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第22話 天才という言葉

「さて、これからの流れを説明するわ。」


 入学式が終わった後、ドクゼツ相談所に入ったときユキさんに呼ばれた。今までは僕に何をさせているのか説明することはなかった。だからこそユキさんの『流れを説明』という言葉に緊張した。


「とりあえず課題をこなすのは今までと同じ。授業用のノート写しはやらなくていいわ。」


「写しやらなくていいの?」


 課題は増えるかと思っていたから驚いた。ユキさんはうなずいて続けた。


「今までの課題で2冊のノートに書いてもらったでしょ?あれが今日からの授業ノートよ。あの課題の半分はSクラスへの賄賂だけど、もう半分はあなたのためだったの。」


「そうだったの!」


 驚いた。ただ、それよりも感動がすごい。今までのことが全く無駄じゃなかったことがすごい。そんな僕の表情を見てユキさんは小さく笑った。


「私は依頼者に無駄なことはさせないわ。最初に言ったように、しっかりとこなしていけばたどり着けるようにしてるの。まあ無理なものは無理だとはっきり言うけど。あなたはしっかりとこなした。課題も合宿も。だから次の段階に入れるのよ。」


 感動で涙が出そうだ。でもさすがに泣くことはなかった。ユキさんは「続けていい?」と聞いた。僕はうなずく。


「まずこのノートで授業をまじめに受けなさい。書き写す時間や能力をそのまま授業に使えば予習もしっかりできるし内容も頭に入るはずよ。」


 確かにできると思う。僕はうなずく。ユキさんは話を進めていく。


「通学のバスを自転車に変更してもらうわ。例の自転車に。玄関前に置いておいたから。」


「あ、あの自転車。わかりました。」


「あと、休日は私の家で合宿と同じメニューをやってもらうわ。送迎はするから。」


「了解です。」


 僕の返事にユキさんはあきれ顔だ。


「他の人もあなたくらいやってくれれば…。」


「他の人はやっぱりできないの?」


「無理ね。最初の課題もクリアできないわ。『平田ができたなら』って軽い気持ちで依頼に来る人もいるけど、やっぱり続かない。大体はあなたの異常さを目の当たりにして帰っていくわ。」


「そうなんだ。」


「みんながみんな同じ努力ができるわけじゃないの。よくテレビでやっている『天才キッズの育て方』みたいなものよ。人には個性があるの。同じ育て方をしてみんなが天才になれるなら今ごろ天才だらけになっているでしょ?」


「なるほど。わかりやすい。」


 今に始まったことではないけど、ユキさんの言葉はすごくわかりやすい。そこに毒が入るか入らないかの違いだけ。毒が入れば傷つける刃に、毒がなければ十字架みたいな信仰の象徴にすらなると思う。


「とりあえず話は以上よ。」


「え?これからの流れの説明は?」


 驚く僕にユキさんは笑った。


「あなたは説明をしなくてもちゃんとやるタイプだし、変な知識を入れて変な暴走をされたら困るわ。合宿のときの坂みたいに。」


 返す言葉もない。僕はうなずいてからとなりの部屋へ移動。いつものように課題に取りかかった。となりの部屋からは時おり叫び声が響いていた。それを気にせず課題をこなせるだけでもレベルアップだと思う。何人かの悲鳴を聞き終わった頃、今日の課題が終わった。次の課題を聞くためにとなりの部屋のドアを開けようとした。すると…、


「平田さん!ちょっとこっちに来て!」


 察知されていたかのようにユキさんに呼ばれた。ユキさんの前には依頼人らしき人が座っていた。指示に従いその人の前に座る。


「この人が平田さん。さっき私が話した課題を全部こなして合宿もクリアした人。どう思う?」


 とりあえず僕の話だったらしい。依頼人と思われる人は僕をじっと見て言った。


「普通の人に見える。」


 正しい評価をもらった。今までもずっと普通の人だと言われ続けてきた。だからこそ『ヘイキン』というあだ名だったから。


「そう。普通の人なの。普通の人が私の課題を全部クリアすると短期間で結果が出せるの。」


「でも、あの課題をクリアし続けるのは異常だよ!どう考えたって!」


 依頼人っぽい人が強く反論した。僕は驚いて固まった。


「そう。彼はある意味で異常なことをした。普通では考えられない時間の使い方をした。普通ではありえない努力をした。でも…、」


 そこまで普通の声で話したユキさんは、声を毒舌モードに変えてから言った。


「彼は天才ではないわ!」


 部屋が凍りつくような感覚は久しぶりだ。最近慣れてきてはいたけど。依頼人っぽい人は固まっていた。


「あなたは課題をクリアできた人を『天才』という表現で片付けて自分を正当化しようとした。まあ、あなただけじゃなく私に依頼した人の8割はみんなそう。けど私や平田さんから見ればただあなたが、あなたたちが努力をしなかっただけ。叶えたい願いがあるとして、それが大きなものだとしたら普通の努力で届くわけないのよ。」


 相手は黙っている。ユキさんはさらに続けた。


「私は『天才』という言葉が嫌い。その一言でその人の努力を無にしてしまうから。どこの世界でもそうだけど、最年少で記録を塗り替えるとテレビや新聞に『天才』の文字が並ぶわ。同じ年齢の人が絶対にできないことだから使うのだろうけど、私はおかしいと思う。その人は他の人が友達と遊んだり、家でゲームしたり、テレビを見て笑ったりしている時間も努力していたはずだから。有名芸能人の名前や最新の音楽、みんながやっているゲームやSNSでのやり取り。普通の人がそういったものに使う頭や時間を、その人たちはひとつのことに集中して使っているだけ。」


 ユキさんはマシンガンのように言葉を放った。標的になった相手は反論もできずにし下を向いている。


「天才と呼ばれる人の中でまれに本当の天才もいるとは思うわ。何の努力もせずにできる人も。でもほとんどの場合は自分の努力が足りないことを正当化するための言い訳。負け惜しみに過ぎないと思うわ。本当に叶えたい願いなら、文字通り死ぬ気の努力をしなさい。目の前にいる普通の人みたいに。平田さんみたいに。わかった?」


 依頼人っぽい人は黙って静かに出ていった。この光景も何度も見ている。ユキさんの残念そうな顔も。ユキさんが依頼を受けたということは努力すれば届く可能性があったのだろうから。


「で?課題が終わったの?」


 そう聞いたユキさんはいつもの顔に戻っていた。


「終わったよ。次は何をすれば?」


「そうね。このファイルを進めてもらおうかしら。いずれ使うことになるから。」


「はい。」


 ファイルを受け取って戻るとき、ユキさんに言ってみた。


「ユキさん。僕がS塔に行ければ、みんな信じてくれるよ。」


 あえてユキさんを見ないようにした。ドアを閉めるタイミングでユキさんから返事が来た。


「あなたなら行けるわ。信じて進みなさい。」


 背中を押された気がした。僕には信じる理由がある。ユキさんは僕の進む道を照らしてくれる光、船でいえば灯台みたいなものだから。


「はい。」


 なるべく大きな声で返事をしてドアを閉めた。机に向かい、ファイルを開く。知らない内容、でも決して無駄じゃない内容。


「信じてるよ。ユキさん。」


 そうつぶやいて課題を開始。ただ黙々と。ただ目標を目指して。

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