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第十話 当然の成果

「今日もお疲れさま。」


 課題をチェックしたドクゼツさんは僕にココアを差し出した。最近はこれが毎日の日課になっている。


「あれから依頼者が少し増えたわ。まあ、あなたみたいな人はいないけど。」


 ドクゼツさんは思い出したように僕に告げた。あの衝撃的事件から一週間。確かにあれ以来、この部屋への来客は増えた気がする。叫び声も増えたけど。


「高望みする人がいないの?それとも長続きする人がいないの?」


「ばか正直な人がいないのよ。」


 僕の質問に即答してドクゼツさんは見ていたファイルを閉じた。


「高望みする人なら毎日来るわ。分布図にまとめて発表したいくらい。ただ、続く人はいないわ。あなたの言う『長続き』レベルではなく『三日坊主』レベル。まあ、それが普通なのかもしれないけど。」


 ドクゼツさんはココアを飲みながら僕を見上げた。相変わらず容姿だけでもドキッとさせられる。


「今の世の中はやることが豊富。携帯ひとつで家にいながら他人と会話もゲームもやり放題。その反面、少しでも途切れたら最悪いじめの引き金にさえなる。だから携帯を手放せない。そんな人たちに『夢を叶えたいなら携帯の電源を指定した時間は切って課題をやりなさい。』と言っても無理なのよ。」


「僕は友達が少ないからね。」


「それだけじゃないわ。」


 相づちのような僕のつぶやきをドクゼツさんは一言でかき消した。さすがに驚いてドクゼツさんを見た。


「あなたは『魔窟』をあっさり切ったもの。数少ない仲間との関わりを目標のためにあっさり切った。そしてそれを今も続けてある。普通なら時間に余裕ができた時点で『休部取り消していい?』と聞いてきてもおかしくないし、『終わった時間は自由でしょ?』と自分で判断することもできる。でもあなたはどちらもしなかった。そういうのを総合して私はばか正直と呼んでいるのよ。」


 相変わらず反論の余地はない。ドクゼツさんは荷物を持って立ち上がると出口へ歩いていく。僕も急ぐ。ドアの外でドクゼツさんは僕を見て言った。


「ただ、あなたの場合は『ばか正直』よりも『正直ばか』や『素直ばか』って感じなのよね。」


「え?それは、どういう…、」


「自分で考えなさい。」


 ドクゼツさんは暗い廊下へ消えていった。僕は取り残された廊下でしばらく固まっていた。



 その日の夜、僕はいつものように課題をこなしていた。時計を見るともうすぐ11時。いつもより時間がかかったみたいだ。


「今日もお疲れさま。」


 ドアを開けて母さんが入ってきた。手にはココアだ。


「ありがとう。母さん。」


 僕は受けとる。母さんは部屋を出るときに言った。


「最近頑張ってるわね。学年末テスト、期待してるわ。」


 ドアが閉まる音と同時に僕は心の中で叫んだ。


『やばい!何にもやってない!』





 翌朝、急いでドクゼツさんの部屋に駆けこむ。ドクゼツさんはいつものようにファイルをながめていた。


「ドクゼツさん!来週テストなのに、何にもやってないよ!どうしよう!」


 ドクゼツさんは少しだけ驚いた顔をして、それから口を開いた。


「『正直ばか』もここまで来るとね…。そんなあなたに言うことはひとつ!安心して毎日の課題をこなしなさい!以上!」


 ビシッとそう言い放つと、手を僕の方へ出した。


「はい!わかりました!」



 同じような声でそう答え、その手に課題を渡した。そのまま隣の個室へ進む。ドクゼツさんからは何も説明はなかったけど、僕はあえて何も聞かず今日の授業のファイルを写していく。


