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第19話 最終日前日

「こんなに慌ただしい、こんなに忙しい、こんなに疲れる連休は初めてだ。」


 そんな言葉が口から自然に出た。口から出さないと耐えられないような毎日だ。朝起きて泳いで自転車こいで走って、昼に塾の講師みたいなことをやって、夕方は朝と逆のメニュー。ユキさんの最新機器とマミのマッサージで疲労はある程度和らげられたけど、それを上回る課題によって気力体力はもはや限界に近かった。さらに毎日坂を上ってみてはいるけど、どんなに頑張っても半分くらいが限界だという現実が僕に精神的なダメージを与えていた。



「ユキさん。このままじゃまずくない?」


 そう聞いてみたのは春休み残り3日になった夜。ユキさんは僕の言葉にしばらく固まった後、笑いだした。


「もうさすがに私も慣れたけど、やっぱり正直バカね。そんなこと普通はもっと早く聞くわ。」


 この反応は期末テストの時と同じ。少なくともユキさんの中で想定内だということがわかった。


「じゃあ、このまま明後日の本番で大丈夫なの?」


 一応聞いてみるとユキさんは僕を見た。


「今の状態でも高見君は納得するとは思うけど。運動能力が低かった人がここまでできたのはすごいことだから。」


「そうなの?じゃあ坂を上るのは無理なの?」


「それは明後日になればわかるわ。」


 わかるようなわからないような。とにかく余計な心配は不要らしい。


「ちなみに明日は一日休みよ。」


「え?休み?明後日本番なのに?」


 驚き戸惑う僕に対してユキさんは説明した。


「明日は丸一日超回復に充てるわ。同時にマッサージと最新機器で疲労も限りなく0にする。そうすれば本番の明後日に完璧な力が出せる。わかった?」


「うん。とりあえずわかりました。」



 とりあえずユキさんの想定内であるならそれでいい。部屋へ戻っていくユキさんとマミを見送って僕も部屋に戻った。




 翌朝、いつもはプールの時間にユキさんに案内されたのは建物の一番上の部屋。見張らしもよく遥か遠くにS塔が見えた。


「宣言通り、今日は休みよ。時間になったら例の機械に入ったりしてもらうけど、それ以外はこの部屋からも出てはだめ。」


「部屋からも出たらダメなの?」


「ダメよ!」


 ユキさんの声に力が入った。僕は一歩後ずさる。


「あなたは勝手に無理するタイプだから。部屋から出られたら勝手にここを抜け出して自転車に乗りそう。だから部屋から出るのも禁止。見張りはマミさんに頼むけど、外にも見張りを用意しておくわ。」


「さすがに信用しなさすぎでは?」


「そうね。あなたは想定外に正直バカだから。想定外に信用できないわ。そのかわり…、」


 そこまで言ってユキさんは部屋の奥のドアを開けた。僕とマミもついていく。そこには…、


「え?これって…、」


 驚いて言葉を失う僕とマミ。広い部屋には本棚、もはや図書館だった。


「とりあえずここ3ヶ月で発売された本はすべてあるわ。あなたがどの小説やマンガを読むのかはわからないから。あと奥にはゲーム機、こっちも最新型の最新作まで全部並んでるわ。利用料もいらないから好きなだけ使って。」


「いいの?」


 さすがに興奮した。この数ヵ月はずっと課題をやり続けていたから、マンガも小説もゲームも時間が止まっていた。ある意味でずっと求めていたものが目の前に並んでいる。


「あなたはバカだから本当に何にも手を出さなかった。それはすごい長所だけど、代わりにあなたの個性も失わせたわ。あなたのマンガやゲームは個性であり長所。今日の夜までに今までのロスを補いなさい。」


