第25話 変なやつら
「まだ反応が遅いぞ!」
「はい!」
羽生田さんの練習はどんどんレベルアップしていく。それについていくのはかなり大変だ。ただ、羽生田さんの動きにもだいぶなれてきた。練習3回目くらいにはドリブル練習でボールを何回か奪うこともできた。ただ、逆はさすがに難しい。なかなか抜けない。それを伝えると羽生田さんは笑った。
「この1対1のゲームにはパスとシュートの選択肢がない。だから俺を抜くには俺以上の身体能力があるか、俺の想像以上のテクニックがあるかのどちらかなんだ。」
確かにその通り。今の僕にはそのどちらもない。だから今はとにかく羽生田さんにいかに追い付くかだけを考えている。
「よし。今日も無事についてこれたな。」
羽生田さんは満足そうだ。僕はいつものようにふらふらする。ただ、ここからトライアスロンメニューが始まるからボーッとしてもいられない。すぐに次へ向かおうと歩き出した。
「あー。平田君。」
後ろから羽生田さんの声が聞こえた。僕は振り返る。
「そろそろ変なやつらが動き出しそうだから、気を付けて。」
「え?それはどういう…。」
「そのうちわかる!どうするかは君次第だ!」
意味がわからず聞き返した僕に羽生田さんはそう返事をして、別の方向へ歩いていった。
「変なやつら…?」
わからないことが多すぎて悩む僕の背中をマミがポンッと叩いた。
「気にしてもしょうがないよ。」
「そうだね。やるべきことを続けるよ。」
それを聞いてマミはうなずいて笑った。その笑顔に押されるように僕はゆっくりと歩き出した。
羽生田さんが言っていた『変なやつら』の意味を知ることになったのはそれから3日後の放課後だった。いつものようにユキさんのところへ向かう途中、突然呼び止められた。
「時間は取らせない。少しいいか?」
「いい…ですけど…。」
そう答えながらも相手を観察。相手は4人。少なくとも普通科2年ではない。僕と知っていて敬語を話さないことから1年のSクラス以外ではない。
「じゃあ、ついてきてくれ。」
そう言って相手は歩き出した。前に二人、後ろに二人。逃げられないためか?僕を囲うようにしながら四人は一階に降りて中庭を進む。目の前にはS塔。そのすぐそばのベンチに彼らは座った。
「こんなところまで連れてきて悪かった。」
リーダーっぽい人が言った。ただ『悪かった』とは微塵も思っていないことはわかる。
「Sクラスの方が僕に何の用ですか?しかもわざわざ一般棟まで出向いて。」
僕の言葉に相手は表情を変えない。Sクラスの人に間違いないらしい。というよりSクラスでもない人がわざわざ中庭のS塔のそばで話をする必要もない。
「Sクラス2年の真中だ。折り入って話がある。」
空気が重くなった。自然と緊張感が走る。
「単刀直入に言う。ドクゼツと関わるのをやめてくれ。」
「え?」
何となく予想はできていた。でもそれでも驚いた。
「何でですか?僕がユキさんに依頼をして、ユキさんがそれを叶えようと助言をしてくれている。そのことがSクラスに何か関係があるんですか?」
「なんだ!その言い方は!」
いきなり僕の胸ぐらをつかむ隣の人。僕は驚いて体が固まった。
「左川!やめろ!」
真中と名乗った人がそれを止めた。左川という人は僕の服から手を放した。二人の上下関係が見て取れる。
「すまない。左川は少し短気なんだ。」
真中君が素直に謝る。今度は悪かったと思っているみたいだ。真中君がゆっくりと話し始めた。
「あいつはSクラスに入れなかったことに恨みを持っている。だからSクラスのレベルの低いやつらを買収したり、最近ではSクラス生徒会まで操ろうとしている。」
あまりにも壮大な話になってきた。ただ、今否定する必要もない。
「今の話が真実だとして、それと僕の話と何の関係があるの?」
真中君は大きく深呼吸して、話を続けた。
