第34話 過去からの今
現在の話に戻ります。
「壮絶な人生ですね…。ユキさんも羽生田さんも…。」
それ以外、何も言えなかった。自分の人生が恐ろしく薄っぺらく思えた。
「俺は大したことはない。親が悪の片棒を担いで逮捕されただけ。ユキちゃんの心の傷に比べたら…。」
さっぱりとした顔で羽生田さんはそう言った。話を聞いてよくわかる。羽生田さんがどれだけユキさんを想っているのかを。
「何か質問はある?」
ふいにそう聞かれて、少し考えた。わかりそうでわからないことがひとつだけあって、それを聞いてみた。
「羽生田さん、僕のこと少し敵視してませんでしたか?」
羽生田さんは驚いた顔で固まり、少ししてから「聞くことそれかよ!」と大爆笑。しばらく笑ったあと、落ち着いた顔で言った。
「まあ、敵視って言うよりは嫉妬だな。少し気にくわなかった。」
「ユキさんの態度がですか?」
確認のためにそう聞くと羽生田さんはまた笑った。
「わかってんじゃん!ユキちゃんがあんな笑顔を見せるのは正直俺だけだと思ってたから。課題もあんなに出したし、施設も使わせたし。まあ、あれをこなしたのはすごい。俺以来の快挙だろうから。」
予想通りでよかった。羽生田さんの笑顔を見て緊張の糸が切れた。だから聞くか悩んだことも聞いてみた。
「羽生田さんが僕たちと同じ学年なのはSクラスに編入したのと関係があるのですか?」
「それもわかってて聞いてるのか?」
「いえ。ユキさんの婚約者が留年みたいなことはありえないはずですから。『ユキさんと同じ学年になりたい』みたいな理由だとしても、ユキさんが怒ると思いますから。」
「良い推理だな。」
ニヤリと笑った羽生田さんはゆっくりと説明を始めた。
「俺はユキちゃんが入る前に覇桜高校に入っていた。Sクラスに入れなくもなかったけど、ユキちゃんも普通科に入ると言っていたから普通科にした。去年、ユキちゃんが入学。セイカさんがSクラスにいて、ユキちゃんを呼ぶことが多かったから無制限許可証ができた。ユキちゃんの噂はこの地域には溢れていて、ユキちゃんに良くも悪くも相談する人が多かった。だから相談所ができた。相談を受けていてわかったことは『Sクラスの人間の相談内容があまりにひどい。Sクラスの質が疑われるレベル。このままだと学校の意義、さらには高嶺家にも悪影響になる。』ということ。実際Sクラスを出た人間で高嶺家のグループ企業に入ることは少なくない。というよりその目的で学校が作られたとも言われている。ユキちゃんは高嶺家のこと、セイカさんのことを第一に考えている。だからユキちゃんは俺に編入試験を受けさせて、俺は受かった。ただ、『Sクラスに一般から編入を許すと…』という考えがこの学校の運営側にも強かった。ユキちゃんとの話し合いの末、俺がひとつ下の学年に入ることでまとまったんだ。」
「警備係は何でやってるんですか?」
「警備係をやっていれば目立たないからだ。二年の前では『転入生』、三年には警備係と名乗っているんだ。Sクラス生徒会は全員このことを知っていて、他にも気づいている人は何人かいる。ただ『普通科から編入した人がいる』という事実がSクラスに知れわたることを恐れて黙ってくれている。だから俺は幽霊みたいな存在なんだ。」
さらっと話す羽生田さんを僕はただただ尊敬した。好きな人のために編入し、学年もひとつ落として、警備員までやって…。
「すごいですね。やっぱり。」
「何度も言うけどすごいのはユキちゃんだ。辛いのはいつだってさせる方なんだから。」
それからは静かな時間を過ごした。僕はSクラス編入試験の話を聞き、羽生田さんは僕に今までの課題の細かな内容とその感想を聞いた。話が終わって部屋を出るとユキさんとマミが外で待っていた。もう夕食の時間だということでご馳走になった。いろいろと話す羽生田さんと静かに食べるユキさんを見て、『いいバランスだね。』とマミが呟いていた。
