第31話 過去(5)
「さて、来たみたいね。」
ユキちゃんは当然とばかりにそう呟き、そして笑った。その隣にいる俺はうなづきはしたけど、さすがに笑うことはできない。目の前にいる怪しげな黒服の方々。あれが全部ユキちゃんの敵なのだから。
「駆け抜けるわ!」
「うん!」
ユキちゃんが走る。俺も走る。向かうはユキちゃんの家。山の上を目指して。
「明日の朝までに家族会議を開いて自分達がどうするべきか決めてください。明確な謝罪と反省によっては『墜落』を避けて『胴体着陸』くらいになる可能性はあります。」
ユキちゃんはそう告げて体育館を出た。しばらくの沈黙の後、誰かが叫んだ。
「何で俺たちまでやられないといけないんだ!俺たちはお前らの言いなりになっただけだぞ!」
「そうよ!私たち、別に毒島さんを嫌いなわけじゃなかったのに!」
堰を切ったように声が上がった。主犯5人への大ブーイングだ。実際問題、自主的にユキちゃんをいじめていたのはこの5人。あとは言われたからやっただけだろう。
「うるせえ!俺に言われたからって、お前らがやったことに変わりはないだろ!何、人のせいにしてんだ!」
主犯が叫ぶ。ただ、その声にビビる人はもういない。
「お前ら責任持ってなんとかしろよ!俺たち全員がお前らのために停学になったら、俺たち全員でお前らを訴えるからな!」
怒号が飛び交うなか、主犯5人は体育館を出ていく。俺はそこでパソコンを閉じた。急いで家を出てユキちゃんの家に向かう。途中、ユキちゃんに電話すると「今日は電車で帰る。」とのこと。俺は最寄り駅で待ってユキちゃんと合流した。電車の中は静かで人はほとんど乗っていない。ユキちゃんは小さな声で俺に言った。
「私が反撃するとは思っていなかっただろうから、慌てて反撃準備をしているわ。だから見張りはあの人一人。ただ、どこの駅で降りても襲いかかれるようにしてる。だから駅から山の途中までは絡まれる可能性が高いわ。山まで行ければ安心だけど。」
ユキちゃんは落ち着いている。俺も動揺しないように心がける。電車は進み、駅に着いた。俺たちが電車を降りると見張りはどこかへ電話。駅を出たときには怪しげな人たちがゾロゾロと並んでいる現在に至る。
「右に行くわ!」
「うん。」
ユキちゃんはまっすぐに山へ続く大きな道へは行かず、あえて隣の細い道へ走る。俺も走る。怪しげな方々は俺たちのあとを追う。当然前からも現れ囲まれる形になった。相手の目的はユキちゃんの捕獲。何も言わずに襲いかかってきた。
「トウ君、後ろは任せたわ!」
「了解!」
ユキちゃんは目の前の人を投げ飛ばす。俺も目の前の人を殴り倒す。お互い十人ずつ倒したところで相手側が一時退却した。
「さすがに寄せ集めだから強くはないわね。急いで家へ向かいましょう。」
「うん。次が来て騒ぎが大きくなっても困るしね。」
俺たちは家へ急いだ。監視役みたいな人が絶えず誰かに連絡している姿が見える。ただ、山を登り始めると急にその姿は消えた。
「見張り、いなくなったね。」
「当然よ。ここまで来ればとりあえずは安心よ。」
ユキちゃんは当然とばかりに笑った。俺は意味がわからず戸惑う。それを見てユキちゃんは説明をしてくれた。
「この山は今でも高嶺家の敷地。それは他所者以外はみんな知っているわ。この山に私が登った時点で見張り役くらいの立場ならわかるはずよ。『高嶺家が動いている』と。うかつに私たちを捕まえれば高嶺家が動く。そうなればただでは済まない。」
ユキちゃんは全てを見通すかのような目をしながら山を登っていく。俺は『ここなら安全だ!』と頭では理解しながらも辺りを見回しながらユキちゃんについていく。山を登りきると、建物の入り口にはすでにセイカさんが待っていた。ユキちゃんは手を振りながらセイカさんに駆け寄り、二人で仲良く建物に入っていった。俺も建物に入る。そして驚かされた。
「これは…。」
駅前にいた怪しげな方々とは比べ物にならないほどの屈強な皆様。格闘家か軍隊か。俺たちに武術を教えてくれた人と同じレベルの人が少なくとも百人以上。その中をユキちゃんたちは進んでいく。俺も急いで後を追った。はぐれたらヤバい気がした。
「ユキちゃん、この後はどうするの?」
建物の最上階でユキちゃんとセイカさんと夕食。その席でようやく聞くことができた。それまでは緊急会議だったみたいで俺はその場に入れてもらえなかったから。聞きたいことは山のようにあるけど、全部まとめて教えてもらうためにそう聞いた。ユキちゃんは落ち着いた声で答えた。
「もう、終わったわ。私がここに戻った時点で。あとは待つだけ。」
「え?終わった?」
驚いて戸惑う俺。少なくとも山の下までは怪しげな人たちに追われていた。明日襲われる可能性だってあるはず。俺の表情から全てを理解してユキちゃんは説明を始めた。
「ここに来る途中で言ったように、ここに入った時点で『高嶺家が動いている』ということは明白。金で雇われただけの覚悟のない人はまず脱落。ここに攻めて来るのは優秀で忠実な部下と何も知らない人くらい。夜遅く、おそらくこっちが電気を消すか、停電を起こしてから突入してくるわ。全部準備されているこの建物に。」
「これだけの人が集まっていることに下の人たちは気づいていないの?」
「私が最初の行動をした昼の時点で移動を開始してもらったし、その行動がバレないように私は授業の最後の時間に暴れてみせた。さらにわざと電車で移動して、私に注意を引き付けたから。それにバレていても、あの人たちは来るしかないから。」
「今日攻め込まない可能性は?明日にするかも。」
「明日にならないように『マスコミにばらまく』と言ったの。明日になってばらまかれてからでは遅いから、今日中に攻めるしかないの。」
「『不法侵入者討伐』みたいな理由で来たら?」
「そのためにありとあらゆる入り口にカメラを仕掛けてもらっているわ。少なくとも今まで侵入された形跡がないと証明できるわ。それに明確な証拠もないのに高嶺の敷地に入った時点でアウトよ。」
それ以上、聞くことはなかった。完璧な作戦だ。あとは時間になるまで待つだけ。ユキちゃんは夕食を終えるとソファでくつろぎ始めた。俺とセイカさんも座った。しばらくするとユキちゃんの携帯が鳴った。電話に出たユキちゃんは的確な指示を出した。
「相手の行動が確認されたわ。あと5分で攻めてくるみたい。どこから来ても確保できるようになっているわ。ゆっくり待ちましょう。」
俺とセイカさんはうなずく。というより相手がセイカさんに何かをしたら存在ごと消されるだろうけど。俺たちは時間まで待った。
5分後、建物の電気が消えた。同時に屋上の方から轟音、おそらくヘリの音だろう。人が屋上のドアを開けて建物内に入った。と、同時に下からも人がなだれ込んだ。ただ、俺たちの部屋にたどり着くことはなかった。数分もしないうちに電気がついて、10分もたたずにユキちゃんの携帯が鳴った。携帯で報告を受けたユキちゃんは俺たちの方を見て静かに言った。
「とりあえず終わったわ。」
その言葉に、『終わった』という言葉に俺はホッとした。でもユキちゃんは表情を変えずに言った。
「次の作戦に移るわ。」
俺は理解できていなかった。ユキちゃんの言った『とりあえず』の意味を。




