第48話 一定のペースで
主人公目線です。
坂を上りきってしばらく走った場所で自転車が終わりマラソンになった。道は山あり谷ありといった感じ。前も後ろも誰もいない。ただ、道は一本道で所々に順路の矢印がある。少なくとも間違えてはいない。
先頭はどこらへんを走っているんだろう…。差は少しは縮まったのかな…。
目標がないと少し不安になる。足にも痛みが走る。ただ、この感覚は体が覚えていた。
ああ…。あの感覚だ…。大体同じ。山道も、アップダウンも。
それはユキさんの春合宿。毎日朝晩に泳いで自転車をこいだ後にマラソンで走ったコースと同じだ。だから、感覚的に今がどの辺りで、あとどれくらいか何となくわかる。
ユキさん…、全部わかっていてやらせてたんだな…。
走りながらあの合宿をイメージしてみる…。
『ペースを一定に!上りも下りも同じペースで走りなさい!』
頭の中のユキさんが叫ぶ。そのイメージが僕を正しく走らせる。一定のペースで、一定のリズムで。ただただ走っていく。
『あなたは典型的な自主的に動けないタイプね。』
いつだったか、ユキさんに言われたのを思い出す。
『人には二つのタイプがあるわ。失敗を恐れずに行動できるタイプと、失敗するくらいなら行動しないタイプ。あなたは完全に後者。だからこそ、私はあなたに指示が出しやすいの。』
そこまで言ってユキさんは笑った。
『テストでは私が満点を取れるマニュアルを作る。運動なら私が上位に入れるマニュアルを作る。あなたはそれを完璧にこなしてみせてくれればいいわ。』
ユキさんの言葉が頭に響き、僕は体を動かす。正しく、一定に。
ユキさんが作ったマニュアルはいつも正しい。このマラソンコースもできる限り完璧に再現されているはず。だとしたら、今走るべきペースもわかる。
あのときと同じように、あの合宿と同じように走る。走る。走っていく。
しばらくまっすぐの道が続いたあと、なだらかな上り坂になっていた。イメージと同じ、合宿とも同じ。グネグネと蛇みたいな道が山の上へと続いている。
これを上ってまっすぐ、そのあとは一気に下ってずっとまっすぐ…、でゴール。
そうつぶやきながら上り坂を見上げたとき、ちょうど坂の中間くらいに人が見えた。
誰か、誰かいる…。人数も多い…。
走るペースを気にしながら目で追うと、見覚えのあるシャツを着た人がこっちを見て手を振った。
『俺のカラーだ!青柳のアオ!勝負事はこの色に限る!』
みんなが『単純だ』と笑ったけど、僕からすればジンクスみたいで羨ましかった。
「ヒラ~!追い付けよ~!」
僕は手を振った。青柳君は手を振り返してから走ってみんなに追い付いた。
追い付けるかな…。この速さで…。
そう考えてみた僕、でもすぐに考えるのをやめた。
『もし、上り坂を上りきるまでに先頭集団にいるはずの青柳さんが見えたなら、そのままのペースを維持しなさい。あなたが合宿のペースで走れる状態なら上りきった先の直線で追い付けるから。逆に無理して追い付こうとしたら、最後までもたないわ。』
記憶の中のユキさんが的確に僕に指示を出す。
「了解。従います。」
走りながらすることではないけど、大きく深呼吸。頭の中のイメージと体の動きをシンクロさせる。坂を上るときも同じ。
ただただ静かに。いつものペースで。
道は右に左に曲がりながら上へ上へ。坂を上りはじめてからは、先頭集団を把握できていない。それでも焦らずにただただ進んていく。
しばらくすると道が平らになった。坂を上りきったらしい。まっすぐ前を見ると、そんなに遠くない距離に青柳君の青いシャツが見えた。そのそばに数人、さらに先にも数人。全部で十人くらいの集団。
青柳君がいるから先頭集団のはず…。僕が勝つべき真中君は青柳君のとなりにいる。そのすぐそばにいるのは青柳君の言ってた右田川君だろうか…。
目の前に見えると気持ちが前のめりになりそうになる。それを頭の中のユキさんの指示で抑える。
「もう、すぐそこ。標的はすぐそこ。合宿と同じリズムで走れている。だから…、いける!」
一定のリズムを保ちながら進む。みんながだんだんと、少しずつ大きくなる。そして…、並んだ。
「ヒラ!よく追い付いたな!」
「待ってたよ!平田!」
青柳君と体育科の人だ。僕はうなずきながら走っていき、真中君のとなりに並んだ。
「いろいろあったけど、ここからが本番だから。負けないからね。絶対に」
真中君は戸惑った顔で僕を見ていた。僕はまっすぐ前を向いた。
さあ、ここからが勝負だ!