 大丈夫。信じて進もう。


 いつもの集中力でただひたすら課題をこなした。その日も、次の日も…。




 気づくとテスト前日になっていた。


「あの~、ドクゼツさん。今日まで全くテスト勉強しなかったんだけど…。」


 放課後、部屋に入った僕はさすがに不安になっていた。今までもたいした結果ではなかったけど、それでもテスト勉強はしていたから。


「ええ。『正直ばか』なあなたは本当にしなかったみたいね。そこまで信じてもらえたら私も本望だわ。」


 ドクゼツさんはそう言うと僕を席につかせ、昨日までとは違うファイルを取り出した。


「今からあなたが課題をまじめにやったかを確認するテストをするわ。制限時間は30分。」


「え?課題の?明日のテストの話は?」


 慌てる僕を見てドクゼツさんは笑いながら言った。


「つべこべ言わず信じてやりなさい!70点以下は赤点とするわ。スタート!」


「は、はい!」


 強い声に押されるように急いで課題のテストを始めた。内容は今まで毎日こなした課題の内容、これは数学らしい。


 わかる。毎日やってきたから、問題も理解できるし。答えにもたどり着ける。


 静かに集中して問題を解いていった。ドクゼツさんは10分ごとに合図を出していき、最後の10分はカウントダウンのように1分ずつ僕に伝えた。


「終わりました!」


 ギリギリで一枚目をクリア。ドクゼツさんに渡す。するとすぐに次のプリントが机に置かれた。


「今日はあと2回テストをするわ。5分休憩でスタートだから。」


「は、はい!」


 僕は急いでトイレに行ったり水を飲んだり。部屋に戻るとまたドクゼツさんの合図でテストを開始。それをあと2回繰り返した。


「お疲れさま。最後のテストを採点するまで休んでいていいわ。」


 答案を持って部屋を出ていくドクゼツさんとその場でぐったりする僕。


 さすがに疲れた…。普通のテストだってもっと時間長いし…。


 そうつぶやいて、再び我に返る。


 やっぱりテスト勉強やってない。


 体をひきずるように部屋を出るとドクゼツさんはココアを用意して待っていた。机の上には採点済みの答案がある。


「よく頑張ったわね。全部90点以上。ここまで採れるとは思わなかったわ。」


「あ、ありがとうございます。」


 ドクゼツさんに素直に誉められたことがうれしい。ただ、それ以上に…。


「ドクゼツさん、明日のテスト勉強は?」


 ドクゼツさんはあきれた顔で深く息を吐いた。


「気づいてないの?今やったのは私が作った明日のテストの予想問題よ?」



「え…?え?え~?」


 驚きのあまり倒れそうになってしまった。ドクゼツさんはさらにあきれ顔だ。


「あの事件の前に、ファイルを変えたでしょ?あの日からずっとテスト勉強をさせていたのよ。」


「そ、そうだったの?」


 机に寄りかかりながらの僕を見てドクゼツさんは笑った。


「今まで課題をやらせた人は何人もいたけど、自分のやっていたことに気づかなかったのはあなたが初めて。たぶん最初で最後だわ。」


 高らかに笑うドクゼツさんを横目に僕は答案を見た。×の箇所がいくつかと△の箇所がいくつか。


「じゃあ、今の時間の課題はこの間違えた問題をそれぞれ10回やり直し。夜の課題はこのテストをもう一回やってみて間違えた箇所をやり直すこと。いいわね?」


「はい!頑張ります!」


 テスト勉強をしていたという安心とちゃんと自分で解けた自信で僕の心にスイッチが入った気がした。僕は部屋に戻りひたすら課題をこなしていった。




 次の日。テスト開始。最初は数学。内容を確認して僕はただただ驚いた。あまりの驚きで答案用紙を落としてしまいそうだった。


 次のテストも、その次のテストも…。



「ドクゼツさん!」


 放課後、僕が部屋に駆け込むとドクゼツさんは少し驚いた顔で僕を見上げた。


「できなかったの?」


 僕は首を大きく横に振る。


「できた!というより予想問題そのままだった!時間が余ったから確認もした!こんなにテストができたこと、今までないよ!」


 興奮気味の僕を見てドクゼツさんはうなずく。


「あなたは私の課題に真摯に取り組んだわ。だからこその当然の結果、当然の成果よ。」


 嬉しさのあまり僕は何度もうなずく。今までの悩みや苦しみが一瞬で吹き飛んだ。


「さあ、感動している暇はないわ。明日の予想問題2枚。70点以下は赤点よ。」


「はい!」


 精一杯の返事をして僕は席についた。薄暗かったはずの部屋が今日は少し明るく見えた。


 成果が出る!成果が見たい!

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