「じゃあ、また明日。明日からテストの予想問題に入ってもらうわ。」
「はい。」
帰り際、ユキさんにそう返事をした。ただ、言われるまでまたテストの存在を忘れていた。僕の表情を読んでか、ユキさんはさらに言葉を加えた。
「あなたなら大丈夫よ。」
僕を安心させたいからか、本当に大丈夫なのか…。僕はただただうなずいた。車はゆっくりと山を下り、僕とマミの住む町へ進んでいく。
「ユキさんのこと、いつから知ってた?」
そう問いかけたとき、マミは寝ていたのかもしれない。マミは眠そうな目のまま答えた。
「小学校3年の頃、乗馬体験で知り合ったの。ユキさんは初心者の私に優しく教えてくれて、『もっと乗りたい』って私が言ったらここへ連れてきてくれたの。それから夏休みのたびにここに通ってた。だから馬に乗れるの。」
「ユキさんの事件のことは?」
「あの夏休みから、ここに来られなくなったの。ユキさんが誘拐されて、無事だったことまではニュースで知ってたけど、それからのことは知らなかった…。私のお母さんからは『今、ユキさんの家は大変みたいだから。落ち着いたら連絡を取ろうね。』って言われた…。この学校に入った頃、ようやく連絡が取れたの。『同じ学校だからよろしく』って。」
マミの声から寂しさや辛さを感じ取れた。同時に僕の知らないマミがそこにいたことを知った。マミが僕の手をそっと握った。その手から伝わる震えが泣いていることを僕に伝えた。僕は静かにその手を握った。
「ずっとそばにいたけど、知らないことってたくさんあるんだなって思った。」
何気なくそう呟くとマミは僕の手を痛いほど握った。
「私だってそうだよ。こんなキンちゃん知らなかったよ。」
「そうだよね。僕も知らなかったから。こんな自分がいることを。」
その後の記憶ははっきりしない。たぶん寝てしまったのだろう。気づくと家の前にいた。マミが手を振って帰っていく後ろ姿がなぜか寂しそうに見えた。
翌朝、いつもより早く起きた。ユキさんの話を聞いたせいもあり、今までよりもやる気に溢れていた。家を早めに出て自転車で学校へ。いつもの部屋の前にたどり着く。
「あなたの言いたいことはわかったわ。『ゲームの世界なら絶対にモテる。会話や行動の選択も間違えたことがない。』、実に素晴らしいわ。ただ、現実のあなたの見た目が悪いの。ゲームの主人公キャラの絵を想像すればわかるでしょ?最低でも普通の身長と体型。ヒロインよりも背が低かったり極端に太ったりやせたりしている主人公キャラのゲームってあるの?私は知らないけど。残念だけどあなたの今の姿ではゲーム画面に入れないわ。昔はステータスを上げないとデートも成立しないようなゲームもあったらしいわ。だからあなたもステータスを上げなさい。もしくは課金するか。どちらをするか決めてまたここに来てくれればアドバイスするわ。」
僕がドアを開ける前に相談者がドアを開けてくれた。走り去る相談者を見送って中に入ると、ユキさんがこっちを見ていた。
「だいぶ部屋に入るのが早くなったわ。あなたはもう有名人だから誰が部屋にいようがさっさと入っていいのよ。」
その声、その言葉。少なくともいつものユキさんだ。それに少なからずホッとした。僕は昨日の課題を机に置いて、今日の課題を受けとる。
「私に聞きたいことは?」
ユキさんがじっと見つめていた。真剣な表情だ。
「何もないよ。僕はユキさんの指導に従って目指す目標へ進むだけ。」
僕の言葉にユキさんは安心したようにうなずいた。
「覚悟しなさい!あなたが望む未来のために、私もあなたに今まで以上を望むわ!」
「はい!」
ユキさんと僕の意思がぶつかった。望む未来。そこへ向かうために死ぬ気でついていこうと思う。
羽生田さんがそうしたように。ユキさんがそうしたように。




