第26話 噂と課題の先
「ごめんなさい。私のせいで。」
「え?どうしたの?いきなり。」
そうは言ってみたけど、事態は結構大事だった。目撃者も多数。『Sクラスに脅されて、それに逆らった一般棟の生徒がいる。』という話が放課後の一般棟を駆け巡った。僕は意外と長々と中庭で空を見ていたようで、校舎に戻ったときにはすでに人だかりができていた。ただ僕に話しかけるのは怖かったらしく、僕が進むと人だかりはきれいに二つに分かれた。その真ん中をゆっくり進み、ドクゼツ相談所にようやく入ったときのユキさんの第一声がこれだった。
「一応彼に見張らせてはいたけど、まさか一般棟に来てまで接触するとは思わなかった。ケガがなくて良かったわ。」
ユキさんが本当に申し訳なさそうな顔をしている。さっきのSクラスの方々に見せてあげたい。
「Sクラスってみんなあんな感じじゃないよね?」
ユキさんは当然とばかりにうなずいた。
「あんなのは本当に一部よ。ただ、あれでもSクラスなんだからたちが悪いわ。」
ユキさんの表情からは強い怒りを感じる。それを踏まえて聞いてみた。
「ユキさんが賄賂を贈ってる人たちよりは上なの?」
「3人は同等。真中だけ上よ。」
さらっと答えてくれた。だからこそわかる。ユキさんの頭にはSクラスの情報も全部入っている。僕たち一般棟の人間はSクラスが雲の上に感じるけど、ユキさんには全く関係ないようだ。通行許可証を持つ者の力はすごい。
「他には?」
ユキさんが僕に聞いた。突然すぎて意味がわかるまでに少しかかった。
「とりあえずないです。僕のしたことがユキさんの想定外じゃないなら。」
そう答えていつもの部屋へ入ろうとすると、ユキさんの声が響いた。
「私に直接聞いてもいいのよ?」
たぶん羽生田さんとの話についてだろう。僕は首を横に振った。
「羽生田さんの課題をクリアして教えてもらうよ。ユキさんが話したくないこともありそうだし。」
「あなたらしいわね…。本当に。」
そう言って小さくうなずいたユキさん。本当に自分からは話したくないこともあるみたいだ。
「羽生田さんならちゃんと話してくれるよ。」
「あなたがクリアできればね。」
ユキさんはそう返してから笑った。僕も笑った。ただ、時間を見てそれどころじゃないことに気づいた。課題を全然やってない。急いで部屋に駆け込んで課題をこなした。
次の日から僕の目の前の景色がまた変わった。噂が噂を呼んで、『僕がSクラスにケンカを売った』ということにまで発展していた。そのせいか僕と距離を置く人やら、『Sクラス倒そうぜ!』と話しかけてくる人やら周りの反応も様々でその対応におわれた。その間も課題、さらに課題、休日は羽生田さんの課題。ただひたすらに課題をこなし気づくと羽生田さんの言うテスト前最後の日曜日になっていた。
「さあ、今日が最後だ。行きも帰りもドリブル勝負。勝率3割でクリアだ。」
「はい。わかりました。」
3割は低く思えるけど、僕と羽生田さんの今までの感じだと正しい。僕は守備についた。
「いくぞ!」
羽生田さんがドリブルを開始。右と見せかけての左、からの右。羽生田さんの多彩なフェイントも回数をこなしたおかげでわかるようになってきた。
「やるな!」
羽生田さんは速いドリブルで抜きにかかる。それに僕はなんとかついていく。そのまま抜かれずに最初のポイントに到着、攻守交代。
「いきます。」
僕はドリブルを開始。勢いよく右に進む。羽生田さんは反応し回り込んだ。その瞬間、僕はボールを前に蹴る。羽生田さんの股下をボールが抜けた。ここぞとばかりに全速力。そのまま次のポイントまで駆け抜けた。
「よし!先制!」
思い描いたとおりにできて僕は叫んだ。
「やられた!今のは完璧だった!でも、同じ手は二度とさせないからな!次行くぞ!次!」
そう言って羽生田さんはボールを蹴った。僕はそれを追った。さすがに羽生田さんが勝つことの方が多かったけど、僕も何回かは勝てた。最後の最後は息切れしながらも僕が競り勝てて終わった。
「いやー。疲れた。最初に比べたら格段にうまくなったな。」
「羽生田さんのおかげです。説明もわかりやすかったですし。」
横たわりながら話しているとマミがお茶を持ってきてくれた。受け取りながら横を見るとユキさんが羽生田さんのそばに座っていた。やさしい笑顔のユキさん。羽生田さんはうれしそうに笑った。二人を見ていると『理想的な二人』だと思う。
「さて、結果はどうだったかな?」
羽生田さんがつぶやくように言った。ユキさんがメモを見る。
「平田さんの勝率は4割弱。課題はクリアね。」
その言葉に僕はひと安心。マミがとなりで「よかったね。」と笑った。
「さて、平田君。例の件だけど…。」
と、そこまで言ったときユキさんがそれを遮った。
「その前に、いつもの課題を先にやってもらうわ。その後なら…、任せるわ。」
「はい。」
立ち上がってプールへ向かう。と、羽生田さんが叫んだ。
「課題が終わったら連絡してくれ!俺はのんびりしてるから!」
「わかりました。」
羽生田さんは手を振りながら歩いていった。僕は少なくとも課題をクリアできた喜びをかみしめてプールへ向かった。
「おつかれ~!」
いつもの課題を終わらせたタイミングで羽生田さんが登場。どこにいたのか、どこかで見ていたのか…。とにかく登場が早かった。
「じゃあ、約束どおり平田君を借りていきます。」
「どうぞ。」
ユキさんはマミを連れて歩いていった。羽生田さんは僕を連れてユキさんの家とされる建物の奥へ進む。目の前には大きなドア、それを開けると大広間のようになっていた。その奥には普通のドア、その向こう側は普通の部屋。電子機器の各種、テレビや冷蔵庫などの生活家電など、少なくとも普通の人が普通に生活するのに必要なものは全部揃っているように見える。羽生田さんは冷蔵庫から缶ジュースを出して僕の方へ投げた。慌てながらもそれをキャッチ。羽生田さんはそれを見て笑うとソファを指差した。そのジェスチャはユキさんが前にしたのと同じ。僕はうなずいてソファに座った。
「ここなら話してても廊下には聞こえないし、時間に制限なく使えるから。」
羽生田さんはソファにもたれながらジュースを飲んだ。その姿を見ながら僕は最初に浮かんだ質問をしてみた。
「この部屋は?」
「ああ。俺の部屋だよ。」
「この建物はユキさんの家って聞きましたけど。」
「ユキちゃんの家の中に俺の部屋がある。というより俺の家が含まれてる。」
わかるようでわからない答え。すると羽生田さんは僕を見てつぶやいた。
「本当に…、本当に何も知らないんだな。」
「はい。知りません。」
そう答えるしかなかった。本当に知らないから。
「よし。じゃあ、話そう。ユキちゃんのこと、俺のこと、そして高嶺家のことを。」
空気が重くなった。ただ、知りたい気持ちが勝った。だからこう言った。
「お願いします。」
羽生田さんは話し始めた。ゆっくりと。過去を。




