第32話 過去(6)
侵入者の事情聴取は長くかからずに終わった。ほとんどは高嶺家の側近の部下。だからこそ高嶺家には逆らえないし逆らわない。そこに高嶺家のセイカさんが顔を出したからなおさらだった。人によって差はあるものの、全員が聞かれたことに正直に答えた。セイカさんの側近がそれをまとめてセイカさんの親に報告、高嶺家一族が首謀者の家に出向いて聴取をした。高嶺家に来られては嘘も言えず、証拠があるから否定もできない。結果、首謀者でユキちゃんをいじめた主犯の親は高嶺家の側近を解任、その一族は高嶺家組織図の末端にまで落とされた。ユキちゃんをいじめた残り四人の家族も少なからず関与していたが、ユキちゃんの配慮で少ない罰則で済まされた。
俺がその報告を受けたのは日付が変わってしばらくした頃。さすがにあの空気のユキちゃんの家に泊まるのも気が引けて、家に帰って静かに待っていた。
「明日、また何かあったら教えてね。」
「そうするわ。おやすみ。」
ユキちゃんの声に暗いものを感じながら、俺は静かに眠りについた。
翌日、学校へ着いたユキちゃんの目に最初に飛び込んだのは謝罪する教師たちだった。校長から担任まで、ただひたすらユキちゃんに頭を下げ続けていた。ただ、ユキちゃんはそれには一切目もくれず、教室へ向かった。教室に着くとこちらも謝罪の嵐。いじめの主犯以外は全員いた。とりまき4人は土下座状態で待っていた。
「とりあえず、席についてください!」
教師のように黒板の前に立つユキちゃんを見て、全員が恐怖の顔のまま席に着いた。ユキちゃんはクラスを見回してから言った。
「謝罪をする意思は伝わりました。あなたがたのやったことを私は許しませんが、マスコミなどに出すこともしません。」
その言葉にみんなが少なからず安堵の表情を浮かべた。
「そのかわり、みなさんにはやってもらうことがあります。」
ユキちゃんはプリントを配る。みんなはそれに目を通した。
「今日中にご家族でその内容をまとめて、下のアドレスに送ってください。それをもってみなさんの謝罪とします。よろしいですか?」
「はい!」
統率の取れた軍隊のような返事が教室に響いた。ユキちゃんはゆっくりと自分の席についた。
その後、ユキちゃんは授業を普通に受け、教師たちの謝罪を無視して家路についた。夜になるとクラスメイトから続々とメールが届き、ユキちゃんはそれをチェックしてまとめていく。俺もその時間には合流し、作業を手伝った。そのときようやくユキちゃんが何をしようとしているかがわかった。
「ユキちゃん、あの日のことを…。」
「ええ。」
目が真剣だ。すごい集中力だ。ユキちゃんがクラスメイトに配った紙の内容は『ユキちゃんの誘拐事件の情報提供』だ。『事件の内容を知っているかどうか』『情報を誰から聞いたか』など。クラスメイトとその家族は、この内容でユキちゃんに許されるならと真剣だ。噂レベルから、かなり細かい情報まで。それをデータ入力し、点を線にしていく。小さな噂も集まれば瞬く間に情報の束に変わる。その束の行き着く先が情報の発信源だったり、犯人だったりするのだろう。
「そもそも犯人の目星はついているわ。私も高嶺家も警察も。ただ、証拠がないの。決定的証拠がないから手が出せないの。」
「うん。だろうと思った。」
そう答えながら思った。何で犯人が捕まらないのかと。
犯人の要求は『ユキちゃんのお父さんへのもの』で、外部犯ではない。ユキちゃんのお父さんが責任を取ってやっている海外事業を元々やっていたのは毒島家の次に偉い側近だ。だから犯人は少なくともその側近と部下たち。わかっているはずなのに…。
「警察は動いているんだよね?」
「ええ。」
