杯。受けとることしかできなかった。式典が終わるとそばにあるソファーに座った。体がふわふわするのがソファーのせいかどうかはわからない。僕のとなりにはユキさん、高嶺さんのそばには右田川君と後島君。テーブルには見たこともない銘柄のクッキーと嗅いだことのない香りの紅茶が置かれた。


「さて、形式的な式典が終わったのでリラックスしましょう。」


 高嶺さんの笑顔が目の前にある。それだけで僕はリラックスできるはずがない。緊張を顔に出さないので精一杯だ。


「セイカ、彼の緊張は気にしないであげて。私と初めて会ったときもこうだったから。」


 ユキさんが僕を横目で見ながら助け船を出してくれた。僕もユキさんを見た。ただ心の中では「ユキさんのときは緊張よりも恐怖です。」とツッコミを入れた。高嶺さんは僕とユキさんのアイコンタクトを見て笑った。


「ユキちゃんがそんな表情を見せられるんだから、平田さんはすごい人なのだとわかります。ユキちゃんはあの事件以来ほとんど表情が崩れなくなってしまいましたから。」


「そうね。平田さんは完全に規格外だったわ。こんなに異常な人、たぶんこれからも出会えないと思うわ。」


 高嶺さんの言葉にユキさんがさらっと返す。僕は口こそ動かせないけど、「ユキさんには言われたくない。」と心の中でつぶやいた。それを察したのかユキさんは僕をジロッと睨み、高嶺さんはまた笑った。


「では、本題。というよりは謝罪と感謝の話をさせてください。」


 高嶺さんの表情が変わった。真剣な目で僕を見た。僕の背筋はピンと伸びた。


「真中さんの件、本当にすいませんでした。裏で何かしているのは知っていましたが、まさかあんなに露骨な行動を指示するとは思いませんでした。ここにいる後島さんと一般棟に行った左川さんは真中家の部下の家系だから逆らえなかったのです。高嶺家親類の家系がこんなことをしたこと、させたことは絶対に許されないことです。」


 高嶺さんは厳しい顔で、でも悲しそうな顔で言った。僕はかける言葉もない。高嶺さんは静かに息を吐いてから話を続けた。


「トライアスロンではSクラス男子ほぼ全員での妨害行為になってしまいました。これも真中さんの脅しみたいなものがあったと聞いています。私もどうにかしなければならなかったのですが、立場上あまり動けませんでした。しかし、これも言い訳にしかなりません。私は…、いえ、私が止めるべきでした。」


 心から悔やんでいるのがわかる。この姿だけでも正しい人、立派な人だと思う。すると高嶺さんが優しい笑顔になった。


「私は高嶺家の親類の真中さんを公で裁くことはできませんでした。ユキちゃんも同じ理由でした。だからこそ、あなたが真中さんを止めてくれて本当によかったのです。あなたが止めてくれなかったらもっとひどいことになっていたでしょう。だから、高嶺家とSクラスを代表して謝罪させてください。ひどい目にあわせてしまってすいません。そして真中さんを止めてくれてありがとうございました。心から感謝しています。」


 この人が謝ることはない。謝っていいはずがない。今までの立場を考えればSクラスのトップが一般棟の人間に謝罪するなんてありえないこと。それを高嶺さんという人は普通にできる。それが素直にすごいことだと思う。


「僕は…、僕の目標のために頑張っただけです。その途中に真中くんのことがあっただけです。だから謝罪も必要ないですし、感謝はなおさら必要ないです。感謝しなければならないのは僕の方なんです。」


 高嶺さんは驚いた顔で僕を見た。その目を見ると吸い込まれてしまいそうになる。また体が硬直してしまいそうだ。ただ、今回はそれではダメだ。やっとここまで来たんだから。


「僕の目標は高嶺さんに会ってあの日のお礼を言うことでした。今年の一月、僕は廊下でプリントを落としました。それをなぜか一般棟にいた高嶺さんがなぜか拾ってくれました。そのとき、僕はお礼が言えなかった。高嶺さんが「どうぞ。」と言ってくれたのに、僕は「ありがとうございます。」という当然の言葉でさえ言えなかったんです。それが僕の中で心残りでした。高嶺さんにお礼が言いたい。その願いを叶える道をユキさんが作ってくれました。努力の仕方も意味も、予習や準備の重要性も。全部ユキさんが教えてくれました。ユキさんの指示に従うこと、ユキさんの期待に応えること。ユキさんを信じること。その結果、僕はここにいます。」


 僕は大きく息を吸った。


「高嶺さん、あの日プリントを拾ってくれてありがとうございました。」


 言うべき言葉を言って頭を下げた。深く深く頭を下げてから顔を上げて…。


「僕はこれを言えただけで十分なんです。真中君のことは僕にはどうでもいいことなんです。」


 スッキリした。やっと言えた。達成感で頭のなかが真っ白になった気がした。


「本当に…、本当にそれが目標だったのですか?Sクラス編入とか、何か大きな目標があってのことでは…。」


 高嶺さんが呆然とそう口にした。僕はそれに大きくうなずいて見せた。


「Sクラス編入なんて僕には無理です。今ここにいるのもユキさんの力です。明日は自分の力でここに立てません。今、ここにいることが奇跡ですから。」


 僕を見てとなりでユキさんがうなずいた。


「セイカ。平田さんはそういう人なの。ただ、そんなばか正直だからこそ今ここにいるのよ。」


 ユキさんは僕を見て笑った。僕も笑った。


「すごい人…、なんですね…。」


 高嶺さんがつぶやく。僕は何度も首を振った。


「僕はすごくなんかありません。すごい人と呼ばれるべき人は、僕をここまで鍛え上げたユキさんや、僕みたいな普通の人に優しくできた高嶺さんです。」


 しばらくの静寂、それを打ち破ったのは高嶺さんだった。


「何か…、何かお礼をしたいです…。私にできること、私が叶えられることはありませんか?」


 唐突だった。全員が驚いていた。


 あの高嶺さんが…、僕の願いを…?


 頭のなかに過ったのは心のなかに秘めた言葉。


『あなたが好きです。』


『付き合ってください。』



 頭のなかでは何度も言えた。ただ…、それを言う勇気なんてあるはずもなかった。僕にそんな魅力があるはずもない。そんなことを言って迷惑をかけたくない。ユキさんにも、高嶺さんにも。


「今、高嶺さんの前にいられたことだけで十分です。S塔生徒会室にいることだけで名誉なことです。みんなに自慢できますから。」


 僕は精一杯の笑顔を見せた。そしてユキさんにアイコンタクトを送った。ユキさんはうなずく。


「そろそろ失礼しましょう。私は依頼がたくさんあるし、平田さんもやるべきことがあるし。」


 僕はうなずき「失礼します。」と立ち上がった。ユキさんと一緒に入り口へ向かう。すると、僕の腕に暖かい何かが触れて、後ろに引っ張られた。振り向くと高嶺さんが僕の腕をつかんでいた。


「平田さん…、私と…、お友達になってください…。」


「え…?え?」


 驚きのあまり言葉が出ない。あの高嶺さんが僕と友達に?何で?何の理由で?


 思考回路がショートした。グチャグチャして何も考えられない。すると高嶺さんは僕の手を両手で握った。


「平田さん、お願いします。」


 透き通るような目、柔らかい手。僕に拒否権があるはずもない。


「僕で良ければ…、お願いします…。」

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