第33話 過去(7)
ユキちゃんが高嶺家に頼んでいたのはコンピューターウイルスだった。感染するとある特定の画像を所持していた場合、隠さずに表示しなければならなくなる。その『ある特定』をユキちゃんの誘拐画像に指定して高嶺グループ全部に送信された。高嶺家からの送信を拒否できる者がいるはずもなく、ウイルスはあっという間にネットに拡散されていく。
「相手がスマホやタブレットだったらどうなるの?海外からのメールの可能性は?」
「私のあのパソコンには高嶺グループからしかメールを送れないようになっているの。クラスメイトも登録してからメールを送ってもらっているわ。だからパソコンにメールが来た時点で相手の負けよ。ただ、今から私の画像を他人が手にしてしまった場合、その人のパソコン画面は私の誘拐画像になってしまうことが問題ね。」
さらっと言ったけど、とんでもないことだ。ユキちゃんの画像が下手をしたら世界中に出回ってしまう。そんな俺を見てユキちゃんは落ち着いた顔で告げた。
「むしろ今出回るのが望ましいの。これで誰かが私の画像を使って脅してくることは無くなるから。それにこの画像を手にするとウイルスにかかるから手にする人も少ない見通しよ。」
「そっか…。ユキちゃんがそう言うなら…。」
そう答えて心の中のぐちゃぐちゃを圧し殺す。本当は全然良くないけど…。
「さて。そろそろね。」
ユキちゃんはパソコン画面を見る。この辺りの地図上に赤い点が四ヶ所表示された。同時にユキちゃんの携帯が鳴った。相手はセイカさんだ。
「今、それぞれに警察が入ったよ。大事になってるって。」
「そうね。相手が相手だから。ただ、一人は証拠があるから逮捕はできると思うわ。芋づる式にできればベストよ。」
話を聞いて理解できた。赤い点はユキちゃんの画像が表示された家。そこに警察が入ったのだろう。ただ、入った家がすごい。毒島家がナンバー2だった頃の3、4、5、6の家だ。つまり毒島家をつぶすために下の一族が総出でユキちゃんを誘拐したことになる。
「でも、自供するかな?」
電話の向こうからセイカさんの声。不安そうだ。
「私にメールした家以外は無理でしょうね。最低でももう一人、自供してもらわないとダメだと思うわ。」
そう言って電話を切ったユキちゃんは深いため息を吐いてから俺を見た。その目は今まで俺に見せたことのないような悲しそうな目だ。
「トウ君。最後の仕事、一緒に行く?」
「もちろん!」
「覚悟がいるわよ?」
「大丈夫!」
大きな声でそう答えてみせた。何があるかわからないけど、ユキちゃんと離れたくなかった。
「じゃあ、行きましょう。」
ユキちゃんはそっと俺の手を握って歩き出した。俺はユキちゃんの隣を歩いていく。車に乗って目的地に着くまでユキちゃんは手を握ったままだった。時々その手が震えた。俺は『大丈夫だよ。』と伝わるようにその手をぎゅっと握った。
「さあ、行きましょう。」
車を降りたユキちゃんが進む先を見て、俺は動揺を隠せなかった。混乱をユキちゃんに気づかれないように、隣を歩いていく。見慣れた景色と見慣れた家。
そこは、俺の家だった。
「お久しぶりです。義父様。」
俺の家の父親の部屋、俺の父親の前に二人で立った。父の顔に驚きはない。わかっていたのだろうか。何も答えない父にユキちゃんは見たこともない優しい笑顔で言った。
「自首してください。」
時間が止まった気がした。ユキちゃんにも父親にも聞きたいことがたくさんあるのに、口が動かない。ユキちゃんは淡々と言葉を続けていく。
「メールで説明しましたが、他の犯人は取り調べを受けています。私の画像を所持していたことを問いただされているでしょう。一人は私を直接メールで脅してきたので、おそらく自供すると思います。あなたの名前も。」
