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第36話 本番前の特訓

「いよいよ週末に体育祭があります!」


 クラス委員の声が響く。テストが終わりしばらくして、ようやくこの時が来た。この日のためにテスト後も羽生田さんの指導を受けた。作戦も練った。ただ、運動は苦手。羽生田さんのおかげでできるようになったことは多いけど、逆に羽生田さんとしかやっていない現実があるから。テスト前とは全然違う不安を抱えながらユキさんの相談所へ向かう。その途中、僕を見て何かひそひそ話している人たちを何度も目にした。それが余計に不安を増大させた。



「何度も言わせないで!!泣き言なんて聞きたくないわ!泣きたいのはあなたのその無駄な容姿!本当に残念!他の人に譲ってあげてほしい!他の人が悩むところで悩まなくていいんだから、グダグダ言ってる暇があるならやるべきことをやりなさい!」


 珍しいパターンの毒舌だったから、出てくる相手を見てしまった。高身長に絵に描いたようなイケメン。確かに何を悩むのか普通の僕は知りたい。すれ違うように中に入るとユキさんはココアを持っていた。それを差し出す。僕は受けとる。


「いよいよ週末ね。」


「うん。正直不安です。」


 その答えを聞いてユキさんは「でしょうね。」と笑った。


「私の考えでは人は仕事をするとき大きく2パターンに分類できるわ。『失敗を恐れず進むタイプ』と『失敗をするくらいならやらないタイプ』。前者はリーダーで、後者は補佐役。あなたは完全に後者。仕事でも何でもそうだけど、成功体験が少ないと体が動かないでしょ?」


「おっしゃるとおりです。」


 そう答えた。というよりそうとしか答えられなかった。今だって本番のことを考えると体が動かなくなる。本番はたぶん頭が真っ白になる。


「そんなあなたのために特別メニューがあるわ。今日から夕方の課題をそれに変更よ。」


「特別メニュー?」


 完全にユキさんの想定の範囲内。ただ、素直にうれしい。想定の範囲内なら本番までにこの状態を改善してくれるはず。


「というわけで、あとはお願いね。」


「は~い!お任せください!」


 どこからともなく羽生田さん登場。羽生田さんに連れられて、僕は用意された車に乗った。車はどんどん進むけど、行き先は何となくわかる。土日に行くいつもの場所だ。と、思ったら車はユキさんの家のある山へ登らずそのまま別の山へ。初めての景色に戸惑う。これがユキさんの言う『失敗を恐れるタイプ』なのかもしれない。


「着いたぞ!」


 羽生田さんに言われて車から降りる。そこには…、


「サッカー場!?」


 その気になれば国際大会が開けそうなほど。学校の校庭とは比べ物にならない。会場はここにすればいいのに…。


「さて、今までは俺との1対1のドリブルやパスの練習だった。これからやるのは具体的な状態でのドリブルやパスの練習をしようと思う。」


「はい。ただ…、他にも何人か必要ですよね?」


「ああ。だから呼んでおいた。」


 羽生田さんの視線の先へ2台のバスが来た。ぞろぞろと人が降りてくる。


「スゲー!ここで試合シテー!」


「あっ!平田がいる!本当にいる!」


 近づいてくる顔で片方のバスは何の集まりかようやくわかった。体育祭で僕と同じチームの人たちだ。普通科と進学科は各クラスでサッカーを選んだ人を集めてチーム作る。当然同じクラスの人よりも違うクラスの人の方が多い。進学科は面識はないけど、普通科は授業などによっては他のクラスと交わることもある。部活をやっている人は当然だけど、部活が通称『魔窟』の僕でも何人かは知っている。中でも目立つのは体育科を差し置いてサッカー部の副キャプテンになった青柳蹴斗アオヤギシュウト、Sクラスにあえて入らなかったと噂の秀縞真ヒデジママコト。あの二人は普通科で知らない人はいないはず。あと進学科の菅井信貴(スガイシキ、あの人は魔窟のサイ君の知り合いで一度部室に来たことがある。あとは知らないけど、少なくともあの三人は同じチームだった。


「はい。みなさん。わかっているとは思いますが、ここに集まってもらったのは体育祭のサッカーで同じチームになった人たちです。」


 羽生田さんはいつもの感じで話し始めたけど、他の人には不思議や不安が渦巻いている。


「はい。帰っていいですか?」


 菅井君だ。何となく予想はできた。


「ああ、進学科の菅井か。君は確か『ユキちゃんの家にある本を読みたい』って希望だったね。今から日が暮れるまで参加してくれれば読ませてあげるから。今日だけ参加して。」


 羽生田さんの言葉に菅井君はうなずいた。


「他の人も何か頼み事があったはずだ。今日の夕方、この練習に参加してくれるだけでいい。明日からもやるけど、それは自由参加だ。」


 みんながうなずいた。頼み事と引き換えに参加したらしい。


「じゃあ、さっそくサッカー経験者二人。そこのゴールに攻めてきてくれ。平田と俺で守る。」


「はい。」


 言われるままに守備につく。相手は有名人二人だ。


「いきます!」


 相手がドリブルで攻めてきた。


「平田!俺がボール行く!」


「はい!」


 秀縞君にマークにつく。


「こっちも視野に入れろ!裏に出されるな!」


「はい!」


 しつこくマークした結果、羽生田さんが相手のボールを取った。


「よし!その要領で守備練習!平田はそのままで誰か俺と交代。攻撃側も交代して続けろ。」


「はい。」


 指示に従い新しい人がとなりへ。そのたびに自己紹介をしてから練習。それを繰り返した。交代なしの僕は相手が経験者であれば指示に従い、そうでない場合は率先して動いた。ひとまわりした頃には何となくみんなの実力がわかった。


「よし。少し休憩。」


 羽生田さんの合図でみんなが休憩。話題は僕に集中した。ユキさんの課題の話、地獄の合宿メニューの話、僕がS塔に会いたい人がいること。青柳君からサッカー部に誘われたりもした。


「よし!再開するぞ!」


「はい!」


 羽生田さんの声にみんなが返事をして立ち上がる。すると菅井君が僕のそばに来た。


「会いたい人がいるだけでそんなに頑張れるの?」


 少し悩む。なぜ頑張れるのか…。ただ、答えはあった。


「『会いたい人がいる』は動機でそれだけで頑張れているわけじゃないと思う。『頑張っただけ結果が出た』が今頑張れてる理由だと思う。」


「ドクゼツさんの課題をこなしたら僕ももっと上を目指せるの?」


 その質問から、菅井君が勉強で悩みがあることはわかる。進学科の菅井君だから『成果が出る』と自信を持っては言えない。ただ、『わからない』とは口が裂けても言えない。


「羽生田さんにサッカーを教わってみればわかるよ。羽生田さんに体育祭まで教われば、未経験者よりは上手くなれる。それができたらユキさんに課題を出してもらえばいいと思う。」


「そっか。そうだね。そうしてみる。」


 菅井君はうなずいて、羽生田さんの方へ走っていく。


「わざわざライバルを増やす必要ないのに。」


 振り返るとユキさんが立っていた。となりにはマミもいる。


「そうかも。ただ、僕はユキさんを信じればすごい結果が出るって教えたかったんだ。」


 僕は走ってみんなのところへ向かう。


 次の課題をこなすため。目指す未来のために。

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