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第12話 合宿準備

 ドクゼツさんという人はどこにいても誰を前にしても変わらない。初対面の人もその名前を聞いただけで平伏すらしい。それが僕の両親であっても…。


「まさかあの毒島家の方とは…。」


「こんな普通の家にいらっしゃるとは…。」


 さすがに自分の家で自分の両親がこんなにも動揺するとは思わなかった。ドクゼツさんはいつもの感じでただ座っているだけなのに。




「第3段階に入るにあたり、まずはあなたのご両親にご挨拶をしたいわ。」


 春休み前、ドクゼツさんは僕にこう切り出した。


「え?挨拶って?」


 さすがに驚いて聞き返すと、ドクゼツさんはゆっくりと話し始めた。


「今までのはどちらかというと忍耐力テストの意味合いが強かったけど、第3段階の目的はあなたの能力向上。実際に学力と運動能力をアップさせたいの。それには春休みに泊まり込みの合宿をする必要があるわ。」


「合宿…ってどれくらいの期間?」


「できれば春休み丸々全部。」


「ぜ、全部…。」


 さすがに絶句した。そんな僕を見てドクゼツさんは目を細めた。


「もちろん嫌ならここで終了だし、やるとしても冠婚葬祭は優先にするわ。ただ、あなたはそれくらいやらないと…」


「やるよ!こんなところで終わるなんて嫌だし、せっかく成功報酬で目標を再確認したんだから。」


 ドクゼツさんは僕を見てうなずく。


「そこまで覚悟があるなら、あなたのご両親にあいさつをさせて。あなたの合宿日数で今後の予定が全部変わるわ。」


 僕は静かにうなずく。そしてその日の夕方、僕はドクゼツさんを家に案内した。


 その結果が今、目の前の現実だ。ドクゼツさんが『毒島』という名字を名乗った瞬間から、親が完全に萎縮している。


「ドクゼツさん…、何でこんなことに?」


 そう聞いた途端、親が慌てて何かを言おうとした。それを遮るようにドクゼツさんは僕に答えた。


「私の日頃の行いが悪いからよ。実際に私のしたことを知っているのは、学生より親世代だから。」


 ドクゼツさんは両親の方へ向き直り、さらに言葉を続けた。


「今日は均さんの話で来ました。なのでご両親に何か損害が出ることはありません。それに私が何かをした相手は、相手が私に何かをしたからです。ご安心ください。あと、私は学校で『ドクゼツさん』と呼ばれています。均さんの呼び名に悪意はありません。」


 どうやったら同じ年数を生きてここまでの人になれるのか…。


 言葉を出せない僕や両親をよそにドクゼツさんはファイルを取り出して資料を机に並べていく。


「均さんは私に『S塔許可証』を取れるように求めました。均さんには説明しましたが、私にこの依頼をしてきた人のうち達成できたのはたった2人です。達成できたなかった人のほとんどはそもそも私の課題をこなすこともできませんでした。覚悟がないとできない量なので。でも均さんはそれを完璧にこなし、その結果をテストで示しました。」


「うちの均がそんな依頼を…。」


 驚いた両親が僕を見ている。テストの結果を知ったときの比ではない。


「この春休みで均さんに次の段階に進んでほしいと思っています。なので春休みに均さんを合宿に参加させる許可をいただきたいのです。」


 ドクゼツさんが話し終わると部屋は静まり返った。両親は固まったまま動かない。ふいにドクゼツさんが僕を見た。その顔には『時間の無駄!』と書かれている気がした。


「お願いします。合宿の参加、許可してください。」


 立ち上がり頭を下げた。僕なりに大きな声のつもりだった。何かをお願いするのもたぶん初めてな気がした。


「S塔に入って何をするつもりなんだ?」


「会いたい人がいるんです。助けてもらった恩人なのにお礼も言えなかったから。」


「それだけのためにS塔へ?」


「僕にとっては重要なんです。」


 両親からの当然の質問にしっかりと答える。それもまた両親を驚かせていた。


「ご覧の通りです。均さんは変わりました。まだまだ変わることができます。どうか私に任せてください。均さんの依頼についてクリアを保証することはできませんが、今のペースでいくことができれば一般棟全クラスの上位は保証させていただきます。」


 両親は静かにうなずいた。それが『僕の覚悟を感じたから』というより『ドクゼツさんの圧に負けた』が正解な気がした。


「ありがとうございます。」


 僕の言葉に両親は「頑張りなさい。」と答えてくれた。ただ、その顔は不安そうだった。


「じゃあ、均さん。終業式の日から始めるから。それまでに準備をしておいてね。しおりを渡しておくわ。」


 机にしおりを置くと、ドクゼツさんは「失礼します。」と一礼し玄関へ向かった。僕もあとを追って玄関へ。ドクゼツさんはすでに靴をはいてドアを開けたところだった。


「ドクゼツさん、ありがとう。うちの両親を説得してくれて。」


 ドクゼツさんは落ち着いたいつもの顔で僕を見た。


「それはあなたの頑張りの結果よ。あなたのテストの結果が悪かったら難しかったわ。」


 僕はうなずく。ドクゼツさんは不思議そうな顔で僕を見ている。


 聞いてもいいのかな…?気になるあのこと…。


 怖さもあるけど聞いてみないとわからない。覚悟を決めて聞いてみる。


「ドクゼツさんがやったことって何?」


「今、話すことではないわ。」


 バッサリと切られた。さっきの顔から『聞くことはないの?』と言われた気がしたのに。するとドクゼツさんはクスッと笑った。


「聞いたことは正しいわ。ただ聞くならさっさと聞きなさいって思っただけよ。あと、くれぐれも後ろで不安そうな顔をしているご両親には聞かないようにね。」


 振り向くと両親が確かに不安そうな顔で立っていた。僕はうなずく。


「じゃあ、また学校で。さようなら。」


「うん。また明日。」


 ドクゼツさんは夜の闇に消えていった。部屋に戻るとドクゼツさんの置いていったしおりに目を通した。


『運動→勉強→運動』


 アバウトにもほどがある予定表、最後のページにようやく荷物が書かれていた。


『衣類を春休み期間分、前日にこちらの人間が取りに行く』


 どれだけ偉い人なんだろう?


 疑問もツッコミどころも多いけど、とにかく準備をした。前日、僕が学校に行っている間に、毒島家を名乗る人が荷物を取りに来たらしい。



 そして終業式の日の午後。ドクゼツさんは時間ギリギリまで相談を受けていた。



「わかったわ!もうその彼とは別れなさい!プラモデルでもアダルトDVDでも同じ!あなたが片付けてほしいと言っても片付けないのは、あなたが対象物より価値がないからよ!男は本当に大事なもののためなら借金だってする生き物なんだから!あなたにその価値がないだけ!」


 最後の相談者の女の子が泣き叫びながら部屋を出ていった。荷物を持ったドクゼツさんが僕を見る。


「平田さん、覚悟はいいわね?地獄の合宿始めるわ。」


 ドクゼツさんの口から『地獄』が出ると笑えない。ただ、僕にも覚悟がある。


「お願いします。」


 その言葉を聞いてドクゼツさんは笑った。ドクゼツさんが歩き出す。僕も続く。


 目指す未来のために、地獄へ向かって。

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