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第九話 圧倒的な威力

 驚きと衝撃で凍りつく教室。ヒーローのように現れたドクゼツさんは僕の方をちらっと見た。


「平田さん、ファイルありがとう。でも、あなたがそこまでされる必要はなかったわ。もしもファイルを彼が傷つけたとしたら、償わせるだけだから。」


 そう語りかけた声は、課題を終わらせたときに僕にかけてくれるやさしい声。僕に見せた笑顔は時おり見せる穏やかな顔。


「さて、ヨハンさん。この状況を償ってもらおうかしら。」


 変わった。顔は見えないけど、その声だけでわかる。ドクゼツさんが毒舌モードに入った。みんながさらに後ずさる。僕も少し離れた。


「償え?何言ってんだ?俺は親切に現実を教えてやっただけだ!」


 先輩は開き直ったかのように笑った。ただ、その表情には余裕がないように見える。


「ヨハンさん。あなたの妨害は気づいていたわ。あなたのせいで何人もの依頼者がS塔許可証を諦めたか。ただ、今までは目をつぶってきた。むしろ感謝しているくらい。あの程度のことで諦める人の面倒を見るのは時間の無駄だから。」


 静かな口調、ただその言葉には人を圧倒する力がある。クラスのみんなは物音ひとつたてずに見守っている。


「ただ、目的のために課題をクリアしていく人の妨害をするのは見逃せないわ。」


 ドクゼツさんの言葉が僕に向けられていることに気づく。それはドクゼツさんが少なからず認めてくれていたということ。それだけでも僕には嬉しいことだった。


「ドクゼツ!お前、調子に乗るなよ!お前がやっていることは犯罪だ!S塔に行きたいやつにSクラスのやつの課題をやらせて金を稼いでたんだからな!行ける保証もないのに!夢を持った他人の気持ちを利用した詐欺なんだよ!」


 先輩の声が響いたあと、教室は静まり返った。それを打ち破ったのはドクゼツさんの笑い声だった。


「あー、可笑しい。あなたがそれを語るのは滑稽だわ。」


「なんだと?」


 笑うドクゼツさんを先輩がにらむ。笑い終えたドクゼツさんは毒舌モードの顔に戻った。


「とりあえずSクラスの課題の件から説明するわ。事実は事実。あなたの言うことは間違っていないわ。ただ、全てが真実ではないの。」


 その声は静かで、でも人の心に直接響くようだった。教室中から全ての音が消えていた。誰もがドクゼツさんの言葉に集中していた。させられていた。


「物事を進めるには正攻法だけでは無理なときもあるの。いくら顔が良くてスポーツ万能で勉強ができたとしても、学費を払う能力が無ければ大学に入れないのと同じ。いくら知識があっても免許が無ければ医者と呼ばれないのと同じ。S塔に入るにはSクラスからの推薦が必要。逆に言えばどんな底辺でもSクラスの人間なら推薦状を出せるのよ。私はただ課題を売っているわけではないわ。恩も売っているのよ。その時が来たときに多少の無理を聞いてもらえるように。」


 マミの言ったとおりか…。


 僕の中でモヤが晴れた。ドクゼツさんは先輩ではなく僕に説明してくれている気がした。


「Sクラス生徒会の方も同じ。私は色々なところで貸しを作っているの。だから私が頼めばS塔一階くらいなら許可を出してもらえるわ。だから私の課題を着実にこなしていけば叶う可能性はあったの。あなたが邪魔さえしなければね。」


 先輩はただただ立ち尽くしている。反論の余地はない。何よりドクゼツさんが『できる』と言ったらできるのだろうと誰もが思えた。それはドクゼツさんの持つ『S塔無制限通行許可証』が物語っている。


「さて、ヨハンさん。あなたが私の秘密を大々的に暴露したんだから、私も守秘義務を守る必要はないわね。」


「な、何?」


 ドクゼツさんの言葉に先輩は明らかに動揺している。ドクゼツさんはじっと先輩を見て、ゆっくりと話し始めた。


「あなたが私に依頼したのは私が相談室を開いてすぐだったわ。S塔の許可証を欲しがった初めての人だったからよく覚えているわ。まあ、ほしいはずよね?成績はそれなりなのに問題行動でSクラスから追い出されたあなたには。」


 教室がざわついた。先輩は怒りか動揺からかはわからないけどとにかく震えている。


「窃盗と暴力でSクラスの名を傷つけたあなたはSクラスから一般に落とされた。で、もう一度Sクラスに戻りたいあなたは私にすがりついた。ただ、あなたがしたことは私でもフォローできるレベルではなかった。それをあなたに伝えるとあなたはこう言ったわ。『せめてS塔の入り口に入らせてほしい』と。」


