第20話 合宿最終日
「キンちゃん。おはよう。」
最終日の朝、マミの声で目を覚ました。どうやらぐっすり寝てしまったみたいだ。体を動かしてみると疲れも筋肉痛も感じられない。一日休んで全部回復したという事実がすごいというより怖い。
「キンちゃん!起きてる?」
マミの声が大きくなった。反応しなかったから寝てると思われたのかも。急いで部屋のドアを開けた。
「おはよう。起きてるよ。」
そう答えた僕をマミはじーっと何かを確認するかのように一周。僕の顔を見てはじけるように笑顔でこう言った。
「キンちゃん、頑張ったね。すごくかっこよくなったよ。」
「え?そうなの?自分じゃわからないけど。」
驚いてそう答えた。実感は全くわかない。
「たぶん明日になったら、学校に行ったらわかるよ。」
マミは思わせぶりなことを言ったあと、「ユキさんが呼んでるよ。」と廊下を歩いていく。僕は急いで着替えてついていく。ユキさんは入り口のイスに座ってパソコンで作業をしていた。僕たちが近づくと、作業をやめた。
「平田さん、おはよう。」
「おはようございます。」
ユキさんは「そこは敬語のままなのね。」とあきれた顔で笑った。その後視線を外に向けた。僕たちもつられて外を見た。きれいな青空だ。
「合宿も今日で終わり。とりえずお疲れさま。」
ユキさんが僕の方を見て穏やかな声で言った。僕は反射で「お疲れさまでした。」と頭を下げた。
「この合宿、あなたは私の予想を上回る結果を出したわ。素直にすごいと思うわ。」
ユキさんからすごいと言われると素直にうれしい。
「自分がどう変わったかは実感はないけど、二人のおかげで乗り越えられました。」
その言葉に二人は笑った。僕としては事実を言ったまでだけど…。
「どう変わったかは明日学校に行くときにわかるから。とりあえず今日の説明をするわ。」
ユキさんはそう言って すぐそばを指差した。そこには僕がこの合宿中ずっと乗っていた自転車。ただ、見たこともないモニターがハンドルの前に付いている。
「このモニターは自転車をこいだときの回転数や速度がデータとして出るわ。真ん中のメーターの赤の範囲を維持しながら走れば上まで走れるはずよ。赤より上はこぎすぎだから注意して。」
「赤の範囲。了解しました。」
僕の答えを聞いたユキさんは「正直バカ。」と呆れた顔だった。
「じゃあ、とりあえず朝食。その後は荷物をまとめて帰る準備。高見君との勝負は昼食後になるわ。」
ユキさんはそう言うと足早に歩いていく。いつものことだけど動きが高効率だ。僕とマミも急いで追った。
朝食後、部屋に戻って荷物をまとめるとユキさんが頼んだ業者が手早く運んでいった。昼食までの空き時間はユキさんが用意した課題を黙々とこなした。課題の内容は理解できないものだったから、たぶん新学期用なのだと思う。『とにかくやる』それがユキさんの課題をこなす上で一番重要なこと。結果はユキさんが必ずつけてくれるから。
昼食を早めに済ましユキさんの指示に従って準備運動、そして約束の時間がきた。
「こんにちは。」
高見君が登場。その目には不安と期待が感じられた。
「スタート地点に移動するわ。」
ユキさんの指示で車に自転車が積み込まれた。僕と高見君は車に乗った。ユキさんとマミは例によって馬で移動するみたいだ。車はいつもの道を走り始めた。その車内では、最初こそ無言だったけどぽつりぽつりとお互いに少しずつ話をした。高見君は今まで僕がやった課題について、僕は高見君にあったことをユキさんに聞いたという事実。目的地に着くとき、高見君が僕に言った。
「見せてください。あなたの力。」
僕はその言葉に正しく返事をした。
「うん。見てて。ユキさんの課題の成果、ユキさんを信じるとどうなれるかを。」
高見君が驚いた顔をしたとき、バスが止まった。僕たちが降りるとユキさんが自転車を準備していた。
「さあ、始めましょう。坂を上りきったら平田さんの勝ち、上りきれなかったら負け。それでいいわね?」
「はい。」
そう返事をして自転車にまたがった。奥ではマミが手を振っている。僕は手を振って返した。
「よーい…、スタート!」
ユキさんの合図で自転車をこぎだした。自転車が勢いよく進み始めた。
え?あれ?
