第37話 気づけば合宿
後半は試合形式。それぞれがポジションを決めてどの場面でどうするべきかを習った。相手役はもう一台のバスに乗ってきた毒島&羽生田家の使用人チーム。全国経験者の青柳君が少しだけ余裕を見せていた。けれどいつも僕を送迎してくれる運転手が実はプロを教えていた経験があるらしく青柳君は苦戦していた。むしろ活躍したのが菅井君。羽生田さんに何を教わったのか、ここぞというときにパスを繋ぎ得点のアシストまでしていた。終わってみれば6時過ぎだった。2時間弱の練習。ただ、なぜかみんなが楽しそうに見えた。
「お疲れ!早く帰る理由がないやつは風呂に入って飯食べていけ!家へは車で送ってやるから!」
「はーい。」
みんなヘトヘトになってバスへ向かう。僕も向かおうとした。
「平田!お前はもう一仕事!」
「はい!」
「その道をまっすぐ行くと『天国への坂』のそばに出られる。ドリブルでユキちゃんの家まで。」
「わかりました。」
位置関係がわかれば問題なし。ドリブルで走り出す。
「俺も!」
「僕も!」
一人二人とドリブルを始め、気づくとみんながついてきた。
「たぶん一番遅いの僕だから!」
菅井君が叫ぶ。
「よし!菅井のペースで完走だ!」
秀縞君が叫ぶ。いつの間にかみんなが仲良くなっていた。みんなでドリブルしながら進む。青柳君と秀縞君はリーダータイプ、菅井君は僕と同じタイプだと思う。しばらく走ると橋があった。それを渡って少し進むと坂の下に出た。まっすぐの道をみんなで進む。菅井君が遅れ気味になったときはパス練習をしたり、順番にドリブル1対1をしたりした。ユキさんの家に着いたのは7時過ぎだった。
「ヤベー…。」
「デケー…。」
みんなが建物を見上げていた。言葉がカタコトになっている。僕も最初はそんな感じだった。
「平田さんの正直バカの影響かしら…。さっさと風呂へ入って。全員の家には連絡しておいたから。」
入り口に立っていたため息混じりのユキさん。建物内を熟知している僕がみんなを風呂へ案内した。羽生田さんが全員分の替えの服を手配してくれたから、全員安心して入れた。温泉を見て全員呆然、となりのプールを見て唖然。青柳君と秀縞君が「探検だ!」とあちこち歩き、女湯のドアを開けようとしたのを間一髪で羽生田さんが止めた。全員が温泉につかり、満足して風呂を出るとユキさんが待っていた。
「あなたたち、覚悟して食べなさい!」
いつものありえない量の食事。僕は懐かしい感覚。青柳君は大喜びだけど他のみんなはまた唖然としていた。食事を全員が食べ終わると9時前だった。ユキさんが全員を家に送る流れを話始めた時、秀縞君が口を開いた。
「合宿をしたらどうだろう?もちろんドクゼツさんが許せばだけど。」
「おー!いいな!どうせ今週は体育祭前で部活休みだし。」
「賛成!」
さすがに驚いた。半分は何かの頼み事と引き換えの強制参加だったはず。なのにみんながなぜか乗り気だった。
「菅井さん、あなたはどうなの?」
ユキさんが聞いた。唯一の進学科だから。
「授業についていくのは問題ないです。頼んだ本を読みたいのと、もうひとつ頼みを聞いてもらえれば。」
「内容によるわ。」
ユキさんの目が真剣になった。それに気圧されずに菅井君は答えた。
「もし、合宿についていけたら、僕にも平田君と同じような課題を出してください。僕も上を目指したいから。」
一瞬、時間が止まった。ユキさんは菅井君をじっと見て、それからうなずいた。
「いいわ。その条件で。合宿も認めます。」
全員が歓声をあげた。
「ただし!」
ユキさんの声が響く。みんなが静まり返った。