 ドクゼツさんの声が静かな教室に響く。まるで怪談話を聞いているかのように寒さすら感じた。


「私は課題を出したわ。平田さんのときと同じように。ただ、あなたはやらなかった。そうよね?窃盗や暴力に手を染めた人がやれるほど、私の課題は甘くないから。するとあなたはこう言った。『いくら払えば許可証をもらえるんだ?』と。」


 あっ。あれは先輩のことだったんだ。


 初めて会った日にドクゼツさんが言っていたことを思い出した。


『一人は努力、一人は金。金額は百万。』


 まさか実際にその人を見るとは思わなかった。


「ヨハンさん。あなたは親に泣きついたそうね。『Sクラスから落ちたなんて知られたらいじめられるかもしれない。』と。親もさすがに我が子がかわいいからお金を出した。私はそのお金であなたをS塔一階に立たせてあげた。ただ、あなたの目的は親に言ったこととは真逆。『俺はS塔に入ったことがあるんだ!』とまわりに自慢したかっただけ。悲しい人だと思ったわ。親がかわいそう。」


 先輩は呼吸が早くなり、握りこぶしを机に叩きつけた。ただ、ドクゼツさんはまったく動じなかった。


「あなたがS塔に行けたという噂が広がり、私の相談室も盛り上がったわ。誰もがS塔を夢見て私の課題に取り組んでいた。みんなが希望に満ちた目をしていたわ。そんなとき、あなたは妨害を始めた。あなたは『S塔に行けた人』という肩書きを守ることと『S塔落ちした人』という不名誉な事実を知られないためにありとあらゆる妨害をしたわ。事実以上の噂を流し、場合によっては影で暴力で脅し…。結果、私の相談室に依頼に来る人は激減したというわけ。」


 ドクゼツさんは少しだけ寂しそうな顔を見せた。それが僕には、少なくともこのクラスの人たちには理解できた気がした。


「あなたは私を犯罪呼ばわりしたけど、あなたはどうなの?事実を隠し、他人の努力を踏みにじったその行為。私がやったことは少なからず相手のためだけど、あなたがしたことはただの保身。しかも自分の実力ではなく親の金。そもそもあなたのやってきたこと、みんなが知らないとでも思っているの?S塔落ちの事実も含め、全部噂で流れているわ。裸の王様ってあなたのような人なのね。あと虎の威を借る狐も。」


 そこまで言ったとき、突然先輩が近くの机を蹴飛ばした。机の上にあったものが勢いよく散らばる。


「てめえ!ぶっ殺してやる!」


 そう叫ぶと同時に先輩はドクゼツさんに殴りかかった。僕も含め数人が止めに入ろうと動き出した。しかし次の瞬間、僕たちはまた金縛りにあったように動けなくなった。先輩がドクゼツさんに触れた瞬間、先輩の方が宙を舞った。柔道の投げ技のレベルじゃない。例えるなら、ひものついた袋をひもだけで振り回した感じだった。先輩がドクゼツさんを中心に円を描くように宙を舞った。そして先輩の体が床に叩きつけられようとしたとき、ドクゼツさんの姿が先輩の真横に移動。先輩のみぞおちに手を添えて…、


 ズダーーン!!


 勢いよく床に叩きつけただけでなく、みぞおちに一撃。先輩は動かなくなった。


「虎を威を借る狐。でも所詮は狐。虎には勝てないのよ。」


 聞こえてはいないだろう先輩にそう言い放つとドクゼツさんは辺りを見回した。


「迷惑かけてごめんなさい。こんなことになる予定ではなかったから。」


 ドクゼツさんはそう言うと唯一先輩が蹴飛ばした机の荷物を拾い始めた。僕とマミも手伝う。ドクゼツさんは荷物の持ち主に優しい声で言った。


「壊れているものがあったらあとで請求して。私のせいだから、ちゃんと弁償するわ。」


 クラスメイトはただただ立ち尽くしていた。僕はドクゼツさんに近寄る。


「先輩はどうするの?」


 僕の問いかけにドクゼツさんは無言でうなずく。そして手をスッとあげた。


「はい。はーい。了解。了解。あとはお任せください。」


 教室に入ってきたのはなんとS塔の警備員数人だった。ドクゼツさんは書類にサインをして警備員に手渡した。


「あとは頼むわね。私も戻らないと。」


 そう言ってドクゼツさんは風のようにス~っと教室から出ていった。警備員さんは慣れた様子で先輩を担架に乗せて去って行った。あとに残された僕たちは目の前で起きたことがまるで夢だったかのようにただただ立ち尽くすだけだった。



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