第21話 新学期
ピピピピ………。
アラーム音が部屋に響いた。慌てて止めて時計を見ると、いつもより少し早めの時間。合宿用から元に戻し忘れていた。両親を起こさないようにそっと朝食をとり、制服に着替えて…。
あれ?
合宿前と同じいつもの流れで制服を着てみると、余裕があったはずの制服がかなりきつくなっていた。でもこのときの僕はそれが筋肉がついたせいだとは気づかず不思議な感覚のまま家を出た。
学校の門をくぐると目の前にはS塔。そんなに長い休みではなかったのにここが懐かしく思えるのは春休みの地獄合宿のせいだと思う。いつものように廊下を進み、いつもの部屋へ。ユキさんの『ドクゼツ相談所』も懐かしく思え…、
「だから!何度言ったらわかるのよ!」
これも久しぶりで、ある意味懐かしい。ドアを開けるかどうか悩んでいると、ドアが突然開いた。
「平田さん。入るならさっさと入りなさい。」
ユキさんが怖い顔で立っていた。
「え?何で気づくの!」
「気配よ。人が外に来ればわかるわ。特にあなたはよくわかるから。」
何がわかるのかはわからないけど、とにかく気づかれたから部屋に入った。中には依頼人と思われる人が座っていた。
「ユキさん、今日の課題は?向こうの部屋?」
「そうね。Bのファイルよ。」
「わかりましたー。」
ユキさんとの会話も普通にできるから、いつもの流れで隣の部屋のドアを開けた。
「でも、その前にやることがあるわ。」
「え?なに?」
ドアにかけた手を離し、振り向いた。ユキさんは僕をじーっと見て、
「とりあえず服を脱いで。」
「は?え~?」
突然の発言にさすがに戸惑う僕。でもユキさんは表情ひとつ変えない。
「何も全裸になれとは言ってないでしょ?シャツ一枚になるのに何をためらうの?というより早くして!」
僕に選択の余地はない。急いでシャツ一枚になった。
「下もめくって。ももが見えるくらいに。」
「は、はい。」
拒否権なし。めくれるだけめくってみた。半袖短パン。芸人みたいだ。
「そのまま動かないでね。」
そう言ったユキさんは僕にカメラを向けた。
「ま、待って!さすがに待って!何を撮るの?」
「動くな!」
慌てる僕をユキさんの毒舌モードの声が動けなくした。ユキさんはパシャパシャと僕を撮していく。
「はい。ありがとう。もういいわ。」
「は、はい…。」
緊張がとけた僕は服装を元に戻した。ユキさんはパソコンにデータを入れて何やら加工している。
「はい。完成。見ていいわ。」
ユキさんに手招きされて依頼人がパソコンをのぞいた。そして何かに驚いてその場に固まってしまった。
「平田さん、あなたも見ていいわ。」
「僕の写真だからね。」
そう言いながらパソコンをのぞいた。
「え?これって…。」
僕も固まった。画面の右側に今の僕、左側には高校に入った頃の僕の写真。まったく同じ立ち姿の僕の下には「春休みという短期間で驚きの変化!」と書かれていた。
「何?なにこれ?ポスターになるの?」
そう叫ぶ僕をよそにユキさんは依頼人に話し始めた。
「あなたがどれだけ努力したのかは私は知らない。でも、少なくともあなたには変化や成果が見られない。あなたは『モテる体の作り方を教えて。』という相談を私にした。私はトレーニングメニューを教えた。そのメニューを毎日やったなら、少しは変化がないとおかしいわ。本当に毎日やったの?」
依頼人は固まったまま動かない。それがある意味で答えになっていた。
「やりもしないで結果が伴わないのを私のせいにされても困るわ。まあ、平田さんみたいな結果もまれではあるけど。私の課題を勝手に2割増しにしてやり遂げたのだから。私に文句を言う暇があるなら、彼と同じメニューをやりなさい。毎日走って泳いで自転車をこげると言うのなら、私の家の器具を無料で使わせてあげるから。」
依頼人はただただ黙ったまま部屋を出ていった。それを見届けると、ユキさんはゆっくりと僕の方に向き直った。
「平田さん、あなたの成果、写真で比べると良くわかるでしょ?腕も足もあり得ないほどしっかりと筋肉が見える。前のあなたがヒョロヒョロに近かったから余計にそう見える。私の課題を正しくこなした結果としての、いいサンプルになったわ。」
確かにすごい。ムキムキとまでは言わないけど筋肉がわかる。その結果が制服をきつくしたのだから。ただ…、
「ユキさん。前の僕の写真はどこから出てきたの?僕、こんなポーズしたことないけど。」
聞かずにはいられないこの問題。撮られたことのない写真がどこから出てきたのか…。
「ああ。これは合成よ。色々な写真のあなたの手や足を体に合うように合成したの。」
「そんなに僕の写真ってあるものなの?基本的に写真には写らないようにしてるはずだけど。」
「あるところにはあるのよ。よっぽどの人以外はこれくらいの全身合成写真は作れるわ。」
「それって…。」
犯罪では?というツッコミを飲み込んで、僕は課題がある部屋へ移動した。いつもの場所で言われた課題のファイルを開く。黙々と、着実に。外では、誰かが相談に来て叫びながら出ていくということを何度か繰り返していた。
「平田さん。時間よ。」
「はい。今行きます。」
ユキさんに呼ばれて部屋を出ると、マミの姿があった。
「おはよう。キンちゃん。教室行こう。」
「おはよう。うん。行こう。」
「二人とも教室間違えないでね。くれぐれも一年の教室に行かないように。」
「はーい。」
そう答えながらも心の中で「危ない。危ない。」と思っていた。この学校はクラス替えのシステムがないからひとつ上の階の同じクラスに行くだけ。マミと一緒にクラスに向かった。
「平田!すごいな!噂で持ちきりだぞ!」
教室に入るなり僕を中心に人だかりができた。僕はというと、何事か理解できず混乱していた。
「ドクゼツ地獄合宿は体育科のやつらでも無理だって話なのに。すごいな。」
「本当にすごい!素直に尊敬する!」
「どんな感覚してたら耐えられるんだよ!」
「普通の課題をこなすだけでも異常なのに、ここまでやるとさらに異常だな。」
途中から誉められていない気もする。ただ、すごいと言ってもらえたのはうれしい。
「僕はただ、ユキさんの課題をこなしてきただけだから。まだ何かをできるようになった実感もないから。」
心からの言葉を口にしてから席について課題を始めた。みんながざわざわと話しているけど、僕は今日の課題をこなすので精一杯だ。チャイムが鳴り、いつのまにかみんなも席についた。隣の席のマミから手紙が来た。
『ね。明日になったらわかるって言ったでしょ?』
読んでうなずいて手紙を返した。
『うん。まさこんなことになるとは思わなかった。』
マミはうれしそうにうなずいていた。『平均』というあだ名を付けられていた僕、『平田均』がみんなに注目される存在になった。それもユキさんの力だ。それだけでも十分すごい力だと思う。
その日は始業式、入学式準備などで半日が終わり、残りの時間はユキさんの課題をこなした。帰るとき、ユキさんが僕にこう言った。
「平田さん、言う必要ないかもしれないけどあえて言うわ。気合いを入れなさい。今年、というより1学期と2学期が勝負よ。」
新しい日々が始まった。勝負の日々が始まった。




