第16話 仲間が出現
「お疲れさま。平田さん。」
「はい。お疲れさまです。」
午後4時。ドクゼツさん改めユキさんの塾がようやく終わった。生徒からの質問にひたすら答えながら思った。自分にはわかってないことが多い。中学生レベルにも関わらず内容の端々にあやふやなところがたくさんあったから。
「ユキさん、この後の課題は?」
「今からはまた運動よ。朝と同じメニューにする予定だけど。」
ユキさんは戸締まりをしながら答えた。僕も手伝う。人がいなくなると建物は一気にひんやりした。
「明日のために今日聞かれた範囲を復習したいんだ。だからノート借りたいんだけど。」
「そのノートなら同じものが家にあるわ。夕食後の自由時間は自由にしていいから。」
「わかりました。」
ユキさんの淀みない動きに合わせて戸締まりを進め、4時半に塾を出た。
「さて、まずは山道早登りから始めましょう。ちゃんとついてきてね。」
「はい。頑張ります。」
ユキさんは山へ向かって歩き出した。ペースはまあまあ。遅くはないけど早すぎることもない。ついていけそうな気がした……が、甘かった。
「帰りはこっちで行くわ。」
「え?こっち…?」
目の前には獣道。一人で入ったら迷子になれそうだ。
「わかってるとは思うけど、遅れないでね。私は振り向く気も待つ気もないから。」
「はい。」
ユキさんは獣道に入っていく。僕も覚悟を決めて後を追った。道はかなり急斜面でまっすぐに山の上へ続いている。
「クマとかは出ないよね?」
「出たら夜のトップニュースよ。」
ユキさんはさらっと返したけど、聞いた僕はホッとした。遭難だけでも不安なのに野性動物が出ると知ったらいよいよ怖いから。ユキさんは先へ先へと進む。その背中を絶対に見失わないように必死で追いかける。すると突然ユキさんが立ち止まった。
「何か来るわ。」
「え?何かって…、」
緊張が走る。ユキさんのそばに何かがガサガサと音をたてながら近づいてくる。そして!
「遅いよ!ユキさん!」
茂みからモンスターのごとく現れたのは僕のよく知る人物だった。
「マミ!どうしてここに?」
驚く僕をよそにユキさんはマミとハイタッチしている。
「マミさんにはあなたのサポートをお願いしたの。私だけだと無理をさせ過ぎるから。」
「え?サポート?」
「とりあえず、早く行こうよ。暗くなるよ。」
「そうね。急ぎましょう。」
「もしも~し…。」
僕の戸惑いをよそに二人はさっさと山を登っていく。話にも歩きにもついていくのがやっと。登りきったときにはその場に倒れるほどだった。
「大丈夫?キンちゃん。」
そばにしゃがんだマミが不安そうに見ている。
「大丈夫…。次の課題をやらないと…。」
倒れている余裕はない。次の課題は…。
起き上がり建物のそばを見ると朝使った自転車が見えた。
「ユキさん。次は自転車でいいの?それともマラソン?」
「自転車でいいわ。今朝と同じペースで。」
「はい。わかりました。」
重いからだを引きずるのはいつものこと。自転車で走り出した。今朝よりは少し楽に感じるのは泳いでないからだろう。
「キンちゃん、頑張って~!」
横をユキさんとマミが馬で並走。もはや驚きを飛び越えてあきれた感覚だ。
「マミ、いつから馬に乗れたの?」
「昔から乗れたよ~。」
もはや誰だよ…。
心の中で突っ込みつつ自転車を走らせた。長い長い道の先に夕日が見えた。
「はい。お疲れさま。今日の課題は終わりよ。」
「は~い…。」
プールでノルマを泳ぎきり倒れている僕にユキさんが言った。目の前にはいつのまにか水着姿のマミの心配そうな顔。ただ、その顔はいつもどおりなのでなれてしまった。
「マミ。大丈夫だよ。動けるよ。」
そう言ってみたけど、マミに手を借りて立ち上がった。
「更衣室の奥のドアから温泉に出られるわ。水着のまま入れるから、夕食の時間まで体を休めなさい。」
「温泉まであるの?すごすぎるね。」
マミに支えてもらい、ふらふらと更衣室へ向かう。
「貸しきりで混浴だからマミさんもそのまま入って大丈夫よ。」
「は~い。」
「え?え~?」
驚くのはいつも僕だけ?マミは当然のように僕と一緒に進む。
「マミ?混浴だよ?」
「昔、一緒に入ったことあるでしょ。それにお互い水着だし。キンちゃんが倒れないか心配だし。」
「だけど…。」
マミは大丈夫と繰り返しながらドアを開けた。その先には見事な温泉。サウナから露天風呂まで完璧に揃っていた。
「奥のドアから男湯と女湯に行けるから、体を洗うのはそっちでね。」
どこからかユキさんの声が聞こえた。
「じゃあ、あとでね。」
マミはそう言って女湯に消えた。マミの対応能力がなぜこんなに高いのか…。そう思いながら僕も男湯に移動して体を洗う。体が痛いのは昨日と今日の運動の結果。
疲れた分だけ成果が出るはず…。
そう思いながら混浴の方へ戻るとユキさんとマミが温泉につかりながら話していた。
「あ、キンちゃん。こっちだよ。」
マミが僕に気づいて手を振っている。水着を着ているだろうけど、ドキドキする。当たり前だけど…。
「平田さん、お疲れさま。よくこんなメニュー、普通にこなせるわね。」
「普通じゃないよ。倒れそうだったよ。」
二人のそばに座る。ユキさんはいつになく笑顔だ。温泉のリラックス効果だろうか。
「普通の人は倒れるのよ。それか途中でリタイアするの。あなたは異常よ。」
その言葉で少なくとも課題を順調にこなせていることがわかる。それが嬉しい。
「ユキさんが成果を出してくれているからだよ。」
そう答えるとユキさんは「正直バカ。」とつぶやいていた。
「ねえ、キンちゃん。何で急にユキさんって呼ぶようになったの?」
ふいにマミが僕に聞いた。マミの目がなぜか真剣に見える。
「今日ユキさんの塾に行ったら生徒がみんな『ユキ先生』って呼んでたんだ。で、『ドクゼツさん』って呼び方はよく考えたら失礼な気がしたのと、生徒と同じ呼び方の方がいいかなと思ってこの呼び方にしたんだよ。」
「そうなんだ。」
マミが納得したようにうなずいた。
「あがるわ。あなたたちもそろそろあがったら?もうすぐ夕食よ。」
「は~い。」
マミは返事をしてユキさんについていく。僕もゆっくりと立ち上がったが、すぐにフラッとした。
「キンちゃん、大丈夫?」
マミが支えてくれた。水着のマミに抱きつく形になってしまい、僕はあせる。
「大丈夫。大丈夫。」
そう答えて更衣室に向かう。
ドキドキする。
それが温泉の効果なのか、それとも別の何かなのか。少なくとも今の僕の頭はそこまで考える余裕はないみたいだった。




