第35話 ハードルの先へ
「今日からはテストの予想問題をひたすら解いてもらうわ。せっかく早く来たんだから、今から始めて。」
「はい。」
ユキさんは問題用紙を僕に渡した。僕は部屋に向かう。
「ちなみに85点以下を赤点にするわ。」
「85点!?」
さすがに驚き聞き返す。ユキさんは真剣な顔でうなずいた。
「あなたは今までも私の予想を超えていった。だから低いラインを引くとあなたの足を引っ張るような気がするわ。だからこの赤点なの。」
その言葉から今まで以上の期待を感じた。今までのユキさんの言動から考えて間違いない。それに確かに答えたいと思えるのは、過去の話を聞いたからだろう。
「やります!」
そう大きな声を出して僕は隣の部屋の席についた。
「じゃあ、スタート!」
その声に従って課題を始める。時間内に全部の問題を解き、怪しい問題はもう一度確認。ユキさんの終了の合図があるまで何度も見直す。
「はい!終わり!5分休憩して次のテストよ!せっかく早く来たのだから、夕方にやる予定だった3枚をやることにするわ!」
「はい!ただ…、休憩はいいから次をやりたいかな。時間がもったいないから。」
「……。わかったわ。じゃあ、次を始めましょう。」
ユキさんはため息をつきながらそう言うと、僕の前にプリントを置いた。呆れた顔はしているけど、予想もできていたみたいだ。
「はい!始め!」
プリントをスタート。さっきと同じようにこなす。前回のテスト前と違い、感覚に余裕がある。それはこれが解けることがテストの結果につながることを知っているから。その後、休憩なしで最後のプリントを開始。途中、隣から叫び声が聞こえたときもあったけど集中力を切らすこともなかった。終わって時計を見ると、時間は7時過ぎ。早く来ただけあって、まだまだ時間に余裕がある。
85点なら、取れたはず。前回と違い、授業もちゃんと聞いて理解したし。
期待と不安なら少なくとも期待側の気持ちでユキさんの採点を待った。ユキさんの手が止まった。
「おかしいわ…。」
予想外だった。ユキさんが悩んでいる。
「え?え?何?赤点?」
慌ててユキさんの机の前に立った。テストを覗く。
「あ、98点。おしい。」
悪い結果だと思ったせいか、感想が口から出た。ただ、ユキさんが悩んでいることに変わりはない。
「何がおかしいの?」
「何で最後の問題をあなたが解けているのかがわからないの。」
ユキさんはその問題を指差した。
「この問題は私の課題には入っていない。この先生はこの春に他の学校から来た人だから、この先生の今までの傾向や他から来た先生が出す問題の傾向を全部踏まえて出したの。しかも授業ではそんなに重要だとも言わなかった。だから不思議。何で解けたの?」
『この先生の今までの傾向』や『他から来た先生の傾向』を調べられているユキさんの方がよっぽど不思議。とは言わないでおいた。
「ユキさんのおかげで予習と授業のノートを取る時間を省けたから、その分授業に集中できてる。だからこそ『ユキさんの課題』に当てはまらない問題が目につく。その問題はもしかしたらその先生にとっては重要なことなのかもしれないから印をつけておいた。だから僕の予想の範囲内。」
と、自信を持って言ってはみた。本当はその問題が重要かどうかをマミに聞いたおかげでもある。
「見事ね。じゃあ、赤点も90点にした方が良さそうね。」
「え?まだハードル上がるの?」
「当然でしょ?あなたの目標なら下げる理由もないし。」
僕はうなずく。同時に自分の気の緩みを感じた。課題をこなしただけではダメ。さらに先を目指さないと届かない。
「全部100点を目指すよ。」
そう宣言はしてみた。ユキさんは当然とばかりにうなずく。
「うまくいかずに最悪の事態になった場合、あなたにはSクラス編入試験を受けてもらうことになるわ。」
「え?羽生田さんが受けたあの試験?」
「ええ。それのもう少し過酷な方。入れ換え戦になるから。」
Sクラス入れ換え戦。羽生田さんから話は聞いた。スポーツと学業の両方で優れた成績を修めた人がSクラスの編入試験を受けることができる。Sクラスが定員以下なら編入できることにはなっている。でも人数がちょうどなら、Sクラス下位の人と比較され点数の良い方がSクラスになる。つまり下位の人は一般クラスに落とされる。羽生田さんのときはひとつ席が空いていた(誰の席か今ならわかる)。ただ、僕の学年には空きがない。だから絶対に入れ換え戦になる。
「ちなみに受かっても編入しないこともできるわ。」
ユキさんがさらっと言った。僕はユキさんを見る。ユキさんは続けた。
「あなたならSクラスに入れると思う。ただ、入った先に目的がないなら入る必要はないと思うわ。あなたの場合は『高嶺聖華に会いたい』だからなおさら。」
「Sクラスってそんなに魅力ないの?」
そう問いかけた僕にユキさんは少し考えてから答えた。
「大学進学や就職に有利なのは認めるわ。あとは周りの見る目が変わる。ただ、それ以上はたぶん変わらないわ。」
「そうなんだ。」
あくまでユキさんの感覚、僕とは違うと思う。『進学や就職に有利』、それだけで魅力的だと思う。そんな僕の心を見透かしたかのようにユキさんが言った。
「ちなみにあなたなら高嶺家関連のグループ企業になら推薦してあげるわ。」
「え?推薦?」
見透かされたこと以上に驚いた。高嶺家関連ならどう考えても一流企業だ。僕の人生設計に今まで1%も入っていない。
「あなたなら言わなくてもわかるだろうけど、それだけ私のなかであなたの評価が高いのよ。Sクラスに入っただけで向上心が消え失せた人や過剰な野心があっても実力が伴わない人に比べたら、あなたの方がよっぽど優秀よ。それはこの結果を見てもわかるわ。」
ユキさんは机のプリントを指差した。100点がひとつ、最低が90点だ。
「私の高くしようとしたハードルをすでに越えている。この調子で頑張って。」
「うん。これからもご指導よろしくお願いします。」
ユキさんはうなずくと間違えた問題を指差した。
「はい!やります!」
隣の部屋へ急ぐ。ただただ間違えた問題をやり直す。次は間違えないように。
「平田さん、時間よ。遅刻するのは良くないわ。」
「遅刻?」
言われて時計を見た。確かにそろそろ移動しないといけない時間。急いで教室に向かう。テストまであと2日だというのもあり、みんな勉強をしていた。
「この問題教えてくれ。」
「こっちは?」
クラスの男子から聞かれることが増えた。これもまたユキさんの課題の成果だと思う。授業を全部終えるとまたユキさんのところで課題。それをテスト前まで続けた。
迎えたテスト。これ以上ない出来。全部のテストで完璧に近い。そして結果が貼り出された日、ある意味で衝撃的だった。
「平田!お前3位だぞ!」
1位ユキさん、2位マミ、3位が僕。進学クラスを押し退けて普通科3人がトップを独占した。
「惜しかったわね。」
隣にユキさんが笑顔で立っていた。その笑顔を見てみんな言葉を失っているように見えた。
「よかった。なぜかキンちゃんには負けちゃいけない気がして。」
逆側を見るとマミがいた。同じく笑顔。
「うん。次はケアレスミスを無くして、ユキさんにもマミにも勝つよ。」
上位に書かれた自分の名前が誇らしく見えた。自信を持って見上げられる自分自身も前よりも誇らしく思えた。




