第52話 ゴール
長い長い夢を見ていた。
『ヘイキン』というあだ名の僕がみんなに囲まれながらマラソンをしていた。ゴールとともに大歓声。その直後、世界が真っ暗になった。目をうっすら開けると見たことのある天井、自分の家の自分の部屋だった。
全部夢だったのだろうと目をしっかり開けるととなりにはマミの顔があった。
「よかった。目が覚めて。」
その言葉の意味がわからずにいると部屋のドアが開いた。入って来たのはユキさんだ。
「よかったわ。さすがに丸一日起きなかったら慰謝料の計算を始めようと思ったから。」
それを聞いてようやく記憶が整ってきた。
「僕は…、マラソンを走りきれたんだっけ?」
ユキさんはどこかほっとした表情でうなずく。
「ええ。走りきったわ。あなたのおかげでSクラスと一般の間にあった大きな壁にとてつもなく大きな穴を開けられたわ。」
ユキさんはゆっくりと話し出した。あのあとのことを。
マラソンのゴール直後に倒れた僕はユキさんの指示で担架に乗せられた。保健室のベッドの上でありとあらゆる方法で僕を起こそうと試したけど、僕は起きなかったらしい。閉会式でユキさんは全校生徒の前で演説した。
「皆さん、この体育祭で一番の結果はご承知の通りです。二年生は特に理解できているはずです。二年の普通科の平田さんがSクラスに勝ちました。サッカーで優勝、ケガした状態でトライアスロンに出て準優勝、マラソンも完走。しかもサッカーとトライアスロンでは悪質な行為が確認されています。その上でこの結果は間違いなく完全勝利です。エリートを集めて作られたSクラスが一般クラスの平田さんに負けたんです。」
毒舌モードのユキさんの言葉に会場は静まり返ったというより凍りついた。ユキさんは続けた。
「私の父が作ったSクラスは、本来エリートを集めるためのものではありませんでした。むしろ平田さんのように上を目指してひたすら努力できる人のためのものでした。それが時の流れと共に様々な影響を受け、結果今の状態になりました。エリートが集められることは悪いことではありません。有名な高校も大学もそうですが、そもそもそこに入れること自体に価値があるのは事実です。ただ、そこはゴールではありません!むしろスタートであるべきなんです!」
ユキさんの声が静かな会場に響く。みんなが息をのむ。
「平田さんが勝ったことで少なくとも二年生においてはSクラスと一般クラスの格差は消えました。『お前らとは住む世界が違う』なんてことを言える人はもういないはずです。先程例えに出した大学の話で言えば、どこの大学に入れたかも重要ですがそこで何をできたかも重要です。有名大学でただただアルバイトをしていた人と、普通の大学で研究を真剣にやった人のどちらが本当の意味で大学に行った価値があるかは考えればわかるはずです。」
ユキさんの話が核心に近づくにつれて会場の空気は変わっていった。
「Sクラスにはさらなる努力を求めます。Sクラスにいることに満足せず、Sクラスではないとできないことをしてください。それだけのものがS塔には揃っています。一般クラスも努力してみてください。Sクラスの人が『一般棟は道に落ちている石ころと同じ』と表現しましたが、決してそんなことはないはずです。磨けば光るかもしれません。隅々まで探せばダイヤや金の原石があるかもしれません。鍛練に鍛練を重ねればダイヤをも削れる鋼になるかもしれません。平田さんがそうだったように。」
全員がうなずく。それはユキさんの言葉がそうさせたわけではなかった。みんなが自分の意思でうなずいていた。
「皆さんが今の状態に満足せず、一歩でも前に進むことを願います!方法がわからない方は私のところへ来てください!道は教えます!一見無理そうな道を示すかもしれませんが、できないはずはありません!平田さんができたのだから!皆さんのさらなる努力に期待して挨拶を終わります。」
圧倒的な演説に大きな拍手が起きた。ユキさんの偉大さが全員に認識された瞬間だった。
その後、表彰式などプログラム通り進み体育祭は無事に幕を閉じた。それでも目覚めない僕はユキさんの家に運ばれ医療チームによって適切な治療が行われた。それでも目覚めない僕は自分の家に運ばれた。ユキさんは僕の両親に謝罪したが、両親は『息子が勝手にやったこと』と言ってむしろ神がかりな結果を出したことに感謝した。僕はそのままのんきに眠り、今目覚めたらしい。
「とりあえず足の具合も含めてチェックするわ。その後は両親に起きたことを報告してシャワーを浴びなさい。今後の説明はそのあとね。」
僕はゆきさんの指示に従ってやるべきことを全部やり、部屋に戻った。ユキさんとマミは自分の部屋のようにのんびりしていた。
「とりあえず、体育祭お疲れさま。あなたのおかげでSクラスの意識を大幅に改善できたわ。」
「そう。まあ、僕は自分の目的のために精一杯やっただけだから。」
「ええ。だからここからはあなたの目的の今後の話をするわ。」
ユキさんはカバンからプリントを一枚取り出した。
「これは?」
「体育祭MVPの表彰式予定よ。本当は昨日やるはずだったけど、本人が起きないから延期されたわ。」
「…。僕がMVP…?青柳君とかじゃないの?」
僕の中では青柳君だった。サッカー優勝の立役者でトライアスロンは4位、マラソンも上位。僕はマラソンは最下位だったから、それをもらえるはずはないと思っていた。ユキさんは僕を見て「謙虚ね。」とつぶやいた。
「青柳さんとあなたとでどちらにするかを決めようとしたとき、青柳さんがあなたに譲ったのよ。『あれだけの妨害の中であれだけの結果を、しかも運動部でもないやつが出した。これ以上のMVPはない』とのこと。それに反論できる人は誰もいなかったわ。」
「そっか…。」
嬉しいけど実感がない…。頑張ったのは確かだけど、僕一人の力ではなかったから。
「話を続けるわ。表彰式は水曜日。場所はS塔生徒会室。」
「S塔生徒会室!?」
僕は体から思考まで完全に固まった。僕の目標は『高嶺さんに会うこと』だけど、そのためには段階をひとつずつクリアしていくものだと思っていた。イメージでは『S塔に入れる』と『S塔の上の階に行ける許可を得る』をクリアした先の『生徒会室』だった。ゲームで例えるなら、『入った土管の先にステージセレクトのワープゾーンがあった』という感覚だった。
「何をそこまで驚いているの?」
不思議そうなユキさんが僕に聞いた。
「目標に近づき過ぎて驚いただけ。いきなり最終ステージにたどり着いた感覚だから。」
そう答えてみるとユキさんはため息をついた。
「あなたの『正直バカ』はすごいわ。今までの自分の出した結果を全く理解しないでいるからすごいわ。よく聞きなさい!理解しなさい!最終ステージは昨日で終わったの!あなたはゴールしたの!わかる?」
「え…?ゴール…?」
さっぱり理解できていない。思考が追い付かない。ユキさんはもう一度ため息をついてからプリントを指差した。
「Sクラス生徒会長は誰だと思っているの?」
そこに書かれた文字を読む。
「生徒会長、高嶺聖華…。……。え?え~?」
頭の中がぐちゃぐちゃしている。ふらふらしてきた。ユキさんはそれを察して先に説明を始めた。
「セイカからの直接の呼び出しなのよ。本当なら賞状だけをあなたに届けて終わるはずだった。でもセイカが言ったの。『Sクラスを代表してお詫びをしたい。感謝も伝えたい。だから直接渡します。』と。だから…、」
ユキさんは一呼吸おいてから言った。
「おめでとう。目標達成よ。『高嶺聖華』に会えるわ。」




