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第17話 突然の課題

 携帯のアラームで目覚めた。体のいたるところが痛い。ただ、それが思ったほどではないのはマミのお陰だろう。


 昨日はあれから温泉を出て、前日同様にありえないサイズの肉の塊を含む夕食をなんとかこなし、その後はマミのマッサージを受けた。ユキさんが言うにはマミは資格が取れるほどマッサージがうまいらしく、実際僕もマッサージ中に寝てしまうほどだった。マッサージ終了後、ユキさんの塾で教えるのに戸惑った問題をマミに一通り教わって早めに寝た。昨日の夜だけでどれだけマミに助けられたかわからない。子供の頃からそうだけど、何かに困ったらマミに助けてもらっていた。


「マミには頭が上がらないな。」


 そう呟いたとき、ドアがコンコンとノックされた。


「キンちゃん、おはよう。起きてる?大丈夫?」


 ドアを開けるとマミがいつもの顔で立っていた。


「おはよう。大丈夫。起きてる。」


 マミは笑顔で僕のまわりを一周し、何かに納得したようにうなずいた。


「じゃあ、今日も頑張って。」


「うん。頑張ります。」


 いつもの合言葉みたいな挨拶をして、プールへ向かった。相変わらずこのホテルみたいなユキさんの家は静かだ。僕たち以外いないのだろうかと疑問に思うほどだ。


「おはよう。平田さん。体は大丈夫?」


 プールに着くとユキさんはすでに来ていた。


「マミのマッサージのおかげなのか、昨日の朝より楽な感じです。」


「そう。じゃあ、着替えて。始めるわ。」


「はい。」


 返事とともに更衣室へ。着替えて準備運動、今日の課題が始まった。昨日と同じように泳ぎ、自転車で走り、山道を走り。昨日と比べれば少し気が楽に感じた。たぶんやるべきペースがわかっていることと、コースのゴールまでの距離がなんとなくわかったから。ただただどこまでも走るのと決まった距離を走るのでは感覚が全然違うから。



「お疲れさま。いいペースだったわ。」


 朝の課題を終えた。ユキさんの言葉にとりあえずひと安心。隣でマミが笑顔でお茶を差し出していた。疲れた体に染み渡る。


「さあ、朝食にしましょう。その後は塾の準備よ。」


「はい。」


 ユキさんに促されるように僕は立ち上がった。


 朝食後、準備を早々に済ませ山を下りた。塾に到着後は昨日と同じメニュー。塾の後も同じメニューをこなした。次の日、その次の日とメニューをこなしていった。


 そうして春休みが折り返す頃、事件が起きた。場所は塾、時間は生徒が帰り始めたときだった。突然、ユキさんの声が響いた。


「だから何度言ったらわかるの!成果はやった人にしか与えられないの。」


「成果を出せた人なんて本当はいないんでしょ?いたら会わせてくださいよ!」


 相手の声で誰だかすぐにわかった。急いで声のする教室に向かった。ユキさんと対峙しているのは高見君だ。


「ユキ先生の学校の知り合いと話したけど、Sクラス編入できた人はいないって聞きました。それどころか課題についていけた人さえいないって。それなのに僕や僕の親には『Sクラスに入れる』みたいなことを言って。僕たち家族を騙したんですか?」


「S塔には2人入れたわ。しかも片方は実力で。その人は訳あって編入ではなく途中から入学したことになったけど。だからこそ、言えるの。あなたの能力に私の力を足せばSクラスに入れる。ただ、あなたが努力を怠ってはそれも不可能よ。」


「友達と遊ぶのもゲームも制限して、先生の言う通りにしたけど成績は上がらなかった。」


「その前提がそもそもおかしいの。普通の受験生だって3年の2学期からは受験勉強をするわ。友達とも遊ばず、ゲームもせず。当たり前のことよ。難関校への受験を目指す人ならもう始めているわ。だからこそあなたには2年の冬休みから課題をさせたの。あなたのそれまでのやる気があればSクラスに届くように。」


 高見君の言葉をユキさんが冷静に返した。高見君は反論しようと言葉を探しているように見える。


「もうひとつ言うなら、あなたの成績は上がったでしょ?この塾に来ている他の子と比べているのかもしれないけど、他の子は最初の成績が低いから上がるのが当たり前。あなたは4を5にする作業だから他の子より成果が出てないように見えるだけ。違うかしら?」


 適切な追撃だ。ユキさんは毒舌にならないように気を付けて、それでも確実に相手に届く言葉を選んで発している。学校の人にならもっと心を折る言葉を使うだろう。


「ちなみに私の課題をクリアし続ける数少ない人があなたの目の前にいるわ。」


 高見君が顔を上げた。僕はうなずく。


「平田さんは私の課題を完璧にクリアして成績を上げたわ。彼が目指すのは『S塔許可証』のさらに上、SSランクの人に会うこと。あなたより低い位置からあなたよりも遥かに高い場所を目指しているの。そのために彼は部活を休部して、好きなゲームやマンガすら我慢しているの。」


 ユキさんは僕の方を見て「いいかしら?」と小声で聞いた。手にはファイル、おそらく僕のデータだろう。特に隠す必要もないから僕はうなずく。「ありがとう。」と小声で返すとユキさんは高見くんの前にそれを開いた。


「あなたが疑うかもしれないから彼のデータを見せてあげるわ。あなたから見て左から小学校、中学校、そして高校に入って今まで。運動能力のデータがほしければ、映像もあるわ。こんなに真剣に走って足が遅い人はなかなかいないわ。」


 テレビ画面には僕の小学校高学年の映像が流れた。


「わぁ~。なつかし~い。キンちゃんかわい~い。」


 マミははしゃいでいるが、僕はさすがにゾッとした。


「この映像…。いつ誰が撮ってたの?」


「想像にお任せするわ。視聴者提供みたいなものよ。」


 誰かが撮っていたものまでデータにあるとは…。場合によっては…、いや…、場合によらなくても法に触れている気がする…。


「わかったかしら?高見君、あなたの努力は彼の努力に遠く及ばない。逆に言えばあなたが彼くらい努力すればSクラスに入れると保証できるわ。確実に保証できるわ。」


 しばらく高見君は黙っていた。でも何かを思い付いたように顔を上げた。


「その前に、この人の成果を僕に見せてください。」


「だからこのデータが成果でしょ?それとも彼がS塔許可を取ることを言っているの?彼がそれを手にできるとしたら今年の秋。そこまで待ってから始めたら、あなたはSクラスに入れないわ。」


「じゃあ、春休みの終わりまでに目に見える成果を出させてください。」


 『ユキさんの言葉を前にそれでも反論する』、それがどんなにすごいことかは僕が一番わかる。高見君はきっとユキさんの言葉を信じられる何かを自分の目で見たいのだろう。少なくとも僕にはそう思えた。


「高見君、何がいい?」


 そう切り出すとみんなが驚いた顔で僕を見た。一番驚いていたのはユキさんだ。


「平田さん、あなたが余計な課題を背負うことはないわ。あなたはただでさえ…」


「ユキさん。申し訳ないけど、まずは高見君に聞きたいから。」


 ユキさんの言葉を遮って高見君を見た。


「高見君。僕に何ができたらユキさんを信じられる?」


 僕の問いかけで部屋は静まり返った。しばらくの沈黙の後、高見君は言った。


「『天国への坂』、あれを自転車で上ってください。一度も降りずに。」


 彼から出された課題。ユキさんが僕に何かを言う前に、高見君に伝えた。はっきりと。



「約束だよ。」

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