第44話 ケガと覚悟
「走れ!ヤギ!」
秀縞君から青柳君へパス。青柳君はドリブルでSクラスのディフェンスを突破。青柳君が菅井君にパス、菅井君が僕にまわす。僕から青柳君にパス。青柳君がシュート。ボールは惜しくもゴールポストに当たり、相手ボールになった。
「惜しい!」
青柳君が悔しそうに戻っていく。僕も菅井君も戻る。
「あともう1点。」
誰かがそう叫んだ。僕たちも自然とそう叫んだ。掛け声のように。
僕のあの1点のあと、試合は完全に僕たちのペースで進んでいた。僕たちの士気が上がったことよりも、相手の士気が極端に下がったように見えた。あの1点でSクラスには明らかな動揺、落胆が見えた。絶対的な真中君の指示に従って戦っていたのに、まさかその真中君のところから点を取られるとは思わなかったのだろう。ただただ残りの試合をこなしているように見えた。
「平田!いけ!」
残り時間がもうない状況で僕にパスがきた。目の前には真中君。ただ、僕を止めようという意思は感じられない。
「いくよ!」
そう叫んで真中君を抜いた。簡単に抜けたことに驚いた。そのとき、真中君が何かつぶやいた気がした。ただ、聞き取れなかった。僕はドリブルで相手ゴールへ向かう。目の前にはディフェンスが二人。右側から青柳君が走り込む。僕はそこにパスを出した。青柳君がキーパーと1対1に…。
「危ない!」
その声が誰のものかはわからなかった。なぜか自分に向けられていた気がした。本能でその場から逃げようと右足を前に出した。
ザザァーー!ザシュ!
耳に聞こえた何かが滑る音。その次の何かが何かにかすめる音がしたとき、僕の左足に衝撃が走った。
「ぅああぁぁ…。」
痛みで転がる。足を見るとふくらはぎ部分から血が出ていた。
「キンちゃん!」
「平田さん!」
マミとユキさんの声が聞こえた。チームメイトも駆け寄ってきた。ただ、ひどい痛みで僕は動けない。
「担架を!」
審判の指示で担架が来て僕は乗せられた。
「後島君!何で!何でだよ!」
後島君に菅井君が叫ぶ。後島君はただただ呆然と立ち尽くす。ただ、その足元を見れば何が起きたかはわかる。後島君の足は僕の血で染められていた。
「惜しかったな。」
ふいにそんな声が聞こえた。僕のそばには担架を持つ人以外には一人しかいない。その人の顔を見て僕は驚いた。
「残念だったな。」
もう一度つぶやいた真中君は確かに笑っていた。それを見て確信した。この痛みは真中君の命令で後島君がわざとやったこと。いや、後島君は命令されただけで、真中君がやらせたことだと。
許せない!絶対に許せない!