「被害届も出したままでしょ?」
「ええ。私自身も出したから。」
淡々と返ってくるユキちゃんの声。それを聞くたびにユキちゃんのくやしさと自分の無力さを痛感する。
「何か策は…。方法は…。」
そうつぶやいた俺を見てユキちゃんがつぶやいた。
「策はあるし、準備はできているわ。あとは相手次第。」
「え?策、あるの?」
俺はただただ驚いた。警察も動けない状態で策があることに驚いた。
「トウ君は私がやることを見ていてくれればいいわ。トウ君がすべきことは私がしたことを見て判断するだけ。私を嫌いになるかどうかを。」
俺を見ているのか、俺の未来を見ているのか。ユキちゃんは遠い目をしていた。俺はユキちゃんの手をぎゅっと握った。
「嫌いになんてならない!」
「そうだといいわ。」
ユキちゃんはそう答えただけだった。そのとき、ユキちゃんのパソコンにメールが届いた。知らないアドレス。ユキちゃんはウイルスだけ確認してすぐに開いた。
『すぐに高嶺家と縁を切れ!すぐにその建物から出ていけ。さもないとばら蒔くぞ!』
あのときの画像が添えられていた。
「こいつ…!」
怒りが込み上げる俺。でも隣を見て驚いた。ユキちゃんは笑っていた。
「よかった。相手が短気で頭が悪くて…。」
静かに笑ったあと、電話をかけた。相手はセイカさんのようだ。
「例のやつ、使うわ。準備お願い。」
ユキちゃんがそう告げると電話の向こうからセイカさんの返事が聞こえた。ただ、どことなく不安そうな声に思えた。
「どんな方法なの?危険なの?」
電話を切ったユキちゃんに聞いてみた。こちらを見たユキちゃんの目は冷たい目に変わっていた。
「危険はないわ。トウ君が嫌がる方法なだけ。」
「教えて!その方法。お願い!」
真剣に聞いた。必死に聞いた。ユキちゃんは静かに説明を始めた。
「犯人を逮捕する一番の方法は証拠を突きつけること。今までは証拠が出てこなかったの。どこからも。どこを探しても。ただ、ようやく出てきたの。」
ユキちゃんは画面を指差した。ユキちゃんの誘拐されたときの画像だ。
「私が無事に戻ってから、高嶺家の力を借りてインターネット上のあらゆる場所を探したの。ずっと探してもらっていたの。だけどこの画像は見つからなかった。それが今メールで送られてきた。この画像の持ち主は犯人または犯人関係者以外ありえないのよ。」
確かにその通りだ。少なくともネット上に流出していないのなら、この画像は入手できない。
「相手は『ばら蒔くぞ!』と脅してきた。ということは犯人および犯人の関係者のネットにつながるものにこれが入っているの。ばら蒔けるように。」
「じゃあ、犯人の持つ何かを押収できれば…」
「それは無理よ。どこにあるかわからない物を押収なんて。警察といえど令状が必要。」
「じゃあ、どうするの?」
ユキちゃんは少しだけ間を開けてから答えた。
「ばら蒔かせるのよ。写真を。そうすれば警察も捜査できるから。」
言葉を失った。さすがに言葉が出ない。自分の裸同然の写真を…。
「そんなこと…、そんなことしたらユキちゃんのお父さんやユキちゃんの家で働いていた人たちが守ってきたものが無くなっちゃう。」
「ええ。そうね。ただ、そもそも私はそこまでされるほど立派な人間ではないの。あのときだって守るなら父を守るべきただったのよ。」
ユキちゃんの覚悟が部屋に響いた。部屋の温度が下がった気がした。するとユキちゃんの携帯が鳴り、セイカさんが『準備完了』を告げた。ユキちゃんのパソコン画面に『発射』の文字が表示された。ユキちゃんは俺を見て小さな声で言った。
「嫌いにならないでね。」
そしてユキちゃんの指がゆっくりと動き、ボタンを押した。ただ静かに。確かな意思で。