「これはあくまで平田さん関連の特権。平田さんが私の課題をクリアして成果を出し続けたから許可したこと。それを間違えないで。それと全員に時間通りの行動を義務付けます。間違っても授業中に居眠りなどしないこと。」
「はい!」
みんなが喜ぶなか、ユキさんが僕のそばに来た。
「あなたのおかげでとんでもないことになりそうだわ。」
その言葉を聞いて僕は笑った。
こうして秀縞君命名の『チーム平田』の合宿が始まった。翌日からサッカーの朝練、学校、サッカーの夕練というスケジュール。昼食もなぜかみんなで食べることになり、あっという間に『チーム平田』の存在は学校中に知れ渡った。
「まあ、仕方ないわ。警戒されるリスクは増えたけど、チームワークと事前準備できたことで相殺ってところね。」
ため息混じりのユキさん。そんなユキさんの心配をよそに僕たちは練習を続けた。羽生田さんの的確な指導のかいもあり、着実に上手くなっているのがわかる。合宿になったおかげで夜も作戦会議ができた。ユキさんの指示で勉強の時間も1時間くらいは取った。できる人ができない人に説明する方法で全員が理解するまでやった。進学科の菅井君にはユキさんが直接指導、そのときだけ羽生田さんは少し不機嫌だった。
「平田!菅井!味方も敵も見て動け!秀縞!お前の指示に全てがかかると思え!」
木曜日になると羽生田さんの指示にも余計に力が入る。土曜日にサッカーの本番で金曜日は疲れを取るために軽めにする予定。全国経験の青柳君は1対1や1対2の個人練習を延々こなしていた。
「はい!お疲れ!練習終わり!帰りは?」
「全員ドリブルで帰ります!行くぞ!」
「はい!」
この『チーム平田』の実質的リーダーは秀縞君、エースは青柳君。僕、平田は名前だけ。ただ、まとまっていた。バラバラのクラスから集まったチームがたった4日でここまでまとまったのがすごい。それをドリブルしながら聞くとみんなは笑った。
「たぶんチーム平田だったからだな。チーム青柳だったら無理だった。」
「いや、チーム秀縞でも無理だろ?チーム菅井ならギリであったかもだけど。」
みんながうなずいている。僕にはわからない。すると秀縞君が代表して説明を始めた。
「平田があまりにも普通だった。あのドクゼツ課題、合宿をクリアしたはずの平田がだ。ただ、すぐにわかった。クリアを目指す信念、精神力がすごい。でも、逆に言えばやっぱりそれだけにしか見えなかった。だから興味が出た。俺もやってみたくなった。」
「うん。僕もだよ。」
菅井君だ。最初は『帰っていいですか?』と言ったけど、気づけば合宿にも参加して最後まで誰よりも頑張っていた。
「平田君の普通さには本当に驚いたよ。こんな人にテストで負けたんだって思ったほど。でも、平田君を見てすぐにわかった。努力の差、それも圧倒的な努力の差を感じた。サッカー練習の初日、僕と同じところでミスしてるのを見た。でも何度も何度も繰り返して、できるようになった。それを見てたら『自分には向いてない』って諦めてた自分がバカバカしくなっちゃって。」
菅井君は笑った。みんなも「そうだな。」とうなずいていた。
「俺はドクゼツへの興味だったぞ?」
そう言ったのは青柳君だ。
「合宿やろうって言ったら許可してくれただろ?絶対無理だと思ったのに。で、実際に話してみると意外と普通だし、美人だし。しかも金持ち。温泉付きのホテルみたいな家も俺たちのメシ代もタダ。スゲーよ。俺、マジで惚れた。」
「えー!?」
今日一番の驚き。みんな目を丸くしている。
「でも、ユキさんはダメだよ。羽生田さんに殺されるよ?」
「あー、トウゼン兄貴なー。あの人には勝てないなー。尊敬してるし。じゃあ、とりあえずはあの人たちの部下になりたい。」
「トウゼン兄貴!?」
青柳君の言葉に全員が驚きと大爆笑。しばらく動けなかった。