心の中で叫んでから、僕は担架の人に止まってもらう。
「みんなー!もう1点!」
そう叫んで拳を高くあげた。みんなの拳があがるのを見て、僕はゆっくりと医務室へ運ばれていった。
「キンちゃん!」
医務室でマミが心配そうに僕を見ていた。ただ、僕は自分の治療されていく傷口を客観的に見ていた。
ひどい痛みはある…。けど…。
頭の中でぐるぐると考えをめぐらせる。すると外の廊下が騒がしくなり、医務室のドアが勢いよく開いた。
「平田!」
「ヒラ!」
チームのみんなが入ってきた。みんなが心配そうに僕を見ている。
「勝った…よね?」
恐る恐る確認するとみんなはうなずいた。
「勝ったよ。もう1点決めてやった。」
青柳君が笑った。それを聞いて僕も笑って、次の質問に移った。
「ユキさんは?」
「今、一般棟とSクラスの体育祭実行委員の会議に参加してるはず。後島君の行為はありえないことだったから。」
そう答えた菅井君だけど、表情は落ち込んでいる。
「後島君のせいじゃないよ。あれは、やらされたことだよ。」
僕は『たぶん』を使わずにはっきりとそう言った。みんながうなずく。すると医務室のドアが開いて、ユキさんが入ってきた。僕を横目に医務室の人から僕の傷の状態を聞いている。画像も確認している。医務室に入ってから、やたらと写真を撮っていたのはユキさんの指示だったのだと納得した。
「みんな、席を外してもらえる?平田さんと話がしたいから。」
みんなが、医務室担当の人も含めて出ていった。残ったのはマミだけ。
「平田さん、明日の競技は棄権しなさい。」
抑揚のない声で言った。僕は何となく予想できたから表情を変えずにユキさんを見た。
「出たらダメ。」
もう一度ユキさんは言った。でも僕は首を横に振った。
「明日は出る。両方とも出る。少なくともトライアスロンは出るよ。」
「ダメよ!その足で出て悪化したらどうするの?」
ユキさんが叫ぶ。
「この日のための練習だったんでしょ?春休みからずっと泳いで自転車こいで走って。無駄にしたくないから。」
「無駄にはなっていないわ!だから今日、ちゃんと点を取れたでしょ!」
「でも、今のままだと高嶺さんに会えない。たぶんトライアスロンで結果を出さないと会えないはず。そうなんでしょ?」
ユキさんの反論が一瞬止まった。僕の予想は当たっていたみたいだ。
「セイカには、私が会わせてあげるわ。何とかしてあげる。だから、棄権しなさい。」
ユキさんは最後の手段とばかりに言った。確かにそれを言われると…、と今までの僕なら思った。今朝までの、さっきの試合の前なら思った。でも、
「ユキさん、僕は棄権しない。」
「な、何で?」
ユキさんは戸惑う。
「さっきケガして担架で運ばれるとき、真中君に言われたんだ。『惜しかったな。』『残念だったな。』って。顔は笑ってた。その顔を見てわかった。わざとやらせたんだって。しかも自分でやらずに後島君にやらせた。だから僕は真中君が許せない。絶対に許せない。」
ユキさんもマミも言葉を失っている。僕はさらに続けた。
「僕が棄権するのは簡単。ユキさんが高嶺さんに会わせてくれるなら、僕の目的は達成できる。でも、それだと真中君の思惑通りだし、何より後島君が救われない。だから棄権はしない。」
しばらくの沈黙の後、ユキさんはため息をついた。
「わかったわ。というよりこうなると思ってはいたわ。」
「だろうね。最初の方の言葉にユキさんだからこそのミスがあったから。」
「…。ミス…?」
ユキさんが不思議そうだ。僕は笑顔で答える。
「みんなに部屋から出てもらったあと、ユキさんが言ったのは『出たらダメ』だった。僕の状態が本当にひどいなら『ダメ』なんて言わない。『出るのは無理』とか『出るだけ無駄』とかを使うか、『出るな!』って命令するはずだから。」
ユキさんはさらにため息。
「ユキさんの負けだね。」
マミはそう言って笑った。ユキさんもうなずく。
「わかったわ…。私もこれ以上、正直バカにつける薬も言葉も持ってないし。あなたが出られるように治療しましょう。あと、作戦も立てなきゃダメね。ハンデ戦になるから。」
「お願いします!」
僕の声を聞いて、外にいたみんながそ~っと中を覗いた。僕の覚悟をみんなに伝え、みんなは黙ってうなずいた。
その後、僕は体育祭を早退し治療に専念。ユキさんの家で注射をされたり機械に入れられたり。そのままユキさんの家のいつもの部屋に泊めてもらい、翌日を迎えた。会場までは学校からバスで移動。クラスのみんなからはシュートを決めたことを盛大に誉められ、ケガを盛大に心配された。バスは時間通りに会場についた。すぐそばにはSクラス、真中君の動揺した顔を見ながらつぶやくように言った。
「負けないよ!絶対に!」
体育祭二日目が始まる。