「はい。わかりました。」


 そう答えるだけで精一杯。何から手を出すかだけしか考えられない。


「大丈夫そうね。飲み物は頼めば何でも出るわ。食べ物はあるけどあまり…、」


 ユキさんはそこまで言って大きくため息。そして、


「はい!自由時間スタート!」


 その声に押されて僕は走り出した。目の前の本を片っ端からつかんで机に置いて読んでいく。


「月刊物はまだしも週刊物のマンガは全然違う状態になっている。ゲームも知らないのがたくさん出てる。」


 あとからマミに聞いたことだけど、僕は恐ろしいほどの集中力でマンガを読み続けていたらしい。朝食と昼食を除けばほとんど微動だにせず、気づけば何時間も経っていた。



「効果があってよかったわ。無駄な動きをしなかったみたいね。マッサージと機械による治療、食事と入浴。やるべきことをやったらまたここに戻っていいから。」


 ユキさんにそう言われようやく現実に戻ってきた。じっとしすぎて逆に体が固い。


「よかったね。幸せそうだったよ。」


 マミは隣で笑っていた。うなずいた僕の頭は今入れたマンガの情報で一杯だった。それこそ勉強の知識が失われていないか心配になるほどに。


「久しぶりに時間を忘れてたよ。」


 そう答えてから僕はユキさんの後を追った。




 最新機器での回復作業とマッサージを終えた僕は風呂へ向かった。いつもはプールから直接入るけど、今日は普通の入り口から。どう見ても一流ホテルのような内装にもさすがに慣れた。体を洗って水着を着て温泉側に行くとすでにユキさんとマミが話していた。僕も加わる。


「しかし、平田さん。あなたはすごいわ。Sクラスでも耐えられないこの合宿をよく最後までやりとげたわ。さすがにバカもここまで来ると尊敬できるわ。」


「私もそう思う。キンちゃんすごいよ。」


 二人に誉められるとさすがに照れる。僕は話題を変えた。


「ユキさん、高見くんは何でSクラスを目指しているの?」


 守秘義務の話があるからだろうか。ユキさんは少し悩んだけど話し始めた。


「高見君には幼馴染みがいて、二人は将来結婚の約束をするほどの仲だった。でも去年の秋にその子の親が『結婚させるならSクラスの人』と言ったの。高見君はひどく落ち込んだわ。その時点の高見君はまだSクラスに入れてなかったから。」


「それはそうだよ!落ち込むよ~!」


 マミが珍しく叫んだ。僕もうなずく。


「相手の家がそれなりの企業だから、娘の相手には優秀な人をと考えるのは正しいわ。だから高見君はSクラスを目指そうと心に決めた。で、すでに二人にS塔許可証を出せていた私に話が来たの。私はその時点での高見君の能力からSクラスに入れると確信したわ。だから平田さんと同じように課題を出した。高見君は執念にも似た気合いで課題をこなしていった…。」


 そこまで言ったときユキさんの言葉が途切れた。静かに何かを思い出すかのように空を見上げた。


「それなのに、どうして?」


 マミと僕の声がそろった。ユキさんはうなずいてから話を続けた。


「春休み直前になって、その子が突然転校することになったの。高見君は当然理由を聞きに行った。そこで言われたことは『娘には婚約者ができたからもう近づかないでくれ。』だった。」


 さすがに言葉を失った。現実にそんなことが起きるとは思わないから。マミも同じように驚いた顔で固まっていた。


「その子の親が経営する企業が事業に失敗して多額の負債を抱えた。それをどうにかするために融資してくれる企業との縁談にのった。これが現実みたい。高見君は完全にやる気を失ってしまったの。」


 さすがに言葉もない。しばらくは何も話せなかった。でも…、


「ユキさんなら、その縁談も含めてどうにかできるの?高見君とその子の思う未来にできるの?」


 無茶を言っていることはわかっているけど、あえて聞いてみた。ユキさんは静かに考えてから答えた。


「不可能ではないわ。ただ、それには高見君がSクラスに入るのが最低条件。彼に諦めない気持ちがあるなら協力はするわ。」


 ユキさんの言葉に力を感じた。この人なら不可能ではないと信じられる。


「わかった。明日、あの坂を必ず上ってみせる。そして高見君に言うよ。『諦めるのはまだ早い』と。ユキさんの力があればまだやれるって。」


 ユキさんはうなずいた。マミもうなずいた。僕は夜空を見上げて思った。


『明日は必ず上る!自分のために、高見君のために。ユキさんのために。」

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