「で、でも…、ウイルスで光る場所に、ここはなかった…。」
やっと口からでた疑問。ユキちゃんは穏やかな笑顔のまま答えた。
「ええ。トウ君が私と連絡を取ってくれたから、あなたの家は除外したの。それに、わかっていたから。最初から。義父様が犯人なのは。」
それを聞いて余計に混乱した。立っていることができなくなりその場に座りこんだ。ユキちゃんは俺から父親に目線を移して話を続けた。
「私があの日ここに来ると決めたのは私の気まぐれでした。私の前の家からここまではそれぞれのセキュリティーの範囲内。しかもあの時点では私をあなたは守ろうとしてくれると信じていました。だから私は電話をして一人でこの家へ向かったのです。ところが私は誘拐されました。毒島の範囲からあなたの範囲に入ったところで。しかも後から聞いたらこの家のセキュリティーをあなたが切ったことがわかりました。婚約者である私が『行く』と伝えたにも関わらずです。だから私は確信しました。義父様が犯人側でわざとセキュリティーを切ったのだと。」
父は何も言わない。ただ、その姿でわかってしまった。言わないのではなく言い返せないのだと。
「残りの犯人から言われましたか?セイカとの縁談を必ず取り付けるからと。トウ君の気持ちも知らないで。私の気持ちも知らないで。」
ユキちゃんの言葉が父に突き刺さっていくように見えた。父はうなだれたまま動かない。
「それでも、私は感謝しています。」
突然のユキちゃんのセリフに父が顔をあげた。俺もユキちゃんを見た。
「あなたのおかげで私はトウ君の婚約者になれましたから。あなたが私をトウ君と引き合わせてくれなければ、トウ君と私が出会うこともなかったと思います。だから…。」
ユキちゃんは一度大きく息を吸った。そして優しい笑顔で言った。
「自首していただければ、トウ君のことは高嶺家にお願いできます。あなたのことも、きっと父が何とかしてくれるはずです。父は私に言ってましたから。あなたのことを『心から頼れる幼馴染みだ』と。だから、安心して自首してください。すべてを話し、償って私たちの前に戻ってきてください。私たちの父として。」
父の目から涙が溢れた。ユキちゃんの目からも涙が溢れた。俺は何も言えなかった。パトカーに乗った父が最後に俺たちに「すまなかった。」と言った。ユキちゃんは頭を下げた。俺は真っ白になった頭で何かを考えられることもなく、ただただ立ち尽くしていた。
俺の父の供述で残りの犯人も全員逮捕された。高嶺家も犯人とその一族を処分。今までの序列が完全に入れ替わった。ユキちゃんにとっては自分のいじめと誘拐事件を解決しただけ。ただ世間的にはユキちゃんが高嶺家の上位一族を叩き潰したように認識されていた。
「トウ君、これからどうする?高嶺家の管理物件もいくつかあるし、あの家に住むこともできるわ。」
ユキちゃんが俺に聞いた。
「ユキちゃんはどうするの?前の家も取り戻したんでしょ?」
「私は今の家を高嶺家からもらうことにするわ。学校までは遠いけど、やりたいこともあるし。」
そう答えたユキちゃんはすでに高嶺家の仕事をいくつかこなし、あの家のそばに塾を開いていた。いじめなどで不登校になった子供たちを助けたいのだという。立派な人だと思う。
「俺がどうするかは俺が決めていいの?」
そう聞いてみるとユキちゃんは少し驚いた顔で言った。
「当たり前でしょ?トウ君の人生なんだから。私がめちゃくちゃにしたから、責任は取るわ。」
自分の人生をめちゃくちゃにした人の息子に対して『責任を取る』というユキちゃん。この事件を通して知らないユキちゃんをたくさん知ることができた。
「じゃあ…」
こうして俺はユキちゃんの家に住むことになった。俺の願いはただひとつ。
ユキちゃんを悲しませない!