いつものようにこいだだけで違いに気づいた。嘘のようにペダルが軽い。疲労や筋肉痛がなくなったからというレベルじゃない。
「平田さん!加減しなさい!今まではわざと負荷をかけていたのだから!」
慌ててメーターを見て速度を調整、メーターの赤を維持しながら走っていく。自転車に何をしてあったのかはわからない。ただ、いつもの速さならほぼ半分の力で済む。そのせいか、ほとんど力を使わずに坂の前まで来れた。
「平田さん!その勢いで行けるところまで全力で!あとは気力との勝負よ!」
ユキさんが叫ぶ。言われるままにペダルをこいだ。自転車はいつもの倍の速さで坂を上っていく。
「姿勢に注意して!力が逃げるわ!」
「はい!」
メーターと姿勢と全力。頭で考えたら混乱する。それでも自然とそれができているのは、ユキさんの課題の成果。いつのまにか坂は中間地点を突破していた。
「キンちゃん!頑張って~!」
マミの声が聞こえる。今までは聞けていなかったけど、今日ははっきり聞こえる。その声に後押しされるようにペダルをこいだ。
あと少し。あと少し。
汗で目の前がにじむ。でも、視線の先に見え続けていた道が消えた。
あと、少し…。
さすがに足が痛い。ハンドルを握り続けている手も痛い。
「あと少し!頑張って!」
目の前に人影。ユキさんとマミ、そして高見君だ。
高見君、ユキさんを信じて!疑わずに信じ続けて!そうすれば…、そうすれば…!
最後の力を振り絞ってペダルに体重をかけた。
「必ず!道を開いてくれるから!」
前輪、僕、そして…、自転車は坂を上りきった。
「やった~!すごい!すごいよ!キンちゃん!」
さすがに限界で倒れた僕のところへマミが興奮と心配を顔から溢れさせて駆け寄ってきた。
「見事ね。私の予想データをいい意味で裏切ってくれたわ。」
ユキさんはホッとした顔と苦笑いを足して2で割ったような顔で僕を見ていた。僕はマミの手を借りてゆっくりと立ち上がった。視線の先には高見君。驚いた顔のまま立ち尽くしていた。僕はまっすぐ歩いて、彼の前に立った。
「完敗です。あなたがこの坂を上れるなんて思いませんでした。」
高見君は頭を下げた。
「それはそうだよ。僕だって今朝までは無理だと思ってたから。」
そう言って笑った僕に高見君は驚いていた。
「上れる保証もないのに、勝負したんですか?」
「うん。」
「なんで…?」
困惑気味の高見君に僕は笑って言った。
「ユキさんを信じて頑張ればできるかもって思ったから。それに…、もし坂を上れなかったとしても、ユキさんが高見君を説得できる材料になれればいいと思ってたから。」
高見君は驚いた顔のまま固まっている。僕は高見君の肩に手を置いて言った。
「高見君。もしも、まだその子が好きなら、ユキさんを信じてみて。ユキさんは無駄な努力はさせない人。ユキさんはできないことはできないと言う人。だから、ユキさんが『Sクラスに入れる』と言ったなら頑張れば絶対入れる。ユキさんが『まだ大丈夫』って言うなら、まだ大丈夫だから。」
高見君は黙ってうなずいて、それからユキさんを見た。
「まだ、間に合いますか?親が決めた婚約者がいても…。」
「あなたが平田さんほど努力するなら、まだ間に合うわ。あなたが平田さんほど私を信じられるなら、どんな方法を使ってでもあなたの夢を叶えてみせる。想いを届かせてみせるわ。」
高見君は何度もうなずいて、涙をこぼして言った。
「お願いします。」
ユキさんは何度もうなずいた。その表情はやさしい女神のようだった。
「ありがとうございました。」
山の上でみんなで挨拶をして、ユキさんの用意してくれた車に乗り込む。車はゆっくりと走り出し、手を振るユキさんがあっという間に見えなくなった。車は山を下り、まっすぐの道を進む。その先にはそびえ立つようにS塔が見える。
「僕も…。」
「大丈夫。」
口から出そうになった不安をマミが瞬時に消した。僕は黙ってうなずいた。何度も、何度も。
こうして長かった合宿が終わった。明日からまた新しい日々が始まる。




