第24話 課題と賭け
「とにかく走れ!まずは走れ!」
「は、はい!」
返事をするのが精一杯。いつも自転車で走るコースを羽生田さんを追って走る。ただ、速い。とにかく速い。途中何度かペースを落としての休憩が入ったけど、それ以外はほぼ全力で走りながらボールを蹴り続けた。
「どれくらいの強さでボールを蹴ったらどれくらいまで転がるか、それにどれくらいの歩数と時間で追い付けるのかを体と頭に入れろ!」
言ってることはわかるけど、今のやり方で頭に入れるのは不可能だと思う。ただ、体は何となく慣れてきたみたいだ。最初の頃よりは上手くドリブルができている気がする。
ピィーー!
突然笛が鳴り響いた。当然のように馬で並走していたユキさんが吹いたらしく、羽生田さんはそれに合わせて止まった。少し遅れて僕も羽生田さんに追い付き止まった。ただ厳密に言うと、止まったというより倒れ込んだが正解だった。
「少し休憩よ。いくら平田さんでもさすがに無理よ。」
「そうか?俺はまだいけそうだと思ったけど。」
羽生田さんは少し息切れするくらいで平然とその場に立っていた。素直にすごいと思う。
「平田さん専用マネージャーの判断よ。あまり無理させて壊れたら困るわ。」
「ま、マネージャー?」
僕と羽生田さんの声が揃った。ただ、僕は何となくわかってはいた。そしてその予想通り、馬から降りたその人が僕に駆け寄る。
「キンちゃん大丈夫?」
マミが僕に飲み物を差し出した。僕はそれを受け取る。
「なんだ。そんなかわいい子がそばにいるのに聖華さんに近づきたいのか?」
羽生田さんの声が僕に刺さる。僕はすぐに反論した。
「マミは幼馴染みです。小さい頃から助けてもらってます。それに高嶺さんに会いたいのは近づきたいからじゃありません。あのとき伝えられなかった感謝を伝えたいからです。」
「じゃあ聖華さんがお前のことを好きだったとしても、お前は感謝を伝えられたら満足なのか?」
羽生田さんの反論が的確に僕の心を削る。ずっと表向きは『感謝』を理由にしていた。でも、心の中ではわかっている。あのときの感覚が今も続いている。それは間違いなく『ひとめぼれ』で、間違いなく『恋愛感情』だということ。ただ…、
「トウ君!そのくらいにしなさい!それは平田さんもわかっているし、あなたもわかっているでしょ?」
ユキさんが叫ぶ。僕たち全員が驚いて固まった。ユキさんは口調を穏やかに変えてから話始めた。
「平田さんが聖華のそばにたどり着くだけで奇跡。仮にその先があったとしても、平田さんでは不可能。それは平田さんが一番わかっている。だからこその依頼内容で、だからこそ私はそれを受けたの。」
さすがの一言。不可能な依頼は受けないというのがユキさんのスタンス。だからこそ、ショックはない。むしろ気になることは…、
「ユキさん。今、高嶺さんのことを聖華って…。知り合いなの?」
ユキさんは少し戸惑った表情を見せた。聞いちゃダメだったことのような気がして僕も戸惑う。
「すごいな!お前!」
突然、羽生田さんが叫んだ。今までとは違う興奮の仕方だ。それを見て僕はさらに戸惑う。
「そんなことも知らずにユキちゃんを信じてここまでこれたのがすごい!素直にすごい!」
そう叫ぶと羽生田さんは僕の肩をつかんだ。
「賭けをしよう!今日を含めて中間テストまでの土日計7回の練習を最後までついてこられたら、知りたいことを何でも教えてあげよう!」
「ちょっ、ちょっと!何を勝手な!」
明らかに動揺するユキさん。でも僕としては断る理由は何もない。
「わかりました。絶対についていきます。」
僕の言葉に羽生田さんはうなずいた。
「ちなみにできなかった場合は…、」
「その可能性はありません!」
羽生田さんの言葉を僕は遮った。あえて遮ってみせた。驚くみんな。ただ、僕としては当然だ。
「できなければ高嶺さんの前に立つことができません。それに今まで指導してくれたユキさんにも支えてくれたマミにも悪いので。絶対にクリアしてみせます!」
「よし。じゃあ、続きを始めよう。」
「はい!」
羽生田さんは勢いよくボールを蹴って走り出す。僕もそれを追いかける。
「ボールを蹴り、全力で走る。歩数を考えて…。」
言われたことを反芻しながら全力で追いかけた。ただひたすら。僕の前を走る人は、僕の先を進む人だから。この人と同じ能力が備われば、ユキさんが道を開いてくれるはず。
気づくと目の前には合宿最終日に自転車で上った例の坂があった。羽生田さんはその前で止まった。
「よし。戻ろう。帰り道はボールを奪う練習だ。俺がドリブルするからひたすら奪え。決めたゴールまでに奪えたら交代。」
「わかりました。」
「最初のゴールはあの木があるところまで。じゃあ準備して。」
僕はゴールを確認して、羽生田さんに向き合った。
「いくぞ!」
「はい!」
羽生田さんがドリブルを始めた。右に勢いよく…、次の瞬間!あっというまに抜かれてしまった。慌てて追い付こうと走ったけどなかなか追い付けない。半分くらいまで走られてしまった。
「最初は抜かれないこと、走られないことだけ考えた方がいい!俺みたいな経験者からいきなりボールを奪えると思うな!」
「はい!」
的確な指示。意外と面倒見は良いタイプなのかもしれない。羽生田さんはまたドリブルを始めた。今度は抜かれないように考えながらディフェンス。少しだけ粘れたけど、多彩な技で抜かれてしまった。羽生田さんは決めたゴールまでたどり着いてしまった。
「相手に後ろをとられるな!最悪相手と並走し続けろ!」
「はい!」
「ボールを取れるまで俺のオフェンスだからな!」
「はい!」
なるべく大きな声で返事をしてはみた。ただ、あまりにも実力差がありすぎて、帰り道が終わるまで僕は一度もボールを奪えなかった。
「お疲れさま。キンちゃん。」
「うん。ありがとう。」
倒れたままマミが出してくれたお茶を飲む。羽生田さんはユキさんと二人で話している。
「仲良いね。」
マミがそうつぶやいた。
「ただ婚約者ってだけじゃないんだろうね。」
僕もそう答えた。僕たちの前にいる二人はどこから見ても仲良しカップルだ。その一人があのドクゼツと恐れられるユキさんだからこそ、それがすごいことのように見えた。
「平田君。粘りはすごいけどドリブルの対応が悪い。習うより慣れろだから、俺に死ぬ気でついてくるしかない。わかった?」
「はい!死ぬ気で頑張ります。」
そう答えると目の前にユキさんが立っていた。
「じゃあ、ここからはいつものメニューよ。水泳から。」
「はい。」
僕は立ち上がり次の場所へ移動。泳いで、自転車をこいで、走って。最後はさすがにふらふらになりながら車に乗った。隣にはマミが座る。
「平田君。スタミナは素晴らしい。ただそれだけじゃダメだ。次回までしっかりイメージトレーニングしてくること。」
「はい。次回は必ずボールを奪って見せます。」
僕の言葉に羽生田さんは笑った。車はゆっくりと走りだす。僕はというとさすがに眠くなってきた。
「キンちゃん。寝ていいよ。着いたら起こしてあげるから。」
「うん。ありがとう。」
そう答えた後、すぐに記憶が途切れた。次に気づいたときはマミに寄りかかっていた。
「まだ着かないからそのままでいいよ。」
マミのやさしさに甘えて僕はそのまま眠りについた。




