第45話 競技開始
スタート地点は砂浜。目の前には海で湾のようになっている。
「2年生男子、トライアスロンを開始します。」
僕たちはスタート位置へ移動。水泳のコースは砂浜を走り、沖に浮かぶブイを左から右にまわって戻ってくる。基本的に湾の右側半分を使うので左側はガラガラ。例年と違うのは沖に見える船の数。運営や学校の関係者が乗っているらしいが今年は多いらしい。
スタート地点の並び順はユキさんの予想通り、Sクラスが先頭になっている。『Sクラスが体育科ならまだしも普通科にこれ以上負けるわけにはいかない』という上からの指示があったらしい。
パーン!
合図が鳴って全員が走り出す。でも、なかなか海まで進まない。理由は簡単で、先を進むSクラスが遅いから。
「早く行けよ!」
誰かが叫ぶ。ただSクラスの動きに変化はない。Sクラスは勝てる人が先に行き、残りは他を足止めする作戦。それもユキさんの予定通り。だからこそ、僕もユキさんの予定通りに動ける。
「おい!平田!どっちに行くんだ?」
秀縞君が叫ぶ。Sクラスも含め、みんなが僕を見る。僕は砂浜を斜めに走り湾の中央を目指す。Sクラスはあまりにも遠くへ走る僕をさすがに妨害はできない。Sクラスの上位が泳ぎだし、モタモタ足止めをしていたSクラスが海に入るのと同じタイミングで僕は海に入った。足の痛みはまだあるけど、沖を目指して泳ぐ。
「わかった!みんな!平田に続け!」
たぶん秀縞君が叫んだ。わかったみたいだ。ユキさんの作戦を。
『おそらく離岸流ができるはず。沖に並ぶために移動した船からの波が湾に流れ込めばあなたが泳ぐ頃には湾の真ん中に発生しているわ。そこを泳いで沖へ向かえば半分以下の力でいけるわ。ただ、のまれないようにね。』
ユキさんの作戦通り、人工的な離岸流が発生していた。僕はそれにのって沖まで一気に流されるように泳ぐ。ブイまでの位置を考えて斜めに、でも離岸流からは外れないように。
予定通り!
気づくとブイの近くまで来ていた。僕の前をSクラス上位が泳いでいく。僕もそれを追うようにブイをまわる。
『体力は温存。足もなるべく使わないように。』
ユキさんの的確な指示を思い出しながら砂浜へ向かって泳ぐ。ただただ泳ぐ。そして、陸に上がった。
「次へ。」
急いで自転車のスタート位置へ走る。今のところ順調。足もそこまで痛みはない。スタート位置でウェットスーツを脱ぎ、自転車に乗る。
「平田!急げ!追い付かれるぞ!」
秀縞君の声が聞こえた。後ろを見るとSクラスも一般棟もごちゃ混ぜの集団が走って来るのが見えた。僕は自転車をこぎ出す。
『追い抜かなくていい。追い付くギリギリくらいにつきなさい。』
ユキさんの作戦を思い返しながらどんどん進む。自転車が小さな丘をいくつか越えると、前に集団が見えてきた。真中君が見えるからたぶん先頭集団だろう。少し距離を取りながら近づく。
「ヒラ。大丈夫か?」
横から声が聞こえた。青柳君だ。そのそばには体育会系の皆様。さすがに速い。
「今のところ。ちょっと痛いくらい。」
実際には痛みは徐々に増している。ただ、まだ頑張れるからそう答えた。
「俺たちはこのままSクラスに追い付くつもりだけど。お前はどうする?」
「僕は自分のペースで走るよ。」
「了解!」
青柳君たちは僕を追い抜いてSクラス集団に合流。僕はその少し後ろを走っていく。今のペースなら離されなさそうだと判断し、僕は力を少し抜いて走る。足はときどきズキズキと痛む。だからこのペースは僕に優しい気がした。
コースは森の中を抜けて川沿いの道に入った頃、変化があった。Sクラスから数人が遅れ僕に並んだ。一人と目が合う。後島君だ。僕の方をチラチラっと見ている。
『近づきすぎるとSクラスからの妨害を仕掛けてくる可能性があるわ。あるとしたら自転車のとき。それ以外はどこかしらに運営がいるから。』
ユキさんからの警告。妨害するには絶好の位置。一応警戒しながら走る。ただ、後島君は何も仕掛けてこない。むしろ、その表情から考えられることは…、
「謝らなくていいよ。」
そう小さな声で言ってみた。後島君は驚いている。その表情を見れば予想が正しかったことがわかる。
「菅井君が『何で君がそんなこと』って言ってた。それに何も言い返さなかった。それだけで十分わかるよ。」
後島君は何も言わない。他のSクラスも何も言わない。ただ、その表情でわかる。全部悟れる。しばらくはそのまま静かに走っていた。何もされないまま。
事態がさらに動いたのはカーブが増えて道幅が少し狭くなったとき。一台の自転車が速度を落とした。
「お前らの覚悟はわかった。」
不気味なほど無表情な左川君は突然僕の横に来た。そして次の瞬間、
ガン!ガン!
僕の自転車を蹴ってきた。突然だったし、まさかここまで露骨な妨害をするとは思ってなかった。
「何するんだ!」
そう叫びながら自転車をこいで前へ。左川君は僕に合わせて前へ。また自転車を蹴ろうとしてくる。再び前へ逃げようとしたけどSクラスが進路を妨害してきた。僕はブレーキをかけて後ろへ。後ろを走る後島君にぶつかりそうになってギリギリですり抜けた。すると、
「お前も同罪だ!」
左川君がブレーキをかけて後島君と並び、後島君の自転車を蹴った。後島君はバランスを崩し自転車ごと道から落とされそうになる。
「危ない!」
そう叫んだとき、体が勝手に動いた。左川君と後島君の間に割り込むと、手を伸ばして後島君の服を引っ張り体勢を戻させた。後島君は足をついて何とか落ちずに済んだ。だけど、
「バーカ!」
その声が聞こえるのと同時に僕の自転車のバランスが崩れた。必死に体勢を立て直そうと頑張ったけど手遅れだった。
ガーン!
左川君の蹴りがもう一発入り、僕は自転車ごと倒された。
ズザザァーー……。
横向きに倒れた状態で道から滑り落ちていき、手入れがあまりされていない藪みたいな中に潜り込むような形で止まった。見上げた先には左川君の姿。嘲笑うように自転車で走り去っていった。
ここまで…、ここまでするか…。
そう思いながら体と自転車を何とか起こそうとしてみた。ただ、なかなか体が思うように動かない。頭は打っていないと思うから、坂を滑り落ちたショックか何かだろう。見上げた先を自転車が次々通過していく。
あっ、まずい。こんなところで転がっているわけにはいかない。
気持ちを奮い立たせ、体を起こした。まずは自転車の異常を確認。自転車はパンクしていない。ブレーキもきく。
よかった。まだ走れる。
僕は自転車を押して上を目指そうとした。そのとき、
「あー、痛っー。」
するどい痛みで思わず叫ぶ。足から血が出ていた。昨日の傷からの出血。まあ、当たり前ではあるけど。
痛い。でも、今はそれどころじゃない。
自転車を押す。ただ、足の痛みでなかなか上がらない。
「大丈夫か?」
上から誰かが下りてきた。顔を見て驚く。
「後島君!何で?」
後島君だった。後島君はただ無言で僕の自転車を押す。僕はその力を借りて道まで自転車を上げた。