「平田君。君がドクゼツの課題を次々クリアしているのは学校中の噂だ。テストの点を見ても本当なんだろう。ドクゼツは君を利用して最終目的を果たそうとしている。」
「最終目的って?」
「Sクラスの解体だ。」
ここまで壮大になると思わずさすがに驚いた。驚きすぎて呼吸を忘れそうになった。
「僕を利用するとSクラスを解体できるの?」
「ああ。ドクゼツの力に君の異常なまでの努力が加われば可能だ。ドクゼツはきっと君をSクラス入れ換え戦に出す。そこで君が勝ってしまえば一般クラスの上位とSクラスの下位の差がないことになってしまう。するとSクラスの存在価値が大きく下がってしまう。そうなれば大学進学や就職率にも影響が生じ、結果的にSクラスは解体されるだろう。」
仮に僕一人の結果でそこまでの現象が起きるとは思えない。ただ、確かにSクラスの価値は少し下がるかもしれない。
そこまで考えてから僕に関わる話を聞いてみた。
「もし僕がユキさんから離れたとして、僕の願いはどうなるの?」
「それなら問題ない。僕たちの責任でS塔に入らせてあげよう。会いたい人にも会わせてあげる。」
「Sクラス生徒会の許可ももらえるの?」
「何とかする。」
「会いたい相手が高嶺さんでも?」
「は?」
真中君の言葉が止まった。すごく驚いているのが表情でわかる。
「とりあえず、真中君たちの意見は聞けない。」
「何でだ?」
真中君が驚きながら聞き返してきた。ただ理由は想像できているのだろう。
「僕が会いたい人は高嶺さんだから。」
一瞬の沈黙、その直後4人は笑いだした。
「冗談はやめろよ!一般クラスがSクラスの事実上トップに会うなんて百年早い!不可能にもほどがある!」
「身の程を知れよ!」
「無知って怖え~!」
ただひたすらに笑う4人。これだけ笑われれば普通の人は怒るのだろうけど、僕は全く怒らない。
「うん。僕も部活のみんなにそう言われた。ユキさんにも言われた。でも、諦められなかったんだ。」
そう口にして僕の心は決まった。最初から決まってはいたけど、今はっきりと決まった。
「僕の願いを『百年早い』と笑う人の意見を僕は聞けない。みんなが笑う僕の願いをユキさんだけが『死ぬ気でやれば叶う』と言ってくれた。僕はユキさんにこれからも従う。その結果が『Sクラス解体』だったとしても僕には何の関係もない。僕は僕の願いのためにユキさんを信じる。」
「てめえ!」
さっきと同じ。つかみかかるのは左川君の仕事なんだろう。ただ、今度はひかない。
「左川君。僕の耳が確かなら、今年の初め頃ドクゼツ相談所に来たよね?」
左川君が驚いた顔のまま動きを止めた。
「やっぱり。僕、あの日隣の部屋にいたんだ。ユキさんに言われたよね?『私に相談に来た時点であなたの負け!』って。で、叫びながら出ていった。ユキさんに課題も出してもらえない人が、僕の邪魔をするのはやめてほしい。それ以上にユキさんの邪魔をしないでほしい!」
ユキさんが自分に乗り移った気がした。近くでドクゼツを聞きすぎたのかもしれない。
「うるせえ!こいつ!」
左川君の拳が僕に迫る。その時!
「は~い。そこまで~。」
左川君の手をつかんだのは羽生田さんだった。
「何するんだ!」
手を振りほどいて左川君は叫ぶ。でも羽生田さんは笑顔だ。
「Sクラスの生徒として暴力はやめましょう。話し合いで解決してほしいのです。」
「てめえ!誰に向かって…。あ、お前は…。」
左川君は何かに気づいて止まった。真中君も他二人も動けない。
「俺が誰だかわかった?だったらとっとと帰ってくれ。ユキちゃんを悪く言われた時点で半分キレそうなんだよ。」
「行くぞ!」
三人を引き連れて真中君はS塔へ消えた。殴られる不安が消えた僕は呆然と羽生田さんを見た。
「見事!覚悟は見せてもらった。次の練習の後、質問に答えよう。」
羽生田さんはそう言ってS塔へ歩いていった。僕はしばらく立ち上がれずに空を見ていた。




