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第46話 みんなの力

「ありがとう。」


 自転車を道まで押し上げたあと、僕は後島君に頭を下げた。


「むしろ何でだ!俺を助けようとしなければ、落ちることもなかった!左川からも逃げ切って先頭集団に合流できたはずだろ?」


 指摘はもっともだ。ただ、僕は首を横に振って自転車に乗った。


「とりあえず走りながらにしていい?少しでも追いつきたいから。」


「その足でこげるのか?」


 後島君が指差す。足から血が出ている。痛みはある。でも、


「大丈夫。痛いのは筋肉痛で慣れてるから。」


「わかった。」


 僕と後島君は自転車を進ませた。走りながら僕は話の続きをする。


「僕がゆきさんの力を借りてSクラスにケンカを売った形になったけど、僕もユキさんもSクラスとケンカをしたいわけじゃない。僕たちの相手は真中君。あとは今はっきりわかったけど左川君。あとの人は真中君の権力の影響で従わされているだけ。君がそうだったように。」


 後島君は反論しない。たぶんできないのだろう。


「僕は僕と真中君との争いで無駄な被害者を出したくないんだ。傷つくなら僕と真中君だけでいいはずなんだ。でも結果的に君が被害者になって申し訳ないと思ってる。」


 後島君はまだ何も言わない。何も言えずにいる。


「それに、さっきの自転車で走ってるとき、『蹴り落とせ』って命令が出てたでしょ?でも、君はできなかった。他の人たちもできなかった。その時点で君たちは僕の敵じゃない。それに…、」


 そこまで言ってから後島君の顔を見た。初めて会ったあのときとは、真中君のまわりにいたあのときとは明らかに雰囲気も表情も違う。


「戻れたんだね。菅井君が取り戻したいと言ってた本当の後島君に。菅井君が仲良かった頃の後島君に。それで、それだけで十分の結果だよ。」


 後島君は下と前を交互に見ながら自転車を走らせていた。でも、しばらくするとこっちを見て言った。


「このレースは諦めるのか?」


 僕の『十分の結果』を聞いてのことだろう。僕は首を横に振る。


「まさか。狙うよ。上位。ついてきてね。後島君。Sクラスなんだから。」


「ああ。見せてくれ!どこまで行けるのか!」


 僕はうなずいてスピードアップ、と言ってもさっきまでよりも少しだけ速いペース。ユキさんからの適切な指示に従う。


『万が一、相手の策略に引っ掛かってたとしても焦らないこと!あなたに課題でやらせたペースを維持すれば自然と追い付けるはずよ!』


 上位と距離が縮まっているかはわからない。ただ、一般棟の人を次々抜いていく。


「平田!頑張れ!」


「負けるなよ!」


 抜き去った人が声援をくれる。それが追い風となって僕を前へ進ませていく。


「平田君!」


 追い抜いた人から呼ばれた。横を並走するのは菅井君だ。


「大丈夫なの?足。」


 心配そうな顔だ。


「うん。まだまだやれる。」


 笑顔で答えた。菅井君はうなずくと真剣な顔で言った。


「秀縞君からの伝言。『坂の手前までに追い付けるなら、右側を走れ。』だって。」


「わからないけど、わかった。右側ね。」


 ペースを維持しながらどんどん進む。途中で菅井君はついて来られずに遅れていく。それを後島君が心配そうな顔で見ていた。


「行ってあげて!後島君!僕の結果は順位でわかるでしょ?」


「ああ。わかった。頑張ってくれ!」


「うん。」


 後島君はゆっくりと僕のとなりから消えた。僕はペースを維持しながら先へ先へと進む。コースは再び山道、しばらくするとまっすぐの道になった。その先に上り坂、道が半々に分かれているように見える。


 かなりの上り坂かな?


 どんどんペダルをこいでいくと坂はだんだん近くなる。でも、坂がすぐそばに近づくと見えてきたものがあった。見えてしまった現実があった。


「あっ、あれは…。」


 目の前には海で見たのと同じSクラスの人の壁。ノロノロとまでは言わないけど遅い。


「まいったな…。」


 つぶやきながら考える。


 今の速度だと坂よりも前に壁にぶつかる。助走なしで坂は厳しい。少し遅くして壁が坂を上り始めてから行くという手もある。坂を上り始めれば陣形は崩れるはず…。ただ、坂の下で止まられたら結局止まるしかないし…。


 さすがに目の前の現実は絶望的に見えた。そのとき、さっきの言葉を思い出した。


『追い付けるなら…』


「右側を走れ!だったね!」


 信じて加速。あと少しで人の壁にぶつかそうだと思ったとき、誰かの叫び声が聞こえた。


「平田!そのまま来い!」


 その声とともに右側にいる人がうまくずれていき、一人分の道ができていく。


 すごい…!すごすぎる!


 僕は全力で自転車をこいでその道へ入っていく。作られた道は一人がギリギリ走れるくらいのもの。ただ、ユキさんの課題でまっすぐ走ることは嫌というほど練習した。まっすぐまっすぐその道を進む。


「平田!行け!」


「Sクラスを倒せ!」


 僕が通りすぎるときみんなの声が聞こえる。その声を力に変えてペダルをこいだ。必死にこいだ。やがて自転車が坂に入った。ペダルが重くなる。


「平田!そのまま行け!もう妨害はないと思うけど、できるだけ壁は維持する!」


 いつのまにかとなりにいた秀縞君が叫ぶ。僕はうなずく。坂を上っていくうちに、一人また一人と、壁をしていた人もSクラスも脱落していく。最後に残ったのは秀縞君と体育科数名、Sクラスは左川君だ。


「平田!お前だけは行かせない!」


「それはこっちの台詞だ!左川!」


 僕のとなりで二人が叫び合う。体育科が脱落していくなか、叫んでいる二人はすごいと思う。


「坂を自力で上れなかった人は一度下まで下りてから、となりのコースを押して上がること!ちなみに自力で上がれた人はまだいません!」


 拡声器から羽生田さんの声が響く。おそらく僕に向けた『一気に行ければ差が縮まるぞ!』という意味の言葉。


「頑張ります!」


 そう口にしてペダルをこぐペースを上げた。秀縞君と左川君より前に出る。左川君は必死に食らいつこうと追ってくる。


「平田!お、お前に先に行かせてたまるか!お、俺には…、え、Sクラスの存続がかかっているんだ!」


 叫ぶ左川君の声から限界を感じる。僕はペダルをこぎながら答えた。


「僕にかかっているのは、僕の未来とユキさんの願い。あとは友達をSクラスから取り戻したいみんなの願い。Sクラスを見返したい一般棟の想い。左川君、残念だけど背負う物の数が違う!」


 僕はさらにペースを上げた。視界に入っていた左川君がだんだん見えなくなっていく。


「左川君!もうひとつだけ言っておくよ!」


 最後の力を振り絞って僕と並んだ左川君を見て言った。


「この程度の坂、僕には全然辛くない!」


 さらにペダルをこぐ。左川君は見えなくなった。ペダルにすべての力を込めて、自転車を進ませる。しばらくして坂の先が見えなくなった。


 あと少し!


 春の地獄の合宿を思いだし自転車をこいだ。自転車はゆっくりと坂の上に上がった。僕は自転車から一度降りて下を見る。


「みんなー!ありがとう!」


 そう叫ぶとみんなが手を振ってくれた。


「いいから行け!礼は順位で示せ!」


 秀縞君が叫ぶ。僕はうなずくと自転車に乗った。


 足が痛い…。でも、絶対に諦めない!


 僕は先を目指した。ただただ先へ。

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