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第18話 無理の先

「ほんとーーーに何考えてんのよ!平田さん!あなたって人は!」


「ごめんなさい。」


 ユキさんの説教は高見君と塾の前で別れた直後にスタートし、山道を進む現在まで延々と続いていた。僕が受けた『天国への坂』とは自転車コースの先で見たどこまでも続いているような上り坂のこと。ユキさんの見立てでは、僕が上れるようになるのは夏休みを予定していた。それを春休み終わりまでに上ると宣言した僕にただただご立腹のユキさんだ。


「あなたは今の状態でもかなり無理をさせているのに…。あの坂を上るのにどれだけの無理をさせればいいのよ。」


「え?限界まで無理したらなんとかなりそうなの?」


 そう聞き返した僕にユキさんは苦笑いとため息。


「マミさん、この人どれだけMなのよ。まだやる気なの?」


「私もこんなキンちゃん知らないよ~。」


 マミは笑ってそう答えて僕を見た。マミが「何でそんなに頑張るの?」と目で聞いてきた気がした。幼馴染みの意思疏通だ。


「ユキさんの課題をこなせば必ず結果が出るってわかったからかな。僕一人の努力では一生届かないはずのゴールでも、ユキさんの力を借りればたどり着けるかもって。課題を始めたときには不安や疑いもあったけど、今はただただ信じられる。」


 そう答えてからマミを見た。マミは不思議そうな顔をしている。


「僕がユキさんを心から信じられたのはマミの言葉があったから。マミの言葉に背中を押されたおかげで僕はユキさんについていけたし、ユキさんが僕に結果を出させてくれた。」


 マミもユキさんも僕を見ていた。こんなにも自分の意見を言えたことが今まであったかわからない。でも、伝えたい。


「僕にはマミがいたけど、高見君には誰もいないのかもって思う。だから僕が何かを見せることができて、それで高見君がユキさんを信じられるようになるなら…。僕は何でもするよ。」


 マミは嬉しそうな笑顔、ユキさんは大きくため息をついた。


「あなたがバカなのはよくわかったわ。でも今回は本当にバカよ…。」


 ユキさんはそこまで言ってからもう一度大きくため息をついた。そして僕を見て言った。


「覚悟しなさい!確率は五分五分だけど、やるしかないわ!」


 僕はうなずく。自分で言い出したことだからやるしかない。何より高見君にはユキさんを信じてほしい。それはユキさんの力を僕が一番わかっているから。


「あー!まったく!」


 ユキさんは早足で山を登っていく。口からは僕への不平不満が吐き出されているけど、それがどこか楽しそうに聞こえた。




「はいはいはい!急ぎなさい!そんなペースだと坂までの助走にもならないわ!」


 自転車で走る僕にユキさんから指示が飛ぶ。自転車をこぐペースは今までよりはるかに早い。でもそれでもダメらしい。言われるままにペースを上げる。さすがに足がきつい。


「いいわ!そのペースを維持して!いい?坂を上るためにはまず、いかに助走して勢いよく坂に入れるかなの!」


「はい!」


 返事をしたものの、このペースもかなりきつい。というより自転車のペダルが壊れそうな感じ。でも、ユキさんがやれと言うのだから壊れないのだろう。


「平田さん!その勢いのまま坂を上ってみなさい!」


 そう言われて前を見るとすでに坂が目の前にあった。こぐことに集中しすぎて気づかなかったのだろう。


「はい!いきます!」


 僕はこぎながら坂に入った。自転車は勢いよく坂を上っていく。その勢いを維持するようにさらにペダルをこぐ。でも、すぐに勢いは坂に取られ自転車は減速していく。


 ペダルが重い…。


 声に出さないだけでかなりきつい。全体重をペダルにのせてもなかなか回らない。汗が吹き出す。『筋肉が悲鳴をあげる』という表現が今ならよくわかる。それでもなんとかこいでいく。ただ、気合いだけではどうにもならなかった。ペダルを何回かこいだところでバランスを崩し、僕は横倒しになった。


「OK!そのままそこにいなさい!」


 道のそばの茂みからユキさんとマミが出てきた。その奥には馬も見える。


「初めてにしてはまあまあね。」


 ユキさんは僕が上った距離を確認し、データにまとめている。


「キンちゃん、頑張ったね。」


 マミは僕のそばに座り、飲み物を出してくれた。


「ありがとう。」


 それを言うのが精一杯の僕は顔の向きだけを変えて坂の先を見つめた。まだまだ先まで道がある。


「ユキさん、ここってどれくらい?」


「2から3割くらいかしら。」


「2割か~…。」


 そう答えてから坂の遥か先を見る。あと8割分もこの坂が続くと思うとさすがにゾッとした。


「安請け合いだったかな…。さすがに…。」


「今さらよ。そんなの。」


 僕の独り言にユキさんが返事をした。でもその顔は笑っているように見える。


「さあ、戻るわよ。平田さんはこの下りを利用して楽して帰れるわ。ただ、課題として道路の真ん中の線を走り続けること。いいわね?」


「わかりました。線の上ね。」


 僕は立ち上がり自転車の向きを変えた。そして気づいた。この坂の角度がかなり急なことを。


「絶叫マシーンっぽい。」


 そう呟いて自転車に乗った。足を地面から離すと自転車は一気に加速を始めた。


「わあああああ。」


 叫ぶのが精一杯。線の上を走れる余裕もない。それでもなんとか心がけて線の上を左右に高速でユラユラしながら進んだ。坂が終わり直線に入るとようやくまっすぐ線の上を走れるようになった。


「今のペースを維持しながら線の上を走りなさい!きれいな姿勢で走り続けることを意識しなさい!」


 ユキさんから声が飛ぶ。言われるままに意識してただただ自転車を走らせた。ただひとつだけ考えたこと、それは…『あの馬…、乗ってる人が叫んでるのによく平気だな…。』だった。




 自転車終了後は今までと同じ流れでプール。その後はマッサージ…と思ったら機械だらけの部屋へ連れていかれた。


「あなたに無理をさせる代わりにタダで使わせてあげるわ。」


 ユキさんの説明だとプロアスリートが使う最新機器らしい。よくわからない機械に座らされ、よくわからないカプセルに入れられ…。実験動物のような時間はかなり長かった。



「お疲れさま。あとは夕食、その後は自由でいいわ。」


「は、はーい…。」


 ふらふらの僕、でも目の前にはあり得ないほどの肉。さすがに食欲が…とユキさんに目をやるとすでに目の前の肉にかぶりついていた。


「わかってるとは思うけど、全部食べなさい。」


「はい。」


 食べろと指示されてようやく食べ始めた。味はすごく美味しいのに、つらいと感じるのが不思議だった。残さず食べるまでに1時間近くかかった。


「じゃあ、おやすみなさい。」


 ユキさんは部屋へ消えた。僕は部屋に戻ってマミに授業内容の質問をした。だけどだんだんと意識が遠退いていく。最後にマミにこう聞いた気がした。


「僕、クリアできるかな…?」


 マミは優しい声でこう答えてくれた気がした。


「大丈夫。こんなに頑張ってるキンちゃんを見たのは初めてだから。きっと大丈夫。大丈夫だよ。」

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